五千文字探偵
とある会社のオフィスーーそこでとある事件が起きた。
被害者はこの会社で働いている部長の佐藤。男性、五十八歳。
心臓を鋭利な物で刺され、失血死しているのを警備の人間に発見された。
状況から見てーーこれは、他殺だ。
容疑者は三人の男女。
一人は被害者の部下の佐藤。男性、二十五歳。
もう一人は同じオフィスで働いているOL、佐藤。女性、二十一歳。
そして、被害者を発見した警備の男性、四十八歳のーー佐藤だ。
「いや、全員佐藤って、見分けつかないんですが……」
そこでツッコミを入れたのは一人の男性。
イギリス紳士のようなスーツを身に纏い、その上からロングマントを羽織っている。頭にハンチング帽を乗せ、口にはくわえパイプ……ではなく、棒付きキャンディーをくわえた、このオフィスには似つかわしくない格好をしたその人物。
その名をーー家達一。あだ名はホームズ。
職業はーー探偵だ。
家達……いや、ホームズは被害者が倒れていた場所、そして容疑者たちを見ながら顎に手を当てて考え込む。
そこにスーツを着た体格のいい壮年の男性が声をかけてきた。
「ホームズ、何か分かったのか?」
「あぁ、槍持警部補じゃないですか」
その男性の名は槍持。警視庁刑事部捜査一課所属の警部補だ。
ホームズは槍持に静かに笑みを浮かべて口を開く。
「まぁ、今のところ確信には至ってないですね」
「そうか……だが、逆に言うと大体の目星はついているってことか?」
「ふふ、そうとも言えます。ですが、焦ることはありませんよ」
槍持に背を向け、カツカツと靴音を鳴らしながら歩いたホームズはまるで舞台に立つ俳優のように芝居かがった動作で振り返った。
「ーーだってまだ文字数が千文字未満! 短編だとしても五千文字は必要! だからボクは、なんとしても五千文字まで粘って見せましょう!!」
そう、このホームズ……他にもあだ名がある。
それはーー五千文字探偵!
どんな簡単な事件でも、必ず五千文字まで粘る探偵なのだ!
ちなみにこれで大体八百文字。五千文字までまだ足りない。
残りの文字数をどう処理していくのか……それがこの物語の見どころである。
「はぁ……はじめちゃん、早く終わらせて帰ろうよ」
「えぇい! 美夏、その呼び方やめなさい! どっかの有名作品と被るでしょうが!」
「……ホームズの方がだだ被りでしょ」
呆れたようにため息を吐いた黒髪の女性は、美夏。ホームズの幼なじみだ。ちなみに空手の地区大会で優勝するほどの実力の持ち主である。どこかで聞いたことあるけどちょっと違う設定だが、気にしてはいけない。都大会じゃないからセーフ、セーフ。
ホームズは気を取り直すようにコホンと咳払いしてから、被害者に話を聞き始めた。
「えぇと、まずは佐藤さんからお話を聞かせて貰います」
「はい」
「はい」
「はい」
「えぇい、ややこしい! そっち! そっちの若い男性の方の佐藤だ!」
三人の佐藤が同時に返事をする。
ホームズは頭を抱えて、被害者の部下の男性を指さした。
佐藤は表情を暗くさせると、震えた声で話し始める。
「……実は、俺が犯人なんです」
その瞬間、時が止まった。
(ま、待て待て! まだ早いだろ! まだ文字数は千五百文字未満、これでは足りない! 五千文字まで、全然足りないーーッ!)
