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兄が勇者で英雄になったので魔王に嫁ぐことになりました

作者: 恵 しん


私達は魔王城に近い辺境の、名もない村で暮らしていました。

村の前には海、背後にはそそり立つような山があり、その山の中に魔王城があるのです。

村は魔王城に近いということもあり、訪れる人はほとんどありません。ごくたまに、魔王討伐の旅人一行が立ち寄るくらいです。

ここでは自給自足で生きてはいけますが、お金を稼ぐことはできません。

私の兄は私の結婚資金を稼いで、ついでに相手も見つけてくると言って、王都に出稼ぎに行きました。

ここは辺境の地です。出てくる魔物のそこそこ強いはずです。そんな魔物を日々相手にしているのですから、兄が弱いはずはありません。


『モエギ。いい子にしているんだよ。むやみやたらと魔物を拾ってこないように。拾うなら弱い子にするんだよ」


ユウオウ兄さんの口ぶりは、強い魔物が危険だから注意しているのではなく、魔物を拾いすぎて嫁の貰い手がいなくなることを心配しているようでした。

余計なお世話です。


兄は王都で警備の仕事についたようでした。

そこで、ひょんなことから勇者の聖剣を引き抜いてしまったのです。


『王都に魔物の大群が襲ってきたが戦いの途中で持っていた剣が折れてしまい、近くの棒で応戦しようと思ったら聖剣だった』


と、手紙に書いてありました。

儀式のような荘厳な場面で皆に注目されながら抜いたのではなく、どさくさに紛れてさくっとスルっと抜いたようです。

兄らしいです。


そこからは大変です。

伝説の勇者が現れたと国中が大騒ぎ。

この国の王女様が聖魔法に長けた聖女様であったことから、王女様と兄が共に魔王討伐に旅立つことになりました。

実家から魔王城は近いのだから、実家から討伐に行った方が早いんじゃない?と思うのですが、大陸各地の穢れを払いながら魔王城を目指すので世界中を旅しなければならなかったのだそうです。


『聖剣抜いて勇者になっちゃった』という手紙が来てから、約1年が経過した昨日。

兄が家に帰ってきました。


「モエギー。魔王を倒したから、魔王がモエギを嫁に貰ってくれるって」


「はぃ?」


帰ってきた兄の第一声が意味不明でした。

帰ってきたら労いの言葉をかけようとか、大好きなご飯を作ってあげようとか、色々考えていましたがすべて吹っ飛びました。

そもそも倒した魔王が何故嫁を欲するのでしょうか?


「モエギ、魔物好きだろ。だから魔王が嫁に貰ってくれるって言ってくれてホッとしたよぉ」


「でも、私の未来の旦那様は兄さんが倒したんでしょう?」


「表向きは」


倒す倒さないに表も裏もあるものでしょうか?

