勇者みなみと愉快な仲間達
「ふっふっふっ、今日から私は本気出す!」
「まだ本気出して無かったのかよ、みなみ」
黒髪を左右の高い位置で纏めた黒髪が歩くたびに揺れる。
その黒髪の主である低い身長の少女が意味不明な宣言を告げた。相変わらず腰につけた長剣が似合わない。
「いい? ノースウッド、今日の私は一味違うわよ!」
「……どっからそんな根拠の無い自信が出てくるんだ?」
元気なのはいいのだが、突っ走って失敗をしない事を祈る。パーティリーダーの彼女の失敗は皆の失敗なのだから。本人はそんな事は微塵も思ってないようだが。
「ふふん、今朝お茶を飲んだ時、茶柱が立ったのよ」
「それがどうかしたのか?」
「は~やれやれ分かってないわね、私が居た世界では茶柱が立つといいことがあるのよ、知らないの? 常識よ」
「知るか」
勇者、相原みなみのパーティメンバーとなり、一か月が過ぎようとしていた。
彼女は魔王討伐の為に、一か月前に王城で行った勇者召喚の儀式で、この世界に呼び出された三十六人の中の一人である。
ただ彼女は勇者としての能力が他の勇者と比べて低いというか、やる気が無いというか、空回りしているというか、何とも表現しにくい人物なのだ。異世界人とはこんな人間なのだろうか? いや他の勇者のパーティメンバーに俺と同じ悩みを抱えている者などは居ない、やはり彼女が特別なのであろう、駄目な方の意味でだが。
今日も勇者みなみと城の外でモンスターを狩っている。
気付いただろうか? そう我々勇者みなみのパーティは、一か月経ってもまだ城の周りでモンスターを狩っているのだ。
他の勇者パーティは既にこの辺りには居ない。我々の次に進行の遅い勇者パーティは、先日隣町に着いたらしい。これでも相当遅いのだが。
ちなみに一番進んでいるパーティは、この島国の王国を出て海を渡り大陸に足を延ばしていた。
「みなみ、そっちに行ったぞ」
「分かってるわよぅ」
みなみは腕力があまりない為に、最初に国から与えられた銅の長剣を扱いきれずにいた。
俺は扱いやすい細い刀身のレイピア型の剣か、短剣に変える事を進めてみたが、みなみは首を縦に振らなかった。
みなみ曰く「このアンバランスさの良さがわからないなんて、センスがないわね」と言っていたが、命に関わることをみなみの個人的な美的センスで判断されても困るのだが。
そうこうしているうちに、みなみが大きな角の付いたウサギ型モンスターの攻撃を受けて怪我を負った。
「ひゃあ! 痛いじゃないのよ!」
「む、いけませんな、今傷を癒しますぞ、それヒール」
「仕方ないのぅ、儂が止めをさすぞい、ほいファイアボールじゃ」
みなみをサポートをし、斧を振るう俺の名はノースウッド、戦士をやっている。傷を癒したのは僧侶のイースター、魔法を使ってモンスターを倒したのは魔法使いのウェストだ。俺達のような者達を一般的に冒険者と言う。
勇者みなみのパーティは以上四人で構成されていた。
「ちょっとノースウッド、あんたね私が危ない時は助けなさいよぉ!」
「みなみが盾役やるって自分で言ったんだろ。受けるだけで簡単そうだったからって」
「私はあんたみたいな筋肉達磨じゃないのよ、やっぱりあんたが盾役やりなさいよ」
「はいはい、結局こうなるか」
この通り我が儘一杯の自分勝手な勇者様だ。だからと言ってこのパーティを投げ出す訳にはいかない、国王陛下からの命令なのだ。イースターとウェストも同じだ。
「イースター、もう一回ヒールかけてよ。まだ傷が塞ぎ切ってないしさ」
「構いませんが、みなみさんも回復の魔法使えますよね? 勇者なのですから」
「え~まだ覚えてないんだよね」
「この間、魔導書を見てませんでしたか?」
「見たけど難しいのよ……大体おかしくない、魔法ってレベルが上がったら勝手に覚えるもんじゃないの?」
「……みなみさんの居た世界ではそうだったのですか?」
「そーゆー訳じゃないけどさぁ」
短く整えられた黒髭を蓄えたイースターが天を仰ぐ。回復魔法はパーティの生命線だ、みなみにはもう少し真面目にやって欲しいものだ。
勇者は魔法使いと僧侶の魔法を同時に憶えることができる。他の勇者はどんどん魔法を覚えていってるというのに、みなみは難しいとかいって中々覚えようとしない。魔法を使えない俺からしたら羨ましい事なんだが、みなみは違うのだろうか?
