はじまりの日
自由な発想をされる方がいらっしゃるものね。
人間を、『掃除』するだなんて。
わたくし、この度お引っ越しをすることになりましたの。
今年の春頃だったかしら。同じ学び舎で苦楽を共にした皆さまと、たくさんお別れをしてきましたの。そう……大体、お部屋ひとつ分だったかしら。
そんな悲しい出来事があったから、自然豊かなこの町で暮らしなさいと言われてしまいましたの。わたくしとしては、思い出のつまったあの場所を離れることはとても寂しいことでしたけれども、お国から言われてしまったら従うしかありませんものね。新しい土地で心穏やかに過ごせるよう努めますわ。
そのような経緯で、わたくしは心機一転、この個性的な町にやってくることになったのですわ。
「あらあら……そうですのね。分かりました。それで、『お手入れ』されている方々のお墓にお供えするものにお勧めなどはありますの? わたくしったら、そういうことには疎くって」
一番最初に訪れなさいと申し付けられた警察署で、わたくしはそう尋ねました。
先程までわたくしに淡々と説明をされていた殿方のポカンとしたお顔がとっても愉快ですわ。今までこういった質問をされた方は誰もいらっしゃらなかったのかしら。意気地がないのね。それとも、わたくしが蛮勇なだけなのかしら。
でも、面白いことをおっしゃるのよ?
わたくしはこの町で、『人間掃除人』と呼ばれる方々と鬼ごっこをしなければならないんですって。期間は一ヶ月。一ヶ月の間、わたくしが捕まらなければその後は自由に過ごしていい、と。そうおっしゃったの。
随分と『人間掃除人』と呼ばれる方々を信頼しているのね。だって、一ヶ月以内に必ず捕まえられるという自信があってのことでしょう?
ああ、怖い。怖いわ。
正義を掲げる立場にありながら、平然とわたくしに『死』という恐怖の影に怯えて過ごせとおっしゃるこの殿方が怖いわ。
そのような暴力的な決まり事を作ったお国が怖いわ。
そのような立場に身を置いて、当然のように『人間』を『掃除』している方々が怖いわ。
怖くて怖くて、つい反撃の手立てなんかを考えてしまいますわ。大人しくされるがまま、なんて性に合わないんですもの。
「それにしても……困りましたわね。その方々を教えてくださらないとなると……わたくし、いろいろな方のお相手をして差し上げなくてはいけなくなりますわ」
わたくしがため息をつくと、目の前にいる殿方が分かり易く反応してくださいました。随分と察しのいいこと。
まあ、さすがのわたくしもそこまで見境が無いわけではないのだけれど……でも、非常時にはなりふり構っていられませんもの。ですから、規律を守らないなんてはしたないことをしてでも、『人間掃除人』の方々がどのような方なのかは理解しておかなくては。
「わたくしと同年代がおふたり、ですか」
残念ながらお名前やお写真などはいただけませんでしたけれど、人数構成などは教えていただけましたわ。『人間掃除人』と呼ばれる方は五名。その内、実際に『掃除』をされる方が四名。さらに、わたくしのお相手になる可能性が高いのが二名。そのおふたりが、どうやらわたくしと同年代のようですわ。
余談ですけれど、以前はもう一人『人間掃除人』と呼ばれる方がいらっしゃったようですが、少し前に引退されてしまったんですって。嫌気がさしてしまったのかしら? 今残っている方よりも、引退された方のほうが常識的な感性をお持ちなのかもしれませんね。
『人間掃除人』と呼ばれる方々は、普通では太刀打ちできないほどの能力を持っていらしてるとか。屈強な肉体をお持ちなのかしら。それなら、人数が少ないのも納得ですわね。
その能力があるからこそ、少ない人数でも一ヶ月という短期間で捕まえることが出来るのでしょう。見つかりさえすれば、絶対に捕まえられるという自信があるのですわ。
ならば、その能力が生かせない状況に陥ったら?
狩るのは得意でも、狩られる立場に回ってしまったら?
どうやら、わたくしでも出来ることが沢山ありそうですわね。
「ご親切に、ありがとうございました」
微笑んで見せると殿方の表情が和らぎました。
ふふふ、やっぱり笑顔とはいいものですわね。わたくしがこうしてそっとお手に触れてもあまり気にされないんですもの。親愛を込めた握手として受け取ってくださいね。
さて、それでは早速わたくしの新居に向かいましょう。
先程の殿方は……どうかしら。少なくとも今夜中には良い夢を見られるはずだけれど、あんまり早いと困ってしまうわ。お仕事にも障るものね。
それにしても。
いくら司法で裁けなかったからとはいえ、秘密裏に手荒な手段を用いるなんて。やっていることは、わたくしと何も変わりないのではないかしら。このような仕組みを考えた方とは是非一度、お目もじてみたいものですわ。
「本当に……いい趣味ですこと」
お久しぶりですね、掃除人です!
今作の主人公は熊くんでは無く新キャラです。
勝手にクビにしてごめんね、熊くん。