私の頭の中はハテナでいっぱいです。


「その辺のことはクリスティアーナが説明するって言ってるから、とりあえずモエギは荷物をまとめて。すぐ出発するよ」


「・・・え?ちょ・・・、まっ・・」


すぐに嫁入りとか、無理デス。


「問題ある?」


兄は私の瞳をじっと見てきます。

私も兄の瞳をじっと見返しました。


「・・・。」


「・・・・・・・・・ペットは連れて行けますか?」


「ああ、やっぱり」


兄は天を仰ぎ見ます。


「なになに?どんだけ増えたの?」


兄が困り顔で聞いてきます。顔には『だから注意したのに』って書いてあります。


「スライムのスラちゃんと、ツノラビットのラビちゃん、あと何かのタマゴのタマちゃん」


「・・・相変わらずネーミングセンスが皆無だね」


「みんなタマゴから孵して育てちゃったから、自分でエサが取れないの」


兄は私の瞳をさらにじっと見ます。その顔には『ウソはだめだよ』って書いてあります。

私は耐えきれず兄から視線を逸らしました。


「・・・スライムではなくアシッドスライムです。あと、ツノラビットではなくマージラビットです」


スライムはスライム属の最弱の魔物。それに対してアシッドスライムは攻撃時に強酸の液を吐き出すスライム。スライム属の中ではかなり強い部類に入る魔物デス。

ツノラビットもラビット属の最弱の魔物。それに対してマージラビットは攻撃魔法を使うラビット。ラビット属の中では、・・・以下略します。


「だから危ない魔物はダメだって言っただろう!!」


魔王を倒した兄の怒りが炸裂しています。

私、嫁に行く前に死ぬかも。いや、せめて死は回避しなければなりません。


「だって、だって。兄さんがいなくて寂しかったんだもん。拾ってきたのはタマゴだったから、危ないのが出てくるなんて思わなかったんだもん」


私は瞳を大きく開けて兄を見上げます。

兄は再び私をじっと見てきます。あ、バレてる。


「はい。スミマセン。アシッドスライムとマージラビットのタマゴだって知っていマシタ」


「だよねぇ。モエギが知らないなんてこと、ないよねぇ」


兄は私の魔物マニアっぷりをよく知っています。

昔から子どもの魔物を連れて帰ったりして、よく怒られました。

兄はため息をついています。


「魔物の総本山に嫁ぐんだから、ペットはダメだなぁ」


私はシュンと項垂れます。

せっかく手からエサを食べてくれるようになったのに。


「だから、家族としてならいいんじゃないかぁ」


ふぉぉ!兄は神です。


「兄さん!ホントに?!ありがとう!」


私は思わず兄に抱きつきました。


「・・・その代わり、こちらの事情にも付き合ってよね」


兄の瞳がキラリと光ったよう見えました。


「荷物はいいかい?なければこのまま行こう」


そう言うと、兄は呪文を唱えました。

フワッとした浮遊感の後、あっという間にお城のバルコニーらしき場所に立っていました。


「ユウオウ!」


駆け寄ってくる1人の女性。

フワフワとした銀糸のような美しく綺麗な髪。抜けるように白い肌。色素は薄いのに目鼻立ちはくっきりしていて、華麗な美人。

私はあまりの美しさに、口をパカンと開けて見惚れてしまいました。


「モエギ。口、閉じて」


兄が小声で囁きます。


「クリスティアーナ、私の妹でモエギだ」


兄が紹介するので、私はぴょこんと頭を下げました。


「まぁ!ユウオウに似て、真っ黒な髪」


ん?褒められたんでしょうか。

まぁ、私の濡羽色の髪は自分では自慢に思っていますので、褒められたことにしておきましょう。


「この国の第一王女のクリスティアーナです」


クリスティアーナ様は綺麗なカーテシーでお辞儀をされました。

この国の第一王女ということは、勇者である兄と共に魔王を倒した聖女様です。

その聖女様にガッと両手を取られました。


「ごめんなさい。王家にはもう手駒がないの。ユウオウは私と結婚するので、貴女も王家の一員だわ。国の為だと思って許して頂戴」


聖女様はポタリと美しい涙を流されました。

・・・なのですが、何か聞き捨てならないワードが入っていませんでしたか?

『ユウオウと私が結婚する』そう言いましたよね。

私は兄を仰ぎ見ました。

『ゴ・メ・ン。言・う・の・忘・れ・て・た』

兄の口はそう動きました。

うぉい!それ、一番重要じゃないか!

聖女様の美しい涙が台無しです。

私達兄妹の表情とは裏腹に、聖女様は悲しげに話を続けます。


「私達、魔王にかなりの大打撃を与えたのだけれど、とどめを刺すことはできなかったの」


あぁ、実は兄も魔物が大好きなので、あえてトドメを刺さなかったんですね。

私がチラッと兄を見やりますと、涼しい顔で笑っています。私の予想は正しいようです。


「私達も力の限界で。魔王の力は削いだのだけれど、魔物の力を無力化するまでには至らなかったの。

そこで、お互いの領土を侵さないという約束を交わしてきたのだけど、約束を飲む条件としてヒトジ・・・魔王に嫁いでくれる子を差し出すようにと言われてしまったの」


このオヒメサマ、人質って言いかけましたね。


「本来だったら第一王女であるクリスティアーナが適任なのだけれどねぇ」

兄がのんびりと口を挟みます。


「まぁ!ユウオウ!私、あんな恐ろしい場所にずっといるなんてできません」


「・・・と、いうわけ」

兄がペロっと舌を出しました。


「それに、私はユウオウのことをあ、あいしていますもの」


真っ赤になった聖女様は大変に可愛らしい。


「ありがと」

兄は聖女様をゆるりと抱きしめました。


なんだ?!この茶番はっ?!


私は口から砂を吐きそうでした。


兄は聖女様を解放すると真面目な顔で私に向き合いました。

「魔王にはキチンと話をしてあるから。モエギは安心して行っておいで。でもその前に、ちょっとした茶番に付き合って」


茶番ならお腹いっぱいです、とは言えない私は首を傾げました。


「魔王城からの迎えは明日やってきます。国を挙げて盛大に送り出しますわ」

クリスティアーナ様がパンパンと手を叩くと、ザっと女官さん達が現れました。

「さぁ!モエギさん。綺麗になっていただきますわよ!」


そこからは何が何だか分かりません。

王城の広いお風呂に放り込まれて恥ずかしいのに人の手で体を洗われ、その後は念入りにマッサージ。ここで私は寝落ちし、気づけば朝となっていました。

軽く朝食をとってからは、何十枚ものドレスを幾度となく当てがわれ『どれでもいいじゃん』と悪態を吐きかけたところで着替えが終わり、捏ねくり回すように化粧をされました。

鏡を見て『これが、私?!』と驚く。なーんてことはなく、いつもの私が似合わないドレスに似合わない化粧をして残念に立っていたのでした。素材が素材なので仕方ないですね。諦めています。

しかし私の面白い姿を見た兄が、腹を抱えて爆笑しているのは許せません。


兄は爆笑して出てきた涙を拭きながら、私に話しかけました。


「偉い人の前では頭を下げておけばいいからね。あとは、恐怖を堪えるように悲しげにだけど気丈に儚げに微笑んでくれればいいからね」


後半がかなり高度な要求です。


「兄さん、これから何が始まるんです?」


そうです。今に至るまで聞かない私もどうかしていますが、詳しい説明を受けていません。


「もうちょっとしたら魔王の使いがやってくるから、人質引き渡しの儀式が行われる」


おおう。兄がはっきりと人質と言いやがりました。

私の不安そうな顔に気づいたのでしょうか。兄が慌てて言いました。


「モエギ。神聖な儀式だからね。かなりレアな魔王の手下が来ると思うけどテンション上げちゃダメだからね!

あぁー。誰が来るのか聞いてないけど、モエギが大喜びする姿しか想像できない」


兄の中で私はどういうニンゲンなのでしょうか。いや、確かに高位の魔物がやってきたら触ってみたい・・・。


「向こうにも非道な扱いっぽい演出を頼んでるから、モエギも嫌がりながら連れ去られる感出してよね」


「はぃ?」


「ちょっと、練習しようか」


それから、何だかとても恥ずかしい練習を沢山させられてしまいました。

思い出すだけで火を吹けます。多分、サラマンダーも真っ青ですよ?



