バリアント
窓の外を眺めんのは、今日に入って何回目だろ。
ボーッとした顔の青年は、学校の窓の外を流れる大きな雲を見つめてそう思った。
教室の窓側、一番奥の席に座っている俺を、わざわざ当てる意地悪な教師はいない。
だからいつもこうやって雲を見るか、ちょこっとおかしな妄想をして、授業の時間を潰している。
今ここに強盗か何かが入ってきたらどうなるだろう、とか。
急に未来の自分が教室に現れたらどうなるだろう、とか。
そんなことを妄想してた。
「それじゃーみんなー。四限目の国語授業はここまで、ということでー」
少しくたびれたロングコートに袖を通したメガネの男性の教師が、教卓に手を付き、ゆったりとした笑顔でそう言った。
「すいちゃんせんせぇー、まだ五分早いですよ〜」
黒板側から見て最前列、廊下側から二番目の席に座る女子から、“すいちゃん先生ぇ”と呼ばれた男性は、女子からの抗議を受けて照れ臭そうに頭を掻いた。
「あれれぇ?僕の見立てだと丁度いいくらいのはずなんだけどなぁー。まぁいいやぁ、みんな残りの時間は自習で」
「え〜!すいちゃん先生ぇいっつもこんなんじゃん!そろそろ先生ぇとしての自覚持たないと、ゆゆちゃんダメだと思いまーす」
色素の薄い金髪を頭から生やした可愛らしい顔立ちの女子は、柔らかい雰囲気のまま、翠先生に文句を言った。
「あははは、手厳しいなぁ咲花さんは。それじゃあ日和さん、後のことはお願いしますね」
翠先生は“咲花”という生徒の文句をゆるりとかわすと、彼女の右隣の席に座ってる“日和”という女生徒に声をかけて、そそくさと教室を出て行ってしまった。
「全く、あの教師はいつも…!一体何を考えているんだ…」
日和と呼ばれた生徒は悩ましそうに頭を抱えると、大きくため息を吐く。
「ねぇー。すいちゃん先生ぇ授業はわかりやすいんだけどねー」
咲花は日和の言葉に相槌を打ちながらも、翠先生のことをフォローする言葉を付け足した。
「そうだが…。まぁいい、過ぎてしまったことを考えても仕方がない。皆教科書を開け、今日の授業の復習をする」
「「「はーい」」」
日和は教室中の生徒たちの返事を確認すると、慣れた様子で黒板の前に立ち、授業の復習を始める。
「よっ!キューちゃんカッコいいよぅ!」
咲花がふざけて日和のことを褒める。
ただでさえイラついていた、“キューちゃん”こと日和は、気の立った目つきで咲花のことを見た。
「あっ、ごめんなさい」
謝罪を聞いた日和は満足したのか、先程まで行われていた授業の重要な点を、口頭で説明し始める。
いつもの光景、いつもの復習。
そしていつも通り窓の外を眺める俺。
全部が全部、いつも通りだ。
「オイ、心!」
翠先生よりも先生っぽい日和の威圧的な声が、呆けた頭をしたまんまだった俺のすぐそばで聞こえる。
「お前は授業中いつも外を見ているな!先生方がお優しいからと言って、甘えるな!」
いつの間にか、『“日和爲踽”先生による五分間の復習時間』は終わっていたようで、辺りは昼休み特有の、ガヤガヤとした空気感に包まれていた。
「何だよアイキュー。お前にはには関係ねぇだろが」
“紘ノ心”は飛んできた叱責に対し、気怠げな態度で答える。
「ふざけるな!曲がりなりにも私には学年委員長を任された責任がある!」
“アイキュー”こと日和は、心の反応を見てさらに強く彼を叱責した。
「大体お前は……」
日和がそこまで言いかけたところで、教室の後ろ側の扉から、元気そうな青年が、勢いよく入ってくる。
「おーい!“ここっち”〜〜!あっそぼうぜ〜〜〜!」
「おぉー、風紀委員長様じゃねぇか。今日はお早いご到着で」
「ごめんなさい」
風紀委員長と呼ばれた青年は、手を合わせながら、“ここっち”こと心と日和のいる教室の隅の席へと歩いてくる。
「次元、お前は二組だろう。ここは三組だ」
「いいじゃねぇの、大目に見ろよう。一応風紀委員長として指導に来た!っていう大義名分も持ってきたしな」
「さっき遊ぼうぜって言ってたくせによ」
「バッ!言うなよここっちぃ!!」
日和の言葉から逃げようとする次元を、心は逃さない。
「いいや言うね。いっつも約束ブッチしやがって」
「しょ、しょうがねぇだろ!忙しいんだからぁ…」
「あぁあぁそうですか。勉強もできて運動もできる警官の息子。オマケに顔が良くて風紀委員長ときた。そりゃあいそがしくないわけがねぇもんなぁ!」
心の煽りに、次元は慣れた様子で乗っかる。
「何だよ!お前がそう言うなら言わせてもらうけどなぁ!俺の名前知ってるか?!」
「次元だろ。あとそれは俺じゃなくて親に言えよ」
「次元だぞ!?次元一成っ!!なぁーにが『いっせい』だ、そうなったら苗字だって“そう”読めるようになっちまうだろうがぁ!!」
スイッチの入ってしまった次元は、心に早口で捲し立てる。
「で、親は警官だろ?!何だ?!後はつまらぬもの切る剣でも持てってのかよ!ふざけんな!!」
次元の反論を聞き終えた心は、つまらなそうに口を開いた。
「俺それ何回も聞いたよ…。何か、別のやつはねぇのか」
「別の……?え〜…」
お得意の口上以外を心から求められた次元は、悩ましそうに口元を抑える。
そこへ、心と次元のやり取りを黙って見ていた日和が、次元に冷ややかな視線と言葉を浴びせる。
「風紀委員長が率先して大声を出すような学校は破綻しているな。生徒会長にお前を解雇できないか確認しておこう」
「えぇ??ごめんなさいッ!!!」
次元は日和の言葉に、わかりやすく狼狽えた。
「生徒会長だけはッ!何卒ッ!ねっ、あの人何考えてんのかよく分かんなくて怖いんだもん!ホントに解雇されちまう!!」
「ダメだ。人が話をしているときに、空気も読まず間に割って入ってくるようなやつの言葉を聞く義理はない」
「そんな殺生な…!キューちゃ〜ん、友達だろぉ!」
日和に縋り付く次元と、鬱陶しそうに引き剥がそうとする日和。
するとそこへ、机の間を縫いながら咲花が駆け寄って来た。
