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東京に住む龍  作者: 江戸紫公子
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第四話 龍の片想い その一

登場人物


青龍・水神辰麿 

 世界に5柱しかいない龍の1柱、青色をした東の龍で年齢はあと2年で1億歳。人間姿では都内の龍神社の神主で、21歳の大学生。神武天皇以来、現世の日本国政府に保護されている。

宮前小手毬

 17歳の高校2年生、青龍とは幼馴染で、婚約者?国立大学の薬学部を目指し猛勉強中。

野守 

 鬼神、日本天国の支配下にある日本地獄の長官で、現世日本国政府との連絡役。冥界での産科・薬学の創始者。高天の原政庁の役人をしながら、元禄時代に最高学府・獄立地獄大学を創設。現在は名誉学長を兼任。

胡蝶 

 天人で天然系女神、野守の妻。獄立地獄大学物理学部の教授。専門は宇宙物理学で野守と共に龍の研究をしている。

龍馬 青龍が使役する眷属、人間の姿では高円寺に住むミュジーシャン。

笠原 内閣官房国民生活調査局伝統宗教担当課長、青龍の保護をする官僚。

 心浮き立つ春である。ましてや受験勉強から解放された大学一年の春だ。宮前小手毬はさぞ、浮き浮きして大学生活を楽しんでいるかと思いきや、いきなり突き付けられた現実に、いや逆風に立ち向かわなくてはならなかった。


「ねえ、龍君どうしよう」


 小手毬の今のところ、仲の良い幼馴染でしかない、水神辰麿に悩みを話した。


 子供の頃、不仲な両親に育てられたのか、ロマンの一欠けらもなく、自立の道を考えた所為なのか。はたまた工学部出身で一流家電メーカーの技術者だった父が、自分の会社が潰れることを何年も前から予感して、準備万端で得意の工業用機械メーカーを創業して、数年を経ずして元の大企業潰れてしまったのだった。この先見の明と、生き延びる力のある父の血を引いているのか、小手毬はかなり現実的だ。


 子供の頃から、女性で自立、しかも高給な職業に進むことを考えていた。中学生のころから薬剤師になろうと決めた。薬学科を出て国家試験に合格して、薬剤師になれば、研究職にも就けるし、調剤薬局も病院にも勤められる。もちろん町のドラッグストアの薬剤師にもなれる。給与もいいらしい。金回りのいい男でも捕まえたら、自分で薬局がはじめられるチャンスもある。


 必死に勉強して万全で臨んだ、薬学部の受験に失敗してしまった。そうして入学したのが、国立東京藝術大学音楽部邦楽科雅楽専攻だった。世間の評価は受験した横浜国大や慶応大学よりあるのかも知れないが、薬学部に比べて将来性がないのは、明白だ。


 薬学部なら余程のことがない限り国家試験に合格して、薬剤師になれるのに、ここはプロの雅楽師になれる確率が数パーセントだ。同じ藝大でも美術なら、デザイナーやイラストレーターのような潰しの利く、道に行ける可能性もある、音楽部しかもマイナーな邦楽でも、三味線とか日舞なら、何とか流の中で舞台に立ちながら、師範としての道もありそうだが、雅楽師として演奏をして食べれる確率が低い。オーケストラならぬ雅楽団へ入団するにしても、空きがないと無理の様だった。それでも先輩が言うには、他の大学の雅楽科より、ずーといいらしい。


 まだそれでも、同じ専攻の学生にはプロの可能性があるが。小手毬にはなかった。小手毬はなぜ入学できたか、不思議なのだ。センター試験の成績が抜群に良かったのは確かだが、篳篥の実技が通ったのは奇跡だと思っている。先生方の前で、目白の老先生に習った通り、課題曲を吹いた。七月からそれしか稽古していない。確かに試験中特に失敗したという感じもしなかったので、それで通ったと踏んでいる。


 他の学生は高校二年生までに受験を決め、師匠の元で猛レッスンをしてくる。篳篥の練習と言っても、週に数時間しかしていない、悪いが本気で藝大を目指して来た人は数万時間練習している。その上雅楽の世界で生きていく心構えがあるのだ。素人のお稽古の延長でしかない自分とは大違いだ。今のところ演奏の上手い下手では専科の中では、最下位の実力しかない。他の学生の演奏を見るたびに、皆一流の雅楽師になれるんだろうな、と思って劣等感に苛まされた。

