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東京に住む龍  作者: 江戸紫公子
19/30

第七話 女神原宿に遊びに行く その二

三月も終わり近く、桜の話題が出る頃、思いがけない人から連絡が来た。辰麿のスマホに胡蝶さんから連絡が来たのだった。原宿に行きたいのだけど、小手毬に案内をしてくれないかというものであった。


翌日龍御殿の玄関に、着物姿の胡蝶さんと、流行を外してないカジュアルなパンツ姿の、お嬢さんの鬼百合さんが現れた。


「今日は気晴らしに原宿に行きたいの。このところ、くさくさしていることが多くて、ぱーとお買い物がしたいわ。裏原宿で、鬼百合とアクセサリーでも買いたいと思って来たの」


鬼百合さんは野守さんと胡蝶さんのお嬢さんで、結婚してあの世と繋がりが出来てから、辰麿が小手毬のお友達にさせたいと、ずーと言っていた女性だ。はじめて逢った鬼百合さんは、スタイリッシュで母親より大人で、年上に見えた。


不老不死のあの世の住人は見た目が壮年で止まるのがだいたい二百歳位なのだそう。母親の胡蝶さんは五十代にも拘わらず、二十代前半の女子大生にも紛う見た目で、お目目ぱっちりのアイドルのような容姿、その上、良家のお嬢様の美しい立ち居振る舞いをしている。愛いらしいという言葉はこの人のためにあるのだろう。ベージュ系の紬に、贅沢にも梅や桜、菜の花など多くの春の花が手描き友禅を施された控えめながら華やかな着物に、細かい文様が織りだされた、古風な帯を羽が大きく出た角出で結んでいた。


娘の鬼百合さんは、羨ましいと言いたいくらいの、パリコレモデルを彷彿とさせる、長身でスレンダー。地獄随一の美形鬼の評判を持つ野守によく似て、父親そっくりの色白細面に切れ長の目に長い黒髪。何よりも鬼なのに角が生えていなかった。一月に地獄に行った時に、弟の医学部生の鬼灯君が教えてくれたのだか、鬼と天人のカップルに角が生える子供が生まれる確率は五十パーセントなのだそう、角がなくても驚くには当たらない。年齢は三十歳とのこと。最新モードとまでは行かないが、細身のデニムパンツにざっくりと編まれたセータを着ていた。人間に紛れてもこれなら分からない姿をしていた。


人も振り向くほどの美人母娘が女神と鬼となんて、人間が正体を知ったらびっくりだ。

小手毬は、父親の野守さんに貰った社会の教科書で読んで、この母娘が日本冥界を揺るがす事件に、合っていたことを知っていた。


人間には、お嬢様アイドル風の母とクールビューティーな娘。見た目も母娘の年齢が逆転していて、鬼百合さんがお姉さんに見えるようだ。小手毬は辰麿に身体を操作された為なのか、妖の能力が少し身について、母娘にしか見えなかった。これは何なんだろう。


三人は地下鉄表参道駅で降りて、地上に出た。女同士で御喋りをし続けた。原宿に着くと洋服屋アクセサリー店を覗いたり、冷かしたりしたが、母娘は商品をなかなか手に取って買おうとしなかった。小手毬は簪の専門店があったと思い出して案内した。これなら着物ばかり着る彼女たちにも、身に付けるられるかな、と考えたのだけれど、現代浴衣向けにカジュアル過ぎたのか、


「気に入ったら何でも買ってあげるわ」


と娘さんに言っても、日本髪を結うこともあるあの世の女性には嫌われたようだった。お昼になったので、原宿で話題の行列のできるパンケーキ店に案内した。女三人は話し放っなしだ。通りすがりの外国人観光客が不躾にも着物姿の胡蝶さんにスマホを向けた。罰当たりな事をする人もいるものだなと小手毬は思った。


