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東京に住む龍  作者: 江戸紫公子
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第五話 龍の婚姻 その一

登場人物


青龍・水神辰麿

 世界に5柱しかいない龍の1柱、青色をした東の龍で年齢はあと2年で1億歳。人間姿では都内の龍神社の神主で、21歳の大学生。神武天皇以来、現世の日本国政府に保護されている。

宮前小手毬 辰麿の幼馴染で東京藝術大学音楽部邦楽科2年生、家婚しました

野守

 鬼神、日本天国の支配下にある日本地獄の長官で、現世日本国政府との連絡役。冥界での産科・薬学の創始者。高天の原政庁の役人をしながら、元禄時代に最高学府・獄立地獄大学を創設。現在は名誉学長を兼任。

胡蝶 

 天人で天然系女神、野守の妻。獄立地獄大学物理学部の教授。専門は宇宙物理学で野守と共に龍の研究をしている。

龍馬 青龍が使役する眷属、人間の姿では高円寺に住むミュジーシャン。

笠原 内閣官房国民生活調査局伝統宗教担当課長、青龍の保護をする官僚。

月に向かって煌めく一匹の龍が飛んでいく。龍は月の周りを回りはじめた。


『御免、小手毬。


僕は小手毬が他の男と付き合うのが、許せない。術なんて掛けたくなかったけれど、間に合わなくなるといけないんだ。


あー、小手毬と二人で、他の男が手を出せないところに行きたい。二人で鳥籠に入りたい。』


二月のはじめ、水神辰麿と宮前小手毬の結納が交わされた。辰麿は神主をしている二十四歳の青年の人間として生きているが、辰麿の正体は伝説の東の龍、青龍で、世界に五柱しかいない龍の一柱だった。


小手毬は今時の女の子だ。恰好良い男性と付き合って青春を謳歌したい。まだ大学の一年生だから結婚には早過ぎる、大学を出てキャリアに自信が付いてから結婚したいと考えるのは当然なんだ。僕がいくら付き合ってと、言っても小手毬が嫌がるのは良く分かる。小手毬はワイルド系イケメンが好きだ。彼女の好み男でもないし、キャリア志向の小手毬には僕と結婚するのは、お腹の中で計画していたのと違い過ぎる。僕とは幼馴染で子供の時婚約をしたのだけれど、今の彼女は結婚なんかしたくなんだ。辰麿はその小手毬に術をかけ、言葉を封じて、無理矢理正式に辰麿は婚約し結納を交わしてしまった。


「結婚式!それよりレッスン、大学の授業で好成績を取ることが、私にとって大事なの」


小手毬は結婚式と新婚生活準備については、やけくそだった。商店街に古くからある、武蔵野呉服の主人が家に来た。式とかご挨拶で着る振袖を選ぶためだ。武蔵野呉服は龍神社の御用命を頂いていて、辰麿の官位束帯やら直衣を納めているそうだ。昨年先代が引退して、まだ三十台後半の実直そうな時代劇の呉服屋の若旦那そのままの男が、宮前家の座敷に振袖を並べた。


藝大の雅楽専攻に入学してから、なぜだか着物を多く着るようになった。目白の元宮内庁楽師の老先生の稽古に通うときは、着物に決めたし、大学には舞楽の授業もあるので、自分で着つけて、お太鼓結びと銀座結びも出来るようになっている。いくら邦楽科の学生といっても、稽古通いだけでなく普段着に、外出のお洒落着に、気が付くと週のほとんど着物で過ごしているのは、小手毬さえ度が越すなと思っていた。


小手毬の着物生活は、若い頃着道楽だった祖母の着物をもらい受けたり、雅楽をはじめたと聞いた、親戚や近所の人から着物を譲って貰った。アンティーク着物を自分で買って身に着けるのも好きだ。あんまりお金を掛けずに充実してきている。


結納で着た高校生の時買ってもらった、赤地に縁起物が刺繍された振袖の他に、頂き物の振袖と自分で好きで買ったアンティークのが数枚あった。貰い物とアンティークの振袖は解いて洗い張りして、小手毬の身体に合うよう縫い直しされる。全て辰麿が費用を持つというのだ。


