第二話 友だち、かいます(3/4)
あなたは「友達」を買いますか?
翌日、桜からの依頼はいつも通りだったが、内容は少し違った。
「風邪引いたみたい。うさぎの散歩、お願いしてもいいかな?」
久しぶりの外出で体調を崩したか、流石に脆すぎないかと思ったが仕方ない。
家に着くと、うさぎは家の前で待機していた。そこに桜の姿はない。
「ワン!」
いつも通り舌を出して、僕に向かって挨拶代わりのように鳴いてきた。その横には、うんち袋とトングが置かれていた。
「行くぞ、うさぎ」
固定されていた紐を外し、しっかりと手に持った。すると、うさぎは僕の前を歩き出した。うさぎの歩くスピードは、丁度僕と同じくらいだった。いや、合わせてくれているのかもしれない。それくらいの躾がされている。
手もかからず、散歩中に何か問題が起きることはなかった。
「ポテポテ歩く後ろ姿だけを見るなら、兎にも見えなくはないな。いや、兎なら歩き方が違うか」
「ワン!」
二〇分くらい経って、僕は桜の家に戻った。
「散歩終わったぞ〜」
すると、スマホにメッセージが届く。
「行きと同じような感じにしといて〜! 感染るとよくないから」
聞く限りじゃ、桜は一人と一匹で暮らしている。正直、僕の心配はしないでほしいと思う。
「……」
しかし、僕の仕事は友達だ。友だちではない。
「……これは、業務時間内の経費」
気が付けば、コンビニでアイスや食べ物をカゴに入れていた。レジに行くと、男の店員が話しかけてきた。
「田中さんっすか?」
「はい?」
どうして名前を知っているのだろう。もしかして、あの時の写真が他の人にも……。
「俺のこと知らない?」
「すみませんが……」
「羽島だよ、同じクラスだろ?」
そう言われると、そんな人が居たような気がする。
「あんま、気にしたことなかったから気付かなかったわ……はは……すみません」
「そんな畏まらなくてもいいだろ、転校してきたんだから仕方ねえって。まだ一週間だろ? 仲良くいこうぜ」
羽島はそう言うと、バーコードを読み取っては次々と袋の中に入れていった。
「これ」
羽島はボールペンを取り出すと、レシートに何かを書いてから渡してきた。
「その内どっかで遊ぼうぜ」
羽島はフランクに、そして笑顔でそう言った。
コンビニを出て、レシートを見てみる。そこには、電話番号がかかれていた。
「……友だち……か――」
まだ、友だちになったわけではないだろう。しかし、友達と友だち。複雑な気持ちに変わりはなかった。
桜の家の前に袋を置くと、メッセージでそのことを伝えた。桜は金を払うと言ったが、そのメッセージには無視を決め込んであげた。
◇◆
翌日も、その翌日も。僕はうさぎとの散歩の日々を過ごした。桜の風邪は治りそうにない。心配になっても、桜は家に入れようとはしなかった。友だちではない以上、下手に踏み入るのもよくないと思い、仕方なく散歩をしてはたまに買い物をするだけに留めた――。
また、一週間が経った頃。その日は珍しく、桜が家に上がってほしいと言ってきた。体調も回復したのだろう。鍵は空いていたのでそのまま家に入り、桜の部屋がある二階へ向かう。
「ワン!」
扉を開けての一発目はうさぎの飛び付きだ。
「はいはい、お元気なことで」
「ありがとうね、うさぎの面倒見てくれて」
顔を塞ぐように抱きつくうさぎを離し、桜を見る。あの時と同じように、テーブルの前に座っていた。違うのは、掛け布団を足にかけていることだ。
「体調は良くなった?」
「うん、まだ少しだけぼーっとするけど。大丈夫」
「ほんとに?」
「うん」
少しだけ、元気がなさそうに見えたのだ。いつもの明るさは、不安になりそうな明るさに変わっていた。いや、落ち着いているのだろうか。