そして、今に至ります。


私は王宮の広間の壇上に引き上げられています。広間には貴族達が集められています。

私の前には王様と王妃様。隣には兄とクリスティアーナ様が控えています。


王様がその場にいる人々に私を紹介しました。

「勇者ユウオウの妹モエギ嬢が魔王城に行くことを決断した。これで領内に魔物が現れることはなくなる」


集まっていた人々から「おおっ」と歓声が上がる。


クリスティアーナ様が私をそっと抱きしめました。

「ごめんなさいね。モエギさん。貴女1人を犠牲にしてしまって」

クリスティアーナ様はポロポロと涙をこぼしました。

涙が自由に出し入れできるのって便利ですね。私は先程兄と練習しましたができませんでした。


その時、広間の中に黒い霧が立ち込め始めました。

霧は深くなりながら集まると、おどろおどろしい人の形に変わりました。

「どんな仕組み?!」とテンションが上がりそうになりましたが、兄に捕まれて我に返りました。兄は妹の身を案じたというより、私のテンションを案じたようです。

口パクで『練・習・を・思・い・出・せ』と言ってきました。


「我が花嫁はどこだ」


魔物は地を這うような低い声で尋ねました。

「ここでーす」と言いそうなところを兄に制されました。


「まさか、魔王自ら迎えに来るとはな」


兄が珍しくキリリとした表情で答えました。


「我が花嫁を迎えるのに我が来ずにどうする」


「ここで倒されるかもしれんぞ?」


「出来るものならやってみろ」


そう言うと、魔王は魔力を解放しました。

激しい風圧と圧迫感で何人かの人が倒れてしまいました。


私はおずおずと魔王の前に進み出ました。

綺麗なカーテシーが行えれば美しいのでしょうが、できない私は頭を下げました。


「勇者ユウオウの妹、モエギと申します。私が魔王様のお側に参ります」


魔王は私をチラリと見ると、フンっと鼻を鳴らしました。

呪文もなく私に手を翳すと、黒い蛇が現れ、私を締め上げました。

『魔法なのにホントの蛇みたいな質感』と感激しましたが、締め上げがキツくて涙がポロリと出てしまいました。


「おいっ!手荒なマネはするな!」

兄が聖剣を構えました。


しかし蛇は兄の様子に構うことなく、チロリチロリと私を舐め回します。

「怪しげな物は持っていないな」

身体検査だったようです。お手柔らかにお願いしたいものです。


「丁重に扱えと言っただろう!」

兄の怒気が強まります。


「勇者が慌てる様を見るのは面白いモノだ」

魔王が不敵に笑うと、私に巻きついている蛇が私の首筋をチロリと舐め上げました。

私は思わず「ヒッ」と叫び声を上げてしまいした。

「せいぜい可愛がってやる」

そう言いながら、私を締め上げる力は強まっています。苦しさで私の瞳からは、物理的に涙が溢れ出します。


「では、貰って行くぞ」


魔王がそう言うと、再び黒い霧が立ち込め始めました。


『これで連れて行かれる』と思った私は出来る限りの声で叫びました。


「嫌っ!いやぁ!!」


広間の人々は固まっています。

悲劇のシーンを固唾を飲んで見守っていると言った様相です。


「助けてっお兄さま! いや!いやよ!いやぁぁぁっ!!」


私は兄に向かって手を伸ばしました。

兄は私を助けるように私に向かって手を伸ばしましたが、手が届く前に黒い霧に包まれて消えてしまいました。







◆◆◆



私が瞬きをすると、玉座が見えました。足下に頭蓋骨が転がっています。おおぅ。ビックリした。

隣には10歳くらいの男の子が立っていました。


「おつかれー。あはは。面白かったねぇ」


黒髪の綺麗な顔立ちの男の子は楽しげに笑っています。


「ユウオウに頼まれたからねー。頑張って演出しちゃった」

男の子はペロリと舌を出しました。兄の舌出しは腹が立ちますが、この子のはカワイイです。


「モエギも頑張ったよね。最後の」


私は最後の叫びを思い出し、赤面しました。

あれこそ兄と練習した成果です。ついでに恥ずかしい練習を思い出し、全身が燃えるように熱くなりました。『嫌』の言い方だけであれほど練習させられるとは。もっと同情を誘うようにとか、切迫感を出せとか、注文が多かったのです。ちなみに『お兄さま』呼びはオプションです。せめてもの兄への嫌がらせです。


「ユウオウに聞いていた通りだ。モエギも面白い」

男の子は私の頬に軽くキスをしました。


「ようこそ。魔王城へ。僕のお嫁さん」


「へ?」

私はとんでもなく間抜けな声を上げてしまいました。


「子どものお婿さんでがっかりした?」

私は反射的に頷きました。


「あっはは。素直なのは嫌いじゃないよ。

魔王ってね、ニンゲンが持ってる負の感情で出来てるんだ。で、一定期間貯まると暴発するから、ガス抜きしなくちゃいけないの。

そこで現れるのが伝説の勇者。何百年かに一回現れて、僕のガス抜きをするのが役目ってわけ。

今回の勇者は強くってねー、戦いの時に魔力を放出しすぎちゃって。体内の魔力が少なくなると、僕は子どもの姿になるんだ」


「・・・子を成す必要の無さそうな魔王様に、お嫁さは必要ですか?」


「んー。たしかに。繁殖の必要性はないんだけど。僕も何百年かぶりにゆっくりしたかったし。ゆっくりするならお嫁さんが必要だってユウオウが言うし」


兄よ。なんと強引な話の進め方なのだ。


「ユウオウが面白い人だから、その妹も面白いだろうなって。ユウオウの妹ならいいかーって決めたんだ」


「あの過剰な演出は一体?」


「ああ、あれ?ユウオウにね、英雄の妹だとニンゲンに政治利用されるから、なるべく恐怖を植え付けつつ悲劇的に連れ去ってくれって頼まれてさー。ごめんね。手加減したんだけど、痛かったよね」