その他に、婚礼のお色直しに使う格式高い大振袖と、後何枚か中振を買ってくれと辰麿が言うのだ、小手毬には理解不明だが振袖で行くところが沢山あるそうだ。セレブでもあるまいし振袖でパーティーはそう何回もないのにと言いたかったが、遠慮なく好きな振袖を選ばせてもらった。その中には黒の総絞の人間国宝の一品もある。大人のシックだ。銀と黒の古典柄の袋帯と合わせよう。アンティーク着物の振袖の中には自分の審美眼で、大正ロマンで上品な印象の物をアルバイト代を次込んで買った物もあった。これは呉服店の主人に見せると皇室御用命の京都の千總の振袖だと感心された。戦前に金に糸目を付けずに誂えた婚礼衣装だそうだ。婚礼にこれも武蔵野呉服店が持って来たものも、渡文や川島織物の袋帯で、高雅なものだ。


 選ぶたびに、祖母や店の主人、後から来た辰麿が、褒める。着物のセンスはあると思っていたのでそこは嬉しかった。


 武蔵野呉服店が、小手毬のために仕入れて来た振袖の中に、どうにも好きになれない一枚があった。黄色のきらきら光る綸子地に、雅楽の大きな火炎太鼓が裾と袖に、友禅と日本刺繍されていた。羽織って見ると確かに似合うのだが、琴線に触れなかったので断った。祖母や店主は残念がったが、嫌いな物要らないものは、欲しくないのだ。


 結婚について、祖母も心配する程興味がなかったが、大学の実技は熱心に受けた。大学だけでは足りなくて、目白の先生のところに、週二で通って和琴と龍笛に夢中になった。私ってこんなに雅楽が好きだったの。TOEIC八百点は、取り敢えず先延ばしにしたが、勉強とレッスンに集中すると、辰麿のことがどうでも良くなる。大学のピアノは四年まで続けることにして、二年生ではバロック音楽にしてみた。


 振袖の件で武蔵野呉服店が訪問してきた直ぐ後で、今度は花嫁衣裳の女房装束、所謂十二単衣のことで、今度は京都から装束師という職業の女性を伴ってきた。実はウエディングドレスに何の憧れもなかった。唐衣に裳を付けた女房装束で、結婚式を挙げるのが夢だった。昨年の京都旅行で友人との兼ね合いで行けなかったが装束体験がしたかったくらいだ。


 女房装束の花嫁に憧れているのは、七歳の時の婚約の宴で、水干を着たからかな、こればかりは子供の頃からの憧れだったから、喜んだけれど、レンタルでいいんじゃないと、強く主張したが、後々着るものだからという、辰麿のいや龍特有の理解不能な理屈により、新調することになった。

この話を文化学園大学で服飾史をやっている、七緒に話したら、女性装束師の名前を知っていた。立ち合いたかったと残念がられた。


 全て白にした挙式用のと、赤い表着に紫の唐衣の女房装束を二両セット新調した。使われた二陪織物は龍の丸紋で、織りから特注だった。何かあると女房装束を着る方々と、結婚後お付き合いが出来、長い目で見たら、お得な買い物ねとなったのは、子供を三人ばかり生んで十年程後だった。生んだのは龍にもなる子供達だ。


 他に武蔵野呉服店には、袖丈の短い訪問着や、練習に着ていく絣の木綿の着物に祖母の留袖も頼んだ。小手毬はこの呉服店は龍神社だけで成りたっているのじゃないか、疑問を持ってしまった位だ。

辰麿が龍何で、もう理論的に破壊されていることでも、受け入れた。術が効かないで人間にばれても辰麿のせいだ。


 龍神社以外の大学や世間は、人間の道理通りで動いているので、不思議と言えば不思議だ。それを自然と受け入れる、小手毬は自分の感覚が、おかしいことに気が付いて、驚愕した。もう身も脳内も辰麿のものなんだろうか。


 新婚生活は、人間社会には境内の社務所の二階と決まった。現在辰麿が住んでいることになっている部屋だ。行ってみると十畳以上ある大きな和室が二部屋あり、物が殆んど置いてなかった。


「究極のミニマルインテリアだね」


 と皮肉を言ってやった。辰麿は誰も来ないから大丈夫なんだそう。本当の住まいは裏の竹藪の中にある、一度目くらましを掛けられて行った、妖怪が住む幽世にある、あの豪勢なお屋敷だった。


