第二話 友だち、かいます(1/4)
あなたは「友達」を買いますか?
蝉時雨に耳を傾ける。背に感じるひんやりとしたフローリングの感触。背が痛くなりそうだが、生憎とエアコンが故障中だった。扇風機とフローリングだけで、夏の数日を過ごすことになってしまった。
「ふぅ……」
カーテンの隙間からは、夏の日差しが僕を横断するように差し込んでいる。
「しかし……なんでこんなにも遅いんだか……」
学校から休校の知らせが届いたのは、僕が玄関のドアノブに手をかけた瞬間だった。フローリングで寝ていたせいか、体を痛めている。アラームが鳴り、体を起こし、夏の暑さに襲われながら学校に行く準備をしていた。
「はぁ……」
今更、着替えも済ませたというのに暑い中で着替え直すとか、何かをする気力もなかった。
「横たわって天井を見る。蝉の声に耳を傾ける。引っ越して早々にやることがこれとか。せめて、もう少し休校の知らせが早ければ眠ることもできたのに」
段ボールは積んだままで、部屋に出しているのは扇風機と必要な物のみ。といっても、実のところ出すものなんて対してないのだ。
「……バイトしねえとなぁ」
金もない。親もいない。あるのは先生との繋がりだけだ。
「……」
体を起こし、洗面所に向かう。扇風機があるとはいえ、流石に顔中に汗が噴き出てくる。冷たい水で顔を洗うと、少しだけ暑さが軽減された。
タオルで顔を拭いていると、スマホから通知音が聞こえてきた。
「ん? 先生かな」
おおよそ、知らせが遅れたことへの謝罪か何かだろう。かといって、僕に先生を責めることはできない。親族のいなかった僕を、母とは繋がりがあったからという理由だけで引き取ってくれた恩人に言えることはない。
「メッセージ?」
しかし、予想していたものとは違うことを僕は知る。そのメッセージは、僕が趣味でやっているSNSのアカウントに送られたものであった。
「何々? この投稿……個人情報載ってませんか? ……え?」
見知らぬ人からのメッセージ、その下に貼られていたリンクを押してみる。飛ばされたのは、僕が昨日投稿した写真付きのものであった。
「……」
タオルで顔を拭いていた手が止まる。
「やっべ!」
理由は簡単だ。送られてきたメッセージの通りで、僕の投稿した写真の背景に住所が載ってしまっていたのだ。
「気を付けてたのにな……」
すぐに投稿を削除した。幸い、僕のアカウントはそこまで知れ渡っていない分、この投稿に気付いた人間も少ないだろう。
「……返信しないと」
メッセージで知らせてくれた人に、感謝の言葉を送った。溜息を吐き、タオルを元の位置に戻す。
「バイトも見つかんないし、なんもやることねえ」削除した投稿の代わりに、そんな独り言を投稿した。
「ど〜しよっかな〜」
数分くらいだろうか、蝉の声を聞きながら扇風機に当たり続けた。
「あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"――」
バイトを探すでもなく、扇風機を相手にエイリアンの真似でもしてみる。そんなことを続けていると、通知音がスマホから聞こえてきた。
「また?」
今度はなんだとロックを解除すると、同じ人からのメッセージが送られていた。
「突然すみません。その……わざとではなかったのですが……見てしまったもので気になって。高校生……ですよね? その、近いなと思いまして――」
首を傾げる。面倒くさい人間に絡まれてしまったかもしれない。
「バイト、探してるんですよね? 一つだけ、良いバイトを知っているんです」
あぁダメだこれ、怪しいやつだ。
「友達買いますって……知っていますか?」
しかし、読み進めて感じたのは、自分が想像していたものとは違った内容のバイトであったということだ。
「指定された時間を、友達として付き合う。たったそれだけのバイトです。バイトというか……仕事でしょうか? もし、よろしければ依頼したいなと……」
変なことに巻き込まれて、先生を心配させるわけにもいかない。きっぱり断っておこう。
「すみません、そういったことは断ることにしているんですっと」
送信してすぐに、向こうからの返信がきた。
「怪しいバイトではありません。一時間五千円でどうでしょうか?」
まんま怪しいバイトじゃねえか。
「その……あんまりそういったこと言いますと警察に……」
そう送ろうとした時、新しくメッセージが届いた。
「私の住所です」
そう書かれたメッセージの下には、しっかりと地図と住所が載せられていた。それも、歩いて行ける距離だ。
「お悩みのようでしたら、一時間一万円でも構いません。お願いします。どうか、この依頼を受けていただけませんか?」