それに対して辰麿は、相変わらず、


「小手毬、思い切り贅沢させてあげるから、僕と結婚しようよ」

 

 と言われる。辰麿は何かあれば結婚しようだ。子供の時に、小手毬は辰麿と婚約したというのだ。このことは家族は知らないが、辰麿の家来の妖怪達に祝福されたらしい。


「龍君は現実的でないよ。しょぼい龍神社の、どんくさい神主にしか見えないよ、辰麿。何処にそんなお金があるの。


 私はまだ十八歳で、大学一年生なんだ、結婚なんて早いよ。」


 辰麿の正体である青龍は、来年一億歳になる、神と妖の世界では、最上位になる、世界に五柱しかいない、龍だった。小手毬と今、龍神社で逢っている、水神辰麿は、人間の姿をしている、人間の姿と言うのは神の姿で、一日のうち殆ど人間で暮らしている、一昨年までは大学に通い、今は神主養成所に通っていた。


「私ショックだったんだよ。先月、風邪でへろへろになっていた時、藝大に行くことに決まったので、決死の思いで学校に報告に行ったんだけど。そしたら、うちの理系進学クラスで、私より成績の悪い男子が、慶応の薬学部に受かってたんだ、悔しくて悔しくてさ。卒業式まで寝込んだわ。


 うちの高校から、音大に進学する生徒は毎年一人二人いるけど、みんな文系クラスからで。担任は奇跡だって。開校以来のミラクル、レアケースなんだって、私、嬉しくないよ」


「僕は小手毬が藝大の雅楽に行って嬉しいよ。大学も近くだし、就職できなかったら、龍神社の巫女さんになれば、僕は大歓迎だよ」


「龍君に相談するんじゃなかった、悪いプランだわ」


 ふと思いついたように、小手毬は辰麿の顔見た。嘘でも詮索するように、白い瓜実顔の大きな黒い瞳を見つめた。辰麿が頬を赤く染める。それでも見つめながら、


「龍君は龍なんだよね、神様のなの。家から遠くの高校に行かせたり、薬学部落としたり、両親を離婚させたり。そうだ私、中学の初恋から、告っても上手くいかなかったりしたのは、龍君の所為」


 辰麿も赤くなるのかと、面白いものでも見るように、辰麿の顔を見た。不味いこいつ私に惚れてる。

「そんなことは、していないよ」


「嘘」


 嘘を言うと目が泳ぐと云われる。


「辰麿ー、辰麿の目が泳いでいるよ。龍でも動くんだ、この嘘つき」


「小手毬、あーどうすればいいんだ」


「あーやっぱり、妖怪だから邪魔しているんだ」


「僕は妖怪じゃなくて、最上位の神獣の龍だよ、昔だったら、一番いいお婿さんになるんだ」


「今は昔じゃないの、古典文学みたいなこと言うんじゃないわよ、ねえ龍だったら皆の前で龍になってみなさいよ」


「きついな、小手毬」


「こっちは将来がかっかってるんだよ」


 大学帰りに龍神社に寄ってくれた小手毬が、夕飯の時間なので帰った後で、辰麿こと青龍は社殿と社務所を閉め、幽世かくりよの龍御殿の玄関から、その身を龍に変えて空へ飛んだ。今日は気の済むまで上昇した。ふと見ると地球が大豆程の大きさに見えた。生ける七宝細工に見える青龍は、瑠璃色と翡翠色のグラデーションの鱗を煌めかせて舞う。


「ちょっと遠くに来ちゃった」


地球がマカデミアナッツの大きさに見える辺りまで戻った。


「どうして素直に答えなかったのだろう、僕が龍で人間の小手毬に分かってもらうには、越えなければいけないことがあるんだ。


 どう話す。


 話しても、理解されないかも」


 宇宙空間を舞いながら青龍は思い出した。あの日も、地球からこの位離れた所に来ていた。十三年前、今日と同じように龍体で飛び立った。青龍は高速で上昇する黒龍を目撃した。その頃は人間体を十歳児にしていたので、龍体はそれに応じて黒龍より小さく子供のように見せかけていた。いや、八千万年も子供に窶している間に、龍体も子供そのものになっていたと、青龍は思っている。 龍は本能が強い。自分でも理由が付かない程強い。不審な動きをする黒龍の後を悟られにように、黒龍の後を付けた。黒龍に見つかったら、子供らしく茶目っ気たっぷりな言い訳もできると思いながら一部始終を隠れ見た。本能が異様な緊迫感を伝える。黒龍が小惑星と言うには小さい飛行物体に、体を巻き付けていた。


