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ミヤマクワガタとオニヤンマ

作者: 石井 謨


「―ミヤマ」クワガタ、と言葉を続けようとした時、西村の声が重なった。

「オニヤンマ!」

互いに顔を見合わせると西村は勝ち誇った様な表情で「なあ柳沢」と僕の名前を呼んで「ミヤマクワガタは小さ過ぎないか」と言い、親指と人差し指を広げて5センチくらいの幅を作った。


 西村とは長い付き合いだ。秩父連山の麓にある同じ村で生まれた。小学校は別だったが同じ中学に通い、柔道という女っ気のない部活で一緒に汗を流してからもう四十年になる。大学が別々となり、行き来が途絶えた時期もあったが同窓会で再会し、毎年ボーナスが出る六月と十二月の最終金曜日に東京の居酒屋で一杯やるようになった。

 難しい話は一切しない。会話は仕事の愚痴や店のテレビにあれやこれやと注文をつけるという、たわいの無い内容が殆どだ。ネタに詰まれば病気や健康法などといった、体のこと。つまりは日本中の居酒屋で毎晩見られるありふれた光景のひとつだ。

この日も空豆をつまみ、吟醸酒の入った杯を傾けながら世界の珍しい昆虫を探すという番組を見ていた。日本では考えられないような大きさのカブトムシや派手な色使いの蝶などが紹介された後、カメラがスタジオに戻り、司会者がゲストの人達にお気に入りの昆虫を尋ねていた。


「―確かにデカさならオオクワガタだ。しかしエッジの効いた大顎のフォルムは世界中のクワガタの中で最も美しい。さっきの派手な南米の昆虫達が九谷焼なら、ミヤマはさしずめ備前といったところだな」僕は広げた西村の指をぴしゃりと叩いた。

「オオクワガタは動きが鈍い。それに比べ大空を切り裂くように飛ぶオニヤンマはジェット戦闘機そのものだ。アキアカネやギンヤンマに比べて遥かに大きいのも良い。クワガタが飛ぶ様は足に地がつかない酔っ払いの千鳥足と変わらないぜ」

「飛ぶ飛ぶしつこいよ。空を飛びたい窓際族の希望を託しているように聞こえるぜ」と僕は毒づいた。半年前、中堅どころの商社に勤める西村がこれからは自分も窓際族だとぼやいたことを思い出したのだ。

「馬鹿言え。後輩に活躍の場を与えているだけだ」と西村はふん、と胸を反らすと「お前こそ、元気な子供に囲まれてトボトボ歩くとこなんか、動きの鈍いクワガタと一緒だ」

高校の教え子が皆自分の子供よりも年下になり、校舎を元気に跳ね回るのが羨ましいと嘆いたのことを覚えてやがる。

「ミヤマクワガタのミヤマは深山と書く。名前のつけ方もセンスがある」と僕。

「セミを食べるほどの肉食性。まるで動物のようだ」と西村。

ひとしきり自分側を褒め、そして相手方をくさした後はザリガニ釣りやキノコ採りなど、野山を巡った子供頃の話に花を咲かせた。

ウマズラハギの刺身が出てくると西村はそのウマズラハギのように口を尖らせ「コンクリートに囲まれる生活にも飽きたなあ。社会人になった頃はあんなに輝いて見えた街なのに」とぼやき両手を組んでカウンターに身を伏せた。悪酔いかな、と思い肩に手をかけようとすると突然身を起こし「よし。明日六時に池袋駅に集合だ」と大きな声で言った。

「え?」

「実家に帰り、実際に捕って較べてみようぜ」西村は僕の目をまっすぐ見る。

「面白いじゃないか。捕れない方が次回の場代を持つなんてどうだ」

「望むところだ」

数少ない僕らの長所はそれが酒の席の与太話であっても、約束は必ず守ることだ。窓の向こうには光を放つ超高層ビル達が実家の裏山にある竹林のようにそびえ立っている。


較べる以前に獲れるかな、と思った。まあ、五十を過ぎて空の虫かごを持つのも悪くない。そう思いながら杯をたん、とカウンターに置いた。明日が楽しみなんていつ以来だろう。


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