第六話 魔法
それからしばらく王宮の中を出歩いた。
調理室や、食堂、従業員の個室、玄関等々。
パッと目についた部屋に入っては、何をする場所なのか調べるのを一時間近く繰り返す。
1番印象に残ったのは、玉座だった。
正面ど真ん中に黄金でできた椅子があり、入口から赤いカーペットがまっすぐ敷き詰められていた。
しばらくそんなことをしていると、日が完全に沈む。
「もう夜か…。まだ起きてから半日しか経っていないから違和感が凄いな。」
窓から外を見れば、真っ暗だ。
頭の中のマッピングは完成しているので、どこに何の部屋があるのかは、把握した。
元の部屋に戻ろうと廊下を歩いていると、ふと誰かの声が聞こえる。
数は二人。
どちらも男だ。
「それにしても、すげえよな。この世界じゃあ魔法が使えるんだぜ。」
「それ。僕もびっくりした。早く太陽みたいに使えるようになりたい。」
あれは、あつし派閥、俺とは敵対している派閥に所属している二人。
名前は確か太陽と仁太。
二人ともバレーボール部に所属している。
太陽は黒髪黒目の純日本人で我が強く、背が高い。一方で仁太は北欧の血が混ざっているらしく、髪は金髪に近い色をしているのが特徴だ。背は低く性格は多少穏やかだ。
どうやら彼らも、魔法の存在には気付いているらしい。
歩いている場所と方向、また手に本を一冊持っていることから、書庫から帰ってきたものと予想する。
手元の本には、魔法入門と書いてある。
彼らは魔法について調べていたのだろう。
太陽は確か賢者の天職をもらっていたのでその影響で魔法について気になっていたのだと思う。
しかしこのタイミングで出くわすのは最悪だな。
俺とあいつらは敵対派閥に所属している。故に仲が悪い。
だから、ばったり出くわすと面倒な事になる。
「おい、見ろよ。あれ、ノーマルジョブのザコいね?」
「ほんとだ。」
ほら言った。
2人は虫を見るような視線を俺に向けて近付いてくる。
「よぉ、いぶき。なにしてんの?」
そう話しかけてきたのは太陽だった。
前の世界でもやたら俺に絡んできた男だ。正直鬱陶しい。
「王宮探索してたんだよ。」
「1人で?」
「亮平は寝ちまったからな。」
「そっかあ。可哀想ー。海斗と亮平がいないとお前ぼっちだもんなー。」
あからさまに煽ってくる所に、こいつの小ささを感じる。
所詮は小物。
いつも嫌われ者のあつしに擦り寄って何とかクラスの地位をキープしているようなやつだ。そんな奴に何を言われてもあまり効果はない。
髪型といい、軽薄そうなところといい、俺はこいつを好きになれない。
そして、こいつは俺にとってどうでもいい存在でもある。
だが、言われっぱなしもなんだか癪だな。
「勘違い陰キャがぎゃあぎゃあ喚くな。鬱陶しい。」
「あ゛?」
俺がいつも思っていることを素直にぶつけると、太陽の顔には血管が浮かび上がった。腕は痙攣している時のようにぴくぴくしていて、見るからに怒っていた。
「勘違い陰キャはどっちだ? クソ野郎。」
「日本語が通じねぇのか?お前の事だよ。マヌケ。」
「んだと!!」
2対1だったから優位に立てると思って話しかけてきたのだろうか?
彼は言葉を詰まらせると、胸ぐらを掴んできた。
力の強さに、着ていた制服は伸びて、破けそうになる。
「暴力かよ。」
俺がこいつを嫌いなのはこういう所だ。
自分からちょっかいをかけてくる割には、言い返されるとすぐ暴力に走る。
あつしに関しては周りが嫌っているから便乗しているだけだが、太陽に関しては本当に心の底から大嫌いなのだ。
まぁ、暴力に走るといってもせいぜい胸ぐらを掴むくらいで、それ以上行くと色んな方向からバッシングを喰らうためそこまで大事にはならないが・・・。
「やんのか?やるんだったらやれよ。弱虫。」
「黙れ雑魚。」
ついでにもう一回煽っておく。
これは日常茶飯事のやり取りで、こいつも本当に殴ってしまえば後々面倒なことはわかっているので、いつも大体ここら辺で引き下がる。
だからこいつは結局小物なのだ。
とは言っても、今の時代本当に殴り合いをする人も少ないので、普通の事と言われたらそうなんだが…。
ていうか殴り合いもする気もないのに喧嘩なんか吹っ掛けんなよと毎回思う。
「そうか、ならやってやるよ。」
太陽の発したその一言に、俺は驚いた。
いつもなら、ちっ、と舌打ちを捨て去っていくのに、いつもとリアクションが違う。
強い天職でも手に入れて、調子に乗っているのだろうか?
