たっくんとバッくんと夢工場
「おやすみなさい!」
たっくんは寝るのが大好き。寝る時にあったかい布団にくるまって、ふわふわした気持ちで寝るととっても幸せな気持ちになる。
たっくんにとって寝るのは遊ぶのと同じこと。だって、寝ると楽しい夢をたくさん見られるから。
大好きなサッカーの選手になる夢。
ジュースのプールで泳ぐ夢。
夢の中では空だって飛べちゃう!
今日はどんな夢が見られるんだろう。布団に入ってぬくぬくしていたら、すぐに眠たくなって夢の世界。
「あれ? なんだかへんだなぁ」
夢の中は真っ暗。楽しいことは何にもなさそう。どうしようかなぁと思っていると、どしどしと後ろから足音が聞こえた。
よかった。そう思って振り返ると、たっくんはびっくりしてひっくり返った。
「お……おにだーー!!」
そこには大きくて真っ赤な体に鋭い角を生やした鬼がいた。とても怖くて、たっくんは叫んだ。
「だれかたすけて!」
鬼はどんどん近付いてくる。こんな怖い夢は初めてで、たっくんは小さくなってぶるぶると震えた。
「はーい!」
その時だった。誰かの元気な返事が聞こえた。それと、ブオォォン! という大きな音。
ちらりと顔を上げると、目の前にはピンク色の体に星が散った可愛い掃除機。さっきの音はその掃除機の音だったみたい。
一体何が起きたんだろう? たっくんは周りを見てみると、いつの間にか鬼はいなくなっていた。
そして、掃除機の側に何かがいるのを見つけた。
「だれかいるの……?」
おっかなびっくり掃除機に近付くと、そこにはサッカーボールくらいの大きさの、薄い紫の塊があった。
「やぁ! こんばんは!」
「わぁっ!」
突然薄紫色の塊が目の前に来て、たっくんは飛び上がった。
「怖かったね。でももう大丈夫だよ!」
「きみはだぁれ?」
よく見てみると、その塊は生き物だった。鼻は少し長くて、体にはピンク色の小さな羽が生えていて、ふわふわと浮かんでいる。
薄紫色の体には星が散っていて、とても可愛い。白いラインが入ってておしゃれだ。周りは暗いのに、その生き物だけはっきりと見える。
何の生き物なんだろう? これも夢なのかな。
たっくんが考えていると、その生き物は元気にお話を始めたよ。
「ぼくはバッくん! 夢工場のバッくんだよ!」
「ゆめこうじょう?」
「そうさ! ぼくは夢を作ってるんだ!」
くるりと一回転して、バッくんは元気良く言った。短くて小さな手で、胸をトンと誇らしげに叩くのが可愛いなとたっくんは思った。
「でも、夢工場の機械が壊れちゃったんだ……」
さっきまでの元気はどこにいったのか。バッくんは急にしょんぼり落ち込んでしまった。
「なんでこわれちゃったの?」
「夢工場は楽しい夢を作って、怖い夢は集めるところなんだ。けど、怖い夢でいっぱいになってパンクしちゃった」
僕がいつも見てた夢は、バッくんの夢工場で作ってたんだ。怖い夢も集めてくれたから、いつも楽しい夢が見れてたんだと分かってたっくんはびっくりした。
しょんぼりしたバッくんがかわいそうになって、たっくんはお母さんがしてくれるみたいに頭をなでてあげる。そうするとバッくんは少し元気になったみたい。
「だから、みんなの怖い夢を探して掃除機で吸いに行ってたんだ」
バッくんはそう言って、ピンクの掃除機を見せてくれた。
「それに、夢の卵が怖い夢と一緒にたくさん散らばっちゃったから、それも探してるんだ」
バッくんは鼻をすんすん言わせながら歩いたと思うと、「あった!」と言って何かを拾った。
それを見せてもらうと、赤色のキラキラした飴玉みたいな何か。
「それがゆめのたまご?」
「そうだよ。これがなきゃ、夢が作れないんだ!」
「すごい! きれいだね」
たっくんが目をキラキラさせて夢の卵を見ていると、バッくんはそれをお腹のポケットに入れた。
バッくんは皆のために怖い夢を吸って、楽しい夢に戻そうとしてるんだ!