魔王は私の背をゆっくりとさすりました。


「まぁ、締め上げていただいたおかげで涙も出ましたし。ありがとうございました。きっと兄も、心の中で笑っていることでしょう」


魔王は一瞬ポカンと口を開けると笑い出しました。


「さすがユウオウの妹だよねー。しばらくゆっくりするつもりだから、君もゆっくりしてよ。

ああ、そうだ。

フライムート!お嫁さんのモエギが来たよー」


シュっと人型の魔物が現れました。背が高くて、中性的な美しい顔立ちです。

フライムートと呼ばれた魔物はスっとお辞儀をしました。


「スライム族の族長、フライムートと申します。お嫁様の身の回りのお世話を承りました。何なりとお申し付け下さい」


「スライム?!人型なのに?!」


「あぁ、食いつくのはソコですか。ユウオウ様の仰るとおりですね。

長く生きたスライムは姿を変えることができるんですよ」


そう言うと、フライムートはサッと顔立ちを変えました。男らしくてちょっと暑苦しい顔やサッパリと涼やかな顔など、自由自在なようです。


「お好みの顔があれば、それに変えますが?」


フライムートは何でもないようにとんでもないことを言います。


「じゃあ、あんまりドキドキしないように、そこそこ平凡な顔で。兄くらいのクオリティでお願いします」


フライムートの顔はどこにでもある平凡な顔に変わりました。ふう、安心しますね。


「フライムート。モエギを部屋に案内してあげよう」


魔王様が私の手を取りました。


「あ、魔王様のお名前は何と言うんですか?」


「んー。テキトーに呼んでくれていいよ」


「じゃあ、魔王だからマーちゃんですね」


「・・・ギルベルトだ」


マーちゃんは不満だったようです。


「ではギル様とお呼びしましょう。不束な嫁ですがよろしくお願いします」


私達は連れ立って長い廊下を歩きます。迷路のようで迷いそうです。


「ああ、そこはトラップですから、踏まないように」

フライムートが足下を指さします。


あ、これは1人で歩くと死ぬやつですね。1人でうろつくのはやめようと心に誓いました。


「こちらが魔王様のお部屋です」


大きな黒い扉を開くと、広い部屋にソファとテーブルにベッドが一つ。

装飾品は何もなく、ガランとした印象です。


「モエギが来るの、楽しみにしてたんだ。1人だと広すぎちゃって。

お風呂はこっち。こっちは衣装部屋だよ」


ギル様は私の手を引き、部屋の中を案内してくれます。


「とりあえず、その似合ってない服を着替えましょう」


フライムートの辛辣な言葉が響きます。

フライムートに衣装部屋に連れ込まれ、ドレスを脱がされそうになります。


「ちょ、ちょっと待って。貴方が脱がすの?!」


「スライムは雌雄同体ですので問題ありません」


「ダメ!見た目がアウト!」


しょうがありませんね、と言いながらフライムートは女の人の姿になりました。


「これで、いいですよね?」


「あ、はい」


内心では『いいのか?』と思いましたが、この際仕方がありません。

魔王城は勇者の襲撃により人手不足ってことで納得しておきましょう。

結婚生活には譲歩も必要です。


フライムートによって黒のワンピースに着替えさせられました。

総黒ですがレース使いが可愛らしく、王城で着せられたドレスよりは自分に似合っている気がします。


「やはり、魔王様のお嫁様ですから、黒でないと」


「モエギが黒い髪で良かったよねー。やっぱり黒は綺麗だよ」


この方々は黒であれば何でも良いようです。

まあ、私の黒髪は自慢の黒さですけれどね。


ソファに並んで座り、紅茶で一服します。

一服したところで、お願い事を切り出しました。


「あの、ギル様。実は私には子どもがおりまして・・・」


私はスラちゃんとラビちゃんとタマちゃんを連れてきたいと訴えようとしたのですが。


「兄がいなくなって寂しくて・・・、つい出来心で」


ギル様の表情が固まったように感じます。


「・・・ねぇ、モエギ?いきなりの浮気?」


フライムートも白い目で私を見てきます。


ん?浮気?結婚前の子どもだから浮気とは言いませんよ?

ではなくて。


「違います!タマゴから孵ったアシッドスライムとマージラビットと、まだ孵っていないタマゴが家にいるんです。ここに連れてきてはいけませんか?」


しかし、ギル様は顔面蒼白です。

「そうか、ニンゲンはタマゴも産めるんだ」とブツブツ言っています。

何だか大いなる勘違いをされているようです。

兄のアドバイスにより『家族として』連れてこようと言葉を選んだのが間違いだったようです。


「すみません。タマゴは私が産んだのではなく、拾ってきました。

魔物の方に申し上げるのは大変に心苦しいのですが、ペットとして飼っていました。ここに連れて来たいです」


ギル様の顔に色が戻ります。

「なーんだ。拾い子かぁ。いいよ、いいよ。魔王城の中も勇者にやられてかなり戦力が減ったからねー。モエギの小間使いにしたらいいよ」


なんか兄が迷惑かけてスミマセン。

兄は魔物が好きですが、強さを確かめるのも大好きなのです。強い魔物がいっぱいいて、調子に乗ってしまったのでしょう。


フライムートが

「では、後ほど迎えに行ってきましょう。城の下の家ですね?」

と言ってくれました。

私はホッとしたのと同時に違和感を覚えました。

何故、家を知っている?


