第五話 盟友の警告
10分も経てば、残りの生徒の鑑定は終わった。
最終的に、エクストラジョブが12人、ユニークジョブが10人、レアジョブ5人、一般職1人。
途中からエクストラジョブの出現率が下がり、レアジョブが増えた。
だが一般職は俺一人だった。
惨めだ。
せめて、もうちょっとまともに戦える天職が良かったなぁ〜。
クラスメイトの人数は27人いるが、その内非戦闘職はほとんどいない。魔神を倒すために召喚されたことが関係しているのだろうか?
しかし、そう考えると召喚したのは英雄イズキなのに、どうして神は俺達にこんな優秀な天職を与えたんだ?
というかそもそも論、神なんて存在するのだろうか?
現状、ここに来たばかりということもあって、分からないことは多い。
俺が何となく疑問を頭に浮かべていると、イーゼが手を叩いて喋り始めた。
「じゃあ、天職の確認も済んだ事だし、そろそろ部屋に案内するわね。みんな着いてきて。」
そう言って彼女は歩き出す。
それに伴って、皆もついて行った。
☆
部屋は2人1部屋だった。
本当はそれぞれ個室を用意するつもりだったが、予定よりも早く召喚陣が作動したので、準備が間に合わなかったらしい。
女子は女子と、男子は男子とで部屋分けされた。
俺は成り行きで亮平と同じ部屋だ。
「最悪だ。なんで俺だけ一般職。」
「ははw。おもろ。」
「なんもおもろくねぇよ。」
落ち込んでいると、笑われた。
部屋は、旅行などで泊まる洋風ホテルの部屋のような感じで、大きなベッドが2つに、トイレとバスタブ付き。
机と椅子がいくつか設置されていて、大きな窓の外側にあるバルコニーからは、外の風を感じる。
俺達は客人扱いらしく、設備はとても良いものを用意してもらっていた。
少しムカついたのでジト目を向けると、亮平は歯をむき出しにして笑顔を向ける。
いつものようなやり取りを交わしてから、はぁ、とため息をついて俺はベッドに飛び込み、枕に顔を沈めた。
・・・帰りたい。
「いいなぁ、亮平は。勇者だろ?大当たり職だし、高待遇はほぼ確定だし・・・。」
「その代わり、魔神ってやつと戦わなくちゃいけないらしいがな。」
「確かにそりゃ大変だが、俺なんか多分その内王宮から放り出されるぞ。」
俺が自虐気味に言うと、亮平は首を横に振って否定した。
「いやいや、それはねぇだろ。流石にいくらいぶきの天職が雑魚だからって、人間のやることじゃねぇ。勝手に連れてきておいて、捨てるなんて、そんなこと...」
「あのイーゼっていう女騎士ならやりかねんだろ。国の利益にならないとか言って。」
「ごめん否定出来んかもw。裏切ったら殺すとか言ってたし。」
そんな話をしながら憂鬱な気分になる俺だった。
「まぁ、レベルを上げればお前でも何とかなるんじゃね?」
亮平の口から聞き慣れてはいるけど聞き慣れていない単語が出てきた。
俺は視線を彼に向ける。
ゲームではよく出てくるそれだが、この世界に来てから一度も耳にしていないので、そんなものないものと思っていた。
「レベル?何それ。」
「え?
いや自分の天職が表示された時、右上にゲージと一緒に小さく書いてあっただろ?レベル1って。」
「ほんとに何それ?