そう思うと、たっくんは少しわくわくしてきた。
「バッくんはせいぎのみかたみたいでかっこいいね! ボクもいっしょにしたい!」
「じゃあ一緒に来るかい?」
「いいの?いきたーい!」
バッくんはたっくんを夢の旅に誘ってくれた。
こんなにわくわくすること、今までの夢でだって一度もない! とたっくんは大喜び。
「じゃあいこう! みんなが待ってる!」
バッくんは早速次の子どものところへ行くことにした。
でも、周りはまだ真っ暗。どうやっていくのかな、とたっくんが首を傾げると、バッくんは鼻をくるりと一周回した。
「ここから行くんだよ」
すると、そこにお花の模様が書いてあるピンクの扉が現れた。
たっくんがびっくりして扉を触ると、本当にそこにあるみたいに冷たい感触がした。
「かわいいドアだね」
「ここは女の子の夢かなぁ?」
がちゃりと扉を開けて中に入ると、遠くからえーんえーんと鳴き声が聞こえてきた。
「誰かが泣いてる! 早く行かなきゃ!」
バッくんは慌てて、背中に付いた小さな羽をパタパタと動かした。たっくんはピンクの掃除機を持ってあげて、バッくんの後を追いかける。
「こわいよぉ!」
走っていると真っ暗闇の中で、女の子がぽつんと座っているのを見つけた。
女の子の背中には、白くてひょろひょろした怖いおばけがくっついていて、たっくんまで泣きたくなってしまった。
でもでもと、涙を堪えて女の子を見るたっくん。ボクが泣いたらこの子はずっと怖い夢を見るんだ、と勇気を振り絞る。
「おばけなんかこわくないぞー!」
そうして、掃除機をおばけに向けると、ブォォオン! と大きい音がして、おばけはするすると掃除機に吸い込まれていった。
何だかあっという間の出来事で、たっくんは開いた口が塞がらない。
「たっくんすごいね! よくやったよ!」
「う、うん!」
バッくんに褒められて、自分がおばけをやっつけたんだと気付いたたっくんは得意顔になった。
おばけをやっつけたことが嬉しくて、誇らしくて、たっくんの大好きなヒーローになったみたいだ。
えっへんと胸を張ると、しくしくという泣き声が聞こえてくる。
見ると女の子がまだうずくまって泣いていて、たっくんは慌てて駆け寄った。
「だ、だいじょうぶ? おばけはもういないよ」
おばけが消えたことを教えてあげると、女の子はやっと顔を上げた。大きな目からポロポロと涙が落ちていくのを見て、たっくんはよしよしと頭を撫でてあげる。
それでも女の子は泣き止まなくてたっくんが困っていると、一人で鼻をすんすん鳴らしていたバッくんが突然あっと声を上げた。
「どうしたの?」
「夢の卵を見つけたんだよ!」
そう言ったバッくんの小さい手に乗っていたのは、たっくんの夢にもあった飴玉みたいな夢の卵。少し違うのは、薄いピンク色だということ。
そして、バッくんは夢の卵を高く持ち上げた。
「さあ、楽しい夢に戻そう!」
そう高らかに言うと、夢の卵がぴかりと光って真っ暗だった夢の中に広がっていった。
あんまり眩しいのでたっくんはぎゅっと目を瞑る。
「――見てごらん!」
しばらくして光が落ち着くと、バッくんの楽しそうな声が聞こえてきて、恐る恐るたっくんは目を開けた。
「――わあ!」
そこにあったのは青い空と一面の花畑。色とりどりの花が咲き乱れて、まるでお花の海みたい。
「すごぉい!」
いつの間にか女の子は立ち上がって、花畑を見回していた。その瞳はきらきらと輝いていて、さっきまでの涙はどこかへ飛んで行ってしまったみたい。
花畑の中を笑い声を上げながらくるくると回る女の子を見て、たっくんは嬉しくなって、一緒に笑いながらくるくると回った。
しばらくそうしていると、バッくんが新しい扉を出しているのが見えて、たっくんは慌てて女の子に声を掛けた。
「ボク、もういくね! ばいばい!」
