第十話 ターニングポイントⅠ
「25、26…あれ、一人いない…」
エドワード団長が人数を数える。
クラスメイトの皆が集まっているのは修練場だった。
緊急とのことで、皆迅速に集合していたが、一人だけこの場にいない。
「誰がいない?」
団長が困った様子で呟いても、誰も反応がない。
なんでその人物がこの場にいないのかは皆知っていたが、率先して伝える人はいなかった。
それもそうだろう。
大義名分があろうが、彼らはいぶきを一方的に殴り続けた。それも、やりすぎのレベルで。エドワード団長に知られたらどうなるのかは目に見えている。ぶちぎれじゃあ、済まないだろう。
彼らはまだ若か過ぎたのだ。
自身の力の使い方を知らず、ただ力を振りかざすだけの暴力マシーンとなっていた。
皆が気まずい空気にさらされている中、一人だけ何にも気を取られずボケーっとしている人物がいた。
「あれ?そういやいぶきは?うんこでもしてんのか?」
亮平だった。
彼はお腹が痛いと仮病を使ったため、いぶきの騒動の時にはおらず、何も知らない。
「確かに、いぶきが見当たらん。誰か知っているものはいるか?」
エドワード団長はほっとした表情を見せた。
何故招集がかかったのかは生徒たちにはわからないが、全員がいないといけないというのは伝わった。
「いぶきはこっちからいかないと来ないと思いますよ。怪我しているんで。今は部屋にいるんじゃないすか?」
そう言ったのは、海斗派閥に属している太陽だった。
彼は一週間前にいぶきに魔法を使って気絶させたことに、少し思うところがあった。
あの時、なんでいぶきは俺のことを皆にチクらなかったんだ?
太陽は、一週間そのことを考えていたのだ。
同時に、天職の弱いいぶきが海斗派閥のメンバーから虐げられているのを見て、自分の小ささにも気づいた。
異世界転生は多くの生徒には悪影響を与えたものの、太陽にとっては成長する絶好の機会だったのだ。
「困ったな、何故けがを…?いや今はどうでもいいことか。俺は今からいぶきを連れてくるからお前たちはここで待っていろ。」
エドワード団長はそう言い残して、いぶきの部屋へ向かう。
広い王宮の中を颯爽と駆け抜けて行く。
廊下…曲がり角…廊下…曲がり角…
結局なかなかの距離があるにもかかわらずいぶきの部屋まで一分と経たずについてしまった。
「さて…いぶきは………あれ?いない…?」
扉を開けるが、そこには誰もいなかった。
ただ地面に吐いた跡が残っているだけでそれ以外変わったところは見受けられない。
団長の顔は真っ青になる。
「まずい、速く見つけなければ。」
エドワード団長は、いぶきの捜索を開始した。
近くを通った騎士団員にも、探すように命令する。
「おい、いぶきという異世界人を探せ。この王宮のどこかに居るはずだ。」
「し、しかし、今そんな暇は・・・。」
「いいから探せ。」
「でも・・・」
「いいからとっとと探せ!」
団長は焦っていた。
彼はいぶきという人物が、勇者の1人である亮平の親友であり、大切な存在である事を知っていたし、何より別の世界に住んでいた人達を無理矢理この世界に連れてきてしまった罪悪感もあった。
今、王宮はかってない危機に晒されていた。
エドワードにとって、いぶきも連れて、全員でここを脱出するのは絶対条件である。
それは彼自身の騎士道精神の問題でもある。
「くそぅ、いぶきを探していれば、その分時間も浪費する。どうすればいいのだ。」
☆
俺は壁に寄りかかりながら廊下を歩いていた。
体は重く、今すぐにでも倒れそう。
団長に言えば、回復魔法の使い手を呼んでくれそうだが、今はそれどころでは無い。
正直部屋から出てきた事を後悔していた。
わざわざ中庭に行こうなどと考えずに部屋にいれば、こんな苦労することもなかったのに。
もうかなりの距離歩いてきてしまったから、戻るのにもかなりの労力が必要だ。
初めて来た時は美しいと思った美術品も、今ではただの飾りとしか思えなくなった。
異世界召喚は、決して良いものでは無かったと、今なら胸を張って言える。
「家に帰りたい・・・。」
今そう呟いても、誰にも伝わらない。
1週間前に国王は、俺が罪と責任を負うことになると言っていた。
その罪というのはこれの事だったのだろうか・・・?
この世界に来てから、散々な目にあった。それこそいいことなど一つもない。
何度も殴られ、蔑まれ、今まで苦労して維持してきたクラス内の地位も、既に地に落ちた。
なんでこうなってしまったのだろうか?
