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第十二話 ターニングポイントⅢ

 いぶきが地下牢へと送り込まれる一方、他のクラスメイト達は、イーゼと対峙する事になっていた。


「全員でかかってきたら? 少なくとも1体1でやるよりは勝率は上がると思うけど?」


 イーゼは、剣を構えるあつしに対して挑発しながらナイフをなめる。


 彼女の天職は≪暗殺者≫。その名の通り、何年も前に国王暗殺の為にエスカール王国へと送り込まれた、魔神軍精鋭の殺し屋だった。


 その眼付は、一週間前の優しいイーゼとは打って変わって、獲物を捕らえる鷹のようだった。


「おいあつし、どういうことだ?なんでお前イーゼさんと戦っているんだ?」


 そんな状況に、亮平は、信じられないという表情で彼女を見つめていた。


 呆然とする彼に、あつしは呆れながら説明する。


「はぁ?てめぇまさか気づいてねえのか?それでも勇者かよ… 

 敵だからだよ。こいつは端から俺たちの味方じゃねぇんだ。多分魔神軍なんじゃねぇのか?」


「へぇ、分かっていたのね。まさかあんたのようなガキにばれてるとは思ってもいなかったわ。いつからかしら?」


「最初からだよ。てめぇは端から臭かった。」


 あつしは再びイーゼを睨む。


 そして覚悟を決めると、イーゼに攻撃しながら叫んだ。


「こいつは俺が相手する。てめぇらはエドワード団長を読んでこい!」


 その言葉を聞き、あつし派閥の1人、海が震えながら喋る。


「お前、1人は無茶だろ、死ぬぞ!」


「いいからとっとと行け!」


 海人派閥の数人はこの場を去ろうとした。


 一方で、あつし派閥の連中は躊躇ってその場を動かない。


 あつしは、イーゼに向かって剣を振りかざした。


 その剣筋は速く、真っ直ぐ彼女へと伸びていて、彼の1週間の努力がうかがえた。


 しかし、攻撃は当たらない。


 イーゼはいとも容易く剣を交わし、反撃する。


 真っ直ぐ突き出されたナイフはあつしの心臓へ向かい、あつしは間一髪で剣で防いでから、後ろへと下がる。


 イーゼの動きはとても洗礼されていて速かった。


 波の人間じゃ太刀打ちできないだろう。


 あつしがそれを防げたのは、ずば抜けた動体視力の為であり、それは彼は野球部に所属しているために備わった力であった。


 攻撃を止められたのが予想外だったのか、イーゼは一瞬キョトンとした表情を見せるが、その後直ぐに追撃へと走る。


 二、三、と反撃の隙を与えないように連続してナイフを振りかざす。


 勇者の天職のアドバンテージのおかげで何とかやって行けているあつしだが、状況はまずい。


 やはり経験の差は大きい。


 ステータス面ではあつしの方が高いのだが、彼は戦いの初心者だ。


 まともに戦えるわけが無い。


「『ファイヤーランス』」


 突如そんな声が発せられた。直後炎で包まれた槍がイーゼに向かって放たれる。


 彼女は攻撃を避けながら、あつしと距離をとる。


「俺もやる。」


 そう言ったのはあつし派閥の太陽だった。


 いぶきに魔法を放ち気絶させた張本人。


 1週間前は、録に魔法をコントロール出来なかったというのに、今はしっかりと使いこなせている。


 天職が《賢者》なだけあって、高度な魔法を撃てるようにもなっていた。


「後ろから魔法で援護するから、お前は思う存分戦え!」


「サンキュッ!」


 あつしは押されていた状況を何とか持ち直した。


 次は彼がイーゼへ追撃する。


 相変わらず振るった剣は交わされるが、太陽の魔法とのコンビネーションで、戦えるようになっていた。


 あつしが左から剣を振りかざすと、イーゼは体を捻りながら受け流す。


 彼女は、あつしに隙が出来たら攻撃を仕掛けようとするが、太陽の魔法が邪魔をして、うまい事近づけない。


 再び距離をとると、またあつしが剣を振るう。


 次はそれを完全に避けて後ろへと回り込むが、太陽の魔法がイーゼをかする。


 この攻防を数回繰り返す。


 たった1週間で、彼らは国の精鋭騎士を相手に出来るようになっていた。


 それどころか、かなり優勢に戦えていた。


 イーゼは再び驚きの表情を見せる。


 彼女は異界の勇者の恐ろしさを実感した。


 強い、速い。


 その力は、20も行っていない子供とは思えないほどであり、このまま成長すれば、魔神様が本当にやられかねないと恐怖した。


 それほど、この世界の住人からしてみれば彼らは物凄く歪な存在であった。


 行ける!このまま押し切れる!