「ありがとう!」
手を振ると女の子も手を振り返してくれて、たっくんはにこにことしながらバッくんの所に行った。そこには黄色のドアがあって、バッくんがふわふわと浮いて待っていてくれた。
「もういいの? ここに居てもいいんだよ」
「ううん。ほかのこもたすけてあげなきゃ!」
たっくんは拳を作って気合を入れた。おばけは怖かったけれど、きっとあの子みたいに泣いてる子がたくさんいるんだ。そう思ったら、不思議と勇気が湧いてきた。
そうして、また新しい子を助けに二人でドアに飛び込んだのだった。
――――――
ドアをくぐる度、鬼婆に追いかけられている男の子やミイラに捕まっている女の子――色んな怖い夢を見ている子たちに出会った。
たっくんはもちろん、どんな怖い夢だって掃除機で吸い取って、みんなを助けてあげたんだ。
そうしたらバッくんが夢の卵を見つけて、元の楽しい夢に戻るみたい。
「そろそろ夢工場に戻ろうかな」
「ぱんぱんだもんね」
「うん。今にも破裂しそうだよ!」
何度も何度も怖い夢を吸い取っていたら、いつの間にか掃除機はパンパンになっていて、ついでにバッくんのお腹のポケットもパンパンになっちゃった。
バッくんはそのポケットに手を突っ込んでしばらくごそごそと何かを探していたけれど、見つけたと言って金色に輝く鍵を取り出した。
「――さぁ、夢工場に行くよ!」
そして、また何もない所で鼻をくるりと回すと扉が出てきた。
子どもたちの夢の時とは違って、その扉には鍵穴があった。そして、鍵と同じく金色に輝いていて、たっくんはどんな所に行くのかなとわくわくしてくる。
バッくんが鍵を鍵穴に挿して回すと、ガチャリと音がして扉が開いた。そこを通ると直ぐに、ピンクと薄紫が混ざり合ったような不思議な空が目に入ってきた。
「へんないろのそら」
「変とは失礼だな!」
いつも見る空とは違った色に、思わずそう言うと、バッくんが少し怒ってしまって、たっくんは慌てて「でもかわいいよ!」と言った。
すると、バッくんも機嫌を直してくれたみたい。
「ここがゆめこうじょう?」
どこで夢を作るのかな、とたっくんが周りをよく見てみると、そこは虹色の雲の上だった。
雲の上の薄紫の空には、水色の三日月と、きらきらと輝く色とりどりの星が瞬いていた。
赤、青、黄色、水色、白――。
どんな色があるか目で追っていると、バッくんに呼ばれているのに気が付いて、たっくんは空から目を離した。
「夢工場はあっちだよ!」
バッくんの小さな手で差された先を見ると、そこには飴玉を半分にしたような、丸くてつるりとした建物があった。ぽつりとついた煙突からは、これまた色とりどりの煙が上がっている。
「ゆめこうじょうってあめみたいだね。それにこのくもはわたあめみたい。たべられるのかなぁ」
「ここの物はぜーんぶ夢で出来てるんだよ! だから食べたら夢を見られるんだ。でも、今は夢工場が壊れててどんな夢になるか分からないからやめといた方がいいよ」
「ふーん。なんかよくわかんないなぁ……」
バッくんはいろいろ言っていたけど、たっくんに分かったのは、食べちゃダメってことだけ。そう言われると食べてみたくて体がムズムズしてくる。
でも、バッくんはさっさと夢工場に向かってしまったので、たっくんはわたあめみたいに甘そうな雲から目を離して、バッくんの後を追った。
夢工場は近付くと見上げるくらいに大きくて、たっくんはわぁと声を上げた。
つるりとした建物には大きな扉が付いていて、バッくんが扉の鍵穴に鍵を差すと、ガチャリと音を立てて鍵が開いた。
「――わぁ、すごい!」
夢工場の中はキラキラと光っていた。作った夢を運ぶのだろうか、ベルトコンベアが工場中を巡っていて、壁についた窓へと繋がっていた。ただし、そのベルトコンベアの色は鮮やかなオレンジだ!