 青龍はその目的を察知した。黒龍に気づかれない様に地球に、東京の地表にある龍神社に戻りながら苦悶した。


「僕はどうすればいいんだ」


 黒龍に諂う今まで通りでいいのだろうか。人間体を大人にして、龍体も大きくして、腕力も付けるべきなのか。くるくると螺旋に飛びながら、身体も心も苦悩した。


「龍珠を得る、」


 ふと口をついた言葉に青龍は驚いた。


「そんなんじゃない」


 打ち消しながら、青龍はある女性の顔を思い浮かべた。遠い昔の悔いても悔い切れない想いと一緒に。


 その数日後、青龍は龍の本能の力を、まざまざと見せつけられた。大いなる力の奇跡だった。


 龍神社は明治元年に前身の龍眼寺を、神社に変えたのが創建だ。龍眼寺は旗本屋敷内にひっそり建っていたお堂で、青龍自体全国の寺院に、稚児として修業に出ていたので、ここには殆ど居なかった。明治維新で監督が宮内庁に変わり定住することを求められたので、龍神社を子供の遊び場にし、十歳児の青龍はここで遊ぶ子供に身を窶して暮らしていた。


 龍神社は何もない小さな神社だが、子供達の遊び場になっていて、学校が終わる時間には多くの子供達が集まって、境内で遊ぶ神社だ。


 黒龍の不審な動きを目撃した頃、青龍=辰麿に懐く五歳の女の子がいた。小手毬だった。いつも


『お兄ちゃんのお嫁さんになりたい』と言うほど懐いていたのだった。黒龍の件があった翌日、境内で遊んでいる小手毬を見た辰麿は、雷に打たれたような天啓を受けた。龍珠だと本能が伝えたのだ。

小手毬の家は、母親と同居する祖父母の折り合いが悪かった。そのため母の実家が近い東京西部で、父親は起業して工場を作った。引っ越すことに決まって、辰麿と離れることとなった小手毬は、不安がっていた。『龍君と離れたくない、お嫁さんになりたい』泣き出しそうに言う、小手毬と結婚の約束をして、眷属達に祝ってもらった。


 宴の席で、龍珠の交換をした。小手毬の中には、青龍の龍珠がある。龍が自分の龍珠を探査する能力は、絶大だ。交換した日から、青龍は空から、小手毬のことを見守っていた。


『龍珠が人間の恋人や結婚相手より、強い結びつきがあることを、どう伝えよう。それと人間と違い、永遠に続く恋心のこともだ。きちんと話さなくては。


 でも嫌われたらどうしよう』


 エメラルドのように輝く青い龍の身体、を身悶えるように捩じり、青龍は小手毬のことを想った。


『今どきの女の子は、早くに結婚しない。社会に出てキャリアが積めそうなってから結婚するから、二十歳やそこらでは嫁に行かない。


 それと僕は、小手毬の好みじゃない。毎日逢うから、僕のことは好きなんだ。でも恋愛感情はないんだ。でも恋して欲しい、傍にいるだけじゃだめなんだ。

どうすればいいんだ』


 地上近くまで戻った青龍は考えが纏まらず、東京上空をぐるぐる回ったのであった。


 小手毬は思った。


『高校で音楽の授業を取ってなかった、音楽部の学生は始めてだろう』


 実際のところ伝説の天才がやっているのかも知れないが。高校は美術の授業で気晴らしに絵を描いていた。中学の音楽の成績はそれでも中くらいだった。音楽部生として決定的な欠陥があった。楽譜が読めないのだ。中学レベルのことは忘れていた。入学早々気が付いて、本屋で「超初心者でもわかる!楽譜」という藝大生が読んでいたら、こっ恥ずかしい本を直ぐ買って、一週間で理解した。流石理系で数学が得意だっただけある。だが沢山記号のついた楽譜をチラ見して、みんな演奏するのだから凄い。数学の公式を覚えるのは得意だったが、秒単位で数式を解くことはしないぞ。


 小手毬は、いきなり入学して躓いた、ピアノが弾けないと教員免許が取れない。卒業後の潰しが効くように、教職課程を取ろうかと思った。ピアノが必須だった。教員の就職は厳しいと調べていたので、潔く諦め、一般企業へ就職できる、雅楽専攻学生になることにした。