俺はため息をつく。
そんなこんなで色々考えていると、だんだんと目的地に着いてきた。
いつも休んでいる中庭だ。
草木が多い茂っていて、王宮の中では唯一自然の中にいることができる。
場所は人工物の中心だし、そもそも三階にある意味不明なエリアなので厳密には自然とはいいがたいが、それでもボロボロな俺の心を癒すには最高の場所だった。
俺は座ろうと思って端っこにあるベンチへと向かう。
その途中でふとあるものが目に入った。
その中庭は、いつも変わらないのに異質な雰囲気を纏っていた。
特に変わった点はなく、何故そう思ったのは分からないが、嫌な予感がするのは確かだ。
俺は目をこすってからもう一度それを見た。
決して見間違えではない、見間違えるはずもない。
何故ならそれは黄金に光り輝き、辺りの背景とは全く切り離され、非常に見つけてくれとばかりに強調されていたからだ。
そして、俺はこれが何かを知っていた。
この一週間、何度も何度も見てきたものだ、知らないはずがない。
金翼騎士団の鎧だ。
主にエドワード団長がずっと着ていて、他の団員も定期的に装備していたものだ。
ただ、一つだけ違う点がある。
そこには、夥しい量の赤い液体がまき散らされていた。
「嘘だろ…なんで…。」
死体だった。
顔こそ知らないが、金の鎧を着けた騎士団員は、酷い見た目で倒れていた。
目や鼻などの穴という穴から血が流れ出ていて、はっきり言って人の形を成しておらず、その様子は誰かに殺されたというよりは、病気や呪いに侵されたといった方が適切だ。
俺は無意識のうちに口に手を当てる。
そしてあまりにも痛々しい姿に吐き気を必死にこらえながら、ゆっくり後ずさりした。
先程まで絶好調だった体中の痛みは、全く消し飛んでいて、頭の中はパニック状態になっていた。
何が起こっている?
ゆっくり後ろに下がると、何かを踏んだ感触を感じた。
驚いて振り返ると、もう一つの死体を見つける。
国王の死体だった。
「---!」
こっちは腹に剣が刺さっていて、服には微量の血がにじみ出ている。
その顔は、一週間前に見たものとほとんど変わりなく、本人であることは一目でわかる。
瞬時にさっき倒れていたのは、国王の護衛だったという事を理解した。それと同時に物凄い緊張感が俺の体を包み込む。
「なんだよ・・・これ・・・。一体何が起こって・・・。なんで王様が・・・。」
そう呟いた瞬間、大声で誰かが俺の真後ろで叫んだ。
「貴様!何をしている!!」
後ろを振り返ると、居たのは金翼騎士団の1人だった。
相変わらず金色に光る豪華そうな鎧を身にまとっていて、ごっつい。性別は男だった。
「そこに倒れているのはまさかエイルと、国王陛下!!貴様、一体何を。」
騎士は、数秒間困惑していた。
しかし次の瞬間、物凄い殺気を浴びせてきた。
「赤島いぶきだな。団長の命令により不在の貴様を迎えに来たというのに、まさか我々を裏切っていたとは・・・。」
俺は彼の中で国王殺しにされていた。
普通に考えれば、俺が国王を殺すのはありえない事のはわかる。
国王が何故またこんな場所にいるのかは知らないが、彼に護衛がついていたのは確かだ。
さっき死んでいた人以外にもやられてる人だっているかもしれない。
しかも、金翼騎士団は、国王直々に選ばれた、この国最強のメンツが揃っている。
俺如きが相手になどなる訳が無い。
勝利する等、もってのほかだ。
しかし、俺達はお互い冷静じゃなかった。
俺は先程陸達にボコボコにされたため、体中に怪我をしている。
見えようによっては金翼騎士団に苦戦した後に勝利したというふうに捉えられてしまうだろう。
騎士から見れば、俺は圧倒的に怪しかった。
一方で俺もまともな判断が出来なかった。
この時、しっかり話し合っていれば、誤解だって解くことが出来たかもしれない。
だが、俺はその選択肢を取らなかった。
俺は・・・
国王の腹に刺さった短剣を引き抜く。
そして、ただその場からにげた。
「うあああ!!!!!」
「赤島いぶき、貴様を殺す!」
見れば、男は目から涙を流していた。
☆
「エドワード団長遅いなぁ。いぶき、部屋にいなかったのか?」
亮平は呟く。
「確かに、もう結構待たされてるな。俺もあいつを探してくるか?」