俺完全に見逃してたんだけど。何したら上がんの?」
「んな事俺が知るか。金翼騎士団2人からも説明はなかったし。まぁ敵を倒せば上がるんじゃねぇの?」
いやどこのロールプレイングゲームだよ。
と一瞬思ったが、よく考えると職業やらスキルやら、どう考えてもよくあるファンタジーゲームの内容なので、有り得るかもと考え直す。
というか、もし魔物を倒して強くなるんだったら、それってどういう原理なんだろう。
俺は、寝っ転がっている体を起こして、椅子によりかかった。
「レベルかぁ〜」
そう独り言を呟くと、予想のしてない言葉が投げかけられる。
「それにしてもよかったじゃねぇか。」
亮平の言葉に首をかしげる。
「どういう意味だ?」
「お前異世界アニメ好きだったろ?本物に立ち会えてラッキーだったな。」
そうだった。
こいつは俺が隠れオタクであることを知っているんだ。
憂鬱なので、とりあえずため息をつきながら返す。
「別に嬉しくとも何ともねよ。ファンタジーも現実で起こればホラーだ。今はさっさと家に帰りたい。」
「意外だな。お前はもっと、『やったー異世界だ!デュフフ』って感じだと思ってた。」
「そのオタクを全力ディスった言い方やめろ。そんな喋り方するやつ人生で一度も見たことねぇ。
というか、お前はどうなんだよ。なんかないのか?」
「というと?」
「家に帰りたいとか?」
「俺は着て二時間でもう楽しんでるぞ。」
「すげえな。その環境適応力は素直に尊敬するわ。」
俺の親友はもうこの世界に慣れつつあるようだ。
亮平はいつもヘラヘラしていてムカつくやつだが、非常時の判断力は人一倍優れている。
サッカーの試合では、何度その力に助けられたか。
そういった点では、あつしとも通じるところがあるな。
「そういやお前、本当に魔神ってやつと戦うつもりなのか?」
「ん~まあ、そりゃ勇者だからな。」
「勇者だからってお前…何気に結構自分の天職気に入ってるだろ。」
「そりゃ一番貴重らしいし、愛着も沸くさ。」
亮平は、楽しそうに言う。
その様子を見た俺は、やっぱりいいなぁ、と彼をうらやむのだった。
☆
そんなこんなで、俺達は3時間くらい雑談を楽しんだ。
団長から、とりあえず今日はゆっくりしていろと言われたので、部屋でだらだらと過ごしている。
ベッドの上で寝っ転がるも、見知らぬ大地にいるためか、あまりリラックス出来ない。
亮平の方は先程からぐっすり眠っている。
俺も寝たいのだが、何しろ起きてからまだ半日しか経過していないので、眠気など全くこない。
そっか・・・よく考えたら亮平って昨日徹夜してデイイレやってたんだっけ。
そりゃよく寝れるわ。
スマホの充電はもうそろ切れそうだし、いよいよやる事がなくなってきた。昔の人って何して暇を潰してたんだろう?
「王宮探索でもするか?」
そう思いついた俺はそっと部屋を出る。
流石王宮と言うべきか、廊下には高そうな美術品がズラ〜っと並んでいた。
見た人を美しい別の世界へと誘うほどの魅力を持った絵画、どうやっているのか分からないほど巧妙な技術で掘られた彫刻。
そのどれもが、現代だと1000万円以上の価値が付きそうなものばかりだ。
ただ眺めているだけでも、相当な気品を感じる。
「これ、万が一壊したら一溜りもないな。」
廊下には、たくさんのドアが設置されている。
ほかのクラスメイト達の部屋の物だ。
みんな、今何しているのだろうか?
俺は部屋から出て右側を進んだ。
しばらくすると、緑の多い空間に出た。
草木がお生い茂っていて、なんとも落ち着く場所だ。
中庭といったところだろうか?
一見雑草が無造作に映えているようにも見えるが、よく見れば、しっかりと手入れされているのがわかる。
気がつけば、視線は草木に固定されていた。
何を気に入ったのかは俺自身にもわからない。
「ほっほっほ。この場所に惹かれるとは、中々に良い感性の持ち主じゃな。」
突如、後ろから声が聞こえた。
振り返ると、そこに立っていたのは一人のご老人だった。
「あなたは?」
「なに、ただの年寄りじゃよ。
それよりもどうだ?この光景は美しいとは思わんかね。」
質問を茶化されてしまった。
ご老人の身長は大体175cmくらいで、外見は70代くらいと見える。顎の下の髭はおびただしい量あり、生活しずらくないのかと疑問に思った。
来ている服はとても豪華で王宮にいるので、王族の方かなと考察する。
「別に、美しいとは思いませんね。でも何か魅力があるとは思います。これは、なんという植物なのですか?」
そう聞くと、老人は長い髭を撫でながら言った。
「さぁな。それは誰にも分からん。世界でここにしか生えておらんのじゃからな。」
「ここだけ?」
「ああ。この王宮の地下には呪いの魔剣が封印されていてのう、その剣があまりにも凶悪かつ強力な魔力を発するものだから、数百年の時を経て、周囲の魔素を吸って生きる植物が生えてきたのじゃ。」
何その謎理論。
この世界の生物って、数百年で進化するの?
「すごいですね。」
その言葉には、これといった意味は無い。
ただ流れに乗って何となく返しただけだ。
俺がチラッと老人の方を見ると、彼は突然草の中へ歩き出した。
何故かは知らないが、何やらとても真剣な表情をしている。
この場所って、彼にとって大切な場所か何かなのかな?
老人は地面にしゃがみこむ。
そして、ビリッと生えている花の花びらを取ると、俺に渡した。
「あの、これは...?」
「食うてみ。」
え?
食う?
これを?
この人は何を言っているんだ?