 あつしがそう思ったのもつかの間、変化が生じたのは、戦闘が始まってから十数秒後だった。


 魔法を放っていた太陽が、やられたのだ。


 後ろを見れば、彼は腹を切られ血を吹き出しながら倒れていた。そして、その横にはイーゼが立っている。


「んな! いつの間に!!」


 あつしは彼女に憎悪を向ける。それと同時に何をされたのか理解した。


「テンメェ! 俺の攻撃を避けながら場所を誘導しやがったな!」


「フフフ。気付くのが遅いのよ!」


 イーゼは攻撃を交しながら、段々と太陽の方へと近づいていたのだ。


 いくら賢者とは言えど、近距離からの防衛手段は持ちえない。太陽はもろイーゼの攻撃を受けてしまった。


 あつしはまんまと彼女の手のひらで踊らされたのだ。


「「「太陽!」」」


 あつし派閥の面々は叫び、聖女の天職を持つ女子が、太陽のもとへと走る。


 回復魔法で彼を回復しようとしたのだ。


 しかし今その行為は命取りとなる。


 イーゼは突然前に出た彼女に対しナイフを振りかざした。


 周囲の数人が守ろうとするが、彼女のとても軽い身のこなしに、誰もついていけない。


 当然≪聖女≫という職業に戦闘能力は含まれていないので、彼女はやられるがままだ。


 皆置いてけぼりにされている中、唯一、その攻撃をはじいたのはあつしだった。


 カキン


 金属の打ち合う音が、修練場に鳴り響く。


「なんで前に出てきやがった! 死にてぇのか!」


 今まで類を見ない怒鳴り声に、女子は震える。


「だって太陽が、死んじゃう…。助けないと。」


「それでテメェも死んじまったら本末転倒じゃねぇか!!!」


 あつしは見るからに怒っていた。


 怒りを向けられている女子は、今にも涙を流しそうにしている。だが、それは自分の為に言っていることを彼女は理解しているので、何も言えなくなっていた。


 そんなやり取りをイーゼはつまんなさそうに見つめる。


「今の防がれちゃうかぁ~。結構早く動いてたのに…。本当に恐ろしいわね、異世界人って。」


「その言葉そっくり跳ね返すぜ。女。」


 あつしは内心焦っていた。


 このまま戦っても負ける。


 それは重々承知。


 問題は他の生徒が全く動いてない事。


 共闘するなり、助けを呼ぶなり、何でもいいから取り合えず誰かアクションを起こしてくれればよかったのだが、皆呆気に取られて何をすべきかわかってない。


 唯一動いた太陽も一瞬でやられてしまった。


 そのことに彼は頭を悩ませる。


 せめて一人だけでもエドワード団長を呼んできたら違うのに。


 そう思った矢先、一人の生徒が悲鳴を上げた。


「うああああああ。ひ…人が死ぬなんて聞いてねぇぞ!!!」


 海人派閥の瑛人だった。


 厳密には太陽はまだ死んでいないが、確かに死んだようには見えなくない。


 いつもは強気で俺俺タイプの瑛人だが、今はただ怯えるだけのネズミだった。


 彼は、自覚がなかったのだ。


 異世界へ来て、強力な天職を与えられて、魔神を倒す。


 それだけ見れば、ただのゲームだ。


 だから、彼はゲーム感覚で、魔神攻略しようと考えていた。


 だが、同時にここはリアルでもある。


 その事を忘れていた。


 死など全く考えていなかったのだ。


 そしてそれは、彼だけじゃない。


 怯える瑛人を見て、イーゼは何故か合点の行った表情を見せた。


「あぁ、なるほどね。なんで皆動かないんだろうって疑問に思ってたけど、今理解したわ。殺し合いって自覚がないのね。」


 そのセリフに、亮平がぴくりと眉を動かした。


「あんた達は、魔神を殺す為に動いているのに、殺される覚悟は持ってない。だから、攻撃をされた瞬間、皆固まってしまって誰も動き出せない。安心したわ。その様子だと、人を殺す事も無理そうね。」


 挑発も込めて発せられた一言だったが、多くの人に刺さった。


 1番動揺を誘われたのは亮平だ。


 同じ勇者の天職であるあつしは率先して戦ったのに、亮平といえば、ただ呆然と様子を伺っているだけだった。


 それがダメだとわかっていながらも、彼は体を動かせなかった。


 イーゼの言葉が骨の髄まで染みる。


「うるせぇ。俺らにてめぇは殺せねぇとでも言いてぇのかぁ? 安心しろ、俺が殺してやっから。」


 そう強気に言ったのはあつしだった。


 しかし、それにイーゼは首を振る。


「違う違う。あんたがあたしを殺せても意味は無いのよ。もし魔神を本当に倒すのならば、あんた達は沢山の人を殺す事になる。しかし、いざ実践になった時、今のままのあんた達じゃぁ、人殺しに躊躇する事になるでしょうね。たとえ1人、躊躇なく人を殺せる人物がいたとして、私達からしてみれば、大した脅威にもならないわ。これならわざわざ私が手を下すほどでもなかった。そもそも今のあんた達じゃ、この国から脱出できないだろうし。」


 イーゼは薄気味悪い笑顔を向ける。


 あつしは一度舌打ちを打ってから剣を構える。


「うるせぇ、そもそもなんでもう勝った気になってんだよ。」


「あんたが私に勝てるとでも? 冗談きついわね。」


「へっ、そのよく喋る口を黙らせてやらぁ!」


 あつしはイーゼの元へと踏み込む。


 そして剣の柄をしっかり握りながら、叫ぶ。


「『限界突破』!」


 その言葉を発した瞬間あつしの剣撃のスピードが倍くらいに速まった。


 刃は稲妻のように、地面へと激突し、辺り一面に砂埃がたつ。


 イーゼは大げさに後ろに下がりながら喋る。


「まだスキルを使ってなかったのね。」


「それはお互い様だろうが!」


 しかしどんなけ強い攻撃をしようが、彼女は無傷だった。


 暗殺者の天職はとても素早く動け、それはほかのどの戦闘職からも脅威である。


 何故なら、どれだけ攻撃をしても全くダメージにならないのだから。


「まだまだぁ!」


 あつしは彼女へと追撃する。


 スキルのおかげか、動きはさっきよりも速く、鋭い。


 どれだけ交わされようが、連続で攻撃をし続ける。


 その姿はまるで獲物を捕らえる猛獣のようだった。



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