第一話 気楽に
あなたは、「友達」を買いますか?
横断歩道に人が流れる。行き交う人々は、スーツ姿の人が多い。これから、会社に向かうのだろう。
仕事には、人間関係が付き物だ。上司との付き合い、同僚との付き合い、後輩との付き合い。接客もその一つだろう。会社と会社が繋がり、共に大きな目標へと目指す一大プロジェクト。人は、何かしら繋がって生きている。
だけど――そんな世界でも、孤立する人々が居る。
横断歩道の流れと共に、僕は向こう側へと渡る。その少し先にあるショッピングモールが、僕の目指す目的地だ。
バス停近くの街路樹に、彼女は居た。
茶がかった黒い髪に、薄ピンクのセーターを着ている。クリーム色のフレアスカートには、肩にかけている茶色の鞄が差し色となる。
こちらに気が付いたのか、ひょこっとお辞儀をしてくる。
「あっ……高橋さん……ですか?」
そう言われると、返す言葉は決まっている。
「修治でいいよ」
僕たちが会うのは、これが初めてだ。それでも、この一日が充実するように下の名前を使う。
「……修治さん、よろしくお願いします」
僕の仕事は、「友達」だ。
――――第一話 気楽に ――――
午前九時丁度――僕たちは、ショッピングモールへと入っていく。数年前にできたばかりで、内装は広くとても綺麗だった。
彼女は笑顔で、嬉しそうに歩いている。側から見ればカップルのようにも見えるだろうか、しかし、僕たちのような者が受け持つ仕事は「友達」だ。決して、そういったものではない。
依頼人である彼女も、それを理解している。いや、理解しているからこそ楽しそうなんだ。
「修治、この鞄めちゃくちゃ可愛くてよくない⁉︎」
彼女は楽しそうに、僕に鞄を見せてきた。
「良いんじゃないかな、デザインだけじゃなく機能面も良さそう」
「でしょ⁉︎」
そう言うと、彼女はすぐにレジへと向かった。
僕は、彼女の好きなものは既に調べてある。依頼主から送られてくる情報は、全て調べ上げる。
趣味、好み、好きな食べ物、好きな歌。他にも、話題に困らないよう流行りのものは逃さずチェックする。そうして、依頼人が友達と過ごす充実した一日を提供する。
「買っちゃった」
「よかったね」
「お腹空いちゃった」
僕は首を傾げて言う。
「朝ごはん食べてきてないの?」
「うん、実は朝バタバタしてまして……アラームを無視して寝てました」
それでもメイクや服装は整えているのだ、女とは怖い生き物だ。
「どこ食べに行く? 僕はうどん食べたい」
全てが依頼人任せではない。「友達」は、遠慮なんてしないからだ。
「私パスタ食べたいな〜」
実を言うと、僕はショッピングモールについては調べていない。彼女も、ここに来るのは初めてらしい。だから、あえて下見はしていない。
「案内板でも探すか」
「そうだね」
少し歩いたところにあったエスカレーターの横に、案内板はあった。
フードコートは三階、レストラン街は四階にあるらしい。幸いにも、フードコートにはうどんとパスタのお店が入っていた。
「フードコートで良さげじゃね」
「いいね、行こう」
すると彼女は、足早にエスカレーターの方へと向かう。
「早く〜!」
「へいへーい」
僕はゆっくりと追いかけた。
◇◆
――フードコートは空いており、今日が平日であることを示している。
「あそこら辺の席で」
「おっけー」
僕は返事をすると、うどん屋へと向かう。うどんは僕の好物だ。特にきつねうどんが好きだ。昔から、僕に良いことがあると、きつねうどんが食卓には出てきた。
あの頃の僕は幸せだった。友達も沢山居た。でも、気が付けばみんな疎遠になっていた。
僕は昔から、継続できる友達を作ることができなかった。友達を作るのは上手いのに、いつかは離れてしまう。何かをしたわけではない。ただ、気が付けばそうなっていただけだ。
この仕事は天職なのだろう。依頼人とは契約期間のみの関係。期間が終われば、僕たちは他人になる。それで構わない。それにはもう慣れていたから。
彼女は先に席についており、クリームパスタを食べていた。
「美味しいの? それ」
うどんは好きだが、パスタはどうも好きになれない。
「パスタ嫌い?」
「どうもね」
僕は向かい側に座り手を合わせると、うどんを啜った。
――次なる目的地は、ゲームセンターだ。
僕は昔からUFOキャッチャーが得意だ。設定金額までやるなんて、割に合わないことはしない。アームの仕様とコツを掴めば、獲物は簡単に取れる。
僕は好きなアニメのフィギュアを、五百円玉一枚でゲットした。彼女は驚きながら拍手をしていた。
