しょうかいの日
部室棟と言っても、部室のご用意があるのは文化部のみとのことでしたの。運動部の皆様には運動場に近い場所に別途お部屋を設けられているそうですわ。そちらの方が利便性が高いのでしょう。
茶道室や花道室などがあることに対しては大きな驚きはございませんでしたが、南校舎とは別に、この部室棟にも音楽室や美術室などがあるということには大変驚きましたわね。部活動で南校舎にあるお部屋を使われないのでしたら、あのお部屋はほとんど使われることがないということになるのかしら。
「いや、あっちは同好会とか、有志で使いたい奴が申請して使えるようになってるんだよ。部活にはならないけど何かしらやりたい奴のための救済措置、みたいな?」
「まあ、そのようなお心遣いでしたのね。お部屋の使用を希望される方は多いのですか?」
「多いんじゃないかな。あんまり知らないけど。放課後はすぐに帰るからさ」
七海さまは所謂『帰宅部』というものなのでございましょう。校舎に残り続ける意義が無ければ帰宅されるのも当然のことですものね。
「月ヶ瀬さんは入ろうと思ってる部活とかあんの? うちの学校、部活は何かしら絶対に入ってないといけないんだよね。まあ……今はテスト期間中で部活禁止だから、月ヶ瀬さんがちゃんと部活に入れるのは夏休み明けになるんだろうけどさ」
「あら、そうでしたのね。存じ上げませんでしたわ」
部活動に必ず参加しなければならないなんて……放課後は自由に過ごせるものだとばかり思っておりましたわ。夏休み前の活動があまり無いというのは幸いでしたわね。
「それでは、七海さまはどちらの部活動に所属されているのですか?」
「新聞部だよ。ほら、ここが図書室。んで、我が新聞部の部室さ」
あらあら。まあまあ。
本校舎の三分の一ほどの大きさの部室棟。その三階に設けられた図書室は、控えめな広さをしておりますの。ですけれど、お部屋の中には所狭しと本棚が並んでおり、ぎっしりと詰められた本の貯蔵量を伺い知れますわね。
「七海さん? 今は授業中では……」
「さぼりじゃないですよ? せんせーに転校生の校内案内してって言われたんですよ」
「ああ、そうだったのね」
お部屋に入ってすぐの左手側、カウンターの内側で本を読んでいらした女性の方がそう声を掛けられました。司書さまでしょうか。本に囲まれて本を読む姿は一枚の絵画のようですわ。
司書さまがわたくしへ視線を向けられたので、「月ヶ瀬鳴海と申しますわ」と一礼を。司書さまは『うさぎざと』さまとおっしゃいました。兎里、と書くのかしら。
さて、こちらの図書室にはどのような本があるのかしら。少し時間に余裕があるようなので、手前の棚だけ拝見を。
「……漫画もございますのね?」
「そうなんだよ。吉野先生って世界史の先生がいるんだけどさ、漫画の有用性がなんとかーって言って、図書室に漫画を置くのを許可させたんだって。ね?」
「そうなのよ。ふふふ、面白いでしょう?」
素晴らしいお方ですわね。あまり多く置かれているわけでも無いようですけれど、そのようなことには疎いわたくしでも目にしたことのある題名が幾つかございますわね。
手前はいわゆる話題書というものを並べて、奥に行くとより専門的なものが並んでいるようですわ。司書さまがそう教えて下さいましたの。調べ物をする際には奥の本棚から探すのが良いそうですわ。
「月ヶ瀬さんは入る部活、決めたの?」
「いいえ、まだ決めておりませんの。お恥ずかしながら、どのような部活動があるのかも存じておりませんの」
「そうだったのね。それなら、今のうちにある程度目星をつけておいた方がいいかもしれないわ。夏休みが終わったら文化祭の準備が始まるのよ」
そういえばそうだった、と司書さまのお言葉に七海さまが反応しました。どこか気怠げな表情を浮かべていらっしゃるのには、何か理由があるのかしら。
そんな七海さまに、司書さまはお上品に微笑まれました。一つ一つの所作が美しい方ですわね。
「ふふ、今年は雨霧君が張り切ってるものね。賑やかな新聞部が楽しみだわ」
「無理してやらなくたっていいのに……」
新聞部はこれまで、文化祭では特別なことをされなかったそうですけれど、今年は『雨霧』という方が指揮をとって何かを行うことに決まったそうですわ。当日まで部員以外に情報を漏らしてはならないとなっているそうで、何をするのかまでは教えていただけませんでしたの。文化祭当日まで待ちきれなくなったら入部するしかありませんわね。
文化祭は、文化部にとってとても大きな発表の場。他の部も大きく動き始めようとしているそうですわ。確かに、作品制作などの時間がございますものね。
「もし月ヶ瀬さんが文化部に入ったら、月ヶ瀬さんの作品、楽しみにしているわね」
わたくしたちが図書室を出る間際に、司書さまはそう微笑まれました。きっと、司書さまは純粋にそうおっしゃって下さったのでしょう。ええ、きっとそうだわ。だから。だからこそ、わたくしの胸はほんの少しだけ泣いているのですわね。もしかしたらそのお気持ちに応えることが出来ないかもしれないという、そんな不安がわたくしの中にもあるのだわ。
わたくしがこの町にお引っ越しをしてから一週間が経ちましたわ。お掃除の期限までは残り三週間。夏休みの後のお約束が果たせない可能性も無いとは言い切れませんもの。
──ああ、良くないわ。どうしてかしら、わたくしったら、とっても弱気になってしまって。
いけませんわね。気持ちを切り替えますわよ。事件は有限なのだから。
まずは夏休みまでの残り二週間。この学校に通っている間に、学校でしか得ることの出来ない情報を集めましょう。幸いにして、掃除人のうちおふたりはわたくしと同年代と伺っておりますもの。この学校のどこかにいらっしゃるかもしれませんわ。
いつお目見えできるかも分からない方々をお待ちするなら、わたくしからお出迎えすればいいのよ。そうすれば、真心込めておもてなしも出来ますし。
ああ、ああ! そうだわ!