――――第二話 友だち、かいます ――――
「来てしまった……」
人間というものは簡単で、目の前に金を積まれれば動いてしまうようだ。勿論、金だけでここに来たわけではない。その理由が、制服を着ておいて今更家に居ることも許せなかったからだ。
「間違いない……よな?」
メッセージに送られた住所や写真と照らし合わせる。それは間違いなく、目の前にある民家を示していた。
「……やっぱやめた方がいいかな」
いたずらである可能性の方が高いだろう。帰ろうとしたその時だった。
「ん?」
あのアカウントからメッセージが届く。
「家の前に居るの、あなた?」
ハッとなって家の窓へ顔を向ける。
「マジかよ」
驚いたのは、相手が同じくらいの歳の女であったことだ。その女は、二階の窓から僕のことを見ていた。
「今、開けに行くね」
そうメッセージが届き、二階の窓にはカーテンが戻された。
少しすると、玄関の鍵が開く音がした。
「どうぞ〜」
その言葉を投げられ、今更退くに退けなくもなってしまった。なにより、僕も年頃の男であった。男というものは簡単なもので、目の前に美少女が居ると簡単に動いてしまうようだ。
「……お邪魔します」
そう言って、玄関のドアを開く。この時の僕は、正直どうにでもなってしまえと思っていた。そして、ドアが開かれた矢先に待っていたのは――
「うわぁ――!」
僕の顔面に飛び付いてくる、足の短い茶毛な一匹の犬であった――。
◇◆
「ワン!」
「ごめんね〜」
部屋の中は、女の子らしい良い匂いがした。
「この子警戒心がなくてさ〜、誰にでも飛び付いちゃうんだよね〜」
警戒心のなさといえば、目の前に居るこの人もそうだろう。色白な肌に、白く輝く髪が美しい。いくら年齢と住所がバレてしまったとはいえ、こんな人が自らの住所を晒して呼び込むなんてことを。それも男を、だ。
「いえ……まぁ、怪我もないですし」
「よかった〜」
「ワン!」
コーギーは僕を見つめながら、嬉しそうに舌を出している。
「どんな人が来るかな〜ってドキドキしてたけど、予想通り年齢の近い人でよかったよ」
「……良い、のか?」
「よくないの?」
「うーん……」
「ワン!」
確かに、五〇代くらいのおばさんが出るよりは百億倍もマシではある。というか、もはや夢でも見ているかのようだ。
「私さ〜すごい暇でね、暇すぎて叫びたーい! って思ってたところなの」
「そうですか……」
「それでね、SNS開いて呟こ〜って思ったら、君の投稿を見つけてさ。慌ててメッセージで伝えようとしたんだけど、よく見たらその住所がこの近くでびっくりしたの」
「はぁ……」
「……お話つまらない?」
困ったような顔で、首を傾げながらこちらの様子を気遣ってきた。
「いや、現実味がないというか。実はまだ、夢の中にでも居るんじゃないかと自分を疑ってる」
「あら、後頭部は痛い?」
「そこのワンコロのお陰でね」
「じゃあ現実だ」
「そうらしい」
「ワン!」
部屋の中はエアコンが効いていて、幸いにも暑さから逃れることには成功していた。
「あぁ、名前忘れてたね。私は桜、よろしくね」
「……これ、本名言っていいの?」
「目の前で会ってるのに?」
しかしまぁ、住所がバレてるので今更でもあった。
「……聞葉、前の学校ではクバって呼ばれてた」
「珍しい名前だね?」
「田中だけどね」
「よくある名前と珍しい名前の合わせ技だ」
「どんな合わせ技だよ」
「ワン!」
桜は少しだけ笑うと、立ち上がってお茶を持ってくると言った。
「そこで座って待ってて、うさぎのことよろしく!」
部屋の扉は閉められ、僕の脳内は目の前の処理に困っていた。
「うさぎ……?」
「ワン!」
部屋の中には、確かにうさぎのぬいぐるみがある。しかし、わざわざよろしくということは生きているうさぎがどこかに居るはずだ。だけど、そんなうさぎはこの部屋には見当たらない。
「ワン!」
「うさぎ……」
「ワン!」
目の前のコーギーは、僕のことを見つめている。
「うさ……ぎ……」
「ワン!」
あとがき
どうも、焼きだるまです。
クッソお久しぶりです。二ヶ月ぶりでしょうか、みなさまお元気にしておりましたか? この二ヶ月間、執筆はしていたのですが、今までの調子も出ず、気が付けば二ヶ月という時間が過ぎていました。
それでも、私の作品を待ち続けてくれている人が居ることを、感謝しています。人外などもその内、続きを投稿できればと思っておりますので、申し訳ありませんがもうしばらくお待ち下さい。
さて、第二話は四分割となりました。つまりあと、三回も更新されるわけです。勿論、既に完成しております。明日の投稿もお楽しみに。では、また次回お会いしましょう。