第七話 訓練
演習場につくとクラスメイト全員が、何グループかに別れて講習を受けていた。
大体二人から三人で組んでいて、中には一人の人もいる。
よく観察すれば、もらった天職の種類で組んでいるのがわかる。
亮平を見ると、同じ勇者であるあつしとグループになっていた。
お互い嫌そうに講習を受けている。
講習をしているのはつけている装備から金翼騎士団と推測できた。
俺達は何をすればいいのか分からないので、入り口で呆然と見守っている。
「すごい光景ですね。いつも仲が悪くて一ミリも話さない人達が嫌そうにまとまっている。こんな光景を目にするとは思ってもみませんでした。」
俺がそういうと、先生は嬉しそうにしていた。
「そうだな。あんなにギスギスしていたのに、みんな仲良くなって嬉しいよ。」
仲良く…?
中には殴り合ってるところもあるんだが?
あれって仲いいのか?
そう思って彼をもう一度見ると、なんとも言えない複雑な表情に変わっていた。ただ、先生が喧嘩している生徒たちをなるべく見て見ぬ振りしているのは伝わった。
「先生も色々苦労しているんですね。」
「そうだな。お前も俺に苦労をかけさせている人に入るんだがな。」
「すいません。改善する気はないですけど。」
先生からの視線が冷たい。
これは太陽の件を言わなくて正解だったなと思った。
俺が先生とそんなふざけたやり取りを交わしていると、藍乃が俺に話しかける。
「私達どうすればいいのかな?あそこに混ざればいいの?」
「さあ。先生は何も聞いていないんですか?」
「特に何も聞いてない。ここに来るようにとは言われたが、それ以上は何も。まあ、ここで待っていればその内誰か来るんじゃないか。」
「そうですか…。じゃあここで待ってればいいんじゃない?」
「そっか。」
可愛い。尊い。
俺は隣にいる藍乃に対しそのような感情を抱く。
そして三人とも黙り込むと、しばらくその時間が続いた。
講習も、まだ始まったばかりで職業の説明をしているのか、特にこれといった動きはない。
異世界もたった一日でかなり慣れてしまった。
一晩経つと、気持ちも変わるものだなと自分自身に感動する。
正直言うと話題がなかった。
異世界に来て、現実のニュースなどは話が広がらないし、異世界に来ちゃったこれからどうするんだろーなんて話はここに来る前に腐るほどした。
何か話を振ろうと必死に考えるが、何も思いつかず、ただぎこちない時間が永遠と流れていく。
ふとひとつだけ疑問が思いついたので、藍乃に聞く。
「そういえば、皆自然に天職の説明を受けてるけど、魔神と戦うことにしたの?」
「いや、まだ決断はしてないよ。勇者の二人と、あと数人は戦うって言ってるけど、他のみんなはまだ考えてる。」
「藍乃はどうするんだ?」
「私もまだ決めてないなー。出来るなら戦いたくないけど、だからって逃げて全部を亮平に任せるのも違うと思うし…。」
彼女はうつむきながらそう言った。
藍乃の天職は確かユニークジョブの≪ビーストマスター≫だったはずだ。効果的には一般的な≪ビーストテイマー≫の上位互換で、区別の仕方にはよっては違うという意見も出るだろうが、この世界においてはぎりぎり戦闘職にカウントされるらしい。(エドワード団長いわく)
一人で最強の魔物であるドラゴンを複数体テイムできるので、国側も是非欲しい人材だろう。
俺とは違って対魔神戦では心強い戦力になりえる。
だから俺的には役立たずな俺の代わりに頑張ってほしいという気持ちはあるが、決めるのは彼女なので特に意見は言わない。
「いいなぁ。そう悩めるなんて。俺なんか王宮を出た後、どうやって金を稼ぐかしか考えていないのに。」
「え?王宮出ていくつもりなの?」
「そりゃ、王宮にいて確実に元の世界に帰れるならばわざわざ出てはいかないけど、実際には帰れない確率のが高いし、多分その内自立しないといけない羽目になると思ってるよ。こんな天職じゃ、いつ追い出されるかもわかんないしな。」
「そっか。」
「それにほら、俺の天職じゃあ、魔神との戦いに参加しても足手纏い確実だからな。王宮も絶対に安全かどうかわからないし、自分一人で生きていくすべを身につけないと。」
正直俺の偏見かもしれないが王宮なんて、戦争になったら真っ先に狙われそうなのであまり居たくない。
元の世界に帰るときは戻らないとだが、それ以外の時は他の場所でゆったりと生活したいものだ。こんな天職じゃあゆったりなんてないかもだが、わざわざ異世界に来てしまったんだ。
少しくらい旅をしたいと思うのはオタクとしては当たり前ではなかろうか?