所々にある脚立も紫色や青色で、見ているだけで楽しくなってしまう。
建物の真ん中には、大きな透明な筒が2つ並んでいて、片方には飴玉のような色とりどりの夢の卵が、そしてもう片方には濃い灰色の煙のような物が入っていた。
きっとこれが悪夢なのだろうとたっくんは思ったが、どちらの筒も中身は半分もない。
ベルトコンベアも動いている様子は全くないし、本当に壊れているようだった。
「どうやってなおすの?」
たっくんは機械のことなんてちっとも分からないので、首を傾げてバッくんに聞いた。
「パンクしちゃっただけだから、穴を塞げばいいんだ。そして、集めた夢の卵と悪夢を戻すんだ」
「そっかぁ」
どうやらパンクしたせいで、機械を動かすことができないようだ。
二人でパンクした所を見にいくと、筒の下から伸びる太いノズルに穴が空いているのが見えた。
穴はたっくんの手と同じくらいの大きさで、絆創膏を貼ったくらいじゃ治らなさそうだなとたっくんは思った。
「このあな、どうするの?」
「うーん、そうだなぁ……」
「――直させねぇ!」
バッくんがどうやって治そうかと考えていると、突然大きな声が夢工場に響き渡った。
その声は背後から聞こえてきて、たっくんとバッくんは振り返った。
そこに居たのは紺色の生き物。
まあるい顔に、まあるい体。その顔には角が二本生えていて、目つきも歯も鋭い。でもどこか愛嬌のある顔をしていた。
体からちょこんと生える手足とは別に、お尻には矢印のような尻尾が生えている。
極め付けは背中に生えた羽。そう、それはまるで――
「こうもりだ!」
たっくんの目には、その生き物がコウモリに見えた。一方で、コウモリと言われてしまった生き物は、「コウモリじゃない!」とプリプリ怒っている。
「君は誰?」
バッくんも知らない生き物のようで、コテンと小さく首を傾げていた。
質問に対して、その生き物はちょこんとした手を腰に当て、えっへんとふんぞり返った。
「オレは悪夢だ!」
その言葉に、バッくんは驚いたような声を出す。
「悪夢に体があるなんて!」
たっくんにはバッくんが何に驚いてるのかよく分からなかった。何となく分かるのは、この生き物が怖い夢ってことだけ。
――でもあんまりこわくないなぁ。
悪夢だと言われても、コウモリのようなへんてこりんな生き物を見ても、たっくんは怖いと思わなかった。
バッくんの反応に気を良くした悪夢は、しかし、次の瞬間には苦虫を噛み潰したような表情になった。
「オレも最初はただの悪夢で、みんなに夢を見せてやろうとしてたんだ」
話し出す悪夢に、たっくんは静かに話を聞くことにした。幼稚園の先生に、人が話してる時は静かに聞きましょうって教えてもらってたから。
「それなのにいつもいつも……この工場に吸われちまって誰にも夢を見せられない。そうやって吸われても出てくことは出来なくて、溜まるばっかりだった」
悪夢の顔は歪んでいて、本当に悔しそうにしていた。
「そうしたら、ある日突然溜まってた悪夢が集まって体ができて、外に出られたんだ」
だから、みんなに悪夢を見せに行ったという悪夢。たっくんも、今日は楽しい夢じゃなくて悪夢を見た。だけど、バッくんが助けに来てくれたから大丈夫だった。
そんなたっくんの心の声が聞こえたのか、悪夢は体をワナワナと震わせて、「なのに!」と叫んだ。
「やっと悪夢を見せられると思ったのに、また閉じ込められるなんて許せない!」
「そう言われても、みんな悪夢なんて見たくないんだよ?」
「いつだってそうだ。悪夢だから嫌われる。悪夢だって夢なのに!」
悲痛な声で叫ぶ悪夢。
バッくんは困ったように頭をかいていた。
バッくんも、意地悪で悪夢を閉じ込めてたんじゃない。ただ、みんなに楽しい夢を見て欲しかっただけ。