「以外だな。お前にはそんな度胸ないと思っていた。」
「へっ、そのよく回る口を黙らせてやる。」
いや、別によく回ってねえし、口論に関してはお前がへぼ過ぎるだけではとは思ったが、口には出さない。
「ならやれよ。」
俺が暴力を促進させると、
「太陽、暴力はやばいよ。」
隣にいる仁太が止めようとする。
正直正論なのだが、そんな言葉で彼が止まるはずがなく…
次の瞬間、太陽は俺に向かって真っすぐ手をかざした。
傍から見れば意味不明な行動で、仁太も不思議そうな顔をしている。
少しの間の沈黙。太陽は指一本動かさず、ただ茫然としていた。
しかし隠れオタクの俺には、太陽のしようとしていることがわかる。
「てめぇ!汚ぇぞ。」
「知るかバーカ。『ブラストウィング』」
魔法だ。
太陽の手のひらからは、ゲームでありがちな緑色のエフェクトが出現し、それが俺へ向かって猛特急で発射される。魔法の名称にウィングとあったので、恐らく風魔法の何かだろう。そう考えると、エフェクトは風を表しているのだと推測される。
放たれた魔法のスピードは凄かった。少なくともキャッチボールの玉よりは速く、とてもよけられない。
せめて腕を前に出して防御するがあまり意味はなく、俺は廊下の後ろ方向に数十メートル吹き飛ばされ、稲妻のようなスピードで壁に衝突した。
ガガン!!
体にひびが入るような激痛が響く。
痛い。
いや痛いなんてものじゃない。そんな次元では語れない。
今すぐは吐きそうなほどに苦しく、それはまるで全身を焼かれているのだと錯覚するほどだ。
「ねえ、やばくない?」
微かに仁太の声が聞こえる。
「だ…大丈夫だろ…。さっさと戻ろうぜ。」
そう言って去っていく二人を見て、クズかよッと、心の中で呟く。
恐らく魔法をぶっ放した理由の一つに俺が外れ職を引いた事が関係しているはずだ。
俺に戦闘力は無いという判断のもとこんなことをしたのだろう。要は俺はなめられている。
勇者を引いた亮平だったらあいつらも潔く帰っていったはずだ。
そう考えると、外れ職を引いた自分がもどかしい。
……それよりも、何だか視界が暗くなっている気がする。
頭も重く感じるし、何より眠い…
まずい、このままだとここで寝ちゃ…
いぶきの頭からは大量の血が流れていた。
見れば、彼の衝突した壁にはひびが入っている。
天職≪賢者≫を手にした男の放つ魔法はあまりに強力で、それはとてもいぶきの体で耐えられるものではなかったのだ。
少年は意識を失った。
☆
「ンン…」
ふと目を覚ます。
見知らぬ天井に見知らぬ部屋。
窓の外は明るく、日が昇っているのがわかる。
ベッドは少し硬く、辺りの様子から救護室のようなところだと推測する。
右を見ると、音里先生と一人の女子が傍に座りながら俺のことを見守っていた。
「えっと…。先生無事だったんですね。」
「お前はまず自分の心配をしろ。重症だったんだぞ。」
なんか怒鳴られてしまった。
えっと確か俺は太陽に魔法で吹き飛ばされて…
その後気絶したのか?
全身が焼かれるように痛かったのは覚えているが、それ以降の記憶が全くない。
一体今はどういう状況なのだろうか?
