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色混じりの嫌われ者

今回虐待的な内容を含みます。

苦手な方はご注意ください。


 



 魔術師の名門フィオリアル伯爵家に引き取られたのは、ディアナが五歳の時だった。

 雪が降る寒い日だった。

 いつもディアナと外出することを極端に嫌がる母に誘われて、喜んで出かけた先は見たこともない大きな立派なお屋敷だった。


 お屋敷の前には、一人の美しい男性が待ち構えていた。母が叔父と言ったその人は、ディアナを見て目を見張る。


 その瞳はディアナと似た紫色の、二色の瞳だ。ディアナと同じ嫌われ者の色混じり。この人も嫌われ者なのだろうかと、母の服の裾に縋りつきながら少し思った。


「どうせ眉唾物だろうと捨て置いていたが、まさか本当に……。これは確かに、私の娘と認めよう」


 母は不快そうに顔を顰めたが、重そうな布袋を渡されて表情を変えた。


「これからはお父様と一緒に暮らすのよ」


 久しぶりに優しく微笑む母を見て、ディアナは母を掴む手に力を込めた。


「お……お母さんは? お母さんも一緒? 私はお母さんと、」

「ディアナ。家族は助けあうものよ」


 母はディアナの肩に手を置き、晴れやかな美しい笑顔を見せた。


「お母さんはこれまであなたを育ててあげたでしょう? あなたがここで立派な魔術師となるために頑張ってくれたら、みんな幸せになるのよ。私たちを幸せにしてくれたら、みんなあなたを好きになるわ。もう嫌われ者なんかじゃなくなるの。あなたのためなのよ」


 そう言った母はディアナの額にキスをし、固く握ったディアナの手を振りほどくと、一度も振り向かずに雪の道に消えていった。

 声も出せないまま凍り付いていると、小さな呟き声が聞こえてきた。


「この年まで訓練の経験がないのは痛いが……五色の瞳なら大魔術師は確実。それにアレスとロニーの練習台にもなるな……」


 混乱する頭で怯えながら見上げると、父と呼ばれたその人は、穏やかな笑みを浮かべた。


「私の娘に会えて嬉しいよ。ようこそ、フィオリアル伯爵家へ。お前は今日から私の家族だ」

「家族……」

「ああ。家族だよ。五色の瞳を持つお前は、間違いなく私の娘だ」


 お前なんて娘じゃない、と日々母親に叱られていたディアナは、捨てられたと悟った強い淋しさと悲しみの中で、その時微かに、胸に灯る温かさを感じた。


「お前なら、いつか天才と持て囃される大魔術師となれるだろう。訓練は辛いこともあるだろうが、頑張ってほしい。――お前の母親の言う通り、家族は助け合うものだから」


 そしてその日から、ディアナの新しい家族との生活が始まった。


 ◇


 魔力封じの枷は嫌いだ。

 体から力が抜けていく。吐き気と頭痛がして、まるで高熱を出した時のように頭がぼんやりとするのだ。


 だけど魔力持ちなら歩く前から始める魔力制御の訓練を、平民だったディアナは受けたことがない。

 そのため魔力を暴走させてディアナの兄であるアレスとロニーに怪我をさせないよう、訓練の時は魔力封じの枷を首にかけられることになった。


 その訓練とは、兄たちがディアナに放つ攻撃魔術をディアナの魔術で撃ち落とすことだった。

 今まで訓練を受けたことがないディアナは、命の危機を感じでもしないと、今までの遅れを取り戻すことなどできないのだそうだ。


 そして兄たちは、きちんと人体の急所に当たるように撃たなければならない。二色の瞳を持つ彼らは、努力をしなければ国家魔術師になることすら難しいぞと、父に強く叱られていた。


 今日も四方八方から飛んでくる氷や火の塊を、覚えたての自身の魔術で正確に叩き壊す。あれに当たると、とても痛い。当たった時のことを思い出してディアナが恐怖におびえた瞬間、太ももに長兄――アレスの放った氷の塊が当たった。


「……!」

「それでも五色の瞳の持ち主か?」


 攻撃が当たると、父は冷ややかにディアナを叱る。そしてその状態でも、兄たちは容赦なく次の攻撃を加えてくる。


 そのまま気絶すると、終わりだ。ひどい怪我をしたときは、父の馴染みだという精霊士が治してくれる。といってもディアナはいつも気絶しているから、顔を見たこともないのだけれど。


 ディアナは大事な家族だから、こうして手当をしてあげたんだよと父は言う。

 だけど父が抱きしめるのは、ディアナではなく二人の兄たちだけだった。


(がんばらなくちゃ。がんばって、りっぱな魔術師になればいいんだ)


 怖くて痛くてつらい時、ディアナはいつも心の中でそう呟く。


 平民の間で魔力持ちが嫌われるのは、高額な魔力制御の訓練ができずに大きくなり、魔力暴走を引き起こすことが多いからだ。


 だから自分が立派な魔術師になったら、嫌われることはない。母がディアナを疎むようになったのは、ディアナの存在を怖がる周りの人々が嫌がらせを繰り返してきたからだった。

 本当はお母さんだって、きっとディアナと離れたくはなかったのかもしれない。


(わたしが、わたしがすごい人になればいいんだ。お父さまの言う天才に。そうしたらみんな幸せになって、わたしを好きになるってお母さんも言ってたもの。……そうなったらお母さんが、きっと迎えにきてくれる)


 ディアナの心の中で、どんどん母親が美化されていく。

 当時五歳のディアナにその危うさがわかるはずもなく、ディアナは毎日母親の夢を見ては、抱きしめてもらうことを夢に見ていた。


 ◇


 その日は父がいなかった。そのせいか、いつもよりも兄たちの攻撃は執拗だった。


「うわ、意識がある。お前って本当に化け物なんだな」


 力尽きて倒れたディアナの髪を掴んで、次兄は「死んだかと思ったわ」と言って胸を撫でおろした。


「これ強力な魔封じなのになー……。こっちの攻撃を払いながら致命傷を避けるために咄嗟に防御魔法かけるって、こいつほんとにすごくね?」

「じゃなかったら父上が引き取らないだろう。……やりすぎたな、そろそろ仕舞いだ。大事な妹を寝かせてやらなきゃ」


 冷たく嗤った長兄が、ディアナに毛布を放り投げた。


「何せこの数十年、二色しか生まれない落ちぶれたフィオリアル家に現れた、地位と名誉と金を与えてくれるだろう化け物様だ。父上の言う通り、寝てる時には攻撃するなよ」

「了解。あーあ、ムカつくけどこいつを見てると、俺普通に生まれてよかったと思うわ。じゃあね、お休み妹ちゃん」


 そう言って二人が、訓練場である地下室から去っていく。

 ようやく眠れる。そう思うのに、今日はなかなか眠れない。痛くて辛くて悲しくて、どんどん涙があふれてくる。


(眠っている間は、何も考えなくてすむのに……)


 母親に会いたかった。もう自分は、充分頑張っていると思った。


(魔術は上手になった。家庭教師の先生もびっくりして褒めてくれたし――これなら、お母さんももういいよって言ってくれるかも)


 そう思い、先日家庭教師に教わった魔術を自分で組み立てて展開してみる。


「解呪」


 唱えると自分の掌で、紫の光が輝いた。首元の魔封じの枷が外れる。

 体はとても痛むけれど、心がはすっかり軽くなって、何でもできるような気がした。


「えっと……転、移」


 ディアナはその日初めて、人体転移の技を使った。






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