「あっでもでも、さっきのファイアボールは覚えてみたい、カッコイイしさ、教えてよ~ウェスト」
「ほっ、今更かの? ファイアボールは基本中の基本じゃぞい、まだ覚えておらんかったんかい、呆れた勇者様じゃ」
ウェストの爺様が長く白い髭をさすりながら呆れ顔をして大きなため息をする。
こんな調子だ、現在進行具合が勇者の中で最下位なのも頷けるだろう?
「ノースウッド、お腹空いた~」
「はいはい、じゃ昼にするか、幸いウェストが仕留めた角兎があるしな」
「じゃ料理よろしく!」
「みなみもいい加減解体覚えろ、必要だぞ」
「い、や、だ。だって気持ち悪いもん……ねぇこういうのってさモンスター倒したら肉の塊に変わるもんじゃないの?」
「解体すれば肉に変わるだろう?」
「そーじゃなくて、こうポンっと……」
「意味が分からん」
「あーもういいわよ」
たまにみなみは訳の分からない事を口走る。みなみの居た世界じゃ常識みたいだが、俺達には意味不明だ。勇者の国は本当に不可解な世界だ。
「毎日BBQとは考えようによっては贅沢なことね」
「BBQとは、何のことだ?」
「バーベキューよ、知らないの?」
「ああ、それなら知ってる、なら野菜も食べるんだな」
「あー! 私の皿に野菜を乗っけるな!私は肉専門なのよぉ」
「そんな専門があるか! 知らん食え!」
「ううう~」
みなみは好き嫌いが多い。これじゃ体力もつかんだろう、肉だけ食べていても駄目だ。みなみにバランスが大事だと何度言っても分かってくれない。
「ふうう、お腹一杯~それじゃ……はっ! みんな伏せて!」
みなみが何かを発見したみたいで、俺達も一斉に身を伏せた。
街道沿いに歩く四人の影、あれは俺達とは別の勇者パーティだ。みなみは彼らをじっと見つめ、姿が見えなくなるまで息を潜めて彼らを見送った。
「ふぅ、危なかったわ」
俺とイースターとウェストが顔を見合わせる、三人全員がみなみの行動に首を傾げた。
「みなみ、何で隠れたんだ?」
「はぁ? 察しなさいよ、恥ずかしいでしょ」
成程、まだこんな所でモンスターを狩っているのを、やっと恥ずかしいと思ってくれたか。ようやく勇者としての自覚が出てきたようである。
「全くもう、今の見た? 三木ありすよ。信じられない、あいつのパーティってばイケメン三人じゃない、不公平だわ!」
「みなみ、何を言ってるんだ?」
「ああ、もう、不公平なのよ! あっちは細マッチョのイケメン、ロンゲのイケメン、ショタのイケメンなのよ!」
「仲間に顔は関係ないと思うが」
「だって、だって、こっちは筋肉達磨、髭のおじさん、スケベ爺なのよ、不公平だわ!」
「みなみはもう少し俺達に気を使った方がいいと思うが」
「うむむ、髭はいけませんかな?」
「スケベとは何じゃ、そんなぺったんこに興味は無いぞい!」
「ぺ、ぺったんこじゃないもん、少しはあるもん!」
鎧と服を脱ごうとするみなみを押さえつけ落ち着かせる。全く手のかかる娘だ。
しかしさっき恥ずかしいと言ったのは、三木ありすとか言う勇者が連れてた仲間が顔のいい男ばかりで、容姿の良くない俺達を連れてて恥ずかしいという意味だったようだ。
正直、みなみの失礼さ加減に呆れてしまう……はぁ。
「も~いいもん、冒険者ギルドで新しい仲間探すもん。イケメンの仲間探すもん!」
みなみが癇癪を起こしたので、今日はこれで王都に帰るとしよう。