「私はスライム族の族長ですよ?全てのスライムを把握しています。ニンゲンの村に住むスライムがいるなと感じてはいたんです。

虐待でもしているのだったら、そのニンゲンの首を即刻切り落としてやろうと考えていたのですが?」


おおう。穏やかならない話です。虐待しようとは思わなかったけど、実験はどうなんでしょう。

恐ろしくて聞けません。


「そのスライムからは幸せそうな魔力が流れてきていたので、静観していたんですよ」


私は心が暖かくなりました。だって。

「スラちゃんは幸せに思ってくれてたんですね」


「名前を呼ばれる時には魔力が曇っていましたが?」


おいっ。


「スラちゃんはヒドい名前だねー」


おおい。ギル様までもカワイイ顔してぶった斬ってくれますね。


「ここに来たら、カッコイイ名前を授けてあげよう」


「はい。きっと喜びます!」


はい、はい。ごめんなさいね。センスないですよ、どーせ。

むぅと膨れた頬をギル様が引っ張ります。


「いいんだよ。センスがない方が面白いし!」


ぬあっ!これはバカにされていると思うのです。

私はプイっと顔を横に背けましたが、ギル様に引き寄せられます。


「ニンゲンの国で魔力を使って疲れちゃった。

・・・ねぇ、してくれる?」


いくら子どもでも耳元で囁かれるとゾワゾワします。

「え、っと、何を?」


「ユウオウに教えてもらった。疲れた時の癒しだ、って」


兄よ。一体何を教えた?


ドキドキして固まる私の膝の上に、ギル様はコロンと頭を乗せました。


「あーホントだー!モエギの鼻の穴がよく見えて面白ーい!」


聞き捨てならぬ言葉を聞き、私は相手が魔王であることを忘れておもいっきりギル様の頭を引っ叩きました。


「しばらく、そうやってイチャついていて下さい。ちょっと下に降りてきます」


フライムートがお辞儀をして姿を消しましたが、「これはイチャつきじゃなーい!」と叫んだ私の声が届いたかどうか。

兄は絶対に魔王城の風紀を乱していると思います。

今度会ったら、アシッドスライムをけしかけてやります!


あとは、この子どもに教育が必要です。


「ギル様。女性の鼻の穴は覗くものではありません」


「えー?じゃあ、どこで癒しを感じるのー?」


鼻の穴で癒されるというのは魔物独特の感覚なのでしょうか。

いやしかし、人間側の感覚にも慣れていただかないと私の心が折れてしまいそうです。


「まず、膝の柔らかさでしょうか。女性の体は柔らかくできていますからね。

あとは、お互いにお互いの体温を感じる。そして、こう、私がギル様の髪を撫でますと・・・」


私はギル様の黒髪をサワサワと撫でました。


「気持ちいい」

「気持ちいい」


なにこれ、何これー?!めちゃくちゃサラサラしてるのにしっとりしてて、指を通っていく髪の感覚が気持ち良すぎるー!!

私は夢中で撫でくり回してしまいました。

そういえば、ギル様も『気持ちいい』って言っていましたね。

何に気持ち良さを感じたのか確認しておかないと、明後日の方向を向いているかもしれませんので。


「ギル様は何に気持ちよくなりました?」


「モエギから流れてくる魔力ー。緩やかで穏やかで気持ちいい」


おぅ。魔力と来ましたか。私は兄ほど魔力を有していないはずですし、そもそも魔法は使えません。

魔力なんて意識したことありません。


「使えもしない魔力ですが、ギル様の癒しになるなら嬉しいです」


「これは夜も期待できそうだねー」


・・・ん?夜、とな。


そこへフライムートがスラちゃんとラビちゃんとタマちゃんを連れて帰ってきました。


「魔王城で新人研修すれば、小間使いとして十分働けます。・・・と、失礼しました」


フライムートは全然悪びれていない顔で、顔を背けました。

しかし、きちんと言っておかなければいけません。


「こっ、これが正しいイチャつきですから!鼻の穴を見るのはイチャつきではありませんから!」


恥ずかしさのあまり、声が裏返りました。


「かしこまりましたが、私には同じに見えます」


「違う!全然違うわ!私の心持ちが全然違う!」


「そうだよ、せっかく僕たち気持ちよくなる方法を探ってたのに」


「ギル様!言い方!その言い方ヤバイから!」


「えー?嘘は言ってないよー」


「・・・っ」


私は顔を手で覆いました。

私は限界を突破し、頭からは湯気が出そうです。


「あーその子達だね。モエギの子どもって」

ギル様がスラ、ラビ、タマに目を向けました。

「モエギの子なら僕の子どもでもあるよね。じゃあ、アシッドスライムはティム、マージラビットはフィンにしよう。タマゴは孵ってから決めようね。

城の中にはトラップがたくさんあるからね。きちんと研修を受けて、トラップを覚えること。覚えたら、ここの小間使いをやってもらうよ」


ティムとフィンはピョンピョンと飛び跳ねています。

多分、カッコイイ名前を喜んでいるのです。く、悔しい。

悔しがっている私の頭を、ギル様がポンポンと撫でます。

「モエギの為に働けるのが嬉しいって」

予想外の言葉に涙が出そうになります。

「わ、私も。ずっと一緒にいられて嬉しい」

ティムとフィンは更にピョンピョンと飛び跳ねています。


「さぁ、今日は魔王様とお嫁様の初夜の宴ですからね。城の中は大忙しですから。お二人は大人しくしていて下さい」


・・・初夜?


私はギギギっと首をギル様に向けました。


そりゃあ、結婚すれば初夜がありますよね。

だけど、出会ったその日に?

そして、ギル様は子どもですけど?

私の顔には疑問符が浮かんでいたのでしょう。

ギル様は私を安心させるように言いました。


「繁殖方法が違うから、大丈夫」


大丈夫、じゃないぃぃ!

アレやコレの儀式があるのかっていう心配をしているんです!!