 辰麿に手を引かれて、今度は目くらましを掛けられないで、幽世の屋敷に行く。社務所の台所から幽世に抜けられる。社務所の土間の一角にあるコンロと流しの置いてある囲いの中が台所だ。そこの目立たない木の引き戸を開け、社務所の裏手の空き地に出る。目の前の木の引き戸を開けると、辰麿の男物の草履がずらーと置かれた棚のある、シューズクローゼットの中だった。そしてその先の一枚板の引き戸を開けると、龍御殿の玄関の横に出た。


 現世と幽世との間には、結界が張られているので、人間や、眷属以外の妖や亡者の霊がここを通ることができないそうだ。


 新婚生活をおくる龍御殿に行ってみた。御殿の龍神社よりの部分は、奥御殿とか御簾内と呼ばれていて、一段といっても、一メートル近く高くなっている。ここは龍君と私の他には、お世話係の眷属しか入れないそうだ。


 御簾内は神社に近い方に何部屋かあり、廊下を隔てたところが、例の大広間の上の段で、金襴で四方が飾られた御簾が下がっている内側だ。そこには畳敷きとなっていて、寝室と謁見の間と茶の間が、几帳や屏風で仕切られていた。


 結婚するに当たり部屋を増築したそうだ。一つは私の自室でもう一つは、猫脚のバスタブにシャワー室が付いたお着換えの間だ。畳敷の部屋に壁面が桐箪笥になっていて、専任の女性眷属が着換えの手伝いやら洗濯アイロンしてくれるそうだ。お着換えの間は龍君専用も一部屋あり、そこには温泉旅館にでも有りそうな、立派な檜風呂があった。風呂に入るときはこっちだなと思った。


 流石妖怪の住む幽世らしく、土地は自由に伸び縮みするらしい、十畳くらいの広さの部屋を用意してくれた。バロック時代のお姫様の部屋よろしく、部屋にはダマスクスの赤い壁紙を貼った。家具は高校二年生の夏に再会した翌日行った六本木の家具屋で、イタリア製の花の彫刻が付いた白い家具にした。これを選んだ時、なんで青じゃないのか、龍君に聞かれた。女王様の赤い部屋には青は映えるでしょうと、答えておいた。全部特注で、船便で来るのは直前らしい。


 結婚準備は嫌々ながら嫁にいくのだから、贅沢することにしたのだった。


 この年は中秋の名月が九月十五日になりその二日後の九月十七日に結婚することとなった。この日は辰麿こと青龍の一億歳の誕生日なんだそう。結婚式の段取りは。辰麿の話だと、午前中まず現世の人間のために龍神社の社殿で挙式。その後その場で料亭の仕出し料理で食事会が行われる。午後は幽世の龍御殿で辰麿が子分にしている、幽世の住人たちと宴会でその日は終わる。翌日天国に行き、そこの高級ホテルで大きな披露宴を開く。神様仏様、あの世の偉い人が沢山来客するそうだ。


 幽世や天国の披露宴は、父も友達も行けないので、小手毬にはどうにもできない。それでも地味婚この上ない、龍神社の人間の結婚式に離婚した母を呼ぶ事を考えると、頭痛がした。小手毬の側の出席者は、父と祖父母と叔母の親しい親族と、大学でお世話になっている先生が三名と友人ぐらいと考えていた。


 母親のスマホに久ぶりに電話した。離婚の経緯が経緯なのと、宮前親子と関係のある人で母と繋がっている人が、一人も居なってしまっている状況だ。


 電話が繋がり母の声を聴いたとき、素っ気無くて少し慌ててしまったくらいだ。高二以来碌に連絡を取ってなかったので、東京藝大で雅楽をやってることを報告した。有名大学だが、意外過ぎる娘の進路に、褒めるでも驚くわけでもなく淡々と報告を聞いている母親に、小手毬の方が驚いた。次いで秋に結婚するので、結婚式に出席するように、話したら、返す言葉で出席を断った。一応、参列する父と祖父母と叔母には、二時間くらい同席しても、大人だから平気だよと、確証を取っていたが、断られてしまった。