悪夢はポロポロと涙を流し始めて、たっくんまで悲しい気持ちになってきた。
「ねえバッくん、なんだかかわいそうだよ」
「うーん……」
バッくんは唸るばかり。たっくんは悪夢にそっと近付いて、ママがしてくれるみたいに腰を折って、悪夢に目線を合わせた。
「きみは、みんなにゆめをみてほしいんだよね」
「そうだ、それが俺の存在意義だからだ」
たっくんに話しかけられて、悪夢は慌てて涙を拭った。そして、強がるように腰に手を当てて、ふんぞり返った。
「あくむくん……あっくんはみんなにこわいゆめをみてほしいんだよね。なんでこわいゆめなの?」
「あっくんって……いや、オレが悪夢だからだよ!」
悪夢は突然のあっくん呼びに呆気に取られたが、今はそんなことはどうでもいいとばかりに言葉を返す。
たっくんは気にせず、首を傾げて悪夢――あっくんに問いかけた。
「よくわからないけど……きみはたのしいゆめにはなれないの?」
「楽しい夢……?」
そんなこと考えてみたこともなかったと言わんばかりに目を開くあっくん。
たっくんは、「うん!」と元気良く頷いた。
「おそらをとんだり、おかしをいーっぱいたべたり、そういうたのしいゆめだよ! ぼくだいすきなんだあ」
にこにこと笑いながら、あれもこれもと楽しい夢を挙げていくたっくん。
それを聞いていたあっくんは戸惑ったように呟いた。
「でも、悪夢の俺が楽しい夢なんてなれる訳ないだろ……」
「確かにそうだね」
それまで 静かに話を聞いていたバッくんが口を開い言った。
あっくんはぐっと下を向いて口をつぐむ。
「でも方法はあるよ?」
しかし、バッくんの言葉に、あっくんは驚いて顔を上げた。
「さっきたっくんが食べたいって言ってた夢の雲を食べたらいいんだ。あっくんは元は悪夢だって言ってたし、良い夢になりたいと思えばその夢みたいになれるんじゃないかなあ」
「でも、たべないほうがいいっていってたよね?」
ボクだってたべてみたかったのに、とぷっくり頬を膨らますたっくんに、バッくんは苦笑いした。
「まずは夢工場を直さないといけないからね!」
「直したら……楽しい夢になれるのか?」
「なれるよ。でも、もう悪夢には戻れないけどいいの?」
疑っているようで、期待もしているようなあっくんの瞳は、バッくんの言葉を聞いてゆらゆらと揺れた。
自分は悪夢だから、みんなに悪夢を見てほしい。でも、悪夢だと嫌われてしまう。
それにたっくんが夢の話をする時のキラキラした瞳。自分もそんな風に話してほしい。
「なあ……楽しい夢になったらオレの夢も見てくれるのか……?」
「みたい!」
そっと問い掛けたあっくんの言葉に、たっくんは即答した。真っ直ぐなその言葉に、あっくんのゆらゆら揺れていた瞳がぴたりと止まった。
「オレ、楽しい夢になる!」
「うん、いいよ~。じゃあまずはこの穴を塞ぐね」
バッくんはあっさりと頷いて、ポケットの中をごそごそとあさり出した。
「なにをさがしてるの?」
「修理キットだよ!」
「しゅうりきっと……?」
いろいろ直せるやつ! そう言って、バッくんはポケットから黄色のトンカチとオレンジ色の釘、白い板を取り出した。
そして、板を穴に当ててたっくんに持たせた。
「しっかり持っててね」
「は~い!」
トントントン。カンカンカン。
「おもしろ~い!」
夢工場の中では、バッくんがトンカチを振るう音と、キャッキャと笑うたっくんの声だけが響いていた。
――――――
「出来た!」
「やったー!」
「やったのか……!」
穴が塞がると、バッくんが短い手で頭の汗をちょんと拭い、たっくんは喜びに飛び上がった。あっくんは緊張してふるふると震えている。
「じゃあ早速する?」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
