しらべものの日
やはり疲れを癒すには湯舟が最適ですわね。
七海さまに校内を案内していただいた後、つつがなく他の授業も終えたわたくしは、放課後に寄り道をすることなく帰宅させていただきましたの。早い時間に入浴するのも良いものですわね。
おじさまにご用意していただいたこのおうちに住むのはわたくし一人。食事も入浴も自分一人で用意するなんて初めての経験でしたけれど、この一週間で随分と慣れましたわ。
それに、金銭的な支援は継続しておじさまがしてくださるんだもの。いつかきちんと、おじさまにはお礼を申し上げなければなりませんわね。
浴槽は広く、わたくしもゆったりと足を伸ばすことができますの。いくつか購入した入浴剤の内の一つを湯に溶かせば、香りが浴室に広がって至福のひとときになりましてよ。
なにをするわけでもなく、湯につかって天井を見上げていると、少しずつわたくしの思考が明瞭になっていくのが分かります。ああ、もう、嫌ですわ。疲れを癒すためだというのに、こうしているときが一番頭が冴えてしまうだなんて。我ながら少々無粋でしてよ。
「特別な、能力……」
ふいに口をついて出た言葉。どうしてでしょう、その言葉を耳にしてからというもの、頭から離れなくなってしまいましたの。能力。能力とは、一体どのようなものなのかしら。賜った能力を用いて人々をお掃除する、とはどのようなお気持ちなのかしら。
わたくしは、わたくしの手を見つめてみるけれども、そのお気持ちを想像することは出来ませんわ。今はなににも覆われていないわたくしのこの手。この手で初めてお会いする方をお掃除するなんてことになったら、わたくしは一体どのようなことを思うのかしら。……考えたくもない話ですわね。
それと並行して日常に溶け込むなんて、とてもとても恐ろしくて。掃除人の皆さまは一体、どのように日々を過ごされているのかしら。それが日常となってしまえば、特別に想うことも無くなるのかしら。
……なんて、一人思いを巡らせても意味はありませんわね。
それにしても、本日は大変有意義な一日となりましたわ。やはり、さまざまな方にお会いするというのは大切なことですわね。わたくし一人きりでは到底知ることの叶わないもの。例えば、わたくし自身に対する印象などをうかがい知ることが出来ましたもの。
本日、学校でお会いした皆さまは、わたくしがかつての学び舎で四十名程の方々とお別れをしたという事実をご存じないようでしたわ。その渦中にいたわたくしがしばし警察の皆さまのお世話になっていた、だなんてことは全く。わたくしの名をお耳に入れても悟られた方はいらっしゃらないようだったことですし、一度わたくしは、わたくし自身の在り方を見つめ直した方が良いかもしれませんわね。
渦中にあったわたくしは、あの出来事がどのように世の皆さまにお知らせされたのか全く存じていないのですもの。
同様のこととして、掃除人の皆さまがどのくらいわたくしのことをご存じかも問題ですわね。名前? 容姿? もしあの学校に掃除人の方がいらっしゃるとしたら、季節外れに転校してきたわたくしのことを怪しく思われますわよね。それとももう、何もかもをご存じなのかしら。
だとしたら、掃除人の皆さまはわたくしが居なくなっても不自然に思われない時期を見極めていらっしゃるのかもしれませんわね。転校してきた生徒がすぐに登校しなくなってしまったら、なにかに巻き込まれたのだと無関係な方々に勘繰られてしまうのは当然ですもの。わたくしの、学生としての本分を全うしたいという思いが、掃除人の皆さまのお役目をお邪魔してしまったかもしれませんわね。
「そうだわ、お知り合いの方を増やすところから始めてみようかしら」
高等学校に通う、月ヶ瀬鳴海という人物を存じて下さる方が多くいらっしゃれば、その数だけわたくしの姿が見えなくなった後にしなければならないことが増えるのではないかしら。掃除人という方々の存在を秘匿しているのであれば、『掃除』というルールを公にしたくないのであれば、わたくしの失踪は極めて自然なものでなければなりませんもの。
自惚れているかしら?