ギルドで冒険者を雇おうと思ったらかなりの金がかかる。みなみにそんな大金は無いだろう。
俺達は最初に国から金を貰っているし、勇者の従者いう名誉を与えられ勇者に力を貸している。
そう、みなみ達のような勇者に付き従う為に城に集められた俺達三人のような冒険者は、お金では買えない名誉と誇りの為に勇者の仲間をしているのだ。
当然、さっき見かけた勇者ありすの従者達も俺達と同じで、国から命じられ勇者の従者をしている者達だ。
翌日、待ち合わせの食堂にみなみが三人の若者を連れやって来た。この娘、本当にギルドから人を雇って来たのだ。
俺達三人が唖然としたのは言うまでもない。
「フフン、ノースウッド達はクビよ、今まで御苦労様でした。三人はお歳なんだから養生するのよ」
みなみの後ろに居た青年達は、俺達にすまなそうに頭を下げてみなみの後ろを追いかけて行った。
しかし俺は養生するほど歳じゃないぞ。
「クビになってしまいましたね」
「やれやれ、全くとんでもない娘っ子だわい」
イースターとウェストも呆れていた。
国が審査をし、勇者の従者として冒険者の中から選ばれた俺達だが、勇者が一方的に解雇する場合は罰則などはないし、雇われ金も返金する必要もない。
そんな訳で俺達は解散した。
……しかし急に暇になってしまったな。冒険者ギルドで日雇いの依頼でも探すか。
イースターは教会に戻るそうで、ウェストは行きつけの酒場に直行だそうだ。
翌日もみなみは来ないと知りながらも俺達三人は集まった。昼近くまで他愛の無い話をして、昨日同様解散した。
実質問題みなみが他の者を仲間にしても、俺達は国から仲間になるように命令されている為に、一応は待機という形で暫くはいないといけなかった。
数日行動を一緒にしなかったら本当に解雇されたと認められるだろう。
三日目、食堂で朝食を食べていると、俺の下に他の勇者から声がかかった。
「あの、ノースウッドさんですよね、良かったら僕たちのパーティに入ってもらえませんか?」
みなみに愛想を尽かされた俺に誘いの手がかかるとはな。俺もまだ捨てたものじゃないらしい。
「君は俺を知っているのか?」
「はい、戦士ノースウッドの名声は他の大陸にも響き渡っております」
「そうか、嬉しい事だな」
俺は声をかけてきた勇者をじっと見つめた……良い目をしている。同様に後ろに居る三人の仲間達も中々の者だ。
「ノースウッドさんは解雇されたと聞いたのですが……」
俺は少し考え彼に返事を返す。
「悪いが俺はまだ、勇者みなみとの契約を破棄していないのだ」
「そ、そうなんですか?」
「ああ、今は只の喧嘩中だ。よく言うだろ、喧嘩するほど仲が良いとな」
「そうでしたか、僕の早とちりだったんですね、すみません」
ペコリと頭を下げる勇者、実に礼儀正しい少年だ。非常に好感が持てた。
「いや、こちらこそ紛らわしい事をしてすまなかった。君は良い勇者だね、仲間達も良い顔をしている、本当に俺が解雇になって、それでもまだ君達のパーティに空きがあるようだったらお願いすることにするよ」
お互いにこやかに笑い合った後、爽やかな顔で食堂から去って行った勇者達、彼らの活躍を祈るとしよう。
「良かったんですか? 良いお誘いでしたでしょうに」
「そうじゃそうじゃ、勿体無いのぅ」
いつの間にかイースターとウェストが近づいてきた。
