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東京に住む龍  作者: 江戸紫公子
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第一話  僕結婚します その二

青龍は人間の姿で水神辰麿として、都内の神社で大学生神主として暮らしていた。

最上位神獣の青龍は、天照大神の部下である地獄の鬼神野守と、神武天皇以来営々と朝廷に保護されていた。今は日本国政府の内閣官房の笠原がその任についていた。

月に一度の笠原と地獄の役人との、面談の場で、青龍が

「結婚するよー」

と言ったことで、内閣官房と地獄の野守との合同説明会が神社の社務所で行われることになりました。

龍神社の幽世ではなくて現世の、先ほど笠原と会っていた、社務所の座敷で、説明会を開く、阿保っぽい大学生神主と、地獄の大鬼神様を数十分待たせて、笠原が来た。術で角と鋭い爪を隠しているが、カリスマ性オーラをがんがん飛ばす野守さんを見て、笠原がびびるのが分る。

 辰麿はお祭りの打ち合わせでもするように、座敷の中央に座卓を置き、座卓を挟んで、アルバイト大学生、笠原、地獄の長官の鬼人,の順に座布団を並べ、座卓の向こう側に辰麿の座布団を置いて席にした。さっきと同じように台所で辰麿が茶を煎れる。

「野守さん、最新号の地獄大学の紀要に僕のことを『一億歳越え』って書いていたけれど、違うよ。まだ一億になってません」

「紀要は推測の域を出ないことでも書けるので、お前のことを研究している研究者と共有するために書いた。お前の父親が大陸と別れる前の日本に来たのが、この数年前だろう。古い神獣や木の精と石の精が証言している。父親が来たことで起こった地質変化も、気象の変化も人間の研究者の研究で分かっている。

 青龍はいったい何歳なのか」

 笠原は何が起こったか分からなかった。その向こうの寺田曼珠は、またやっとるなーという顔をした。

 野守は地獄の全てを統べる、地獄省長官でもあり、現世に住む妖怪も統治していた。当然青龍もである。公務員の仕事の他に龍の研究をしている。この研究では第一人者であり、研究対象には青龍もいた。元々は四千年前より、薬学・産科の研究を始め、あの世における生物学=神・妖学を創始した大学者でもある。

 長官職は現世でいう平安時代より就いていた。高官兼学者なのだ。現世より早く元禄年間にラテン天国の大学を参考に、地獄大学を創設していた。野守の研究はその後生物の起源を求め、それが龍ではないか大胆な仮説を立て、ここ数百年は龍の研究をしている。野守にとって青龍は、研究対象でもあって、法治する神獣だった。

 理系大学生の龍と、生物学博士の鬼人の理系の会話だ。笠原はこう理詰めにせにゃならんといらつく。

「野守さん、僕はお誕生日が中秋の名月の二日後で、九千九百九十九万九千九百九十七歳だよ残念でした」

「九千九百…ほぼ一億じゃないか」

「デリカシーがないな、野守さん。一億歳になるまであと二年三か月あるんだよ。

 それと一億歳のお誕生日に、僕結婚します。

 彼女は日本人の女の子で、結婚するときは二十歳になるんだ。何処の誰だかはまだ言わないよ」

「青龍様、人間と妖怪との結婚は室町時代に禁止されました。あなたは神獣として最上位にいますが、この法律は守ってもらいます」

「僕は龍だよ。分っている野守さん」

「あなたもよくご存じのように、我々日本冥界は現世が室町時代に、大改革をしました。天帝様の宮廷と貴族制度の廃止。人間社会に先んじて、住民のための行政の導入。中等教育の義務化。

 それと我々神々と妖と、人間との接触の禁止です。それは自ら進化しないで、魔法だ神頼みだと頼り切っている人間の進化、特に科学分野名での発展を促すためのものです。

 以前は我々も人間の前に姿を見せていました。幽世へ迷い込む人間もしばしばいました。婚姻も珍しくはありませんでした。でも現在では禁止されています」

「それは野守さんが地獄で支配している、鬼や妖怪とか、僕より新しく生まれた神様のことでしょう。僕たち龍は古くから地球にいるんだよ神獣は格が上でしょう」

「青龍様のお仲間の、神獣の麒麟様や鳳凰様は、法律を守って天国で暮らしています。現世で人間に交ざり、地上に隠れ里を作って暮しているのは、違法行為です」

「僕は生まれた時から、現世に住んでいました。恐竜とも遊んだし、北京原人の友達もいたよ。三千五百年前に、中国の真似をしたのか、天国と地獄を作って、人間じゃないから天国に行けって。そんなの変だよ。僕は現世で生まれて、ずーと暮らしてきたんだ。僕は現世に住む権利があるんだ。」