「キューちゃん、キューちゃんの教科書とノート片付けといたよ!」
手には確かに、彼女自身のカバンともう一つ、日和のカバンが持たれていた。
「あぁ、すまん。ありがとう“ゆゆ”」
“ゆゆ”こと咲花優夢は、幼い笑顔を日和に向けた。
「も〜、キューちゃんまた“ここくん”のこといじめてる!いくら好きだからってそんなのダメだよー!」
「違っ!何をっ!」
咲花の言葉に、今度は日和がわかりやすく狼狽えた。
すると、次元はここぞとばかりにさっきまでの態度を豹変させる。
「ヘェ〜そ〜なんだ〜!日〜和さ〜ん、俺ってちょ〜っと顔が広くてなぁ〜。噂とか一瞬で広められるんだよねぇ〜」
「なっ!次元貴様っ!!」
次元がいじわるな目つきを日和へ向けた。
「その反応は事実だと認めているようなものだな!警官の息子の観察眼、舐めんじゃねぇ!よーし!生徒会長に言っちゃお〜!」
「お、オイ待てッ!次元ーーッ!!」
教室の外へ走り去る次元を追いかけ、彼に続いて日和も教室から走り去る。
咲花は二人の背中を見送ってから、いつの間にか窓の外を見つめていた心に声をかけた。
「あ〜あ、二人とも行っちゃった〜。いいの?ここちゃん」
“ここちゃん”こと心は、不貞腐れた表情をしながらゆっくりと息を吸い、口を開いた。
「いいの。次元さんは十五回のドタキャン、日和さんは最近怒ってばっかで接しにくいですから」
心は窓から視線を外すことなく咲花の質問に答える。
が、彼は小さくため息を吐くと、すぐに自分の腕を枕にして、机を上に突っ伏してしまった。
「分かってんだけどね、アイツらが忙しいのも…俺のこと心配してくれてんのも…。…俺ぁ心が狭えからよぉ、ちょっとしたことで、簡単に傷ついちまうんだよ」
咲花から顔を背けながら、彼はそう続けた。
「ここちゃん…」
咲花は心の心情を察して目を伏せる。
教室内の和気藹々とした空気とは裏腹に、孤立した静けさだけが、二人の周りを取り囲んでいた。
「紘ノ君、だっけ?生徒会長さんが呼んでるけど…」
二人だけを取り囲んだ静けさをかき消したのは、名前も知らないクラスの女子の声だった。
心が顔を上げると、黒く艶やかな長髪を頭から生やした容姿端麗な女性が、黒板側の扉から見える廊下に、姿勢良く立っていた。
「セージャ…。今日は生徒会の奴らがよく来るなぁ、暇なのかコイツらは」
「今日は生徒会お休みだってよ」
「それでわざわざ俺のとこに?やっぱり暇なんじゃねぇの?コイツら」
キッチリとした姿勢を崩さず、心がくるのを待っている“セージャ”こと“慈伽聖者”を見て、心はまた、ため息をついた。
「そんなに嫌な顔しないでさぁ。行こ?ここちゃん」
咲花が細くて白い綺麗な手で、心の腕を軽く引っ張る。
「あ〜、そうしとこう。日和カスにドヤされるのも勘弁だしな」
心は、咲花に引っ張られる形で慈伽の待つ廊下へと出た。
「よぉセージャ、相変わらずの感情のない目だな」
心の声を聞いた慈伽は、心の顔を見ながら、小さく手を上げた。
「よぉココア、相変わらず心臓以外は鈍いみたいだな」
心の事を『ココア』と呼ぶ、表情からは一切の感情が読み取れない彼女こそ、この学校の生徒会長であり、教師、生徒から莫大な信頼を得ている女性である。
成績は常にトップであり、男子女子問わず、彼女はいつも注目の的だ。
「で、何の用だよ生徒会長さん」
心は、咲花に手を離してもらいながら、何もない空間を見つめている慈伽に質問する。
「別に用なんてないよ。ただ会いに来ただけ」
心の質問に答えながら、慈伽はキビキビとした動きで奇妙なポーズを取った。
「せーちゃんそれなんのポーズ?」
咲花が不思議そうな顔で、“せーちゃん”こと、慈伽の取ったポーズを見る。
「知らんのか、ビヨンド・ザ・ゴモットモのナットクシスギンだ」
「何の何?」
咲花が小さく首を傾げる。
「あぁそうだ。ココア、私のスカートのポケットの中に入ってるものを取ってくれ」
「は?」
心は、ポーズを取ったまま微動だにしない、慈伽のスカートのポケットの中に手を突っ込み、中を弄った。
「これか?」
心は自分の手に触れた、アルミホイルと似た感触のものを、慈伽のスカートのポケットの中から取り出す。
「ハッピーバレンタイン、ココア」
心が慈伽のスカートのポケットの中から取り出したのは、彼女の体温でドロドロに溶けた、包紙付きのチョコレート。
「何これ…」
「バレンタインチョコ。ちょっと遅れたかもしれないけど」
慈伽は、表情もポーズも一切動かさずに答えた。
「遅めのバレンタインデーってお前…。二日とか三日遅れたとかならまだわかるけど今八月だぞ!?溶けてんじゃねぇか!グチャグチャにッ!!」
「えー括弧、ここで抱き寄せて顎クイする」
「そういうことは言わねぇんだよカス」
「そして優しく口づけをする」
「だから言うなって!」
無表情のまま次々言葉を紡ぐ慈伽に、心はたじたじと言った様子で返す。
「このグラフをご覧下さい。ウォンバットという生物は愛によって寿命が伸びたという研究結果があります…。私はこれです」
「話飛びすぎだろどうなってんだ!あっ、おい!助けてくれユーニャ!」
二人のやり取りを微笑ましそうに見ていた、“ユーニャ”こと咲花は、嬉しそうに「ふふふ」と笑った。
「何笑ってんだよ〜!ユーニャ〜!助けてくれってぇ!」
「タラバガニはヤドカリ」
「ユーニャ〜!」
良かった、ここちゃん明るくなった。
咲花は多少の複雑さはあれど、心が慈伽と明るく会話していることに喜んでいた。
慈伽と心がふざけあっているのを、咲花は、一歩だけ離れて見ている。
やっぱり、せーちゃんには敵わない。
成績も、性格も…。
笑顔にしたい人ひとりすら、自分の力だけじゃ立ち直らせることもできないんだから。
私は、物怖じしながらここちゃんの優しい横顔を見つめる。
最近ずっと、ここちゃんのばっかり考えてる。
私はここちゃんの役に立ててるかな?