いいえ、このくらいでなくては。
わたくしは、命を懸けているのですもの。取るに足らない存在だなんて言わせませんわよ。
のぼせる前に湯から上がったわたくしは、早速あの出来事を調べてみることにいたしました。
ええと……どのように調べたら良いかしら。まずは学校名を入れてみたらいいのかしら。
「……ふふ」
思わず笑みがこぼれてしまいましたわ。だって、学校名を入力してみたらすぐに『毒殺』だとか、『大量死』だとか、そんな言葉が出てくるんですもの。皆さま、そのようにして調べられていたのですわね。
それではそのように。世の皆さまと同じように検索してみれば、ずらりと春ごろの記事が出てまいりましたわ。早速いちばん上のものを拝見いたしましょう。
『■■県■■市にある県立高等学校で教師と生徒合わせて四十名が死亡した。全員が毒物による中毒死として見られている。警察は同学校に通う生徒一人に事情を確認している。犯行に使用された毒物の特定には至っておらず、警察は調べを進めている』
意外にも詳しいことは書かれていないのですわね。クラスで生き残ったのはわたくしただ一人、程度のことは載っているものだと思っておりましたけれど、他の記事を拝見してみてもそのようなことはどこにも書かれておりませんわね。
これならば、わたくしとこの出来事を紐づけるのは中々難しくなるのではないかしら。もし、掃除人の皆さまにわたくしの個人情報がきちんと伝わっていないのだとしたら。未成年の保護という名目でわたくしに関する情報のほとんどを伏せられているのだとしたら、わたくしが夏休みのその先も楽しく過ごすことだって容易ではないのかしら。
掃除人の皆さまにわたくしのことをどのくらい教えてくださったのか、一度警察の方にお伺いしてみる価値はありそうですわね。
「ええと……あの殿方はなんというお名前だったかしら」
そろそろ目を覚ましたころかしら。十分にお休みいただいたでしょうから、お会いできる筈ですわよね。
突然訪ねてしまったらどのような反応をなさるかしら。驚いてくださるかしら。歓びのあまり、涙を浮かべて下さるかしら。サプライズ、というものは日常に適度な刺激を与えますものね。ああ、どきどきしてきましたわ。
食贈り物もご用意しなくてはなりませんわね。不甲斐ないことに、わたくしにもその中身がどのようなものになるのか分かりませんから、せめて一番良いものになるようにいたしましょう。ふふふ、あの殿方は確か、やや綺麗なお顔立ちをしていらっしゃったわよね。
さて、他にはどの様なことが書かれているのかしら。些細な違いでも逃さぬよう、似たような記事をいくつか拝見しておりますと、関連記事が目に留まりましたの。
『夫婦毒殺事件 同一犯か?』
見出しにはそう書かれておりましたの。内容は学校での出来事の翌日、同じ成分の毒でとある夫婦が死亡したと書かれておりますわね。同じ成分の毒だから、犯人も同じではないか……と、そう考えられていたようですわね。こちらの出来事までわたくしの手によるものと思われていただなんて心外ですわ。はっきり言って、迷惑ですの。わたくしはこのお二人に関しては何もしていませんことよ。
不愉快な記事を閉じると、わたくしは引き続き学校での出来事について書かれている記事を調べ続けましたの。ですが、やはり同じような内容しか書かれておりませんわね。記者の皆さまがあまり大きな情報を得られなかったのか、未成年のわたくしに関する情報は全て秘匿されたか……両者かもしれませんわね。
これ以上はインターネットから得られるものはございませんわね。明日以降に図書館で新聞を拝見させていただこうかしら。本日は別のことを致しましょう。例えば、テスト勉強とか。
あまり難しいものでも無いようでしたけれど、勉強をしたという姿を学校の皆さまにお見せできないと注目を集めてしまうことになりますもの。これ以上注目を集めてしまっては、今後の生活に支障を来す恐れもありますわ。それに、ごく自然に誤った解答をして、結果を調整する必要もありますし。
順位をどのように発表されるか分かりませんけれども、転校して一週間後に首位を奪ってしまうのはよくありませんものね。
「……あら」
最後の記事に目を通していると、ほんの一文で表現された言葉が引っ掛かりましたの。
この記事を書いた方は随分と想像力が豊かなようで、学校での出来事に関してさまざまな物語を書いていらっしゃったわ。筆が乗ってしまったのが窺い知れる文章でしたわ。物語を紡がれるのがお好きな方なのね。
そんなお方の物語に記された、『事件以前には同様の毒で男子生徒一名が病院に搬送されていることが独自取材で判明した』という一文。これには感心してしまいますわ。よくお調べになったのね。
嫌ですわ。なんだかとっても気分が悪くなってきましたの。
仕方ありませんわ。気分を変えるために、お勉強の内容は予定していたものよりも少し難しいものにいたしましょう。他のことを考えていれば、このようなこと、すぐに忘れてしまえますわよね。
前半はサービスシーンのはずなのに色気が皆無でしたね
一人称だからでしょうか