 野守にとって、現世の日本に住み、人間社会の中で生きる青龍は、頭痛の種であった。神・妖怪と人間が混ざって住むことは室町時代に禁止されていた。神など存在しない時代から、現世に住んでいるという理由で、現世日本の東京二十三区内に、当然の権利として住み続ける青龍は、超法規的我儘な神獣だった。

「青龍様、幽世・隠れ里に住むことも厳密には違反です。どうしても現世人間とかかわる妖怪が居るので、例外的にその存在を認めています。我々日本冥界の高天原政庁としては好ましくないものです。

 平安時代には現世の各自治体に三ケ所くらい幽世・隠れ里はあり。結界も張られていない、人間が出入り自由な所もありました。我々が全然進歩しない人間を、魔法などという一見非科学的な事で救うために、神々より格下な私のような妖が人間に交ざっていた時代もあったのです。今は違います」

 不満気な顏で辰麿はぷくっと膨れた。野守は話を続ける。

「青龍様、幽世は現在日本に幾つあるか御存知ですか」

「北海道二、東北地方一むにょむにょ~十一箇所」

「各地方に一箇所、北海道と沖縄は二箇所です。他の幽世が人が近づかない辺鄙な田舎にあるのに、関東地方の幽世が東京の真ん中にあるのはどうでしょうか」

「僕は徳川幕府に云われて、僕の保護をする旗本の屋敷に住むようになった、旗本の屋敷の中にお寺をつくったのが始め。現世の人間のために僕はここに住んでいるんだ。幽世が東京にあるのは、現世日本国政府のため、現世の人間のためなんだ」

「しかし、ここに住んでいる妖怪を、眷属と言い放つのはやめなさい。青龍様の眷属は、多く見積もっても、五人しか居ないでしょう」

「今度お嫁さんが来るから増えるよ、エステ係とか、お着換えの係とか、偉い神様に会うとき付き添う侍女とか、女性の妖を増やすつもりだよ。これって神獣の奥様だから大変なんだ」

「二百四十もの妖怪を眷属と呼ぶのはやめろ」

「野守さんここに住む妖は、僕の大事な眷属なんだ」

 笠原は青龍があの世との間でも、問題を抱えていることを、他人事のように聞いていた。龍なんぞ天国に行ってしまえ。

「ご結婚については、あなたは神獣ですので特例として認めざる負え無くなりますが。持ち帰って、天帝様と協議させていただきます。

 参考までに、妖怪と人間との結婚は室町時代に禁止されました。抜け穴が一つあります。あまり好ましくありませんが、生贄にするのならば認めています。親に多額の金を払い、娘を買うのです。

 釘を刺しておきますが、我々の方がずーと進化しています。片一方が不利になる婚姻は、我々の世界では禁止されています。それが神ではなく、お相手が人間であってもです」

 野守に詰められて、青龍はしょげかえった。

「龍にとってご結婚は重要なこと、研究者として反対はいたしたくはありません。私も上司がある身です。高天原の天帝様に上奏いたします。少しお時間を頂きたい。

 してお相手の女性を紹介できないのは、龍の秘密主義からですか」

「婚約者はもうじき、僕の所に来るよ。それまでは内緒」

 笠原はどうでもいいじゃないかと、呆れながらやり取りを見ていた。鬼神野守は隣に坐る人間の笠原に向かって、面倒な申し出をした。

「笠原さん、官房長官に面談したい、宮古島総理共です。出来れば今日中にお願いしたい。龍の結婚には、重大なことがあります。おおげさですが、成り行きによっては人類滅亡です」

 青龍は阿保な辰麿に戻って、きょとんとした。笠原は野守に云われるままに、官房長官に連絡した。「野守」の名前を出した段階で、五時からの面談が決まった。

 神社の近所でタクシーを拾い、笠原は鬼と一緒に乗った。前から鬼と同車は嫌だと思っていたが、実現してしまった。ただ鬼神との間には寺田が座ってくれた。こうして横顔を見比べると同じ匂がする。野守は当然角と鋭い指の爪を術で隠していた。

 総理官邸内の廊下を、黒の着物に黒の羽織の冷たい美貌の長身の男が歩いていく。本来ならば人目を惹き、女達は振り返るのだが、印象を弱める術を掛けているので、誰も不審がらない。