それに反応したのは陸だった。
いぶきに対しては、あんなにきつく当たっていたのに、亮平の前だと媚びを売り始める。
正直、口には出さないが、1部の人間はドン引きしていた。
エドワード団長の様子から何か良くないことが起こっているというのは推測できるが、それ以降は分からない。
生徒達は暇を持て余していた。
皆各々雑談をしている。
こういうスキルを身につけたとか、こういう事が出来るようになったとか。
召喚された時とは比べ物にならないほど、皆元気に喋っていた。
しばらく経つと、ある人物が修練場に来た。
金色の装備を着ていて、物凄い美人。
イーゼだった。
「あっ、イーゼさん久しぶりです!」
生徒達の中には、暗殺系のスキルを持っている人は居なかったので、イーゼは講師としての役割は無かった。
よって会うのは1週間ぶりとなる。
「久しぶりって言うほど期間は開いていないでしょ。」
彼女は腕を組みながらため息をつく。
その一見いつも通りに振舞っているイーゼだが、普段とは明らかに声質が違った。
何か大きな事が起こっていると察せないほど、みんな馬鹿ではない。
金翼騎士団の人達も、ここ数十分はピリピリしていた。
「何かあったんすか?」
そう聞いたのはあつしだった。
彼が発言すると、やはり海人派閥の面々は不快そうな視線を向けるが、今はそんな事どうでもいい。
「ちょっとトラブルがね。あなた達も場所を移動するわよ。着いてきて。」
イーゼはそう言い残して、歩き始める。
クラスメイト達は、ゆっくり彼女について行くことにした。
数名がぞろぞろ足を動かすと、
カキン!
突然だった。
皆信じられない光景を目の辺りにした。
立っていたのはイーゼとあつし。
2人はお互いに剣と短剣を握っていて、何故か打ち合っていた。
それは一瞬のうちの事で、目で追う事でさえ難しい。
物凄い形相で睨むあつしに対し、イーゼは驚きの表情を見せる。
あつしは言った。
「もう一度聞きますよ。なんかあったんすか?」
「へぇ、この速度に付いてこられるなんて、流石は勇者、まだ1週間しか経っていないから油断してたわ。絶対に侮れない天職ね。」
あつしの問いに、イーゼは答えない。
彼女は興味深そうに勇者を眺めた。
「まぁ、そんな魔神様にとっての最大の驚異であるあなたをこの段階で殺せるのは、好都合。あなたに恨みは無いけど死んでちょうだい。後ろの異世界人達も含めてね。」
☆
あつしがイーゼと戦闘を始める一方で、一般の騎士団では騒ぎが起こっていた。
「敵襲!敵襲!壁の門番以外の団員は至急戦闘体制に入れ!
壁の門番以外の団員は至急戦闘体制に入れ!ただいま、金翼騎士団から連絡が入った。大量の魔神軍が、王都に攻めてくるぞぉ!」
その伝言を聞いた騎士は、ほかの騎士へと同じ事を伝える。
魔法という便利な物がある世界だが、残念ながら音を響かせたり通信出来るような魔法は存在しないので、伝言ゲームのように他人に伝えるしか無かった。
現場はこれまでになく忙しかった。
緊迫した状況に、誰もサボることなんて叶わない。
王都は高さ20メートルの壁に囲われているので、攻め込もうとしてもなかなか攻め落とせない。
ここエスカール王国は世界の中心であり、最も強い武力を持った国だ。
陥落するなんてことは早々起きないはず。
しかし、魔神においては違った。
壁には結界が貼られ、そう簡単に壊れないようになっているが、魔神の力の前ではこんにゃくと変わらない。
だからこそ、皆慌てていたのだ。
1人の騎士が、王都を囲う壁の外側を見て思った。
「敵?そんなの見えないぞ?」
「金翼騎士団様が敵襲と言っているのだぞ?そんなわけが無いだろ。あれ?本当に見えない。」
どこにもいなかった。
どれだけ目を凝らしても、全く敵は見られない。
金翼騎士団とエスカール騎士団は別組織だった。
故に、この場所に深くエドワードが入ってくることは無い。
だから、エドワード団長が、エスカール騎士団団長に伝言する際、多くの人を挟んだ結果最も重要な事が抜け落ちてしまった。
敵は地上ではなく、空から転移魔法で現れる。
そもそも地上で進軍してきたのならば、金翼騎士団よりも先に普通の騎士団が見つけるだろう。
だが、そうではなかったということは、その他の方法で攻めてきているということだ。