嫌われてないかな…?
……ここちゃんにとって、私のいる意味はなんだろう…?
「ユーニャ…?」
心の声が聞こえて、私はハッと前を見た。
「ユーニャ大丈夫か?ボーッとして…」
「ユニャ、気分が悪いなら保健室まで付き添いましょうか?」
そこには心配そうな顔をしたここちゃんと、表情こそ全く変わっていないが、私を心配する声をかけるせーちゃんの姿があった。
「あっ!私はだいじょ〜ぶだからさぁ!二人とも心配しないでよぉ!でもちょいべんきょで分かんないとこあってさぁ、だからせんせぇに教えてもらってくる!」
「それなら私が…」
「いいっていいって!せーちゃん久しぶりのお休みなんだから!たまにはゆっくりしてて!」
「…分かりました」
私はここちゃんとせーちゃんに背中を向けて走り出す。
ガヤガヤとした喧騒を掻き分けて、何も聞こえなくなる場所まで走る。
いつもこうだ。
ここちゃんが笑顔になるのはいいことの筈なのに、何でこんなに苦しくなるんだろう。
ここちゃんが誰かと笑い合うたび、私、なんだか蚊帳の外にされてるみたいで…。
「私なんていなくても、ここちゃんは幸せだもん…」
薄い色した綺麗な金色の髪も、今だけはぐちゃぐちゃに振り乱しながら走った。
「私だって見てほしいよ…負けヒロインはヤだよぉ…」
瞳の中に涙が溜まる。
「ここちゃん…」
孤立した静けさは、今度は私一人だけを、憐れむように重たく包みこんでいた。
#
「待てーッ!次元ォーッ!!」
日和のよく響く、怖い声が聞こえる。
「ヤダよ〜だ!いつもの復讐してやるもんねぇ〜!」
「くっ!」
にやけ顔で日和のことを煽っている次元は、廊下にいる生徒たちを避けながら、全速力で日和から逃げていた。
「あっ、次元さん廊下走ってる!悪いんだ〜!」
ふと、男女のさまざまな声が、廊下や教室、様々な方向から、次元へ向かって浴びせられる。
「走ってない走ってない!そう見えるだけ!」
次元はその声たちに、威厳のかけらもない明るい声で返していく。
「ホントだ、次元くん走ってる!風紀委員長がそんなんでいいのー?」
「大目に見て!」
「おい一成!放課後カラオケ行こうぜ!」
「スマン!今日は先約入ってる!」
「次元先ぱーーいッ!付き合って下さーーーいッ!」
「ごめんなさーーーいッ!!」
次元が走り去ると、声たちの矛先は、次元を追いかけている日和へと変わる。
だが今度は、次元の時と違ってキャーキャーとした女子の声が多い。
「えーー!日和さんも走ってるー!」
「取り込み中だ!すまん!」
「日和さんカッコいいーーッ!」
「ありがとう!」
「日和先ぱーーいッ!付き合って下さーーーいッ!」
「考えておくッ!!」
小さな市なら、丸ごと入ってしまいそうなほど大きな学校。
その学校中の生徒の歓声浴びながら、次元と日和の追いかけっこは続いた。
「どっこだ〜!生徒会長〜!!」
「大声を出すなッ!待て、次元ッ!!」
「次元さ〜ん!慈伽さんなら三年生の教室にいたらしいですよ〜!!」
「サンキューみんなー!!あらら?おっかしいなぁ?入れ違いになっちったのか?」
「頑張ってーー!次元さーーーん!!!」
「任せろ任せろ!」
「日和さん素敵ーーー!!」
「ありがとうッ!!」
次元は、元いた教室に向かって走る。
日和も、次元を追いかけて走る。
が、結構な時間続いた追いかけっこも、ついに終わりを迎えた。
何故なら、次元が教室へ続く廊下の角を曲がった時、二人のよく知る人物が、前方から猛スピードで走ってきていたからだ。
「ゆゆ…?」
次元は、すれ違いざま彼女の表情を確認すると、足を止めて、道を譲る。
続いて、次元に追いついて来た日和が、次元の首根っこを掴みながら、咲花のことを見る。
「貴様っ!捕まえたぞ!次元ッ!!……ん?なんだ?……ゆゆ…?」
二人は立ち止まったまま、走り去る咲花の背中を見送った。
「何だ、あれ?何かあったのか?」
次元が、怪訝な顔を日和に向ける。
「いや…表情までは…」
次元の首根っこから手を離した日和は、心配そうに肩を脱力させながら下を向き、唇を噛んだ。
「おいキューちゃん、大丈夫か?」
「あぁ、問題ない…。ふぅ…、私はゆゆを追いかける。お前は…どうする?次元」
日和が横目で次元を見る。
「バカ言うな!ついていくにぃ、決まってんだろ」
当たり前と言った様子で日和の質問に答える次元を見て、日和は微笑する。
二人は走り出すと、咲花の跡を追った。
地上三階、校舎と一本の通路でつながった第三体育館の倉庫。
その最も奥、そこに咲花はいた。
マットやら、ボールカゴに入ったボールやらに身を隠して座り込み、両膝に顔を埋めて、声を押し殺し泣いていた。
