第十一話 ターニングポイントⅡ
戦争が始まった。
人類王国の中で最も栄え、1番の戦力を持ってるエスカール王国は、突如、魔神軍によって一方的に蹂躙されていた。
人口は100万を超え、街の端から端までは10キロを超える。
そんな巨大都市には、今、悲鳴と炎が上がっていた。
放たれた魔物達は、街中を思う存分暴れ回り、人々を暴虐無尽に殺し尽くしている。
一方で、エスカール王国の王宮にも被害は出ていた。
☆
俺は逃げる。
その場にいる恐怖に負け、つい国王の死体の前から逃げてしまった。
しかも金翼騎士団に追いかけられながら。
「ああああああああぁぁぁ!!」
「赤島いぶき、貴様を殺す!」
金色の鎧を着た男は、腰に指している剣を抜き、飛ぶように俺に襲いかかってきた。
その素早い動きに、俺は目でしかついていけなかった。
彼の振るう剣は、流れるように空を切り、俺に目掛けて飛んでくる。
「『パリィ』!」
俺はスキルを叫びながら、逃げ出したときに手に取った国王の腹に刺さっていた短剣で、男の剣を弾いた。
前も説明したが、パリィは相手の攻撃を弾くスキル。また弾く瞬間のみ、力が相手と同等くらいになるように、自信に上乗せされるので、敵の攻撃さえ見切れていれば多少無理な体制でも攻撃を弾くことができる。
普通、相手の攻撃を弾くならば、倍の力が必要だ。
弾くという行為は、防ぐという行為よりも遥かに難易度が高いし、そう何度も使えるような物じゃない。
しかし、スキル『パリィ』なら、そういったデメリットを気にせず使う事ができる。
金翼騎士団の男は、今の一撃に余程体重をかけていたのか、横方向に2mくらい吹っ飛んで行った。
「くっ。油断した。俺の動きが見切られるとは...!」
しかし、ギリギリ防げただけで次も同じような事ができる自信はない。
相手は金翼騎士団。
ウィッセさんの訓練を1週間受けたからわかるが、完全なエリートだ。
生まれつき強い天職を与えられ、決して努力も怠らずに精進し続けた。
金翼騎士団とは、そういった人達の集まりだ。
最弱の天職を与えられ、1週間しか訓練を受けてない俺なんかがまともに太刀打ちできるわけがない。
俺のおでこには緊張のあまり汗が噴き出していた。
呼吸が荒い。
なぜこんな事に巻き込まれなきゃいけないのだろうか?
俺はただ、一緒に転移してきた皆と同じように、普通に生活していただけだ。
変な冤罪をかけられて、何時間も殴られて、挙句の果てに金翼騎士団から命を狙われている。
こんな仕打ちを受ける道理は無いのに...!
男は再び剣を構える。
そして、スキル名を唱えながら襲い掛かってきた。
「『二回打ち』!」
男は先程と同じ体勢で攻撃する。
剣筋は絵を描くように滑らかで、素早く、俺に向けられたものでなければ見とれているほどだろう。
俺は再びやつの攻撃をはじいた。
「『パリィ』!」
カン!
剣と剣のぶつかり合う音が辺りに響く。
やつの剣は跳ね返るように押し戻されていた。
金翼騎士団員の驚く表情が見られる。
行ける!
ダメージを与える事は出来なくても、攻撃を防ぐだけならなんとかなる!
そう思った矢先、自身の体に違和感を感じた。
弾くことは出来た。
だが、何故か俺の肩には深い傷が出来ていたのだ。
血が噴水のように噴き出す。
「くっ…アッ…」
出血多量のせいだろうか?全身から力が力が抜け落ちる。
何が起こった?
よく見ると、弾いたはずの剣が、肩の深くまで切り込んでいた。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」
叫びながら赤く染った地面に膝をつき、前に立つ男を睨む。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い
なんだ?
なんで傷が?
攻撃はきっちり弾いたのに。
「異世界人とは恐ろしいな。まさかたった1週間でここまで強くなっているとは。正直油断していた。」
切られた所が痛い。
いや、痛みすら超えて超高温の炎を直に当てられている感覚だった。
男がなにやら言っているが、頭が回らなず、理解できない。
「お゛え゛あ゛あ゛あ゛え゛あ゛あ゛い゛!!」
自分がやったのではないと伝えようとするも、激痛で舌が回らなかった。
それを男はまるで虫を見るかのように冷たい表情で俺を観察する。
「なぁ、お前はエイルってやつを知ってるか?」
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い
知るわけねぇだろそんなやつ。
「お前が殺した男だ。今日は国王陛下の護衛の任務に当たっていた。とても良い奴だったよ。いつもいつも家族自慢ばっかりしてきやがって、奥さんが優しいだの、娘が可愛いだの、鬱陶しいやつだった。」
男は血に染まった剣を、俺の太ももにぶっ刺した。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
あまりの痛みに思わず叫んでしまった。
男は、涙を流しながら怒りを向ける。
その圧に、本能がうめき声をあげた。
俺じゃない。
俺が殺したんじゃない。
剣の性能が悪いせいか、刃物で刺されているというよりかは尖った石を刺されているという感覚が強い。
そのため、刃物で刺された痛みは包丁で手を切ったとかそんなレベルでは無く、激痛というのも生ぬるいほどだ。
「国王陛下もいい人だった。あの方は三百年間、エスカール王国を栄えさせ、よりよい方向へと導いてきた。貴様ごときが手を出していい人物じゃない。」
そう言いながら、次は俺の右腕を突き刺す。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛‼」
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
その激を超える痛みが全身を駆け巡る。
頭が痛みでいっぱいだ。
もう回りのこともよくわからない。
何でこいつはこんなに怒っているんだ?