「魔王様、それでは誤解を招きます。

1000年程前に別の魔王様に嫁入りした事例がありまして、その際に城中で宴が開かれましたので、それに倣って今夜は下々の魔物で初夜を祝う宴が開かれるのです」

フライムートがフォローしてくれました。

「久しぶりに無礼講なので、城内が浮き足立っていて。どれだけ酒を用意したらよいのやら」

フライムートはちょっと嬉しそうに言いました。


「ニンゲンの嫁入りに反感を持っているモノもいるから、酔い潰しちゃってー」


ギル様はニコニコと言い放ちます。


「明日のお披露目式で文句言えないくらい潰しちゃってよねー」


「ですと、銘酒魔王魂100年ものの出番ですが?」


「いいよ、いいよー。僕もしばらく大人しくしてるつもりだし、放出しちゃえー」


「ありがとうございます。早速準備にかかります。あぁ、魔王様とお嫁様は適当に、適当な時間に休んで下さい。後で適当に宴の料理を運ばせます」


フライムートは足早に出て行きました。

が、何となく負に落ちないのは何故なのでしょう。

適当にと連発されたことでしょうか。


「僕たちはゆっくり寝ていればいいんだよ?

ほら、魔物達は勇者にやられて塞ぎ込んでいたからさ、気晴らししたいんだよ」


意外と真面目な意見にビックリしました。

やっぱり魔物を束ねているだけのことはあります。


「だから、一緒にお風呂に入ってさっさと寝よ」


「いいえ。お風呂は1人で入ります」


「えー?ひとりだとつまんないんだよー」


「ギル様は子どもの姿ですが、私よりもうんと年上ですよ、ね」


「チッ」


あ、舌打ちしました。

私達と常識が違う方々なので、本当にお風呂で一緒に遊びたかっただけかもしれませんが、今後の為にも厳しくいきます。



「・・・ベッドは1つしかないから一緒に寝るんだよ」


「子どもの添い寝くらいなら大丈夫です」


「僕たちは繁殖方法が違うからね。ヘンなことにはならないから安心してー」


うーん。

安心したような、残念なような、複雑な気持ちです。

何故でしょう。







◆◆◆



朝です。

差し込む朝日がすこし眩しいです。

隣には旦那様。と言っても、子どもの姿のカワイイ旦那様。

・・・のはずだったのですが。

私をぎゅっと抱きしめる力は強く、私が抱っこしているのではなく、抱っこされているような気がします。

ええ、サイズ感がおかしいのです。

大人に抱きしめられていると感じるのは、私の願望で妄想でしょうか。

恐る恐る目を開きます。


長い黒髪。

引き締まった体は私よりもかなり大きい。

私の背に回された手も大きくて、安心感があります。

肉が削がれたような頬。

涼やかな瞳がゆっくりと開き、薄い唇からは低い声が紡がれます。

「おはよー。モエギ」

声で威殺されそうでした。

「おはよう、ございます」

辛うじて返事をしましたが、胸のドキドキは治りません。

何故なら、私の頬は彼の胸にぴったりとくっついているからです。

私の頬と彼の胸の間に布はありません。

つまり?