すると今度は彼女が、ぬいぐるみに挑戦をした。しかし結果は、千円札を入れても初期位置に戻っただけであった。
「コツがあるんよ」
そう言うと僕は五百円玉を入れて、アームの中心をズラすように調整した。
「それじゃ取れなくない?」
「いや、これでいい」
すると一つのアームは、見事に虚空を突く。しかし、二つのアームはしっかりと獲物を捕らえていた。
「おぉ、おぉ‼︎」
五百円も入れる必要はなかった。たったの一回で、ぬいぐるみは最も簡単に穴の中へと落ちていった。
「こういうことよ」
「すごーい! ありがとう」
「どういたしまして」
この出費は想定内だ。それも込みで、僕たちは金額を設定し依頼を受けている。
――次なる目的地は、本屋だった。
彼女は漫画が好きだ。流行りのものはすぐに買うらしく、そのせいで金欠が続いてるそう。その割には鞄を買っていたりUFOキャッチャーに使っていたりと、彼女の金使いの荒さが目立つ。しかしどうやら、昔はそうでもなかったらしい。
「あった!」
彼女は目当ての漫画を見つけたらしい。
「星空に浮かぶ君は我々を照らした?」
「これ面白いの! 元は小説なんだけど、私は漫画版が好きだな」
「へぇ〜」
この手の漫画は読まないから、あまり分からない。彼女の好みは事前に調べたが、新作などの予想は難しい。
「僕も買おっかな」
「この機会にお読みになりなさい」
ニヤニヤとした顔で、彼女はそう言った。取り敢えず僕も買うことにした。
しばらく僕たちはショッピングを楽しんだ。
午後四時頃。僕たちは椅子に座り、二人でソフトクリームを食べている。ここまで決して、僕たちは手を繋ぐこともキスをすることもなかった。
「ねぇ」
彼女は食べ終わると、コーンを貪っている僕に聞いてきた。
「最後にさ、手――繋がない?」
◇◆
五日前――僕はパソコンの前で、コーヒーを飲んでいた。
流行りのものを調べながら、メモを取り記憶する。そんな毎日だ。自分に興味のないものでも、決して逃さずチェックする。そんなことをしていると、一通のメールが届いた。
『友達、やってますか?』
最初はみんな、半信半疑だ。一文目がこうなることもよくある。
『はい、こちらフレンドサービスです。ご依頼ですか?』
すると、返信はすぐに来た。
『はい、実はショッピングモールを一緒に回って欲しいんです』
僕は情報の共有と、日時について打ち合わせをした。
依頼人の名は、美咲原 浅羽。数日前に、彼氏と別れたばかりの女性であった。
別れた理由は、男側が一方的に縁を切ったそうだ。彼女は理不尽な仕打ちに耐えられず、更には追い討ちをかけるように、女友達がその男と歩いているのを彼女は目撃した。
誰も、信じることができなくなっていた。そんな時、ネットにあった僕の書き込みを見たらしい。
『友達、やってます』
半信半疑でも、藁にもすがる思いで依頼したのだ。
――そして、彼女はそんなことも忘れ、彼氏の残像を僕に被せてしまった。
「ダメだよ、僕たちは友達だから」
彼女はまた、フラれてしまったのだ。
だけど――彼女は笑顔だった。
「よかった。そう言ってくれて、よかった」
彼女が求めていたのは最初から、彼氏などではない。依頼したその時から、友達を求めていたのだ。信用できる友達を――。
◇◆
午後五時前、僕たちはショッピングモールを出ていた。
「今日は楽しかったね」
スッキリしたような彼女の笑顔を見ると、僕も安心する。
彼女との期間は今日の五時までだ。つまり、もうすぐ僕たちは他人になる。
「私決めた」
彼女が立ち止まる。
「あなたみたいな、素敵な人になる」
夢見る彼女には分からない。僕は素敵なんかじゃない。僕たちはただの「友達」だから。
「そう」
この仕事は、そう良いものでもない。時に、誰かを傷つける仕事だ。救う仕事でもあるが、それも一時的だ。
「頑張ってね」
そして、嘘吐きの仕事だ。
「うん、頑張る」
数秒後に、アラームが鳴る。
「じゃあね」
「バイバイ」
互いに背を向けて歩き出す。数歩、歩いたところでアラームは鳴った。
僕たちはその瞬間に、「他人」となったのだ。
空は暗くなっていく、街灯が街を照らす。歩道から鳴る足音が寂しく、「友達」だった場所から離れていった。
あとがき
どうも、焼きだるまです。
突如として始まった新作「友達、買います」
他にメインで執筆しているものがあるため、基本は不定期連載となります。ですが、筆が進めば数日で投稿されるかもしれません。
気楽に読んで頂けたらと思います。では、また次回お会いしましょう。