主に断熱性の素材でできている体育倉庫は、真夏にもかかわらず、十度後半の室温を保っている。
冬は寒いが、悲しくなったら誰もいないところに行くのが、咲花の「心の立て直し方」だった。
そういえば私が泣いてるときは、いつもここちゃんがそばにいてくれたなぁ。
座り込んでる私の体に、ピッタリ体をくっつけて、何も言わずそばにいてくれた。
触れた箇所から力強い鼓動を感じたのを、今でもはっきりと覚えている。
ママと喧嘩して家出しちゃって、家の近くにあった公園の遊具の中で泣いてた時も、ここちゃんはいつの間にか隣にいて、ママに謝る勇気をくれた。
「俺は…かっこいい言葉も、それっぽい言葉も浮かばないけど…。せめて悲しんでる人がいたら、そばにいてあげようって…。俺の元気を…、ちょっとでもわけられますように、って…」
何でいつもそばにいてくれるのか聞いた時、ここちゃんはそう言ってた。
いつもと同じ、窓の外を見ながら。
あの時ここちゃん、どんな顔をしてたんだろう。
「ふふふっ…。懐かしいなぁ…」
咲花の表情が、柔らかく変わる。
ふと、遠くから、薄らと休み時間終了五分前のチャイムが聞こえた。
「やばっ…。もう休み時間終わっちゃうじゃん…、戻らなきゃ…」
咲花は急いで服の袖で涙を拭うと、ゆっくりと息を吐き、心を立て直す準備を始める。
「…ここちゃん…」
咲花は体育座りのまま、膝の上に置いた腕に口をつけて、もう一度ゆっくり息を吐きつけた。
吐きつけられた箇所は暖かく熱を持ち、室温の低い体育倉庫のせいで少し冷えてしまった身体を癒す。
「うん…、よし…。行こっ」
咲花は覚悟を決めて立ち上がると、体育倉庫の出入り口へ向かって歩き出した。
ドアノブに手をかけ、白くて重い扉を開く。
その瞬間。
ビーッ!!ビーッ!!ビーッ!!
聞いたこともないけたたましいアラームが、突如として学校中に響き渡った。
「何?今の音…?」
微かにその音を捉えた咲花は、体育倉庫から飛び出すと、校舎へと続く通路を走り出した。
きっともうすぐしたら、放送委員の人か先生から、アラームが鳴った理由が説明されるはず…。
咲花は校舎へと戻りながら、アラームに耳を傾ける。
が、どれだけ待ってもアラームが人の声に変わる様子はない。
「どうしたの?火事か何かじゃないの?」
咲花が校舎と通路を隔てる、大きく重たい両開きの扉のドアノブに手をかける。
「え、何で…?開かない…?!」
しかし扉は、私がどれだけ力を込めても、これっぽっちも動かない。
「どうなってるの?ビクともしないなんておかしいよね…。鍵がかかってるだけなら、ちょっとくらい動いたって…」
ドオォーンッ!!!
突然、大きな衝撃と共に、咲花の立つ通路の右側が崩壊した。
「なに?!」
私の体は衝撃によって、勢いよく床に叩きつけられる。
「ウッ!!」
あまりの痛みに、声が漏れる。
「何…?今の……?」
私が頑張って体を起こすと、すぐ目の前、窓一つなかった通路の右側に、大きな穴ができていた。
先程まで小さく聞こえたアラームが、爆音となって、私の耳に襲い掛かる。
だが、それだけではなかった。
その先に見えた、聞こえた、光景に、私は自分がどれだ愚かな時間を過ごしていたか、思い知らされた。
空を泳ぐ、人間の手と歯を生やした巨大な魚。
全長二十メートルはありそうな彼らは、手頃なところにいる生徒たちを次々と捕まえては、自らの歯の上に置いていく。
そして、口を開けたまま、ゴリゴリグチャグチャと音を立てながら、まるで歯応えを楽しむかのように、ゆっくりと咀嚼していた。
校舎の壁を、足の少ないナナフシのような生物が登っている。
いや、よく見ればそれはナナフシではない、細長い体に細長い手足を生やした、巨大な人間モドキだ。
彼らは何の躊躇いもなく校舎の窓に手を突っ込むと、一人、また一人と生徒たちをその細長い手で掴んでは、校舎の外に放り投げていく。
放り投げられた生徒は、絶叫を上げながら落下していき、バァンッ!と地面に叩きつけられる。
ナナフシはそれを見ては、面白そうにニタリニタリと笑っていた。
地上では、膝が逆方向に曲がり、顔には口だけしかない人間モドキの群れが、逃げる生徒たちを追っていた。
パァン!パァン!と、銃声も聞こえる。
パトカーのサイレンも、誰かの絶叫も、壁が崩れる音も…。
全部聞こえた。
それでも私は動けなかった。
体に力が入らない。
幽体離脱したみたいな、意識が体の外に出ている感じで…。
ただぼんやりと、目の前の景色を眺めていた。
なんだかきしかんがあるなぁ…。
そうだ…ここちゃんだ…。
ここちゃんが窓の外を見てる時だ…。
こんな感じなのかな…。
「ここちゃん…」
口に出して、思い出した。
ここちゃんは、無事なの…?