 外国語は、辰麿がラテン語を勧めてきた。なんで龍がラテン語を勧めるのか、理解不能だったんだが、ヨーロッパ文明の漢文か祝詞と辰麿は思っているのかと考えた。これが後で役に立った。私が使うことになったラテン語は、もろ現代伊・仏・英語が取り入れられた俗くい奴だ。


 目標は一般企業に入社できる芸大生、とした小手毬は、パン屋のアルバイトや居酒屋のホールアルバイトはしないことに決めた。製造業かIT産業で、将来専門職になるのだ。他大学へ進学して、特に官僚とか大手商社を狙う高校の同級生や中学の友人から、情報収集することにした。


 五月になってから、その繋がりではじめて合コンを経験した。早稲田の政経の男子と話があって、楽しかった。


 本屋の店頭で、「秘書・総務検定三級」のテキストを見つけた。小手毬の知らない会社の実態があった。検索してみたら、ビジネス系の専門学校生や短大生が受けている検定試験なのだそう。マナーやビジネス文書の書き方、メールの知識が学べた。簡単な簿記もある。社会人のことは何も知らないので、新鮮だった。独学でテキストと問題集で勉強してみた。更に検索すると、秘書・総務検定の三級を取っても、就職で有利にはならないそうだ。履歴書にも書けない資格というきつい検索結果もあった。理由は勉強してみてすぐわかった、凄く簡単なのだ。くぐれば分かる常識程度だ。


 でも学習到達は大切なので、七千円払い、七月の上旬にある三級の検定試験を受けることにした。勉強中、社会未経験者の小手毬さえ、これ常識じゃんというものの羅列で、何も知らないよりはまし程度だ。ならば一つ上の二級も受けようと考えウェブサイトで申し込もうとしたら、締め切りだった。


 七月の第一日曜日、池袋にある会場の専門学校に、開始四十分前に到着した。誰も来ていない、専門学校のビルのガラス扉が閉まっている。小手毬は早く来すぎたかなと思ってビルの前でテキストを読みながら開門を待った。が、開始時間五分前になってもガードマンが出て来たり、関係者が入場整理する訳でもなく、第一受験生が一人も来ないのだ。これはおかしいと、スマホで主催者のサイトを見ると、試験は先週終わっていた。


 これを、阿保話にするため、辰麿の所に帰り寄った。ことの顛末を面白おかしく話した。


 龍君はこういった時の慰め方が、子供頃から上手い。本当のところ龍君は一億歳の二つ下の龍で、人間やら妖怪やら神様の、心理は分からないが、本質は確実に見極める能力がある。そう知ったのは、無理矢理結婚させられてからだ。


「こういう時は、商店街のレトロな喫茶店に行って、チョコレートパフェを、一緒に食べよう」


二人で喫茶店に行きパフェを食べた。奢って貰ちゃったこともあるが、気持ちの整理が出来た。喫茶店でスマホの時計を見ると、池袋から立ち去って丁度一時間三十分経っていた。


 春に良くなった小手毬の父親の会社の経営がまた芳しくなくなった。学生である小手毬には手助けが出来なかった。パフェを奢って慰めてくれたこともあり、辰麿は小手毬の家に晩御飯をご馳走になりに来る頻度上がっている。二日に一度来るようになっていた。そこで祖父が話したのか、父の会社のことが辰麿の耳に入ったようだ。


 八月の祭礼を前に少し慌しくなった頃、社務所に笠原の姿があった。笠原も何処からか宮前技研の苦境を知ったらしく、一人で面談に来ていた。人に不審がられない様に辰麿は、術をかけているらしく境内に誰もいない時間だった。祭用品と印刷された段ボールが積みあがった座敷で、いつものように対面した。


「宮前様のお父様の会社が、苦しいようです。政府の企業融資を申し込まれたのですが、通りそうにありません」


 辰麿は呆けた顔で、笠原の説明を受けた。笠原はこいつ会社経営のことは知らないな、と踏んだ。仕事柄、龍神社には巨額な資産があるのを知っていた。辰麿名義の預金口座には明治時代から、使え切れ無いで残っている、膨大な金があった。龍をお祀りしている全国の神社仏閣からの入金だそうだ。子供の成りをして暮らしていたので、使わない。溜まる一方らしい。


 今回宮前技研が、政府系の金融機関に融資の申し込みをして来た。一億だそうだ。宮前小手毬に関する情報は。極秘情報でも笠原の元に来る。工場向けの機械設計の会社で、製品は北陸の下請け工場で製造される。器用な親父さんで、一度頼むと、工場のこと細かい物まで、設計するという評判が立っている。これで知ったのだが母親が、会社のエンジニアと不倫して、特許を持ち出して離婚したのだって。