「どうしたの?」
「オレが良い夢になれるなら、他の悪夢はどうなるんだ?またあそこに溜まったままになるのか?」
あっくんはそういうと、悪夢が溜まっている筒に目を向けた。パンクしたせいで中身は多くない。だが、確実に入っているのだ。バッくんの掃除機の中にも、たっくんが吸った悪夢が沢山入っている。
しかし、バッくんはよく聞いてくれました! と言わんばかりに胸を張った。
「問題ないよ! また悪夢が溜まったらキミみたいになっちゃうと思って、ばっちり直しといたから!」
そう言うと、新しい機能を誇らしげに説明するバッくん。
「悪夢が溜まると、新しく用意したこの容器に流れるようにしたんだ。そこに夢の卵のカケラも流して混ぜて、良い夢、楽しい夢にするシステムを作ったよ!」
「わぁ、すごいね」
たっくんにはよく分からなかったが、良いことだというのは分かったのでパチパチと拍手を送る。
そうすると、バッくんはとても嬉しそうに笑っていた。
「じゃ、じゃあ、オレだけじゃなくてみんな楽しい夢になれるんだな? ――みんなに、見てもらえるんだな?」
「その通り!」
「あ、ありがとう……」
ポロポロと涙を流すあっくんを連れて、みんなで夢工場の外へと出た。
「さぁ、自分がどんな夢になりたいのか考えながら、夢の雲を食べて! そしたらキミはその夢になれるよ!」
「わ、分かった」
バッくんの説明を聞いああっくんは、少し不安そうな顔をして、たっくんに問い掛ける。
「なぁ、お前はどんな夢が見たい?」
「えっとねー、たのしいゆめだったらなんでもいいよ」
わからないほうがたのしいんだよ、と大人のような顔して答えるたっくんに、あっくんはそれもそうだなと頷いた。
そして、覚悟を決めたように瞳をきらりと光らせた。
「――よし決めた!」
「はーい、じゃあこれをどうぞ!」
緊張に表情を強張らせて、あっくんは渡された綿飴のような虹色の雲をパクリと口にした。
すると、突然あっくんの体がきらきらと光り出して、二人は眩しさに目を瞑る。
光が弱まってくると、二人はあっくんに目を向けた。するとそこにはあっくんの姿。でもその様子は違っていた。
まあるい顔にまあるい体。短い手足に鋭い目つき尖った歯は変わらない。でも角は短くなり、矢印のようだった尻尾もくるくると可愛らしく巻いていて、体の色も紺色から綺麗な水色に変わっていた。そして、極め付はコウモリのような背中の羽。その羽が、蝶のような羽になっていた。
「あっくんすごい! へんしんだ!」
たっくんは、いいなぁいいなぁと言いながら、あっくんの周りをぐるぐる回る。
あっくんは満更でもないように、にへへ、と笑った。
「かっこいいだろ!」
見た目は随分と変わったけれど、話し方は全然変わらない。
それが何だかおかしくて、たっくんとあっくんは顔を見合わせて笑った。
「それにしても、どうやって夢を見させたらいいんだろ?」
ふと気になったあっくんが言うと、バッくんが口を開いた。
「ボクの夢工場を手伝ってくれる?」
そしたら夢を見させに行くこともできるよ。と、言うので、それならとあっくんは大きく頷いた。
「手伝うぞ!」
「良かった〜! 仕事が増えたからどうしようかと思ってたんだ」
あっくんの返事に、バッくんは胸を撫で下ろした。今まで夢の卵を送り出して、悪夢を集めるだけだったのが、悪夢を良い夢に変える作業が増えて一人で出来るか心配していたのだ。
これなら今まで通りに夢工場を動かすことが出来ると胸を撫で下ろす。
それと同時に、一人じゃなくなったことを嬉しく思った。
「これからはボクは夢工場の工場長だ!」
「かっこいいねぇ!」
たっくんは、喜びに跳ねるバッくんの頭をよしよしと撫でてあげた。