せーちゃんは?キューちゃんは?いちちゃんは?
咲花は目を見開くと、痛む体に力を込めて立ち上がった。
「いたたっ…」
さっきまでボヤッとしていた頭の中も、今じゃ心配でいっぱいだ。
「頑張らないと…」
私は何とかこの場所から動こうと、校舎へと続く扉を見る。
「ダメ…扉は私の力だけじゃ全然開かないし…何か別の案を…。…そうだ…!」
私は通路に開いた穴から身を乗り出して、下を見る。
「あれだ…!」
第一、第二体育館へと続く通路、ちょっと壊れてるけど、あれに飛び移りながらなら、何とか降りれるかもしれない!
私は、第二体育館へ続く通路へと慎重に足を伸ばしていく。
縦一列、一寸のずれもなく設計された通路たちには、このまま真っ直ぐ降りただけじゃ飛び移ることはできない。
「ちょっとだけ、勢いつけてジャンプしないと……。…うわぁほっそ…!できるかなぁ…!」
運動なんて、体育の授業くらいでしかしないけど、今はもうそんなこと考えてる余裕なんてないし、やるしかない!
「ええいっ!ままよっ!」
私は通路に向かって、ジャンプした。
差し出した両足は見事通路の上に着地!…したのだが…。
「えっ?!うわっ!?」
足をついたはいいものの、勢いを止めきれなかった。
私の体は、通路の上から、止め切れなかった勢いと共に何もない空中へと飛び出した。
ヤバいッ!
そんな!止まりきれなかった!
私は咄嗟に目を瞑る。
「ギャッ!!」
「うおあッ!!?」
しかし、諦めかけた私の体を迎え入れたのは、硬い地面ではなく、ふかふかとした柔らかいものだった。
「痛ってーな!テメェ何処見てやがんだあぁん!?」
「ちょ、そんなこと言ってる場合か?急がないと」
咲花は、目の前から聞こえる騒がしい二つの声を聞き、目を開く。
そこにいたのは鮮やかなマヌケな顔をした二匹のフラミンゴ。
「え…誰…?」
「オメェ俺たちのことを知らないなんざぁ、世間知らずにも程があるってんだ!…え?ホントに知らねぇの…?」
「はい…」
「それじゃあしょうがねぇなぁ説明してやろう!俺の名ははフラン!そしてコイツはサンゴ!天才的な頭脳を持ったイケメンフラミンゴにして、開発局の大型新人ってのがこのフラン様よ!」
「なぁーにが大型新人ですかぁ、こっそり研究費くすねて女に貢いでるくせに」
「あれは!…しょうがなかった!俺には俺を必要とする沢山の女たちが…」
「言葉も話せないメス鳥達を良いように言うのやめろよ!みっともねぇ!」
「んだとぉ!お前にあの子達の気持ちの一体全体バレンタイン何が分かんだよ!」
「お前にもわかんねぇだろ!」
目の前にいる咲花のことなど忘れてしまったのか、二匹のフラミンゴは全く終わる様子のない喧嘩を続けている。
「まぁ…鳥頭って言うしなぁ」
「誰が鳥頭やねんッ!!」
咲花がポツリと呟いた言葉に反応したのは、陽気に二人分の自己紹介をした方のフラミンゴ、フランだ。
「見た目だけで判断してるんちゃうぞコレぃ!」
「わわっ!すみません!」
「鳥頭で開発局が務まるか!いいか?俺はメスフラミンゴ達の中じゃあ最高峰の天才で…」
「えっ?!女性なんですか??!」
「あったりめぇだろっ!!こんな可愛らしい女子捕まえてな〜に言ってんだオメェは?!ってかフラミンゴの話を遮るなよ!!」
「すみません…」
「おい、フラン。だから急がねぇと」
「おっとそうだった。おいガキぃ!因みにコイツも女な」
「フラン!」
「わがっでるよ!あばよガキ!」
「待ってください!教えてください!あれは、何なんですか…?」
咲花はフランたちを引き留めると、人間の手や歯を生やした空飛ぶ魚や、巨大な人間ナナフシ、地面を駆ける人間モドキたちの説明を求めた。
「あれは、一体…」
「あ〜、ありゃあうちの局が作ってるやつだな。何だっけぇ?『鰹出汁にチョコレートぶち込んでみた』。だっけ?」
「『バリアント』です…!何と勘違いしているんですか…」
「じゃあやっぱりあなた達が…!」
フランのあっけらかんとした態度に、咲花が憤る。
元に今も、ナナフシや魚たちによって、生徒が虐殺されていた。
だが、それでもフランが余裕そうな態度を変えることはない。
「いんや、作ったのは俺たち二人じゃねー。わざわざあんな不細工なもん作らねーよ、趣味もセンスがカス過ぎんだろ。…あっ、あと効率」
「確かに、我々が入れられた時にはすでに作られていましたね。あと善性にフォローを入れるな」
「じゃあ、あれを止めるのは…」
「あぁ無理だ!俺たち二人じゃあどうしようもならねぇ!んぐぁっはっはっふっへっま!」
「笑い方キモっ」
「そんな…」
フランの解答に、咲花は肩を落とし、項垂れた。
「まぁまぁ、気にすん気にすん!…そんなこってー、おじょっさん…っ!お気の鳥島…!」
「…俺お前と一緒にいるのヤになってきたわ。今日で解散でいいか?」
しかし、咲花は諦めきれない。
「お願いしますッ!何でもしますッ!」
落ち込みかけた心を、再び奮い立たせ、二匹に頭を下げる。
「何でもしますって言われてもねぇ!そんなのうちの最高クソ責任者にいってもらわねぇとねぇ!俺らってさぁ、やっぱぁ、下っ端ぁ、うん、だからさぁ!」
相変わらず、フランの対応は変わらなかった。
が、問題はサンゴの方。
彼女は咲花の言葉を聞いて、数秒考えるそぶりを見せた。
そして、フランに手招きをして自分の元へ呼び寄せると、二人だけで、何やらコソコソと話し始めた。
「おいフラン、これってもしかすれば…チャンスなのでは?」
「えぁ?チャンスって何の……。おああぁぁぁああああぁぁーッ??!!!」