 部屋に入ると総理大臣・官房長官と秘書官二名が待っていた。総理が緊張している。

「お久しぶりです。野守です」

 野守は帯に差していた扇を広げ、額の辺りを払うと、隠していた角が現れた。室内にいる人間達はぎょとして固まった。

「やはり隠しておきましょう」

 再び広げていた扇で再び顏の前で、振り下ろすと、角が消えた。

「野守様は、龍の研究者でもあるそうですが、今回の水神辰麿君の結婚について、どのような見解をお持ちですか」

 宮古島総理が野守に質問した。

「まず龍について少し話しましょう。龍は謎の多い神獣です。

 現在龍は、黄龍、紅龍、白龍、黒龍、青龍の五柱しかいません」

「そんなに少ないのですか」

 秘書官が声を上げた。

「いい質問です。人間は龍の信仰が盛んで、海、山、水の神、あるいは火山など、土地や気象などを龍に擬することをよくしています。地脈の事を龍脈というように。龍を見たい崇めたいという人間の願望が、信仰対象としての幻の龍を生み出しました。

 それと青龍は東の日本、紅龍は南のシャム天国にいますが、白龍は西ではなく北、黒龍は中央、黄はかつては中国にいましたが今は西アジアいます。黄色が中央で黒が北、東が青は、道教やら陰陽道がかくあって欲しいという、願望だけです。

 龍は我々とて、どういう理由があって尊ばれているか分からないのです。龍がどうゆう役割を持っているか、龍は口が堅いので、実のところは不明ですが、私共の研究により、地形でも天候でもなく、地球そのものの危機から護っているのではないか分ってきました。

 現世の研究者は存じない様ですが、宇宙には太陽の数十倍の光線が飛ぶことがあります。あの世の研究者ですらそのメカニズムが解明されていない事象です。三十年程前に、青龍一人で、この光線から地球を護ったことがありました。翌日奴に逢いに行くと、背中に火傷を負って唸っていた。人類にも我々にも知られにように、地球を護って来たのが龍です。奴らは話しませんけれど」

 宮古島総理が、野守に質問した。

「龍が結婚するのが、何処か問題があるのかね」

「総理、現世の絵画でも龍は球体を持っています。あれは配偶者なんです。龍珠りゅうずを持つことで龍は力を増します。アジアの東端にいる青龍が龍珠を持つことで、龍たちのパワーバランスが変わるのです。

 水神辰麿こと青龍についてですが、先程青龍が、自分の誕生日と年齢について話しました、後三年で一億歳になるそうです。私はすでに一億歳を超えていると推測していましたので、ご気分を害したようです。

 奴は大陸の龍を支配していた大龍が、当時はユーラシア大陸と陸続きただった、日本の風の精に産ませた龍で、日本生まれの龍です。

 八千万年前にある龍が、勢力争いで龍たちを支配していた父龍を、家族諸共滅ぼす事態が起こった時、青龍は一族の中でただ一人生き延びたのでした。恭順をしたのか。そのあと青龍は既に大人だった人間体を、子供に戻しました。真意は分かりませんが。

 十数年前より青龍はその人間の体を成長させました。それは結婚の目的としたことのようだったようです。龍の予知能力は凄まじいものがあります。私には人類滅亡か、地球の危機のために青龍が動き出したと推測しています。

 だから貴方方に面談を申し込んだのです」

「奥さん貰うと、龍は強くなるのか」

「あくまでも配偶者です。シャム天国の紅龍は女性です。夫はジャワ原人だそうです。そこは間違えぬように。

 龍珠を持った龍はどれ程のパワーを増すのかは、私共の研究でもまだ不明なのですが、

 龍は龍珠である配偶者に何かあると、躊躇なく人類を滅ぼします。それはお心に留めて置いてください。

 私が若い頃、ある龍のホモサピエンスの妻を、人間が身体を傷つけたことがありました。怒った雄龍は、その国の人間を、眷属を使い戦争・疫病・飢饉、あらゆる手段で滅ぼそうとしました。人口が十分の一にまで減った時、あの青龍に懇願されて止めたそうです。止めた理由を本人に聞いたところ、西からくる風が臭いので止めたと言っていました。本当の理由かどうかは分りません。

 もし青龍の婚約者に何かあれば、人類滅亡もあると考えて下さい」

「それはいつの時代で何処の国なのですか」

「まだ人類が己の事を記録する術を持つ前です。現世の研究者は、突き止めていない事実です」

 野守の一日は目まぐるしかった。青龍こと水神辰麿との面談の後、内閣のアルバイト大学生に化けている、三男の曼珠沙華と共に、現首相・宮古島総理との会談は手早く一時間で済ませた。

