7/37

化け物でも

今日二度目の更新です。

　扉を閉め、マクシミリアンしか開かないように術をかける。

　何人足りとも、大事な弟子のいるここには入れないように。

（さて、と）

手のひらを握る。今のディアナが使える魔力は、全盛期と比べると、ごく僅か。

　心臓を守る保護膜から、魔力を頂戴してから三年――、ディアナの体は、もう魔力を貯められない。

　ラスターを助ける時使ってしまった保護膜は、修復されることはなく、三年の時間をかけて崩壊した。

　保護膜がない今、ディアナの心臓が生み出す魔力は、貯められることのないままに流れていくだけになっていた。

（それでも大丈夫。――私なら、あの子だけは守れる）

　そう自分を奮い立たせた瞬間、後ろから金属の擦れる音や、地面を踏みしめる音が聞こえた。

「元大魔術師、ディアナ・フィオリアル」

　名を呼ぶ声に振り向くと、そこにいたのは物々しい装備に身を包んだ見慣れない騎士たちだった。そこそこ腕の立つだろう、魔術師もいる。

　所属を表す紋様や旗などは見当たらない。

しかし訓練された様子から、高位の貴族の私兵なのだろうと推測できる。

　――ラスターを捕らえていた、連中のように。

「あの少年を、返してもらいたい」

　指揮を執っているのだろう男が低い声で告げる。隣にいる赤毛の男には見覚えがある。あの塔でディアナを誘導した騎士だ。目を向けると、気まずそうに目を逸らした。

周りの騎士たちが剣や弓を構え、魔術師たちは呪文を唱え始めた。

「そして我が主の命により、あなたにはここで死んでいただく」

「私がディアナ・フィオリアルと知っていて、随分と命知らずな」

　ディアナの黒髪が、風に大きく靡く。五色の紫の瞳で男を見つめると、男は微かに表情を強張らせた。

「けれど私は器が広いの。このまま大人しく帰るのならば、見逃してあげましょう」

「……あなたは確かに、偉大な魔術師だった」

　呟くように男が言い「しかし」とディアナを睨め付けた。

「保護膜を失っているあなたは、もはやただの人間だ。敵ではない」

（何故、それを……？）

　驚いて指揮を執っている男の横にいる赤毛の騎士を見る。あの時あの場にいた赤毛の騎士が、伝えたのだろうか。

魔術に詳しくない者が、あの時のディアナを見て保護膜を使ったと、わかる筈がないだろうに。

　一瞬の動揺の隙に、矢が放たれてディアナの右頬をかすった。

「殺せ！」

　声が響き、こちらに向かって幾十もの矢が飛ぶ。間髪入れずに魔術師による上級の攻撃魔法も飛んできた。

　その様子を見て、ディアナは無表情のまま片手をあげる。

　上げた手を、くるりと回して握る。矢は何かに弾かれたかのように跳ね落ちて、攻撃魔法はじゅっと音を立ててかき消えた。

「残念だけれど、私は天才なの」

　保護膜を失っても、魔力自体がなくなるわけではない。

　元々ディアナの化け物級の魔力量の理由は、他の魔術師よりも魔力を貯める容量が遥かに大きかったことに加えて、魔力を生み出すスピードの桁違いの速さにある。

　それにディアナは、魔力量だけで大魔術師になったわけではない。

素早い状況把握に、複雑な術式を正確に展開する速さ。どんな窮地に立たされようとブレることのない精密な操作が、ディアナを最強の大魔術師に押し上げている。

　体を顧みず、一気に魔力を生産するのならば、少々腕の立つ魔術師よりはずっと、自分は強い。

　騎士たちが驚きに息を呑み、怯える。

　こうして怯えの視線を浴びるのは久しぶりだが、もう何とも思わない。

　大事な家族のためにこうして力を奮うことを、自分はまた選択した。

　けれど多分、今回は後悔しないだろう。

　矢継ぎ早に襲ってくる攻撃を全て無効化しながら、ディアナは詠唱した。

『昏睡』『忘却』を一度にかける。倒れていく騎士達が目覚める頃には、この一連の流れを全て忘れているように。

　そして目を閉じ、指先で新しい魔術を展開し始める。

一瞬の隙が生まれた、その時。ディアナの胸が、貫かれた。

　指揮を執っていた男が自分の太ももを刺し意識を保ちながら、ディアナの心臓に向かって矢を放ったのだった。

（――狙い通り）

　ゆっくり微笑んで、展開した魔術を男に向かって放つ。彼は地に膝をつき低く呻き声をあげ、ギリギリと胸を押さえた。

「化け物め……！」

　恐怖と憎悪で瞳を燃やす男を見おろしながら、命が終わる前にまた術式を作り上げていく。

「――ディア！」

「！」

　ラスターの声がした。驚いて振り向くと、足や手を血で赤く染めたラスターが、こちらに駆け寄ってくる。

「ラスター……！」

「何して……、ディア！」

「来てはだめ！　戻っ……」

　ディアナが叫ぶのとほぼ同時に、男が放った矢が再びディアナの心臓を撃ち抜いた。

　指先で織り上げていた術式が光の粒となって消える。傾いでぼやけていく視界に、ラスターの見開かれた目だけが鮮明に映った。

　それと同時に男が呻き、倒れた音もした。

　先ほど男にかけた『主への叛逆』という魔術は、ディアナを害し、死に至らしめる者を道連れにするという魔術だった。

　そしてディアナはそれを改良し、死に至らしめる者だけではなく『それを命じた者』の命を奪うように術式を書き換えた。

元々非常に強力な『主への反逆』は、己の命と引き換えに発動する魔術である。もう一人命じた者の命を奪うなら更に対価が必要で、ディアナはその対価に己の体の消滅を選んだ。

（亡くなった後の体がどうなろうと、どうでもいい）

　しかし命や体を対価に魔術を強化しても、今のディアナの魔力では効果が薄すぎる。もう一度重ねてかけなければ、男やその主人の命を奪うまでには至らない。

　もう一度練り上げようと震える指先を男に向けた時、駆け寄ってきたラスターが、ディアナのその指を掴んだ。

誤字脱字報告、評価やブクマありがとうございます！大変励みになっております！

夜にまた一話更新して過去編が終わりです。