あれ?というかここはどこだ?
俺は一体…
「その身を持って罪を知れ!異世界人!」
グサッ
最後は背中だった。
刃が今までの中で一番深く突き刺さり、一気に力の抜けていくのを感じた。
☆
「それで、こやつを半死状態にしたのか。アルク。」
「はい、最初は怒りに任せて殺しかけましたが、相手が攻撃を防いだので、何とか自分を抑え込めました。俺は他にやることがあるので、後はあなた様に判断を委ねようと。ヴェルザード副騎士団長。」
今さっき、気絶したいぶきの前には二人の金翼騎士団員が立っていた。
一人はいぶきを半殺しにしたアルク。
もう一人は、あまり役に立たない脳筋エドワード団長に代わって全体の指揮を執っている、盲目の大魔導士ことヴェルザード副騎士団長。
彼は目が見えないために魔力感知に秀でていて、国王の魔力の消えたことを察知した。それが気になって確認しに来た所、エドワード団長に代わって探していたいぶきが、アルクによって気絶させられている現場に遭遇した。
「なるほど、事情は承知した。しかしアルク、俺には到底納得できない。この少年が本当に国王を殺したというのか?エドから聞いたがこいつの天職は≪防人≫だ。二人もいる国王の護衛がこんなガキに殺されるなど、なかなか信じがたい。」
ヴェルザードは何とも言えない表情を浮かべる。
「さっきも言いましたが騎士二人は毒殺されたのです。問題は戦闘力じゃない、如何に騙し討ちできるか。その点においてこいつの立場は強力な武器になります。なんせ勇者殿の仲間。それにこいつが短剣を手に持っているのはあなたもわかるでしょう。」
国王の護衛には必ず二人の騎士が着く。
今回の場合は、国王の傍に倒れていたエイルという男性と、エレナという女性の二人がバディを組んで任務にあたっていた。
既に二人とも体の穴という穴から出血しながら死亡した状態で見つかっている。
その姿はまるで呪いや未知の病に侵されたかのようで、見ていてもあまりいい気はしないだろう。
アルクは冷静ではなかった。
彼は殺されたエイルは唯一無二の親友であり、またエスカール王国の国王をとても慕っていた。
大切な存在を一気に二人も失ってしまったのだ。
その動揺が彼の知能と判断力を極端に鈍らせていた。
その結果、いぶきを国王殺しの犯人と信じ込み、疑わなくなってしまうという状況を生み出してしまった。
「副騎士団長!こいつは黒です。それだけは間違いありません。」
「お前が国王を殺して、罪をかぶせようとしている可能性は0とは言えんし、いぶきがやった証拠があるわけでもない。確かに彼が疑わしい事に変わりないが、お前だって十分怪しいぞ、アルク。そもそもお前はなんで一人なんだ?騎士は基本二人でペアを組んで任務に挑む。お前のペアは確かイーゼだよな?一体どこへ行ったんだ?」
「それが突然走ってどっかへ行ってしまったのです。それを追っかけている最中に、エドワード団長にこいつを探すようにと命令されて...」
「そうか。『チェーンロック』」
ヴェルザードがそう言うと、空中に無数の魔法陣が描かれる。
それらは紫色に発光して、多少不気味さを感じさせるデザインで、数秒経つと、数十本もの鎖が現れ、いぶきとアルクを拘束した。
「なっ!」
アルクはヴェルザードを睨んだ。
「悪ぃなアルク。お前も知ってる通り、王都は襲撃を受けててあんまり余裕が無いんだ。国王殺しの犯人探しは全てが終わったあと。とりあえず今怪しいやつは地下牢に送らせてもらう。」
「おい、待て。なんで・・・」
「『アポート』」
アポートは、ヴェルザードの持つスキルのひとつだった。
指定した相手をどこかに飛ばすスキル。
一見強力そうに見えるが、相手の飛ぶ先は選べないし、相手がかなりの格下でないと、効果がなく、更に魔力の消費が半端じゃ無いのであまり重宝はされない。
強いて言うなら味方を緊急脱出させるためのスキルである。
今回ヴェルザードは、とある魔道具を利用して、転移先を王宮の地下牢獄へと指定して、このスキルを使用した。これには複雑な魔力回路の理解と、器用な魔力操作が必要で、並大抵の人間に出来る事ではなく、大賢者であるヴェルザードだからこそ可能な芸当であった。
彼が呪文を唱えると、強力な光と共にいぶきとアルクが地下牢へと飛ばされる。
2人の処理が終わったヴェルザードは眉間に皺を寄せて、ボソッと小声で呟いた。
「 面倒な事になりおった。さて、俺はどう行動するのが正解なんだ?」