私はごそごそと自分の夜着を確認して、きちんと着衣していたのでホッと息をつきました。

彼は半身を起こしました。彼にぴったりくっついていた私もつられて起き上がります。

「ユウオウが言っていた通りだ。お嫁さんって癒し効果があるね」

兄はそういう意味では言っていないと思います。

よく寝たーと呟く彼に、私は確認します。

「ギル様、ですね?」

「うん?」

「何故に大きいのでしょう?」

「うん?」

ギル様は寝起きが悪いのでしょうか。反応が鈍いです。

「何故、大人になっているのでしょう?」

「あー。ホントだ。大きくなってる。お嫁さん効果すごいな」

とりあえず裸の彼は目に毒なので、シーツを被っていただきます。

昨日は子ども用の夜着を着て寝たので、途中で大きくなった時に破けたか脱いだのでしょう。

「・・・で? 大人になった理由を教えていただけませんか?」

心臓に悪いです。という言葉は飲み込みました。


「子どもの姿だったのは、魔力が少ないからって言ったよね。

ユウオウとの戦いで魔力を使い果たしたから子どもの姿だったんだけど。

魔力が回復したみたい。

すごいね。一晩一緒に寝ただけで、この回復力。

お嫁さんの癒し力すごいよ。

毎日一緒に寝たらどうなっちゃうんだろう。

魔王復活できるかもねー」


何やら不穏なことを言っています。

魔王を復活させるわけにはいかないので、一緒に寝るのはやめたほうがいいのでしょうか。

考え込む私をギル様はぎゅうっと抱きしめます。

「これがねー、いいんだよ。緩やかで穏やかな魔力が流れてくるんだー」

何でもいいけど、服を着て下さい。


「おー。一晩で仲良くなったなー」


降ってきた声は、あり得ない人のものでした。


「兄さん!ノックくらいして。・・・って、何でここにいるの?!」


昨日悲劇的な別れ方をしたはずの兄が覗き込んでいました。


「兄ちゃんは勇者で英雄だぞっ。魔王城なんて魔法でひとっ飛びだ」


「何で来たの?」


「お邪魔虫だったなー」


兄がニヤニヤしているのが腹立たしいです。

この状況ではお邪魔虫としか言いようがありません。しかし、ギル様の虫の無視っぷりも素晴らしいです。


「魔王の嫁のお披露目式なら、ニンゲンで言うところの結婚式!妹の結婚式に出たくない兄がいるはずがない」


一応、兄は結婚式に参列できるような服を着ています。


「兄さん、とりあえず着替えたいから、出て行って?」


私は兄をじっと見ます。


「・・・う、悪かった。外で待ってる」


兄は素直に応じてくれました。


「さあ、ギル様も。服を着て下さい」


「ずっとこうしていたいけど・・・。

フライムート!」


シュルリとフライムートが現れました。


「昨晩はほとんどの族長を酔い潰しました。銘酒魔王魂のおかげです」

フライムートはお辞儀をしました。

「・・・おや。魔王様、魔力が戻りましたか。そのお姿ですと15%くらいですね?」

フライムートの口調には驚きが混じっています。

「その姿に戻るには10年はかかると思いましたが、早いですね」


「そうでしょー。僕もビックリしたよ。で、大人用の儀式服って準備ある?」


首を振って、フライムートは考えます。


「族長達は潰して不参加ですから、多少儀礼から外れたものでもいいでしょう。下級魔物に魔王様の凛々しいお姿を見せつけておけば、いいように噂が流れます」


「じゃあ、とりあえず仮で。えーい」


ギル様はキラキラと光り、服を身に纏います。


「出来るんなら、さっさと服を着なさーいっ!!」


私は叫びました。

ダメだ。この人達の常識と私の常識がかけ離れ過ぎている。


「ごめーん。じゃあ、モエギにも。えーい」


今度は私がキラキラと光り、黒いドレスを身に纏いました。


「魔法の服とそうじゃない服って何が違うんでしょう?」


私はちょっと疑問に思い、尋ねました。魔法で服が出せるなら、すっごく便利。


「服飾魔法は使うのが難しくて、大量の魔力を使う。そして、使役者の魔力がなくなると服も消える」


おお。何と危険な魔法。部屋着くらいにしか使えない上、難しい魔法だとは。

実用性に欠ける魔法です。


「ああフライムート、ユウオウが来てるんだよ。朝ごはん一緒に食べよって誘って来るよ」


「では、私は朝食をお持ちしましょう」


二人はシュルリと姿を消し、ギル様と兄は扉から戻ってきました。


「ユウオウ!モエギを寄越してくれてありがとう!言っていたとおり、お嫁さんの癒し力は凄いね!」


「でも、モエギはタマゴが産めないよ?」


「なんでタマゴがいるの?」


「癒しってそういうことだろぉ?」


私は慌てて「ストーップ!話はそこまでーっ!!」と叫びました。

何故だか心臓がバクバクして、息が上がります。

ええ、今、分かりました。兄も相当な非常識人です。


「それ以上話たら、シメますよ?」


目の前にいるのは勇者な兄と魔王な夫。世界最強の2人かもしれませんが、そんなことは関係ありません。

私は二人を睨みつけます。

正座で説教されないだけありがたいと思っていただきたいです。


シュルリとフライムートが朝食を持って現れました。

「ユウオウ様。3日ぶりですね。その節はお世話になりました」


「いやぁ。こちらこそ、妹が世話になってるね」


とても勇者とそれに倒された魔王軍とは思えない会話が繰り広げられています。


「今日の朝食は、ツノラビットのグリル焼きです。魔王様とお嫁様の糧になりたいとその身を差し出した者でございます」


え?まさかの食料立候補制デスカ?!


「それは有り難くいただかないとねー」

「ご相伴に預かります」


待って。フツーに食べんの?!

100歩譲って魔王様は日常だから良い。兄も普通にご相伴に預かるんですか?!


「モエギ。好き嫌いはダメだよ」


兄が年長者らしく注意をしますが、断じて好き嫌いではありません。


「そんな話聞いたら食べられないよ」


私は情けない声を出してしまいました。

ギル様が私に優しく声をかけてくれます。


「ほら、モエギ。よく考えてみて。ニンゲンは何にも知らない獣達を狩って食料にしている。中には明日子どもが生まれるっていう獣もいるかもしれない。そんな獣をある日突然食料にするのと、覚悟を決めて食料になってくれた獣を食料にするのとどっちがいいと思う?」


「・・・覚悟を決めた方、デス」


「ほら、おいしく食べられるでしょー」


ギル様は私の口元にお肉を差し出します。

ん?そうなのか?何だか違う気もしますが、とりあえずいただきます。

淡白な味ですが、さっぱりした肉汁がジワっと広がり、朝食にもってこいの味でした。


フライムートが時間を気にしています。

「モエギ様、そろそろ準備を始めないと間に合いません」と言われたので、私は慌てて席を立ちます。


「今日もフライムートが手伝ってくれるの?」


「まぁ、そうですね。女の体になりましょうか?」


「お願い」


用意されていたのは純黒のドレス。マーメイドラインで妖艶な雰囲気を醸し出すドレスでした。

着こなせるのか?!私!

フライムートにお任せで支度をしてもらいましたが、なかなか良い出来でした。彼(女)のセンスはかなり良いと思います。

フライムートは「モエギ様の髪は美しいですね。こんなに艶やかで黒い髪はそうそうないですよ」と褒めながら髪を結ってくれました。

その時は私もご機嫌で話を聞いていましたが、よく考えたら「黒さ」を褒めていただけですね。やはり、黒けりゃ何でも良いのかもしれません。あぶないあぶない。調子に乗るところでした。