 あの世に戻ってからが大変だった。あの世の地獄ではなく天国の政治の中心の高天原政庁に行き、上司でもある、政治・行政の長である、天帝様に青龍の報告と、今後の策を協議をした。龍の動きは地球規模の危機を予兆しての可能性もあった。青龍の人間体が現世の日本国政府に保護されているのは、あの世では国外にも広く知られている。人間体の所在の分っている、シャム天国の紅龍の動きもある。あの世の国際社会にも、早晩龍の結婚は伝わり、パニックが起こる可能性もあった。

 政庁での会議の最中、野守のもう一人の上司、天照大神から召し出された。天帝以下出席していた政府高官は、天照大神の御所に移った。天照大神は日が落ちれば就寝なされるところ、異例にも午後七時から、青龍の対策を協議され、野守を青龍対策の特任に任命したのだった。天照大神の宮殿を野守が辞したのは十時を過ぎていた。

 地獄の首都である、閻魔区の地獄省近くの閻魔通りを奥に入った住宅街にある野守の自宅に帰ったのは、十一時過ぎだった。呼び鈴を鳴らすと、着物姿の若い女性が玄関に出る。鬼ではなく角のない優しい目をした、天人の女性だ。

「あら、今日は鬼火の所に泊まらなかったのですか」

「日が変わる前に、お母さんに話して置きたいことがあったので、帰ってきた」

「何かしら」

 女性は野守の妻で、名を胡蝶という、宇宙物理学者、野守が元禄年間に創設した、日本冥界の最高学府、地獄大学の物理学教授だった。神妖学者の野守と共に、龍の研究をしている。内閣官房にアルバイトとして入り込んでいる寺田曼珠の母でもある。大きなぱっちりとした目に長い睫毛、現世ならばアイドル歌手になれそうな愛嬌のある美しい顔をしている。細面に切れ長の目の妖しくも凍れる美貌の野守と、趣が違うが、美男美女の夫婦である。

 夫が天照大神の宮殿で食事をして来たと言ったので、夫婦は三間続きの数奇屋の座敷と襖一つ隔てた、研究室に行く。野守がまだ独身だった千年前に建てられた建物だ。地獄は土地が広い上に人口が二千万しかないため、住宅は普通平屋で敷地も広かった。地獄の権力者であっても質実な生活を送っていた野守は、周囲の住宅と大して変わらない小市民的な家に住んでいる。

 但し、学者であり貴族でもあった野守は、自宅にテニスコートを一回り大きくした、板敷きの大きな部屋、研究室を持っていた。室内の天井はさして高くはない。図書館宜しく、天井まである本棚が並ぶ。古代中国の木簡、膨大な和綴じ本、革張りの分厚い欧州中世の写本から、現世でもよく見かける活字本が並ぶ。板敷きの部屋の真ん中に、六畳の畳が敷かれている、その上に大きな文机が二つ向かい合わせに置かれていて、一つは大型のモニターと幾つかのパーソナルコンピューターが机に載っている。研究中なのかコンピューターの電源が入っていた。

「青龍が結婚すると自ら話した。龍珠が現れたということだ。人間の女性で。何処の誰なのかは未だ分らん」

「恋人ならいますよ。十年前に龍珠を持って嬉しそうに飛ぶ、青龍を観測しましたわ、いよいよ現れたのですね。どんな子かしら」

 野守は青龍が自分の誕生日を、中秋の十五夜の二日後で、年齢が九千九百九十九万九千九百九十七歳だと話し、三年後の一億歳の誕生日に、日本人の女性と結婚すると、目の前で馬鹿面こきながら話した様子を、胡蝶に語った。

「龍が手に持つ玉、龍珠は配偶者だ、それを得ることは絶大な力を得ることだ。アジアの東端に住む青龍が力を得ることは、龍たちのパワーバランスが変わる。十二年前奴が、八千万年も十歳児だったその神の身体を成長させたときから危惧はあった。龍が動くことは、地球に何かが起こることだ」

「辰麿は素敵な女の子を見つけただけかも知れないわよ。彼女を恋人にするために大人になっただけだったりして」

「だといいが、口を割らない龍が動くのは、如何なる理由があるのか、見極めないと。これから世界中の天国地獄、神々が動き出す。これは確かだ」

 人より屈強な体と精神を持つ鬼であっても、今日の野守は疲れ切っていた。直ぐ風呂に入り、奥座敷に用意された布団に倒れ込む、夫が寝息を立てたのに安心した胡蝶は、研究室に戻った。

