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たがやⅡ

作者: 矢本MAX

毎度ばかばかしいお笑いを一席。

あなたの心はしばしの間この不思議な世界へと入って行くのです。

 日本の夏の風物詩と言えば花火でございますが、落語で花火を扱いました噺として有名なものに「たがや」という演目がございます。

 江戸時代から語り継がれた、それはもう古典中の古典でございますが、近頃の若い人には「たが」と申しましてもあんまりピンと来ないかも知れません。

 木桶などを外側からギュッと引き締めてるのが「たが」というものでございまして、竹で編まれたベルトと申しましたらイメージしやすいでございましょうか。

 この、たがを締めるのを生業としておりましたのが本篇の主人公たが屋でこざいます。

 私事で恐縮でございますが、あたくしが噺家になるきっかけとなったのが、この「たがや」というお噺でございます。

 十代目金原亭馬生師匠がこれを演じましたのをテレビで観まして、ああ、落語ってえのは面白いな、自分もあんな噺家になれたらいいなと思ったのが、そもそもの過ちのはじまりでございました。

 舞台は花火大会で大賑わいの両国橋の上、見物客でごったがえしたところへ、馬に乗ったお武家さまが家来を連れて強引に通り抜けようとする。

 無茶な話でございますが、身分制度の厳しい時代のこととて、通勤電車のようなすし詰め状態の中を無理無理進んでまいります。

 運悪く、反対側から仕事を終えたたが屋がやって来ました。

 人混みに押された拍子に、道具箱に丸めて引っかけてあった竹のたががほどけて、お武家さまの鼻っ面を嘗めて、陣笠を吹き飛ばしちまった。

 怒ったお武家さまとたが屋の間に大喧嘩が始まります。

 火事と喧嘩は江戸の華などと申しますが、花火に喧嘩というまさに江戸文化の神髄のような場面でございますな。

 喧嘩慣れしたたが屋が、家来の侍のなまくら刀をかわして、こてんぱんにやっつける。

 するってえと見物人からはやんやの喝采でごさいます。

 とうとう馬から降りたお武家さまが、槍を突きつける。

 たが屋は、家来から奪った刀を構えて、それを受ける。

 武道の心得はないものの、生来の運動神経の良さで、お武家さまの突き出した槍をかわしたたが屋の刀が、タイミングよく相手の首をスパッとはねた。

 どーんという花火の音とともに、お武家さまの首が弧を描いて宙を飛ぶ。

 それを見上げた見物衆が

「上がった上がった。たぁがやぁ~」

 と声を挙げるという、痛快なお噺でございます。

 噺はここで終わるんですが、これだけの騒動を引き起こしてしまったたが屋が、ただで済まされるはずはございません。

 その後どうなったかというのが、心配でなりませんな。

 で、野暮の極みではございますが、その後日譚を語ろうってのが今宵の趣向でございます。

「これ、たが屋。どのようないきさつがあろうと、武士の首をはねた罪の重さは変わらぬが、見物の者どもの話を聞けば、もともとは花火見物でごった返した橋の上に、無理矢理馬を乗り入れた武士の方にも否はあったものと思われる。申し開くことがあれば、この越前、しかと聞き届けよう」

 ところは南町奉行所のお白砂の上、審議に当たったのは、名奉行として知られた大岡越前守でございます。

 ここらへん、時代考証はいいかげんですが、落語のこととてご容赦を。

 ちなみにこの南町奉行所、現在のJR有楽町駅の駅前広場のあたりにありまして、今も石碑が建っておりますので、有楽町界隈においでの際は、その場所を確かめてみるのも一興かと思います。

 と、その奉行所のお白砂の上で、たが屋が申します。

「はは、恐れながら申し上げます。あっしは緩んだたがを締めることを生業としております。普段は緩んだ木桶などを修繕するのですが、たがというのは何も桶だけにはまっているものではございません。人間でも『あいつぁ近頃、たがが緩んでるんじゃあねえか』とか『とうとうたがが外やがった』なんぞと申しまして、人の心にもたががはまっているもんでございます」

「うむ、ものの喩えであるな」

「いえいえ、喩えとばかりは限りません。あっしくらいの手練れになりますと、時たま人さまのたがを締め直すことがございます」

「なんと奇態な! まことであるか?」

「まこともまこと、この間もある大店の旦那様から、『うちの息子のたがが、最近少々緩んでおるようなので締め直してほしい』とご依頼がございまして、締め直して差し上げたところ、人が違ったような孝行息子になられたと、大変喜ばれたもんでございます。その人様のお心を締め直すたがと申しますのが、あの日、花火大会の夜に道具箱にひっかけていた竹のたがだったのでございます。たがというのは不思議なもんでして、自然と緩んだ心を探し当てて、そちらへ伸びて行く性質を宿すようなのでございます」

「言葉が過ぎるぞたが屋、お主、武家のたがが緩んでいたと申すのか?」

「いえいえ、あっしが申すんではございません。たがが申すんで」

「おのれお主、只者ではないな!」

「お察しの通り、あっしこそ御政道の緩んだたがを締め直す正義の味方、タガヤマン!」

 言うなりたが屋、ものすごい跳躍で奉行所の塀の上に飛び乗ったかと思うと、すったかたったったったーっと走り出す。

 審議の結果を心配して、奉行所の外に集まっていた一般ぴーぽー、それを見つけて声を揃えて、

「いよっ、たぁがやぁ~!」

 お後がよろしいようで……。

                       了

あなたの心のたがはゆるんでいませんか?

もしゆるんでいるとしたら、大至急たが屋を呼ぶことをオススメします。

それではまたお逢いしましょう。

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