「胡蝶さんと野守さんは何処で知り合ったのですか」


「うふふ、仕事でよー。共同研究をしていたの。私が天照大神の研究所で、宇宙空間の観測をしていたとき発見したの。もう小手毬さんは知っていると思うけれど、空を飛ぶ龍は姿を消しているでしょう。でも見つけちゃったの、微量の電磁波を解析していたら解かったのよ」


胡蝶さんは青龍との因縁を話出した。


「私が天空の電磁波の解析をはじめ出して数ヶ月したとき、都内から立ち昇る波長を観察したの、これは龍だと直感したわ。成層圏を抜けた龍は大きくなって、体を地球二周りさせた。


何でこんなことをするのだろう。私は疑問に思ったのよ。龍の電磁波を解明してまだ日が浅くて、データ不足だったけれど、地球を護るように体を巻きつける龍ははじめてだったわ」


「その龍は辰麿のこと」


「そうね。青龍=辰麿さんのこと、宇宙には高熱のレーザー光線が飛ぶことがあるの、あの世の科学者でもまだ解明出来ない事象です。青龍さんは自分の身を挺して地球を護ったのです。これを解析して龍だと確信が持てましたわ」


「胡蝶さんと野守さんが結婚したのは、うちの龍君?辰麿の青龍の所為だったのですか」


「そういうことに、なりますわよね。


この件で天照大神様に呼ばれた野守は、翌日龍御殿に来て、男の子の体に戻った青龍さんが背中に火傷を負って、苦しんでいるのを目撃しているの。もう三十年以上も前の話ね。


青龍さんは一人で地球の危機を救った。この事に付いて、何も話してくれないの、研究者としては、本人が話さないから、観察するしかないの」


「奴が偉そうにしているのは。そういうこともあるのか」


辰磨のお公家様顔を思い出した。どんな時でも子供っぽい表情をするが、本心が見えない表情だ。


「あのう龍のやっていることは全部お見通し何ですか」


「地表近く成層圏から下は解析できないわ、それはプライバシー保護ということで。そうしないとへそ曲げちゃうでしょう。うふふ。実はまだ解析出来ないのよ。


はじめて野守と会ったのは、辰麿さんの解析のレポートが出来た時よ。同じ龍の研究者として、天照大神様が、お父さんを呼んで引き合わせてくれたのよ、春に学校を出て働きはじめて、次の春にね。


お父さんたら来ると、データに釘づけで、私の方を見ないの。ずーと下を向いていて、報告書を熱心に読んでいるの、そしたら、いきなり共同研究を申し込まれたの。それから私の顔を見て私が若いので驚ろいていたわ」


「野守さんのことは、その前から知っていたのですか」


「有名人ですから、テレビとか書籍で子供の頃から知っていました。あの人女顔でしょう、子供の頃は女性だと思っていたのよ。実物は上背もあるし、亡者の拷問では左に出る獄卒はいない鬼でしょう。実際に逢ったら凄みがあって驚いたわ。本当に鬼の中の鬼。


私、その前に逢ったことがあるの、高天原の政庁は山の中腹に在るのだけれど、山の上の方には学校が沢山あって、私の通っていた高校もあったの。学生街なので古本屋も何軒もあるのよ。よく学校帰りに古本屋を梯子していたの。天女って知っています」


「知っています現世でも羽衣伝説で有名です」


「高天の原は天国の中心で、天帝様の威光で、天女が低空飛行をよくするの。低空飛行をしながら長い天人の羽衣の先を地面に引きずるのよ」


「まあ素敵」


「あれは素敵というものなのかしら」


「何か縁起良さそう」


「天の羽衣が頭の上をかすめるのは、事故だわ。古本屋の前で天人の羽衣が急に私の顔を撫ぜたの、後ろから飛んで来たので、視界が塞がれて、羽衣の先が脚に絡んで転んでしまったの、引きずられていた所を、古本屋巡りをしていた野守に助けられたことがあったわ。あの低い声で『大丈夫ですか』って声を掛けられた時はどきどきしたわ」