サンゴの思惑に気付いたフランが絶叫する。
「嘘だろお前?!こんなガキにか?!」
「仕方ないだろ、こんなチャンス滅多に来るもんじゃない」
「いやだけど…」
「いいから行くぞ、あっちが何でもしてくれるって言ってるんだ。それにあっちにとっても、それほど悪い話じゃない」
「わ、分かったか?」
「誰に聞いてんだ」
「すいません…オイ…!お前も謝れよ…!」
「いやだから誰に言ってんだって!」
彼女らは先ほどと同じ調子で戻ってくると、緊張しているのか、辿々しい口調で咲花に声をかけてきた。
「貴方、お名前は?」
「咲花…優夢…」
「そう、です、か…。咲、花さん、貴方、覚悟はあるんですよね」
「はい、あります」
「え?それってYESってことでいいんだよな?!あれじゃねぇぞ、引っかけ問題とかじゃねぇぞ?!パン作ったことあるぅぅ?、とか!ねぇちゃんと風呂入ってるぅぅぅぅ?、とかじゃねぇぞ?!」
「黙ってろ」
「すんません」
サンゴは大きく息を吸うと、咲花の綺麗な瞳をじっと見つめ、静かに言葉を放つ。
「これが最後です。もう引き返せません。普通を捨てる覚悟はありますか?」
「もちろん」
咲花は躊躇いなく答えた。
サンゴはその返事を聞いて、満足気に笑う。
「良い返事をありがとうございます」
「そうと決まればァァ?!」
「準備しますよ」
「アイアイサァァァァアアァーッ!!」
二匹は翼をあらん限りに広げると、その翼で自らの体を丸く包み込む。
翼は淡い桜色の光りを放ち、細やかな風が巻き起こる。
「ここで会ったが百年目ェッ!!鎖、腐りと刺さった影にぃィッ!!」
「紅鶴より英雄を」
「伝説は!」
「今ここに」
翼が勢いよく開かれ、さっきより強く、優しい風が吹き荒れる。
「俺の名はフラン!クソ局の新人改め!正義のヒーロー、咲花優夢様の付き人!フラン・グレイブ様だ!」
「同じく、サンゴ・グレイブ」
「「準備完了!」」
翼の中から現れたのは、二匹のフラミンゴではなく、二人の人間。
一人は、身長百九十センチにギリギリ届かないぐらいの、恐ろしい程顔の良いイケメン。
もう一人は、かっこよさと可愛さの良いとこ取りをしたみたいなポニーテールの女性。
二人ともピンク色のスーツをぴっちりと着こなし、胸元の白シャツから見えるネクタイはスーツより少し濃ゆいピンクのものをつけていた。
二人はピンク色の髪をサッと直すと、咲花の元へ近寄る。
「え…誰…?」
「って!一番最初とおんなじ反応ッ!」
「当たり前だろ、こっちの姿は見せてないんだから」
「自己紹介したて〜〜」
「してないやんけぇッ!!!!!!!」
「え、こっわ。急に大声出さんといてぇ怖いからぁ。あとしたし」
どうやら先ほどのフラミンゴ達で間違いないようだ。
「あの、それで…」
「あぁ…失礼。これを見て頂けますか?」
ポニーテールの女性が、ピンク色の羽を手から一枚出す。
「あの…その前にぃ…」
「何でしょう」
「お、なんだ。腹減ったならフラミンゴミルク出してやろうか?オエッ、オウエッ」
「あの…でかい方がフランさん、ですよね?」
「そうそう!この可愛くて可愛くて、世の中の生物全てが狙ってるのがこのフランちゃん!」
「そうですね、あっております。この頭がでかい方がフランです」
「そうそう…。ん?」
「優夢様、確認はよろしいですか?」
「はい。…あと呼び方を…」
「何とお呼びしましょう」
「じゃ、じゃあ…。ユ、ユーニャで…」
「了解しました、ユーニャ様」
「ウェーーイ!ユーニャ様〜!イェアイェア!」
「コイツは後で殺しておきます。もう面倒です。チキン南蛮にでも何にでもしてやってください」
「ごめん、今の言葉怖すぎて割とガッツリ漏らした」
「ユーニャ様、こちらを」
「待ってぇ!小全部いった」
サンゴが手に持ったピンク色の羽を空中で離す。
すると、羽は一枚の資料へと変化し、サンゴの手元へ舞い落ちる。
「ユーニャ様には、この方々を探していただきたいのです」
サンゴが咲花に見せた資料に書いてあったのは、『バリアント』と、呼ばれる者たちであった。
深黒の鎧に身を包んだ者。
西部劇に出てくるガンマンみたいな鎧を着た者。
体中から、ハートのオーラを出している者。
合計三人。
「バリアント…。それってあの化け物達と…!」
「そうですね…違うとは言い切れません。ですが彼らは、殺戮や、自分の利益の為に戦うのではありません」
「え?」
「Valiant…。彼らは、守る為に戦うのです」
「守る、為に…」
「はい」
私の頭に、四人の、大切な人たち顔が浮かんだ。
守る為に…。
咲花の顔に、笑顔が灯る。
「それなら…。それならぁ、しょうがないなぁ!うん!しょうがないしょうがない!うふふふふ」
「サーニャ様…?」
「ちょっ誰かぁ!漏ら…漏らしたぁ!ちょ誰かぁ?!吸水性の高いオムツ持ってない??!…ん?ありゃあ…」
フランの視界に入ったのは、あの脚が逆方向に曲がった人間もどきの集団。
一、ニ、三…五百はいるなぁ…。
どうやらこちらに向かってきている様子だ。
「オイ、サーニャ!サンゴ!あっちから敵!敵!敵!敵!敵!」
「了解、サーニャ様、こちらへ」
「う、うん分かった!」
サンゴは咲花の体にいくつか自分の羽を潜り込ませ、あらゆる行動の補助に使った。
「フラン、サーニャ様に敬語使えなかった罰で、そいつらの相手しとけ」
「はぁあああああ??!!!おま…!お前がやれよぉおおおお!!!…あいつ…!ガチで置いていきやがった…!フラミンゴとして…いやいや人として銅貨してるぜ。もちろん俺様は金貨!…っだあぶねぇ!」