「えっと、この花弁をですか?」
「早く。」
物凄い形相で睨んでくる。
老人の中に先程までなかった圧が生まれ、俺は1歩後ずさりした。
その形相は、今さっきの弱々しい老人ではない、獲物を狩る獅子の如く鋭く、心の中では純粋な恐怖が生まれた。
こんなヨボヨボのおじいちゃんが出せる気じゃない。
あまりの迫力に、俺は勢いに任せて、その花弁を飲み込む。
ごくん
「どうじゃ?」
「苦いです。ただ、なんか体が軽くなった気がします。」
「そりゃそうじゃ。何しろ呪いの魔剣の魔力を大層吸っておるからのう。食えば体内の魔力量が爆発的に増える。うちの優秀な研究者によると効果は1ヶ月くらいは持つらしいぞ。」
それは凄い効果だが、言い換えればドーピングでは?
ゲームでは、食うと力や速度のパラメーターが1上がるとかいうどういう原理なのかも分からない意味不明な草も多数存在するし、多分これもそういった類のものなのだろう。
魔力を吸うと魔力が上がる効果をもたらす草ができるのなら、人の命とかを吸わせると、HPのドーピングとかもできるのかな?
ついつい凄い残酷でしょうもない発想が思いつく。
超絶意味の無い思考だなぁ。
それにしても魔力か...
「あの気になっていたんですが、魔力って何ですか?」
先程からちょくちょく出てきた単語だが、何となく抽象的な意味のみで聞いていた。
恐らくゲームでいうMPのようなものなのだろうが、正確にどういうものなのかはよく分からないので、気になる。
「あっ、そうじゃったソナタの元いた世界には、魔力という概念が無いんじゃったっけ。ずっと昔のことで、完全に頭から抜けておったわい。そうじゃな...魔力というのは魔を司る力じゃな。」
「は...はぁ。」
「流石に魔法という物は知っておるよな?」
「まぁ、俺の世界では架空の存在ですけどね。」
俺がため息混じりで言うと、老人はニコッと笑いながら腰に手をかける。
そして、どこにしまってあったのかは知らないが、杖のようなものを取りだし、空に向かって振りかざした。
「見ておれ、『ライトニング』」
いたい・・・。
この世界では普通のことなんだろうが、年寄りのおじさんが厨二っぽい名称の何かを言いながら杖を振り回している姿は、傍から見るとなかなか滑稽であった。よく平然とこんなことできるなと素直に感心する。あんなの一人の時でも恥ずかしくて出来ない。
正味心の中で、彼を馬鹿にしながら見ていると、次の瞬間俺が息を吞むような現象が起こる。
老人の杖から一点の光が周囲を照らすように出現したのだ。
この世界に来てから三時間経っていて、もう時間は夕方である。その影響もあってか、周囲は暗くなり始めていて、老人の作り出した光はいっそうその存在を強調していた。
まるで、夏の夜に川付近の山の上で飛ぶ蛍のような神秘さを持ったそれに俺の視線は釘付けになる。
「まじか、これは魔法?」
そう呟くと、老人は得意げに鼻を鳴らす。
「そうじゃ、体内にある魔力を消費して神の奇跡を呼び起こす。それが魔法というものじゃ。」
この世界に魔法という概念が存在しているのは、天職を授かった時に知っていた。何しろ、クラスメイトの数人が授かっていた≪賢者≫や、≪大魔導士≫などの職業は、ゲームでは魔法を主に使う職業である。それが存在するのであれば、魔法があると考えるのはごくごく普通のことだった。
しかし、実際にこの目でそれを見ると、すごいという感想しか出てこない。
まるでアニメの世界に入り込んだようで、気持ちが落ち着かない。
まあ、実際アニメの世界に入り込んだようなものだが、しかし同時にここは紛れもない現実だ。
そんな現実で魔法が見れたというかつてない感動に、俺の心は打ちのめされていた。
「そして魔力とは人間の体内にある魔法を使うための力であり、また魔素はその魔力がが空気に溶け込んだものじゃ。」
「俺でも魔法は使えますかね?」
「そりゃ使えるわい。逆に使えない人を見たことがない」
そう言われて、自身の心臓の音が高鳴るのを感じた。
防人という外れ職業を引いた俺でも使えるというのならば、異世界に呼び出されたかいがあったと思える。
今日は災難なことばかりだったが、少しだけ救いはあった。
「ただ、お主の職業は防人じゃろ。それじゃあちょっとやそっと練習しただけじゃあ身に着けられん。並みならぬ努力が必要じゃ。」
「なるほど。」
「まあ、頑張ればよい。」
俺は、彼の言葉に頷いた。
老人は、何故かまるでわが孫を可愛がるかのような優しい視線で見つめてくる。
「そうじゃ、さっき食べた草、絶対に他の人に食べさせるなよ。」
「え?なんでですか?」
「食べたら死ぬから。」
ん?