「いぶき!起きてよかった!」
先生の隣にいる女の子は、俺の肩を揺さぶりながらそう叫んだ。
女の子の名前は藍乃 江美。大きくぱっちりした目に、ロングの黒髪が特徴的な美少女だ。その守りたくなるような小柄な体系に、少し天然なところを含む仕草が合わさり、男からは絶大な人気を獲得している。
ちなみに海斗派閥なので、あつし派閥の連中とは仲が悪い。
「藍乃…。悪い、心配かけた。」
「ううん。いぶきが無事でよかった。」
藍乃は、元の世界だと出席番号が近かったこともあって仲が良かった。
それこそ、海斗や亮平の次くらいにはよく話していたのだ。
そんな彼女を心配させたことに少し罪悪感が沸いた。
「先生、俺どのくらい寝てました?」
「半日とちょっとだ。日付はもう変わった。なかなか起きなくて大分焦ったぞ。」
先生の顔からは、安堵の表情が見られる。それほど俺の状態が酷かったということだろう。
俺は気になったことを続けて先生に質問する。
「そういえば、さっき重症と言ってましたけど、回復魔法で治したんですか?」
たった一日で痛みが全く引いている。あの勢いで壁と衝突したのだから普通もっと骨折とかしていてもおかしくないのに。まるで奇跡でも使ったかのようだ。
「ああ、俺の怪我を治してくれた人と同じ人だ。何でも国一番の凄腕らしい。」
先生は穏やかな顔で教えてくれた。
天職が雑魚の俺でも国一番の回復魔法の使い手をよこしてくれるということは、この世界にとってそれほど俺達は貴重で重要な存在であるという事だろう。
よく体を動かしてみると、普段よりも軽く動きやすいことがわかる。
これも回復魔法の効果だろうか?
俺が腕や首を回して体の調子を調べていると、隣にいる藍乃が緊張の解けた様子で喋りだす。
「私がいぶきの倒れているところを見つけた時、頭からたくさん血が流れてたんだよ。無事でよかったー。」
「血?」
「あぁ。治癒術師によるとお前の体の損傷は酷かったらしい。骨折十数か所に大量出血。打撲の数は数えきれない。発見がもう少し遅れていたら助からなかったかもと。」
先生にそう言われると、ぞっとした。
まだ皆この世界に来てから、一日しか経っていないのだ。与えられた力の使い方もわからないのは当たり前。
まさかあいつが本当に攻撃してくるとは予想外だったが、煽るのもちょっと迂闊だったなと反省する。
「ところで先生…。太陽と仁太はどうしてます?」
「ん?別に普通に生活しているが、それがどうしたんだ?お前、二人と仲よかったっけ?」
「いやそれならいいんです。」
あいつら、先生に言ってないのか。
まあ、確かにクラスメイトを殺しかけましたとか冗談にならないし、気持ちはわかるが、俺が起きたらばれると思わなかったのだろうか?
いや、やってることは犯罪だし、言い出す度胸がなかったというだけな気がする。
「ところでなんであんなところで倒れていたんだ?」
先生のその質問に少し言葉を詰まらせる。
素直に太陽にやられました。と言ってやりたいが、言えば、二人はどうなるのだろうか?
やってる事はほぼ殺人と変わりないし、彼らの立場が無くなるのは確実だ。
俺も太陽を煽ったのは悪かったし、あいつもここまでする気は無かったはずだ。
罪悪感でちょっかいをかけられなくなるだろうしな。
とりあえず俺は庇う事にした。
「魔法の練習をしていたら、威力をコントロール出来なくて、気づいたらあんなことになっていました。」
「そうか。今後は気をつけろよ。今回は藍乃がいたからよかったものの、もし誰も気付かなかったらしんでいたぞ。」
「はい、気を付けます。藍乃もありがとね。」
そういうと、藍乃は顔を真っ赤にした。
「ううん、ほんとに無事で良かったよ。」
感謝されて照れているのだろうか?かわいい。
「いぶき、体の調子はどうだ?動けるか?」
「はい。何なら良すぎるくらいです。回復魔法の影響ですかね?」
「ならよかった。他のみんなは今演習場で天職の訓練をしている。回復したらお前も連れてくるようにとエドワードさんに言われているんだが、行くか?個人的にはもう少し休んでいてほしいが、どうする?」
「いや、体は絶好調なので、俺もいきます。」
天職も弱かったので、今は戦うすべを身に着けたい。
俺は、先生と藍乃と一緒に演習場へと向かった。