「イースターもウェストも誘われたパーティがあったのに、断っているじゃないか」
「違いない」
「だのぅ」
今日も三人で席を囲む。さて、そろそろ本当に身の振り方を、考えねばならないかな。
席を立とうとしたその時、聞き覚えのある泣き声が近づいてきた。
俺から少し離れた位置に立ち止まりヒックヒックと嗚咽を鳴らしている。大見え切って俺達を解雇宣言したんだ、言葉をかけ辛いんだろう。
仕方がない。
「何やっているんだ、みなみ」
「うえ~ん、ノースウッドォ、イースターァ、ウェストォ~」
泣きながら俺達の座るテーブルに近付き、席に座るとそのまま泣き崩れた。
「冒険者雇ったら仲介料含めて、二日で金貨二枚と銀貨五枚も請求された~、外でお弁当注文したら銀貨八枚も請求された~、高級宿に泊まったら一泊金貨一枚も請求されたよ~私もうお金無いおぉ~むしろギルドにお金借りてるくらいだしぃ~」
それって冒険者ギルドに借金したってことか。みなみは勇者だし国のバックがあるから多少の事は大目に見てくれるとは思うが……。
涙と鼻水を垂れ流し泣きじゃくるみなみ。おしぼりを渡すと鼻をかみやがった。
「お前が連れてたあいつらは、まだ若いが高レベルの冒険者だ。仲間としてじゃなく護衛として雇ったんなら、むしろ安いくらいだぞ」
「王都の外まで出前を頼んだのでしたら、追加料金取られるでしょうね。それにしても、どんな弁当を頼めばそんな金額になるのですか」
「貴族が泊まるなら様なとこなら最低でもそんなもんじゃ」
「だってぇ、そんな事知らないぃよぉ、うぐっうう……」
「これに懲りたらちゃんと勉強しろ、魔法だけじゃなくこの世界の常識も」
「うううっ、分かったわよぅ」
「まぁ俺達は解雇された身だから関係ないけどな。それと冒険者ギルドに借金してるんだろ? 期限までに返さないと借金奴隷に落とされるから気をつけろよ」
俺がそう言うと、みなみはこの世の終わりのような顔をした。
「うああああああーん!」
食堂の外まで響き渡る大声で泣くみなみ。見捨てられた子供そのものだ。
「冗談だ、反省してるならいい。だから泣くな」
「うっ、ひっく、ほ、ほんどうぅ?」
「本当だ」
「ありがどうううう」
顔をぐちゃぐちゃにしてお礼を言うみなみ、この素直な態度が今だけじゃない事を祈ろう。
「ところでみなみ、お前鎧と剣はどうした?」
「お金が足りなかったんで、質に入れた……」
「……仕方ない、おいイースター、ウェストいくら持ってる?」
まずはみなみの装備を買い戻すことからスタートだな、全く世話の焼ける勇者様だった。
翌日にはケロッと元気になったみなみは、今日も城から出たすぐの場所で低級のモンスターである角兎を狩る。
「私の冒険はまだ始まったばかりだ!」
そう叫ぶみなみ。
その冒険が始まったのは一か月も前のことで、俺は「お前以外の勇者は、もう中盤に差し掛かっているぞ」と言う言葉を飲み込み、苦笑いを浮かべた。振り返るとイースターもウェストも同じような顔をしている。
何時になったらみなみの言う「始まったばかり」が終わるのか?
そもそも始まったばかりで借金があるのはいいのか?
我らが勇者みなみは俺達の心配を気にもせずに、角兎に返り討ちにされていた。
最近雲行きが怪しかった空は、今日は青く晴れて澄み渡り風も穏やかだ。
そんな中、モンスターにやられたみなみの絶叫が響き渡っていた……今日も通常運転のみなみだ。