「お母さん、また惚気ている」


鬼百合さんにからかわれても好きなんだな。何かで神妖の恋愛は冷めないと聞いた事があった。というか辰麿が言っていたか。冬の丸の内で野守さんからあわや交通事故のところ救われたことがあった。辰麿に術を掛けられて他の男性に魅了されない様にされていたが、長身の筋肉質の体に抱きとめられて、エロく思わない女性はいるのかと思った位だった。


「それと曼珠沙華君に聞いたのですが、胡蝶さんは、世にも珍しい『天然系女神』だそうですが」


「曼珠はそんなことまで小手毬さんに話したの」


鬼百合が呆れて言った。


「結婚を二人で決めた時、一番初めに天照大神様に報告に行ったの、そうしたら、私に女神になれ、地獄の住人の守り神になれと言われたの。私は只の天人で、野守は鬼神で参議ですので格が違います。それで神になる修行をお命じになられたのでしょう。


小手毬もご存知でしょうが、日本のあの世は多神教で八百万の神がいるのが強みです。神になる研修所があって、講習を受けて検定試験に合格すれば、神になれるのよ」


「神様の研修所は難しいのですか」


「どうなのかしら、検定試験より婚約中受けた院試の方が大変だったわ。私は天国の官吏養成大学を出ただけで、あの世で一番難しい地獄大学の物理学の修士課程を受験したのよ。半年くらいで大学四年分の勉強を詰め込んだわ。天国の神研修所へは鬼火を背負って講習を受けたわ、受講生が結構多くて八百万神というのは本当なのか実感したわ。


そういえば私は高天原高校の出身で、担任の先生が崇徳上皇でしたのよ、先生はのんびりしたかったのに、現生の人間達が祀るので、検定試験を受けたって、ぼやいていたわ。優しい先生で頼まれると断れない人なんですのよ」


「崇徳上皇って、『遊びをせんとや産まれけむ』の方のお子さんですよね。天狗になった伝説もある、保元の乱平治の乱の頃の天皇でしたっけ」


「あの方はご兄弟だったかしら。崇徳上皇陛下のお陰で楽しい高校生活だったわ。


女神になっても研究と学生の指導に育児で、神様らしいことは全然できてないの。


この前ラテン地獄のサタン様に、成就できましたってお礼を言われてのだけれど、私何かしたかしら、お話を聞いただけなのに」


「お母さん、そこが天然と云われる所以。ご親族の結婚のことね、外交部にレポートが上がっていたわ。


悪魔は悪魔族以外と婚姻したがるので、だいぶ血が薄くなっきて、お父さんの話だと、あと五百年も経てば普通の妖怪になるんだって」


前を歩くヤンキーのカップルが「女神」という言葉に反応し振り向いたが、不思議とそれ切りになった。小手毬は胡蝶さんと、天然女優と云われる若くて愛嬌のある女優さんが重なって見えてきたのだった。


三人は女子トークをしながら、原宿から青山方向へ向かい表参道ヒルズの裏側のエリアにある、お昼前なのに行列が出来ているパンケーキ屋に到着。地獄の女子トークが聞かれるのではと、心配そうに尋ねたら、鬼百合さんが


「大丈夫、鬼を甘く見ないで、会話を完全に聞き取れない結界を張っているわ」


それでも列の前後にわせにカップルがいるのに少しどぎまぎした。


二十分程並んでハワイ風な内装の店内に入り、壁際の席についた。店内では山盛りの生クリームがデコレーションされたパンケーキをインスタグラムにあげるため、スマートフォンで写真を撮っている客が多くいた。