一体の人間モドキがフランに飛び掛かる。
フランは飛び掛かる人間モドキの軌道を張り手で逸らし、人間モドキの集団から距離を置く。
「おいおい、がっつく男はタイプじゃねぇな〜。ったく、な〜〜んで今日に限ってこんな奴らと合コンなんだよ。これじゃあ、この前メスなめくじと飲んだ時の方がよっぽど面白かったぜ」
人間モドキが、フランに向かって咆哮を飛ばす。
「うるっさぁ…。一丁前に、誘ってんのかぁ?仕方ねぇなぁ…。スゥーーー………。ガキどもおおおぉぉー!世界でいっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっち番可愛くてキュ〜〜トな俺様がああぁ、お前らの相手してやるよおおぉー!!」
全ての人間モドキが、フランに向かって突撃を開始する。
戦闘開始のゴングが、今。
「ワンナイトぉ!行くかぁ!!」
鳴った。
#
「フランさん、大丈夫なんですか?」
サンゴの出した羽に支えられながら、咲花は別れたフランの身を案じていた。
「大丈夫です。彼女はああ見えても…。信じられないかもしれませんが…。ああ見えても、やる時はやる奴だと思ったり思わなかったり…」
「えぇ…」
曖昧な解答に、咲花は困惑の表情を見せる。
「ですが多分大丈夫です。それより私たちは、バリアント探しを始めましょう」
「でも、そんな人たちどこを探せば…」
サンゴがフンッと鼻を鳴らす。
「サンゴさん?」
「勿論その辺りはご心配なく。もう既に調査済みであり、彼らがこの近辺に来ていることも把握済みです!」
「サンゴさん…!」
「お任せくださいサーニャ様。それに…。ほら、あそこ…」
咲花がサンゴの指差した先に目をやると、そこには、深黒の鎧に身を包み、鎧と同じ色をしたブレードを操って、空を、地を、縦横無尽に駆け回り戦う、一人目のバリアントがいた。
「いた!いましたサンゴさん!!」
「ええ、行きますよ。よく見ていてくださいね」
「え?」
「あれが…バリアントの戦い方です」
咲花は、目をよーーーく凝らして、空飛ぶ巨大魚と戦う深黒のバリアントの動きを観察した。
「あっ!胸!胸から何か取り出した!」
「正解です。それが、『ネームプレート』です」
「『ネームプレート』?」
「ご存知でしょう?ネームプレート?」
「はい…知ってます…」
「あれに自分の名前を書くことで、彼らはバリアントになることができるのです。そして、その“なる”用のプレートがこの…、『バリアントネームプレート』です」
サンゴは羽から、『バリアントネームプレート』を生成する。
「サーニャ様に渡しておきます」
「なっ!」
「我々二人が、開発局からこっそりくすね、改良を施した物です」
「そんな…!受け取れません…」
咲花の表情に影が映ったのが見えたサンゴは、優しく咲花の手を握った。
「大丈夫ですよ、貴女は大切なものを守れる人です。それに、貴女が苦しい時は、きっとだれかが手を差し伸べてくれる」
ここちゃんみたいだ。
みんな…ここちゃんに守られてた。
せーちゃんも、キューちゃんも、いちちゃんも。
…私も。
だから今、みんなここちゃんを守ろうと頑張ってる。
それって、みんなは…ここちゃんってこと…。
私は…?
…………….………………………。
………やめた。
なれっこ無いは…もうやめた。
私も、ここちゃんになろう!
私だって守られてばっかりじゃいられないんだ!!
「頑張れ私、負けるな私!私だって!ここちゃんになれる!」
サンゴが、安心して前を向き、微笑む。
咲花の表情の影が全部、消えたからだ。
「すみませーーーん!!すみませーーーーー!!!」
咲花が大きな声で叫ぶ。
それに気付いたのか、深黒のバリアントは咲花を三度見くらいした後、魚を一匹と、ナナフシを三匹倒しながら降りてきた。
そして開口一言、
「まぁ、何してるのって言いたいんですけどね」
と言った。
私は声を聞いてビックリした。
「え?!…もしかして……。せーちゃん!?!?!」
「ん、正解だから早く逃げて」
なんと!!一人目のバリアント、深黒のバリアントはせーちゃんだった!!!
「驚いた、サーニャ様、お知り合いですか?」
「うん!幼馴染のせーちゃん!」
「慈伽と言います。うちの咲花がいつもお世話になっております」
「あ、どうもご丁寧に。私サンゴと申します」
腰を九十度曲げて礼をする慈伽に習って、サンゴも腰を九十度曲げて、無礼の無いよう礼をした。
「もー!やめてよせーちゃん!」
「改めてサニャ、ここで何を?」
「バリアントを探してるの、何か知らない?」
「バリアントを…?分かりました、協力しましょう」
「ホントぉ!?」
「ただし!!全部終わってからです」
「え?」
「今は危険ですし、何より…情報がない」
慈伽のこえは、咲花から顔を背けると比例して、少しずつ音量を落としていく。
「でもほら!情報ならここに…!」
ガシッ!っと咲花の腕に、慈伽がしがみつく。
「せーちゃ…」
「本当に……だから……!」
「……え?」
「本当に嫌だから……逃げてよ…サニャ…!」
深黒の仮面のせいで表情こそ見えないが、だからこそ、彼女の場合は感情が分かる。
咲花は慈伽の手を取り支えると、下を向いたままの慈伽に声をかける。
「顔あげて、せーちゃん…。ううん、でも逃げないよ、私。もう決めたもん!私もみんなみたいに戦うって!」
「サニャ…」
咲花の顔を見上げた慈伽は目を見開いた。
咲花の後方、魚から生えた長い腕が、咲花の背中すぐそこまで迫っていたのだ。
「ハッ!サニャ…!危ないッ!!」
間に合わないッ!