衣装部屋を出ると、兄だけが部屋に残っていました。

「ギルベルトは先に会場に行った。モエギをエスコートするのはお兄ちゃんだぞぉ」


「ありがと」


「おう」


私と兄の間に微妙な空気が流れます。

多分、今しか話すチャンスはありません。


「兄さん。今までありがとね。ギル様のところにやってくれたのも、国で政治利用されないようにするためって聞いた。兄さんはいつも私のために動いてくれるの」

私の瞳からは涙が零れました。

兄はその涙を自分の服に吸わせるように、私を抱きしめました。

「料理が上手くて、時々厳しくて、魔物が大好きな、たった一人の妹だ。幸せになってもらうのは当たり前だろう」


「私だけこっちの国に来て良かったのかなぁ」


兄さんの腕に力がこもります。


「兄ちゃんは勇者で英雄なんだから、何の問題もない。こっちには、いつでも様子を見に来られるしな」


「そうだね。こうして私の大事な時に駆けつけてくれるものね」


私達は顔を見つめ合って笑い合いました。


「お兄ちゃん。大好きだよ」


「それは、ギルベルトに言ってやってくれ」


「お兄ちゃんにも言っておきたかったの」


兄は私に腕を差し出しました。


「さぁ、ギルベルトがお待ちかねだ」


「うん」


私は兄の腕を取り、ゆっくりと歩を進めました。



大きな広間に着きました。

壇上の中央にはギル様が立っています。黒の軍服のような服に黒いマントがなびいています。

兄にエスコートされ、ギル様の隣にやってくると、私は兄からギル様へと引き渡されました。

ギル様がそっと私に耳打ちします。

「ニンゲンの結婚式はこうやるんだってね」

私はバッと兄の方を見ました。兄が悪戯っぽくペロっと舌を出しました。


謀りましたね。


でも、悪い気はしません。

「お陰でいい時間が過ごせました」

「それは良かった」

私達は微笑み合います。 

そして私が一歩踏み出したところで、滑落感を覚えました。


いえ、感じではなく、実際に落ちています。手を伸ばしますが、ギル様が遠く、遠くに離れていきます。


ゴスっ。


派手な音を立てて何かにぶつかりましたが、それほど痛くはありません。

見上げると、獅子の頭に山羊の角。私がぶつかったのは竜の体。尻尾の蛇が私を睨んでいます。


「ニンゲンなどと弱きモノが魔王様の側に侍るなど許されるものかっ!!」


それは吠えるような唸るような声で、私を威嚇します。


「捻り潰してやるっ!」

「キマイラーっ?!!」


キマイラの雄叫びと、私の歓喜の声が重なりました。


だって、だって、キマイラですよ?!

その辺を闊歩しているような魔物ではないんです。超!激レア魔物です。

あぁ、こんな魔物に会えるなんて、本当に魔王城に嫁いできて良かった!


「ねぇ、ねぇ。各生物のつなぎ目ってどうなってるの?触らせてもらうわね!あ、尻尾の蛇って毒があるんだよね。毒の強さって加減できるの?もし、もしもよ、蛇が自分の体を噛んじゃったらどうなるの?毒の耐性はあるの?でも体は鱗で覆われてるから歯が入らないのかな?あぁ、鱗って一回取っても何度も生えてくるの?やっぱり取る時は痛いの?取ってみても良いかしら?あ、そうそう。蛇と獅子だとどっちの命令を聞くの?やっぱり獅子だよね。っていうか、蛇と獅子が喧嘩しちゃったりするの?ほら、やっぱりどうしても相性が合わないってことあるでしょう?ない?」

私は気になっていた獅子の頭に手を突っ込みました。

「うわあ、すごい!頭の中も細かい鱗がビッシリ生えてるのねっ!あっ角の生え際まで鱗が生えてる!毛は案外ゴワゴワしてるのねー。モフモフ系かと思ってたけど違うのね!でも、ゴワゴワも強そうでとっても良いわ!」

私は獅子の頬に手を伸ばそうとして、ガッと腕を掴まれました。


はっ。我に返りました。


周りを見渡します。

先程までいた壇上は前の方。ここは広間の後ろの方で、空間移動のようなもので連れて来られたんでしょうか。

先程、キマイラさんは『捻り潰してやる』って叫んでましたっけ?

そのキマイラさんは私を見てガクブルしています。・・・と、いうことは、私の腕を掴んでいるのは?

腕を辿っていくと、長い黒髪のギル様が冷たく笑っています。あ、こめかみに怒りって書いてあります。


「他の男を褒めるのは浮気です」


「は?」


「モエギは僕のお嫁さんなんだから、よそ見しちゃダメだよ」


何故か湧き上がる歓声。


なに?何が起こった?


シュルリとフライムートが現れて説明します。


「魔王様の妃であることが宣言されましたので、これでお嫁様は正式な魔王様のお嫁様です」


私はギル様に抱き寄せられて、壇上に戻りました。

壇上からは兄が大爆笑しているのが見えました。拉致られてもカケラも心配していなかったという感じですね。解せません。


ギル様が厳しい表情で宣言しました。


「皆もこのような目に遭いたくなかったら、妃に手出ししないように」


ちょ・・・、なにその宣言。まるで私が危険物みたいじゃない。


「モエギには寝室で話があります」


ギル様の丁寧語が恐ろしい。

私がコクコクと頷くと、ギル様の魔法で寝室へ飛びました。


ベッドの上。

私は正座をしています。


「僕以外の男にベタベタするなんて、何考えてるの?」


「はい。すみません。性別があるとは考えもしませんでした。あのキマイラさんは男性だったのですね」


「どう見たって男でしょう?」


「キマイラの性別の判断は、私には難しいです。それに、ベタベタ触りはしましたが、好意的な意味は含んでいません」


「なにそれー?言い訳?」


「いいえ。ごめんなさい。興奮しすぎました」


「興奮したのっ?!」


「いえ、やましい意味ではなく・・・。ごめんなさい。テンションが上がりました」


「それに僕以外の男のことを褒めてたよね」


「褒めました、かね?」


「強そうでとっても良いって」


「キマイラは強い魔物ですよね。一般論です」


「とっても良いって言ったよね?」


「・・・ごめんなさい、言いました」


「・・・僕の方が強いのに」


ああ。そういえば。

私はギル様が綺麗だなとか、髪の撫で心地がいいと思っても、口に出してはいなかったです。

そう、それに魔王なんて超!激レアの中でも更に激レアな魔物ではありませんか!!


「つまり、ギル様はあのような目に遭いたい、と?」


「いや、アレはそんなに。だけど僕に興味を持ってはほしい、かな」


「うふふ〜。興味は大アリですよ〜」


それから、私はギル様をベタベタと触りながら、好意と疑問をぶつけ続けたのでした。

次の日、グッタリと自室を出た魔王を見て、多くの者は魔王様とお嫁様は大変に仲睦まじいと思ったのだそうです。




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