皆が笑っていて、たっくんはとても嬉しくなった。
三人で楽しくおしゃべりしていると、たっくんは不意に名前を呼ばれた。
「たっくん、そろそろ朝になるよ。もう戻らなきゃ」
「えー! もうちょっとあそびたい!」
まだまだ元気いっぱいなたっくんは、まだまだ二人と一緒にいて遊びたかった。
でも、バッくんは首を横に振る。
「でもたっくんが起きなかったらママが心配するよ」
ママが心配する。そう言われると、まだ遊びたいとは言えなくなってしまった。
だって、たっくんはママが悲しむ所なんて見たくないから。
でも、帰ったらもう二人には会えなくなるかもしれないと思うと、たっくんは悲しくなって涙が溢れそうになってきた。
「大丈夫。またきっと会えるよ! だってここも夢の中だから」
「ゆめなの?」
「そうさ。夢工場も夢で出来てる。だから、たっくんが夢を見たらまたボクらはまた会えるはずなんだ」
『また会える』の言葉に、たっくんは涙が引っ込んだ。
「そっかぁ。じゃあ、ぼくかえるね」
「それがいいよ」
たっくんが帰ることを決めると、バッくんは夢の扉を出してくれた。
その扉は鮮やかな赤色で、たっくんが好きなヒーローの色みたいだ。
「ここを開けたらたっくんのお部屋だよ」
「うん。バッくんありがとう! とーってもたのしかったよ」
「ううん。ボクこそ、夢の卵を探すのを手伝ってくれてありがとう」
ボクも楽しかったよ。と言うと、バッくんはたっくんに抱き付いた。その柔らかい体をギュッと抱きしめて、たっくんはバッくんとお別れをした。
「たっくん!」
「あっくん」
「今度会いに行くからな! どんな夢か楽しみにしてろよ!」
「ありがとう!」
今度はあっくんをギュッと抱きしめる。あっくんは泣いていて、パジャマが少ししっとりした気がする。あっくんは泣き虫だなぁと、たっくんはくすりと笑った。
「バッくん、あっくん、またね! バイバイ!」
「ばいばーい!」
「じゃあな!」
たっくんは二人にお別れを言うと、ヒーローの赤い扉を開けて足を踏み出した。
その瞬間眩しい光が顔に差して、目を瞑る。耳にシャッという音が聞こえて、恐る恐る目を開けるといつの間にかたっくんは自分のベッドに横になっていた。
「おはようたっくん」
さっきの音はカーテンを開ける音だったようで、ママが声をかけてきた。
その声を聞いて、たっくんは何だか急に寂しくなって、ベッドから飛び出してそのままママに抱き付いた。
「おはようママ!」
「あらあら。今日は楽しい夢が見れたかしら?」
「すっごくたのしかったよ! ゆめこうじょうがこわれちゃって、あくむからぼくがみんなをまもったんだ! せいぎのみかたみたいに!」
涙がちょっぴり出てくるのを誤魔化すように、夢の中での大冒険をママに教えてあげる。
ママはたっくんを抱きしめながら、すごいわねぇ、楽しかったわねぇと相槌を打っていた。
「バッくんとあっくんもいたんだよ!」
沢山話して落ち着いたたっくんは、ママと一緒にリビングに行って朝ごはんを食べた。その間もずっと夢の話をしていて、それは幼稚園に行く時間になるまで続いた。
――――――
「おやすみなさい」
そして夜が来た。
あっくんは夢で会いに来てくれるだろうか。まだ夢工場が直ったばかりだから無理かもしれない。
でも、いつ来てくれるか分からないけど、だからこそたっくんはワクワクしていた。
もし、なかなか会いに来てくれなかったら、自分から探しに行くのも楽しいはずだ。
夢ならどんなことだって出来るから。
そんなことを考えている内に、たっくんは夢の世界へ。
「たっくーん!」
「来たぜ!」
夢に入るとたっくんを呼ぶ声。
今日は一体どんな楽しい夢が待ってるだろうか。
「バッくん! あっくん! お待たせ!」
たっくんはやっぱり、夢が大好き。