 通りで父親思いの娘だ。


 それより龍の奴から幾ら取れるかだ。


「いやー水神様、困ったことが起こりました。宮前小手毬様のお父様が経営する。宮前技研が経営に行き詰まりまして、今度政府の融資を受けることになりましたが、どうにも通らない見込みなのです。


 やはり大事な婚約者のお父様の会社です。水神様が一億円出して頂ければ、融資を実行出来るのです。お父上を助けるために、一億円支払って頂けないでしょうか」


「一億円、出してもいいけど、僕、直接小手毬のお父さんに払うよ」


 直接払われては、困る。絶対にこちらが指定した口座に振り込ませたい。それにしても簡単に一億なんて言うな。


「融資を受けるのは、ご家族にも知らせたくないからだと思いますよ。ましてや娘さんのご婚約者には知らせたくないものです」


「昨年末に、返すのはいつでもいいという約束で、お父さんに一億円貸したよ。小手毬には内緒にしているけど、本当は株式を買う形にして上げたかったけれど、小手毬のお父さんが絶対に返したいからと言って、借金にしたんだ」


「だからですよ、娘には経営危機を知らせたくない親心ですよ。宮前技研は今、離婚した元妻の旦那を訴えています。特許と営業妨害の件で、中は大変なんですよ」


 青龍が人でも神でも、その本質を見極めようとするときは、子供の姿が長かったせいか、半分口を開け、安心させるために周囲をきょろきょろと見まわし、甘えるような話し方をした。対する相手は、馬鹿だの知能指数が低いなどと思ってしまう。水神辰麿が色々と誤解される理由なのだ。


青龍は笠原の真意は何か、思いを巡らした。一億円などくれてやってもいいのだが、小手毬の爲にならないなら、嫌だ。


「笠原さん、小手毬のお父さんにどうしたら一億円渡るの」


「金融公庫の方に早く、融資の実行をさせたいので、出来るだけ早くこちらに振り込みをお願いします」


「これ金融公庫の口座だよね、普通の銀行名だけど。それに何にかきちんとした書類は」


卓上の手書きメモを見て言った。痛い所つくな、この馬鹿龍と笠原は思った。


「あーあ申し訳ありません。今度正式な書類をお待ちします」


「笠原さん、僕は銀行をネットバンキングにしていないんだ。それと一億なんてATMで振り込めないよ、前もって銀行の店長さんに話を通して、窓口で振込用紙に相手先の名前を書くので、番号と銀行名だけじゃ駄目だよ」


 糞いいとこ突きやがったなと、笠原を思った。世間知らずの天体龍だと思ったら、失敗かよ。笠原は現金にしようかと思いついた。


「済みません、機械の振込しかしていないので、知りませんでした。内閣官房の方に現金を、お持ちできますか」


「いいけど、金額が大きいから、領収証は頂戴、確定申告に使うよ」


 翌日羽織姿の青年が、ボストンバッグ持参で内閣官房内の笠原を訪ねていった。


 小手毬の夏休みは慶応の経済に入学した友人の情報で、大企業の本社オフィスでアルバイトをした。派遣がやるファイリングの仕事だ。例の秘書・総務事務検定の知識が役にたった。土日は休みだが、フルタイムでの勤務だ。


 週末は目白の先生の元に通い、龍笛の練習をはじめた。楽器はお小遣いを遣り繰りして安いのを買った。アルバイトを終えた九月のはじめ、仲の良かった高校の友人と、京都に一泊旅行をした。無理して京都御所を回って貰った。途中平安装束を扱う会社の前で、辰麿と結婚する時は、唐衣で裳を引くのか、色は何色になるのかと想像した。瓜実顔を思い出して、結婚相手に辰麿はあり得ないとかぶりを振ったのだった。


 八月の龍神社のお祭りは、辰麿に引き込まれて、運営側に回った。ここで知ったのは屋台は業者ではなく、素人がこの日のためにやっていたということだ。例の射的屋の景品は、商店街のスーパーで買っていたのだ。最終日の日曜日の夜、祭礼が終わると、社務所の座敷で、氏子の馬場君のお爺さんに、美味しい焼きそばを焼くお姐さんが、お酌をしていた。


青龍君の愛は暴走する!

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