そして、敵襲は、現時点で人類最強と謳われるエドワード団長でさえ見逃した。
気付いたのは、金翼騎士団にいる魔力感知に優れた目の見えない盲目の大魔道士、ヴェルザード。
しかし、彼でさえ一瞬見逃しかけたという事が、敵がどれ程強大な力を持っているかを示している。
突如、空から超巨大な魔法陣が浮かび上がった。
大きな音を立てながら、それは強力な光を帯びていた。
ゴゴゴゴゴ。
次の瞬間、大量の軍勢が空一面に現れる。
「おい、なんだあれは!!」
上を見ると、数え切れないほどの魔物が降ってきていた。
ゴブリン、オーク、ウルフ・・・。
見れば最強の魔物、ドラゴンもいる。
その現場に立ち会わせた人々は皆絶望の表情を浮かべていた。
「お・・・終わりだ・・・。」
騎士団達は呆然とそれを見ていた。
☆
「おい、団長!あんた何してんだ?」
そう語りかけたのはヴェルザード。
金翼騎士団に所属しているこの国最高の大魔道士だ。
そんな彼が話しかけたのは、未だにいぶきを探しているエドワード団長だった。
「何をしているかって?赤島いぶきという異世界人を探しているんだ。」
「そいつは確か勇者じゃないだろ?なら諦めやがれ。今はそれよりやるべき事があるだろ。」
「そういう訳にはいかない!!」
エドワード団長は、脳筋だった。
プライドも高く、1度やると決めた事は最後までやりきる。
そんな姿を尊敬してか、人望はあるが、とても騎士団長をこなせるだけの器ではない。
「彼らはそもそもこの戦には関係なかった。平和な世界にいたというのに我々が無理矢理巻き込んでしまったのだ。だから、このままいぶきを見殺しにすれば、俺の面目が、」
「このままだと、他の奴らも死んじまうぞ!!!!!」
ヴェルザードは怒鳴った。
「お前ももう気付いてんだろ。敵はもう侵攻を開始した。いち早く異世界人達を、特に勇者を教会の転移陣にまで連れていかねばならねぇ。奴らは既にこの王宮にも潜っているんだ!!残念だがいぶきというやつは見捨てろ。俺達にもう余裕はねえんだ。」
「だ・・・だが、俺は・・・。ちょっと待て、もう敵は王宮に攻め込んできているのか?」
「それは俺にもよくわかんねぇ。強ぇやつは気配の消し方もうまい。だからいたとしても認知できない場合がある。だが今確実に言えるのは国王と金翼騎士団二人の魔力反応が消えた。死んだんだ。やられたのは護衛についていたエイルとドッジ。敵は確実にここまで迫っている。」
「異世界の子供たちは?」
「まだ誰も死んじゃいねぇ。いぶきも含めてな。」
「ならいぶきの場所を教えろ。全員を連れて教会へ向かう。」
「それは無理だ。あいつの魔力、なんか空気中に広がっている魔剣の魔力と同化しちまっててな。生きているのは分かるんだが正確な場所が掴めねぇんだ。」
それは、いぶきが一週間前に国王によって食べさせられた、雑草の影響であった。
この王宮に生えている雑草は、地下に封印されているとされる魔剣の魔力を吸って成長している。
そのため、それを食べたいぶきには、魔剣のが魔力が混じっていた。
また、王宮の空気中には膨大な量の魔剣の魔力が蔓延していて、それがいぶきの身を隠す原因となった。
「まぁ、お前がそんなに気にしてるってんなら、いぶきは俺が探してやる。自分のやるべきことをこなしながらだから、期待されても困るがな。団長殿は勇者達のとこへ向かってさっさと王都を脱出してくれ。」
☆
王都には未曽有の規模の大群が攻めてきていた。
数は30万を超え、一体一体が強力な魔物である。
気付かぬうちに戦いは始まっていたのだ。
国王の死体の傍から逃げ出すいぶき。
イーゼの敵意を見破ったあつし。
そしてそれを呆然と見ていた亮平。
彼らはまだ知らない。
この突如行われた襲撃が、一体どんな結末をもたらすのか。どういった未来を連れてくるのか。
国王はいぶきに言った。
『お主も大きな罪と責任を背負うことになるだろう。』と。
それは、まだ子供であるいぶきにはあまりにも重すぎるものであった。
彼が進むのは、茨の道。
死と絶望が蔓延する平和という言葉の存在しない未知の世界である。
これは友情の物語。
成長の物語。
愛の物語。
運命の物語。
そして、絶望の物語である。