俺が自分の考えを伝えると、藍乃は感激していた。
「凄いね、いぶきは。まだここに来てから一日しか経っていないのにもうそんなに色々考えてるんだ。」
「昨日王宮探索している途中にふと考えただけだけどな。」
「それでもすごいよ。私なんて、何も考えずに成り行きに任せようと思ってたのに。」
素直に褒められると何だか恥ずかしくなる。
「そんな褒められたものじゃないさ。今考えていることも、亮平や藍乃、他のみんなを見限ってるようなもんだし。」
「それは、天職のせいだから、いぶきが悪いわけじゃないよ。」
「そうか、ありがとな。」
お礼を言うと、藍乃は照れて頬を赤らめてしまう。
可愛い、尊い。
オタク感丸出しの言葉遣いだが、実際それほど彼女は魅力的なのである。
「私、いぶきについていこうかな。」
「ふぇ⁉」
突然の発言に、変な声が出てしまった。
「俺に?天職弱い俺と一緒にいても何もおきないぞ。」
「でもちゃんと色々考えてるし、魔神と戦うよりはいいと思う。それに…。」
「それに?」
「いや、やっぱ何でもない。」
「なんだよw気になるじゃねぇか。」
藍乃は時々こういった意味深な行動や言動を取る事がある。
一時期はワンチャン俺の事好きなんじゃねとか思っていたけど、鏡見てありえねぇと冷静になってからはそういうもんだという事で割り切っている。
多分藍乃に対して勘違いをした男子は山ほどいることだろう。
自分もその被害者になりかけていたことに、ぞっとする。いやもう被害者になっていたのかもしれないが…
「おい、お前ら。騎士団の方が来たぞ。」
そう先生に言われて振り返るとそこには金色の鎧を着た二人がいた。
片方は女性で赤色の長い髪の毛が目立つ。小さな鳥を肩に乗せていることから、≪ビーストマスター≫の藍乃の講師だと推測する。
もう一人の男性は、小さな身長で小さな盾を装備していた。
「私の名前は、ルイファ。君たちが、いぶき君と江美ちゃんね。あれ?あなたは?」
事前に聞いていなかったのか、ルイファは俺達の傍に立つ先生を見て不思議そうな顔を浮かべた。
「一応彼らの保護者の位置に当たります。音里智昭です。天職の鑑定がまだ済んでいないのでこれからするとエドワードさんと話をしております。とりあえずこの二人をよろしくお願いいたします。」
「なるほど理解しました。この子達は我々が責任を持ってみるので、お任せください。」
「はい、感謝します。」
そう言い残すと、先生は颯爽とどこかへ消えてしまった。
一体どこへ行くんだろうと思ったが、先生も色々頑張っているんだなと思って思考を放棄した。
音里先生はとてもいい先生だ。何があっても生徒のことを一番に考えているし、いつも俺達のために気を使っている。
恐らく彼は俺達生徒が魔神と戦う事を許しはしないだろう。
しかし、この世界は生徒たちが戦わなければ非常に危ない状況に陥っている。
そのことについてどう考えているのだろうと思うが、それは俺にはわからない。
俺が先生の事を考えていると、ルイファが指示を出す。
「じゃあ、私は江美ちゃんに色々教えるから、二人は頑張って。」
そう言って彼女は藍乃を連れて移動していく。
取り残された俺達は、ひとまず自己紹介をする。
「お前がいぶきだな。俺の名前はウィッセ。金翼騎士団の軽タンカー。動ける盾役だ。」
小柄な体系だが、動きから体幹はしっかりしているのがわかる。
まるで小説の鍛冶職人で出てきそうな見た目で、ちょっといかつい。
「動けるタンカー。俺と同じ天職ですか?」
「いや、似ているが違う。俺の天職は≪アボイダー≫。エクストラジョブで、受けた攻撃を無効化する職業だ。お前とは違い、防御力と攻撃は皆無だが、代わりに物凄い瞬発力を持っている。」
「全部避けるって、それじゃあタンカーなのに相手のヘイトを集められなくないですか?」
「いい質問だな。確かに避け続けるだけでは、タンカーとしての役割は果たせない。だから私は≪挑発≫という敵の注目を集めるスキルを使って任務をこなしている。お前の天職は確か≪防人≫だったな。」
「はい。」
「可哀そうに。防人というのは戦闘職では名前を忘れられる程に弱い職業だ。そんな天職では、いくら異世界人だとしても、魔神戦では足手纏いになってしまうだけだろう。お前は今後どうするつもりだ?」
漠然とした質問に、俺の頭はこんがらがる。
「どうするつもり…とは?」
「魔神と戦うか?それとも王宮に残るのか?」
それを言われて、ふと疑問に思う。
「自立して他の場所で生きるという選択肢はないんですか?」
「他の場所で生活したいのか?」
「まあ、一応そういう可能性はないのかな~と思っただけです。」
「我々としては構わんが、多分不可能だと思うぞ。お前達の保護者、恐らく先程の男だろうが、その者に、魔神討伐に参加しないものは王宮に残して絶対危害を加えさせないようにと言われている。もしそれを守らなければ、勇者たちを魔神戦には向かわせないと脅し付きでな。俺達には勇者が必要だから、その約束を破る事はありえないだろう。」
「成程。」
困った。
俺は昨日の国王の話をかなり意識している。
国王は自分はすぐ魔神の手下に暗殺されると言っていた。
つまり王宮は安全ではないという事だ。
現実では絶対に信じないような内容だが、ここはなんでもありのファンタジー世界。信憑性が0とは言い切れない。
だからできればここにいたくないという気持ちがあったのだ。
うまくいくなら、戦わない人全員を連れて逃げることも考えていた。とは言っても信じてくれない人が多いだろうから無理だろうけど。
「で、結局どうするんだ。今すぐ決めろとは言わんが、方針だけは教えてほしい。でなきゃ、今後何を教えるかが決まんないのでな。」
ウィッセさんに聞かれたのでとりあえず返した。
「まあ、そういう事なら王宮にいます。友達が頑張っている中気は進みませんが、俺がいても多分変わんないので。ただ、何かあった時の自己防衛手段は学んでおきたいです。」
そう伝えると、彼は頷いた。