 母の新しい旦那が、前の旦那に訴えられているのだ。娘の晴れ姿だから逢いに来る気にもならないのは、分る気がした。電話を切った後で、娘の婚約者についてもっと突っ込んで聞いてこなかったのか、二十歳という若さで結婚するのは何故なのか、心配して聞いてくるのにと、世間の親らしくないなーと感じた。思い出すと自分のことにしか興味のない人だったなーと母のことを思った。


 龍君に話したら、どこかで食事の席を設けることでいいのじゃないと、解決策を出してきた。ネットでくぐったら、別に一席設けた方がいいらしいことが冠婚葬祭のサイトに出ていた。まだ半年あるし、父との裁判が終わらないと、娘に会う気にもなれないらしい。


 それきり母と連絡を取るのを忘れてしまった。 不本意な婚約をされ、言葉を封じられているので、父にも助けを求められない状況で、不貞腐れても、他人にはマリッジブルーにしか思われなかった。


 自殺をする程嫌かと問われれば、辰麿はそんなに嫌いじゃない。でも恋人ではない。異性で一番親しい友人といったところである。離婚可能なセックスレス夫婦になるのが、今の気分で納得できる線だ。だが辰麿の説明では、龍と結婚すると不老不死の身体になり、永遠に別れることはない。この瓜実顔の男と離れることは絶対にないのだ。結納後から辰麿は、人目に付かない所で、貪るように唇を舐る。たぶんこのようにして抱いてくるのか想像できるので、これが最も嫌なところだった。


結婚で鬱っぽくなりそうなのに、明るく大学の方も目白の稽古の方も通っている。雅楽の事については、至って充実していた。一年次の目指せ一般企業に入社できる藝大生という目標は失せた。雅楽に集中して練習量が増えた、近頃ではコンクールに出てみたらみたらと教授に言われる位上達している。


 式は九月半ばなので、夏休みが終わる頃だった。夏休み中は何かと用事を作った。女房装束で式を挙げると七緒に話したら、衣文道を習いはじめたので、手伝いたいと言って来て、その打ち合わせということで出掛たりして、それは気晴らしになった。


 八月のはじめ、小手毬は誕生日を迎え、二十になった。


 八月の終わりの土日の龍神社のお祭りは昨年同様に、辰麿に運営者を押し付けられた。ほぼほぼ祭り半纏を着て、社務所に詰めたり、子供神輿の渡御の付き添いをしたりした。


 日曜日の夜、お祭りの打ち上げを社務所の座敷でした。辰麿が出前の寿司とか、商店街の肉屋・魚屋・酒屋から、配達させた酒と肴で、飲み会をはじめた。氏子の馬場君はお爺さんお父さんの三代で酒宴に参加していた。馬場君は一浪して建築科に進学していた。


 龍神社の祭りの屋台は、胡散臭くなくて小手毬は好きだった。焼きそばもたこ焼きも、いい具が沢山入って普通のお店のみたいだ。昨年の祭りで、屋台の売り子が業者ではなく、素人がやっていることを知ってしまった。社務所の宴席に参加して。辰麿のポケットマネーから支払われた、駅前の鳳凰鮨の特上寿司の、雲丹とかマグロなどの高そうなねたの物をゲットして、今月二十になったばかりで、ほぼ初ビールを一口だけ頂いた。雲丹の軍艦巻きを食べながら、苦いビールはまだ駄目だなーと感じた。


 ふと境内を眺めていると、屋台が解体され、解体された屋台の骨組みとか鉄板とかが社務所の脇にある、子供神輿が入った、古い木造の倉庫に運び込まれるのを、見た。お祭りが終わっていく、ほんの少しの寂寥感を感じた。


 紅白幕も外され、半紙に高額の寄進の名前を書いて貼られた板も外されて、社務所の土間に持ち込まれた。片付けの終わった屋台の店員達が社務所に挨拶に来る。辰麿と話込んだり、宴席に交ざって来た。そういうもんかと、大人の集まりに疎い小手毬は思った。


小手毬が、現世と幽世と天国・地獄を行き来し、妖と鬼と神様たちと交流をはじめます。青龍=辰麿君は、鳳凰や麒麟とも友達だったりして、お友達は多いタイプ。高校や大学の人間のお友達も多いです。お友達の多い人の欠点で、誰でもお友達にしちゃうのです。野守さんから見ると、研究対象で、統治する神・妖の一人だけど。青龍=辰麿からすると、お友達なのよね。



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