バサッ!!
魚の腕が咲花に襲い掛かる瞬間、腕と咲花の間に割って入った者がいた。
「…!サンゴさん…!」
サンゴだ。
サンゴの生やした鮮やかなピンク色の翼が、魚の腕を吹き飛ばしたのだ。
「感動の時間に邪魔とは…無粋な魚め…。ブスで無粋か…フランがいたら、死ぬまで煽られながらなぶられていただろうな」
「いやもう本当にありがとうございます…!この御恩は一生忘れません!…あ、ヤッバイ…教室にボールペン忘れた」
慈伽の言葉を聞いたサンゴは、呆れた顔になって咲花に質問する。
「サーニャ様…もしかして彼女、フランと、同系統ですか…?」
「うん…ちょっとだけ…」
「そうですか…では、お気をつけて」
「サンゴさんは…」
「あのバカどもの相手を致します。なぁに、ちょろいもんです。フランの相手よりはね。
それに、その系統の人たちがどんな人たちなのか、私は良く知っていますので」
「サンゴさん…」
「慈伽さん、お任せしましたよ。我が主人」
「お任せください。私にとっても、サニャは、世界で一番大切な人たちの一人ですから」
「それでは…行って!」
ピンク色の風が舞い、二人はその風に乗って飛んでいく。
「信じてますよ、サーニャ様」
魚やナナフシ達が、仇を逃したサンゴを仕留めようと、生徒たちを襲うのをやめて、ゾロゾロとサンゴの方へ向かってくる。
サンゴは咲花達を飛ばした方を見ながら、魚達の顔なんて見ることなく、言葉を放つ。
「私は今とっても機嫌がいい。お前たちには、特別に見せてやろう。桜色の風を…!」
巨大なピンク色の翼が、サンゴの背中から出現する。
「全ては…」
翼は大量の羽を撒き散らし、あたかも辺りが桜模様であるかのように見せた。
「サーニャ様の為に…」
#
二人目のバリアント、ハートのオーラのバリアントは、なんとなんとキューちゃんだった!
キューちゃんは最初、私たちから隠れていたけど、私の隣のバリアント(せーちゃん)を見て、驚いて出てきた。
三人目は…もう驚かなくなっちゃったぁ!
西部劇のバリアントはいちちゃんだった!
最初会った時、いちちゃんは拳で怪物をやっつけてた。
なんで銃を使わないのか聞いたら、
「強いのがいるかもしれないし、残弾は残しときたい」
だって。
あとはここちゃんだけだ〜!
この調子だと、ここちゃんもバリアントだよな〜!
かっこいいといいなぁー!
カチャン、カチャン。
私とせーちゃん二人で、逃げ遅れた人がいないか、声を出しながら廊下を歩いていたら。
前の角から、誰か、歩いてくる音が聞こえた。
せーちゃんがすぐ私の前に出て、剣を構える。
現れたのは…バリアントネームプレート?を持った…人型のモヤ。
それはネームプレートを胸装着する。
『a hands clap, a hands clash. Ending』
「あぁ…」
『崩そう潰そう嬲ろう削ろう…』
「正疑滅」
『消えてそう…』
『(ノイズ)名・(ノイズ)地獄に変える』
激戦であった。
しかし、一方的でもあった。
慈伽は息もつけないほどの連撃を、あのバリアントモドキに叩き込んだが、なんのダメージもないのか、受けては倒れ起き上がり、受けては倒れ起き上がりの繰り返しだった。
結果、慈伽の体力は風前の灯、感情を表に出さない、いや、出せないことでお馴染みの慈伽が、ヒューヒューと苦しそうに息を吐いている。
きっと渡りを守りながらたたかっているからだ。
なら、私のするべきことは一つ。
私は、肩で息を切るせーちゃんの肩に手を置いて、笑った。
「いいこと思いついたんだぁ!ここちゃんがヒロインで、私が主人公!恋する乙女が愛する人を、この手で守り抜く為に!ヒーローは!ここに誕生する!」
「行くぜ!変身は尋常に!」
『attention please,アッッ!!テンションプルルルルルゥイぃーーーッズッッ!!!高まっていきましょう』
「エピックストーリー…」
『飛んで見せましょう、舞って見せましょう!やって見せましょう!超えて見せましょう…』
『変えていきましょおおおおおおおおおおッ!!!』
「見逃すな!」
『名を、呼べ』
「!」
ここちゃん、ここちゃんの名前が私に力をくれるんだ!
「紘ノ心!」
『O〜〜K〜〜!!バリアント名・コドウ。ネームプレートに、登録だァァァァァッ!」
「「「「「来い…コドウ」」」」」
私は、拳を握る。
これが!
ドン!
私の!
ドン!
「最初の戦いだァァぁぁぁあぁあァッ!!!」
主人公組
紘ノ心全部・鼓動
ここちゃん・ココア・ここっち・心
次元一成銃・重力
次元・いちちゃん
日和爲踽炎・刀
キューちゃん・アイキュー
慈伽聖者刀
セージャ・せーちゃん
咲花優夢雷・フル・鼓動
ゆゆ・ユーニャ
フラン・グレイブ
サンゴ・グレイブ
?????
魚
ナナフシ
人間モドキ