どうしてもっとはやくに気が付かなかったのかしら。
人知れずお掃除をされているのなら、普段は控え目な方なのかしら。部活動に打ち込んで忙しくしていらしたらお掃除するのも難しくなるから、運動部ではないのかもしれませんわ。
……あら?
そういえば、いちばん最初にとても興味深いお話を伺いましたわね。たしか、人間掃除人の皆さまは、普通では太刀打ちできない能力を持っていらっしゃると。
そのような能力を常日頃ふるわれていたらすぐに噂になってしまいますわよね。ということは、いつもは能力を隠していらっしゃるのかしら。わたくし、勝手に屈強なお身体をしているのかと思っておりましたけれど、実は全くそうではないのかも知れませんわ。屈強なお身体をしていたら目立ってしまいますもの。
それでは、わたくしがお出迎えする方々は、日常に溶け込む控えめな方、ということかしら。……もう少し、特徴を見つけられると良いのだけれど。
「月ヶ瀬さん?」
「っ!」
「大丈夫? ずっと難しい顔してたけど」
「ああ、ごめんあそばせ。わたくしったら、すっかり部活動に思いを馳せてしまっておりましたの。ねえ、もしよろしければ、新聞部がどのような活動を行なっているのか教えてくださらない?」
つい考え事をしていたら、七海さまにご心配をおかけしてしまいましたわ。わたくしの現状を悟られないためにも、もう少し立ち振る舞いに気を配らなければなりませんわ。掃除人の皆さまが先にわたくしのことを見つけてしまうかもしれませんもの。
「新聞部? んー……去年までは、二月ぐらいしか活動してなかったかな。その代わり、二月に出す新聞に気合い入れてたんだけど……今度、前に出したやつみせてあげるよ」
なんだか、ご自分の部活動の話だというのに七海さまは少し説明しにくそうなお顔をしていらっしまいますわね。どうされたのかしら。
「ええと……雨霧さま、というお方が部長さまですの?」
「いや、まだそうじゃない。似たようなもんだけど」
実権を握っていらっしゃるのが雨霧さまということなのかしら。きっと、何か大きな変革があったのだわ。それならば、七海さまが複雑そうなお顔をされていたのも当然のことですわね。だって、今の新聞部は今までの新聞部とは異なるんですもの。わたくしったら、無粋なことを伺ってしまいましたわ。
それにしても……部活動、ですの。もしかしたら、良い機会になるかもしれませんわね。部活動見学という文化がきっとこちらの学校にもあるでしょうから、そちらを利用して普段交流することの叶わない方々のお顔を拝見致しましょう。
ご挨拶申しあげると同時にわたくしの存在を記憶に留めて頂くことにはなってしまいますけれど、『季節外れの転校生』という肩書きが十二分にその役割を果たしてますものね。
問題は、テスト期間で部活動が行われていない今をどうやって過ごすか、ですわね。
図書室に行ってみようかしら。テスト勉強をされている方々がいらっしゃるかもしれませんもの。
それに、わたくしとてお勉強はしなければなりませんし。テスト間際に転校してきたからといって、わたくしだけテストを免除していただく、ということもございません。わたくしはあくまでもごく普通の生徒、という扱いなのですから。
……ですけれど、本日は授業が終わり次第帰宅させていただきたいところですわね。
わたくし、少々疲れが出てしまいましたわ。
本文に登場した吉野先生は私が高校時代に出会った先生をモデルにさせていただきました。