食ったら死ぬ?
「え…。俺今食べましたけど…。俺もう死んだ?」
「言ったろ。呪いの魔剣の魔力を吸っているのじゃ。食えば、麻痺、毒、出血、呪いといった様々な悪い症状が出て、一日とちょっとで死ぬ。逆にスキル≪状態異常無効≫を持っているお前さんなら何の問題もない。」
「あっ、なるほど。≪状態異常無効≫割と強いスキルだな。あれ?っていうか、なんで俺のスキルを知っているんだ?」
「さてのう。まあ、こう見えて国王なんて立場にいるのでな。お主らのことについては、エドワードから聞いておる。」
国王?
その一言で背筋に鳥肌が立った。
俺は今国王と喋っているのか?
国王、すなわち国のトップ。普通に生活していれば決して会うことのない人物。
そんな相手と会話をしていたという事実を知り、突然気が重くなる。
なるほど道理で時々ものすごい圧を感じる時があるんだ。
というか王様ってどういう風に話せばいいんだ?
俺礼儀作法とか全く知らないぞ…。
とりあえず俺はラノベの知識でどうにかしようとすが、
「へ…陛下…。どうか私の…」
「ああ、そういうのはいい。お前さんにそうかしこまられるとなんかむず痒い。」
跳ね返されてしまった。
というか、随分フレンドリーな王様だなぁ。これで国王なんて務まるのか?こんな所で俺に話しかけているのも随分謎だし。仕事とかないのだろうか?
「それに、わしはずっとお前さんと話したかったのじゃ。そんなに固くされたくない。」
ずっと?
なんか少し含みのある言い方だな。
「なんで俺と?」
「いずれわかる事よ。じゃが、それを言うのはわしの役目じゃない。お前さん自信、またはお前さんの親友の役目じゃ。」
言っている意味はわかるが、事は分からない。
見れば、老人は穏やかな表情をしていた。それはまるで昔を懐かしむかのような、そして悲しんでいるようにも見える。
「わしはもうそろそろ死ぬ。」
そのセリフに、俺は自分の眉毛がぴくりと動いたのを感じた。
突如放たれた言葉は、とても重い何かを含んでいて、その場にいるのがしんどくなる程に場は凍っていた。
どういうことか聞き返す。
「死ぬって・・・・・・寿命って事ですか?」
「違う。わしは時折未来が見えるスキルを持っておる。名前は《来見》。来たるべき大きな出来事を予言するスキルじゃ。そして、そのスキルにより自分が殺される夢を見た。」
「殺される?」
「あぁ。魔神の配下にな。そして、その後国の情勢はごたごたになる。お主も大きな罪と責任を背負うことになるだろう。」
「俺が...罪と責任?」
「詳しい事はまだ言えんがのう。」
本当に突然な話だ。
俺はまだこの世界に来たばかりなのに、そんな暗い話をされても困る。
というか、俺が罪と責任を背負うって、なんか怖いな。
俺の未来ってどうなるんだ?
「その殺されるのって回避出来ないんですか?未来を見れるということは、未来を変えることも・・・。」
「可能ではあるが、不可能じゃ。」
その矛盾した発言に俺は首を傾げる。
老人は自身の髭を撫で下ろしながらため息をついた。
「《来見》というスキルはありのままの未来を見るスキル。死ぬのを回避する事はできるが、わしが死んだという未来を見たということは、わし自信が死を選んだという事になる。要は、わしが未来を見た前提での未来を見せるスキルなのじゃ。だから、わしの死が変わる事はない。」
なるほど少し小難しい話だったが、理解はできた。
つまり、彼は自身の死を変えるつもりは無いという事だ。可能だとしても。
それは、彼が死ぬ事で、人類または国に恩恵があるからなのだろう。
その恩恵がどういう物なのかは俺にはわからないが、国王の自己犠牲に対し、少しかっこいいと思ってしまった。
「まあ、そういう訳で。そろそろ戻るかのう。わしも暇ではないのでな。」
そう言って彼は背中を向けて歩き出した。
暇じゃないんだったら、ほんとになんでここにいるんだ。
そう思いながらも俺は国王を見送る。
しばらくすると、彼は振り返る。
「そうそう。一つだけお前さんに言っておきたいことがあったのじゃ。親友は何があっても大切にしろ。」
「?」
「それだけじゃ。じゃあのう、いぶき。お前に会えて、嬉しかったよ。」
その言葉を残して、彼は去っていった。
なんなんだったんだ?
というのが素直な感想だったが、魔法について知れたのとなんか雰囲気はよかったので、かなり満足だった。
俺は徐々に消えていく魔法の光を眺めながら一つため息をつく。
王宮探索でも続けるかな。