「ならよかった」
「クバの方は最近どうだった?」
「ん〜、友だちができた……かな?」
「おや、遂に本物ができたのですか」
「前まで居なかったみたいに言うな、居るには居たから。引っ越してからは居なかっただけでな」
「そっか〜」
桜は安心したようにそう言って、うさぎのことを撫でていた。
「……私さ、友だち……一人も居ないんだ」
突然、そんな話を始めた。
「あぁ、うさぎが居たね。……うん、人の友だちがね。居ないの」
「外に出れば、自然と関わることになるよ」
「そうだね」
前より、少し痩せたのだろうか? 体が細く見える。
「ちゃんと飯食ってるか?」
「うん、がんばって食べたよ」
「……それならいいけど」
今日は少しだけ、会話が繋がりづらく感じた。
「……クバはさ、友だちってなんだと思う?」
「急に深い話になってきたね」
「……私は、うさぎ以外の友だちを知らないから。一人くらい、誰か居てほしいなぁって」
なんとなく、予想はついた。
「ようは、僕に友達ではなく――友だちになってほしいと?」
「そう」
それは、お金で繋がる関係ではなくなるということだ。いや、今までの方が本来はおかしいのだろう。
「……いいけど」
「やった」
「どうして急に?」
「いやさ、安心できる人が欲しいなって思って」
今日の桜は不思議だった。いつもと雰囲気が違う。
「……何か、あった?」
友だちなら、事情を聞いてあげたい。そんな気持ちだった。
「……お母さんが、明日帰ってくるみたいなんだ」
うさぎを撫でる桜は、少し悲しそうな、寂しそうにも見えた。
「そっか、よかったじゃん」
「……うん、嬉しい。でも、クバに居てほしいなって」
「お母さんのこと、嫌いなんだ」
「……どうだろう。嫌いではないよ、むしろそばに居てほしい。でも、今はもうそうじゃない。友だちに、そばに居てほしい」
不安そうに、いつもの明るさはなく、震えに近いような声でそう話した。
「……明日、ズル休みでもして来ようか?」
「ううん、そんなことはしなくていいよ。ありがとう」
カーテンの隙間からは、雨雲が見えた。
「……降りそうだね」
「やべ、傘持ってきてねえ」
「うちの貸そうか?」
「いや、もう帰るよ。先生からサボった分の課題渡されててさ、やんないと怒られる」
「……そっか」
「それに、明日羽島に課題渡してズル休みすればいい。そしたら、どんな遊びでも付き合ってやるよ。あぁ、そっか。お母さんの許可が必要なのか」
友達ではなく、友だちとしてなら、なんでもできる気がした。踏み入って話すことも、行動することもできると。
「……私がお母さんにお願いしとくよ。大丈夫だったら、メッセージを送るね。ほら、帰らないと降ってくるよ」
そう言われ、僕は頷いて立ち上がった。
「また明日」
「うん」
玄関に行くと、うさぎが僕を出迎えた。
「ワン!」
「また明日な」
そう言って、僕は玄関のドアに手をかけた。まだ夕方だと言うのに、夜にも感じれる暗い曇り街を歩いた。
家まではもう少し。夏はまだ続いている。夏休みも近付く中、心の中に違和感があった。夏休みの終わりのような、何かぽかりと穴が空くような感覚。
「……」
後ろを振り返ると、街の向こうから雷雲が近付いているのが分かった。
◇◆
――ポツポツと、雨が降り始めた。少しすると、遠目に雷も鳴り始める。
毛のフサフサとした感触と、あたたかさを感じながらベッドに寝転ぶ。布団をかけて、遠目に窓の外を見た。
雨の雫が窓を伝っている。
「ワン!」
私はがんばって腕に力を入れ、うさぎの頭を優しく撫でた。
あとがき
どうも、焼きだるまです。
長かった第二話も次でラストです。最後まで是非、お読みになってくださいな。では、また次回お会いしましょう。