「ねえこれを見て」


胡蝶さんが色紙型のあの世のスマホを見せた。そこにはインスタグラム、ピントレックスにある、着物姿の胡蝶さんの写真が集められていた。小手毬はスクロールすると、ギリシャのアテネ神殿とか、ニューヨークの五番街とか、カンボジアのアンコールワットなど海外の有名観光地で、胡蝶さんが和服姿でいるところを、ほぼ無断に写真に撮られ、勝手にSNSにアップされていた。


「野守が国際会議や外交で国外に出るとき、家族も付いて行って、よく現世観光をするの」


「この間、ドラゴンがうちの幽世に泊って秋葉原に連れて行ったりしたけれど、大昔から神妖は世界中旅行をしているのですね。現世に妖怪が一杯いるのかと思うと、びっくりです」


「大丈夫よ、私達は人口が人間に比べるとずーと少ないもの。現世は人間のものよ」


「胡蝶さん、このインスタの着物の写真は、どうしたんですか。沢山あるんですけど」


いくらスクロールしても終わりがないくらい胡蝶さんの写真が続く、中には俳優かと思える妖しい美貌の野守さんも一緒に写っていた。野守さんは和装洋装が半々くらいだ。スーツ姿もニットのセータを羽織り仔細いに見ると現世になさそうな素材のパンツを穿いている姿もある。


「盗撮だよねーこれ!」


小手毬は鬼をも恐れぬ人間の所業に、怖れたのであった。


胡蝶さんに着物でなくて人間に紛れるように、洋服にしないのか聞いてみた。洋服が嫌いだそうだ。


鬼百合さんの話では、鬼は亡者の探索やら、鬼の女性が多い十王庁の調査官は現世によく来るのだ。最近は便利なので鬼の男性職員の多くが、スーツを着て現世に来るようになっているそうだ。女性は着物のまま来ることが多い。姿を隠す術は妖一般が出来る初級技なので。特に鬼が得意とする、印象を残さない術も使えるので、地獄からそのまま直行することも多いそうだ。


ざっくりとしたニットにデニムパンツのシンプルコーデが憎いほど似合う鬼百合さんが話すには、


「正直、洋服は嫌い。着心地が駄目ね。何万年何千年生きている人達ばかりだもの、昔の服がしっくり来るわ、天国の学校とかお役所は水干が制服です。高天原政庁に行くと、天帝様以下柿色の水干を着ているわ、あれは便利、袖をたくし上げたり、肩抜きできたり紐で絞ったりと好きに着れるし、きちんと着れば外国の大使にお会いすることもできる。地獄でも水干はお仕事で着るわ」


「子供の水干は便利で経済的ですのよ」


胡蝶さんが子供の水干が、いかに良いのか話し出した。


「現世も同じだと聞いたのだけれど、束帯や直衣の装束は、大人物は生地幅一杯に縫われてだぶっとした、ワンサイズで縫われているわね」


「今の日本では水干は今様を舞う白拍子しか着ないみたいです。今様も雅楽の一種何だけど、マイナーでやる人は少ないのです」


「あらー勿体無いわ。大人物も子供物も男女共用で体型も関係ないわ、着方も色々あってお洒落が出来ていいわよ。


子供用は特に化繊のものが既製品で売られていて、汚れたら洗濯機にぽぃ。サイズもスリーサイズしかなくって、現世の人間達は子供服がすぐ着られなくなると、困っているようだけれど、水干なら丈が余ったら腰帯でたくし上げることもできるし、本当に助かったわ」


今度地獄に行ったら、水干を着た子供達をよく見てみようと小手毬は思った。


ようやく来たパンケーキは、ふわふわのパンケーキに、ベリーが載ってこれでもかというくらい多量の生クリームとチョコソースが添えられている。他の客がするように、三人はスマホで写真を撮った。


三人の着物談義は続いた。胡蝶さんに、


「やっぱりお振袖が一番。この近くに着物のお店はないの」


女子会って楽しい。原宿のカフェ巡りならもっと楽しいです。人間と女神と鬼ならもっともっと楽しいかも。

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