「ハルさんとシッシーのお墓まいり」
ハルさんとシッシーのお墓まいり
お墓へと続く、なだらかな山の坂道をハルさんはゆっくりと歩いていました。
ほおをなでる風はまだ冷たいものの、背中に受けるお日さまの光は、ほっこりとあたたかです。
坂道にそって植えられたユキヤナギは、まっしろな枝を四方八方にのばしています。
きょうは、春のお彼岸のお中日。
毎年、この日になるとハルさんは、ご先祖さまのお墓まいりに行くのです。
手に下げているものは、線香に水、お花、そしてハルさん手作りのぼたもち。
ハルさんのだんなさんが大好物だったものです。
お墓に着くとハルさんは、さっそくそうじをして花をかざりました。そして、作ってきたぼたもちを供え、ゆっくりと墓石の前にひざまずきました。
「今年も作ってきましたよ。あんたの大好きなぼたもち。たんとめしあがってくださいね」
ハルさんが手を合わせたそのとき。
―よく来てくれたなあ。
背後から少しくぐもっただんなさんの声が聞こえ、ハルさんは、首すじになまあたたかい吐息がかかるのを感じました。
「あんた……」
ハルさんの胸がとくとくと鳴りはじめました。
鼻のおくがつうんとして、目の前の景色が、涙でぼやけてきました。
「やっぱり、あんたも私に会いたかったのね」
ところが次の瞬間。
何かベトベトしたものが、ハルさんの首すじにたらりっと落ちてきたではありませんか。
ギャッ! ハルさんは思わず飛び上がりました。
えり首をおさえたまま、おそるおそるふりかえってみると……。
ハルさんの後ろにすわっていたのは、なんと大きなイノシシ。
みょうに落ち着いて、まっすぐにハルさんを見つめています。そのつぶらな瞳に、ハルさんは見覚えがありました。
「あんた、もしかして……もしかして、あのウリボウだったシッシーかい?」
イノシシは、大きくうなずいてこたえました。
「そうさ。久しぶりだな。ハルさん、オレ様、シッシーだよ」
それはだんなさんが亡くなってまもないころ。
お墓まいりに来たハルさんは、猟師の罠にひっかかっていた一頭の、やせこけた小さなウリボウを見つけたのです。
ハルさんは、こっそりそのウリボウを家に連れ帰りました。
「かわいそうに。しっかり食べるんだよ。元気になったら、また山にもどしてあげるからね」
ウリボウの名前はシッシー。
シッシーは、ハルさんのおかげで、日に日に元気に丈夫になっていきました。
そして、ある日ついにハルさんは心を決めたのです。
さびしくなるけれど、シッシーを山にもどしてあげなければいけないと。
けれど、シッシーと別れて後もずっと、山でおっかさんに巡り会えただろうか、元気でいるだろうかと気になって仕方のないハルさんでした。
「りっぱなイノシシになったもんだね。シッシー」
「そりゃあ、ハルさんのおかげよ。あの時罠にかかったままだったら、オレ様、とっくの昔に死んじまってただろうからな」
「おっかさんや兄弟たちには出会えたのかい?」
「……会えねえ」
シッシーはしんみりと下を向きました。が、すぐに顔をあげると、きっぱりこう言ったのです。
「だけどな、オレ様には、ハルさんっておっかさんがいるじゃねえか。だから、さびしいなんて思ったこと一度だってねえぞ」
ハルさんの目頭が、じんわりと熱くなりました。
「ハルさん、また、ちょくちょくじゃましてもいいかい?」
「もちろんさ。ただし、人目につくと厄介だから、十分気をつけとくれよ」
「ガッテンだい」
シッシーは、改めて墓石の方を向き直ると、ペロリと舌なめずりをしました。
「それにしても、うまそうなぼたもちだな。さっきからヨダレがとまんねえよ」
「そりゃあ、あたしが腕によりをかけて作ったからね。ひとくち食べたらほっぺたがおっこちるよ」
「ああ、オレ様も食いてえなあ」
「じゃあ、これから食べにくるかい? 山ほどこしらえてあるんだよ」
「おおっ! そりゃ遠慮なく」
いそいそと帰りじたくをはじめるハルさん。
来たときよりもずっと足どり軽く、シッシーと並んでお墓をあとにしたのでした。