 十二年前突如その神の身体を成長させた時からの、データを検証しなければいけない。龍が動くことは地球に危機があることだ、世界中のあの世冥界の他にと劣った科学でしかないが現世の天文台の観測データを取集しなければ。アメリカ天国の宇宙観測機関への照会もしなければ、但し国外の研究機関に問い合わせるには高度な政治的問題が絡む、高天原政庁がどう動くか次第だ。その上、龍は本能のままに動く、神ですら察知できない危機のために動いているのかも知れない。

 胡蝶は古い映像データを取り出してディスプレイに映した。十年前、はじめて龍珠を両の手で抱え、嬉しそうに東京上空を飛び回る、龍体の青龍を観測し、データをアニメーション化した動画だ。青龍がくねくねと空を飛びながら、手にした玉を止まっては眺めている。少年が初恋の恋人との初デートの約束を取り付けて、浮き浮きしているように見えた。この微笑ましい光景に、胡蝶の表情がほころぶ。

 野守の研究によれば、青龍は一度大人に成長している。証言者によれば、龍体も神の身体も極めて美しかった。そして多くの精霊の女達が寄って来た。神獣は神と妖怪の世界では最上位にいる。その上美青年である。彼が望めばどの女も思いのままに出来た。性的に放逸で、絶えず複数の女と付き合い、恋人の中には、身籠って亡くなった精霊もいたそうだ。

 何回か逢った、現代の水神辰麿として生きる青龍は、おっとりしていて、少々舌足らずな喋り方をする、性格が穏やかな青年だ。色白で瓜実顔にくりっとした大きな目。現代の基準ではお世辞にも美青年と言えないが、育ちの良い青年だった。

「素敵な恋になればいいな、辰麿君」

 と胡蝶はぽつりと呟いた。

 

七月初旬、梅雨も飽きてきて、そろそろ夏の、龍神社の社務所である。

 夏休み前に卒論の方向を決めないと不味いじゃんと、青龍こと水神辰麿は思った。天体観測の実習は芳しい成果は上げていない。研究室の院生に絞られているのだ。社務所の事務机に、ノートパソコンを広げ、専門書と突き合わせながら思った。年明けの卒業論文完成までに成果が上がり、担当教授の喜ぶ論文が書きあ上げられるはずだ。

 人間体として人間を欺くために辰麿は、中学高校大学と通った。あの世に劣る現世の科学でも、学んでみると、人間は別角度から光を当てようとして、面白いと感想を持ている。

 スマホの時計が三時を過ぎていた、小手毬が来るんだ。ちょっとずるして、二週間早く呼び寄せてしまった。でも彼女のお父さんにマンションの売却金が、多く早く入ったので良かったんだ。

 青龍は龍神社の本殿の前に、仁王立ちした。今日も白い着物に水色の袴の神官姿だった。

 かっと目を開き、神社前の道路を見つめ、龍珠となる愛しい少女を待った。

 龍神社と道路との境には、玉垣がなく、社殿の前の位置に鳥居が立っていた。何処の町にもある、詰まらない神社だ。子供の遊び場にするので、植栽は端の方にしかない。社務所と社殿の他は、草一つ生えないようにまめに雑草を抜き、土の広場にしていた。小さいが野球でもドッジボールでも出来た。

 小手毬の家は地下鉄の駅の方にあり、左側から来るのだ。青龍は分っている、小手毬が何処を歩いているか、昔あった駄菓子屋の前で閉店をいぶかしんでいるようだ。もう一分もしないで、逢えるんだ。

 そして至極当然に思う。

『小手毬は女神となって、天空を飛び回る。

 何十人もの、人間では到底産めない数の、龍を、数兆年かけて生む。

 僕の長子を生む苦しみの中で、君は不老不死の身体を得る。

 君は僕の妻になることから、逃れられない。

 可愛い君は、僕の恋人になる。

 宮前小手毬、君は僕の龍珠なんだ。』

 青龍の思い描いたように、小手毬は左側の道から姿を現し、鳥居をくぐり境内を見まわした。社殿と社務所の間の竹藪が金網の塀越しに見えると小走りに走り寄った。不思議そうに竹藪を眺める。振り返ったところで、声を掛けた。

「小手毬、小手毬じゃないか」

「龍君、辰麿。逢いたかったよ、龍君。」

 いぶかしがることもなく、小手毬は青龍に抱きついた。

 

 

 マイナンバーカード持っています、龍なのに。


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