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今日は特別だ

 



 今朝、ラスターは起こしに来なかった。


 昨日嫌いと言われたことを思い出すと胸が締め付けられるように痛んで、折角の朝寝坊のベッドの中でリディアはため息を吐く。

太陽の位置を見る限り、午前十時頃だろうか。規則正しい生活に慣れきった胃が、空腹を訴え始めていた。


(だけどラスターがひどい……)


 自分でも驚くほどショックを受けている。

 痛いことをされたり、食事を抜かれたりは覚悟していたが、嫌いと言われる覚悟はしていなかった。


 ラスターから、はっきり嫌いと拒絶されたのは初めてだ。


 仕方がないと、自分に言い聞かせる。嘘を吐いたわけではないけれど、一度ディアナに騙され利用されたと思っている分、信じることはできないのだろう。


(本当に、本当に仕方ないことだわ)


 例え嫌われてでも、ラスターの心を守ると決めたのはリディアだ。


 一抹の罪悪感もなく、幸せに生きてもらうために。

 そのためにはそろそろ起きて、いつも通り振る舞わねば根は優しいラスターが気にしてしまうだろう。


そしてやっぱり、このまま結婚は良くない。復讐は甘んじて受け止めるが、それでラスターが不幸になるくらいならば、逃げ出さなきゃいけないとリディアは思った。


 ――そのためにも、十六年ぶりに彼に会わなければ。

 そう思って起きあがろうとした時、遠慮がちに扉を叩く音がした。


「……生きてるな」

「当然でしょう」


 ちょっとバツの悪そうな顔のラスターが、それでも起きあがろうとするリディアの姿を見て、ホッとしたように吐息を吐く。


 まだ十時頃だろうに起きてこないだけで安否を確認するなど、ラスターの規則正しさには脱帽するばかりだ。


「……今日は特別に。ベッドの上で食事をしてもいい」


 そう言ってラスターが、手に持ったスープやパンの朝食を見せる。呆気に取られるリディアの膝の上に、ぽんっとベッドテーブルが現れた。


「昔は毎日、ベッドで食事を摂りたいと言ってただろ。……今日だけだ」

「ラスター……! 私、これ夢だったの! 今日ということは、お昼も夜もここで過ごせるということ!?」

「………………今日だけは、特別だ」


 非常に不本意そうな苦々しい表情に思わず吹き出すと、ラスターがまたホッとしたように目を和ませた。

 きっとこれは、彼なりの仲直りなのだろう。


「あなたはもう食べたのよね? ……そこに座って、果物だけでも一緒に食べない?」

「……ああ」


 ラスターが懐かしそうに眼を細める。

 喧嘩をした後は、一緒に食事をして仲直りをする。それが一緒に暮らしていた頃、二人の暗黙の了解だった。


 そうして食事をとってると、不意にラスターが不本意そうに口を開いた。


「……ものすごく気が乗らないが。二人で王宮へ行くことになった」

「王宮?」

「先日、古龍を殺した。その祝賀会とやらを開催するから、婚約者も連れてこいと王命が下った」


 余計なことを、と舌打ちしかけたラスターに、リディアは「祝賀会……」と呟いた。


「……大魔術師の功績を称える会なら、マクシミリアンも来るわよね」

「やはりディアは来なくていい。急病になったことにする」

「えっ、ま、まさかラスター、まだマクシミリアンを嫌ってるの!?」


(言わなきゃよかった!)


 まさかまだ仲が悪いとは思わなかった。ラスターのことを記した本によると、ディアナ亡きあと大魔術師になる前の一年間ラスターの面倒を見たのは彼だし、そのあともしばらくは交流があったようなのに。


 それとももしかして、懐かしい人に会わせないことも、復讐の一環ということだろうか。


「それじゃあ私がマクシミリアンのところに行かないよう、ラスターがずっと私のそばにいたらいいじゃない?」


 もちろん隙を見てマクシミリアンとコンタクトを取る予定だが、嘘は言っていない。


「王命を拒否するわけにはいかないし……それに私、ラスターの正装姿を見たいな」 


 王宮に行くのならば、正装をする必要がある。

 マクシミリアンのことを抜きにしても、婚約者と紹介されることが不本意でも面倒でも、今回ばかりは祝賀会に参加したい。

 ようやく拝める弟子の晴れ姿を、見逃すことはできない。


「大魔術師といっても、あなたはもう公爵だもの。王宮ではローブじゃなくて、きちんとした服装でしょう? 私、ラスターのそんな姿を見たことがないから本当に楽しみ。ラスターはそのままでも素敵だけど、きっとますます……うん、絶対に格好いいはず!」


 リディアがちょっとはしゃいでそう言うと、ラスターが一瞬黙り、仕方ないなと呟いた。


「……なら、ディアの分もドレスを用意しなきゃいけないな。頭になかった。買いに行こう」

「え、ドレスならクローゼットに……」

「すぐに用意する。ディアも用意しろ」

「え? 今から?」


 早速立ち上がり部屋を出ようとするラスターに、今日は一日ベッドの中で過ごせるはずではなかったのかと思いつつ、罪人という立場を思い出し泣く泣く自重する。


慌てて最後の一口を口に放り込むリディアに、ラスターが「あと五分後に」と盛大な無茶振りをして出ていった。



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