まさかの展開に超高速で思考を回転させたホームズが出した答えは……。
「そ、そうですか。では、次の佐藤さん」
先延ばし。どうにか五千文字に到達出来るようにするには、それしか方法がなかった。
ホームズが次に指名したのは、女性の佐藤だ。
「わ、私は犯人じゃありません! そ、そう! あ、アリバイ! アリバイがあります!」
「ほう、なるほど。でしたらそのアリバイを出来るだけ長く、じっくりと、文字数を稼げるようにお話して頂けますか?」
ホームズの促しに佐藤はコクッと頷いて話し始める。
「私は昨日、お仕事休みでこの会社に来てません!」
「んー! 二十二文字! たったの二十二文字で終わった! というか、それならなんで容疑者になってるんだ!?」
「私が聞きたいですよ!?」
これでは文字数稼ぎは望めなさそうだった。
仕方なく、ホームズは警備の佐藤に話を聞く。
「えっと、あなたは発見者ですよね?」
「えぇ、そうですよ、はい」
「アリバイはございますか?」
「えぇ、と。そうですね、はい。えぇ、私は一人で夜間警備をしてましてですね、はい。えぇ、私のアリバイを証明出来る人がですねぇ、はい。いない訳でしてねぇ、はい。えぇ、ですので、えぇ、アリバイは、はい、ございません」
「うむ! 素晴らしい! いい文字数稼ぎだ! でかしたぞ! あなたは犯人ではないですね!」
ホームズは佐藤の肩をバシバシと叩いて喜んだ。
ちなみに今は約千九百文字。残りは三千百文字である。
「とりあえず全員に話を聞きましたね……槍持警部補、凶器は発見されましたか?」
「……いや、まだ見つかってない。凶器が見つかれば、すぐに犯人が分かるんだがなぁ」
槍持は苛立たしそうに頭をガシガシと掻く。
被害者は心臓を鋭利な物で刺されて殺されている。おそらくは、ナイフか包丁だろう。
その凶器が見つかれば事件解決に一歩近づける。何より、凶器を探すことでまた文字数を稼ぐことが出来るーー。
「あ。凶器なら今持ってますよ。はい、これです」
若い男性の方の佐藤が手を挙げ、懐から血が付着している包丁を取り出した。
凶器、あっけなく発見である。
「…………いや、待て! ちょっと待つんだ!」
そこでホームズが待ったをかけた。
「それが被害者を殺した凶器という証拠がない! つまり、探せば新たな凶器が見つかるかもしれない!」
明らかに犯行に使われた凶器だと思うが、ホームズは文字数稼ぎのためにそれを否定した。
「いや、待ってよはじめちゃ……じゃなくて、ホームズ? その人、自供したじゃん。明らかにそれ、凶器……」
「ーーシャラップ! 今の文字数は二千五百文字未満! まだ半分しか稼げてないんだ! 素人は黙ってなさい!」
ツッコミを入れた美夏を遮って叫ぶホームズ。
ようやく半分近くだが、まだ半分もあるのだ。ホームズの文字数稼ぎは終わらない。
「で、ですが一応、その包丁は調べておいた方がいいかもしれませんね、槍持警部補」
「そうだな。おい、この包丁を鑑識に回してくれ!」
「分かりました!」
包丁を鑑識に回すように指示する槍持。
それを見たホームズはクスクスと笑みをこぼしていた。
「ふふ、これで少しは文字数稼ぎになるはず。鑑識には時間がかかるはずです、今の内に新たな凶器を探すシーンを入れて……」
「結果出ました! 付着した血液は被害者の物と一致しています! それと容疑者の指紋もしっかりと残されていました!」
「んー、早いなぁ! 仕事が早い! 早すぎ! もうそれで断定しちゃったよ!?」
こうなったら新しい凶器を見つけることは出来ない。
犯人はほぼ決定、凶器も見つかった。他に出来ることはーー。
「そ、そうだ! まだ佐藤さんが犯人だと決まった訳じゃない! もしかしたら、真犯人を庇っている可能性もあります!」
ここで天啓、来る。
ホームズは前提からひっくり返した。
自供した佐藤は、誰かを庇っているのだと。つまり、その真犯人はーー!
「ーー佐藤さん、あなたが真犯人ではないですか!?」
ホームズが指さしたのは……佐藤だった。
「えぇ、と。私ですか? はい」
「警備のあんたじゃない! てか、もういいよ! 帰っていいよ! もう三千文字になるからそろそろ締めないとマズいから!」
警備の佐藤ではなく、女性の佐藤を指さしたホームズ。
コホンと咳払いしながら、ホームズは推理を語り始めた。
「佐藤さん。あなた、佐藤さんと恋人関係なのではないですか? あぁ、被害者の佐藤でも警備の佐藤でもなく、若い方の佐藤……めんどくさいな!?」
「はじ……ホームズ? 部長、部下、OLで分けたら?」
「それでいこう。えっと、あなたと部下の佐藤さんは恋人関係だった。そこに部長があなたに言い寄ってきたのではないですか? 自分の立場を利用して、無理矢理に」
ホームズは靴音を鳴らしながら歩き回る。
「そして、あなたはあまりのしつこさに部長を殺してしまった。それを部下の佐藤さんに相談し……」
「あ、私レズなんでありえませんね」
「んー、先に言って!?」
OL佐藤の暴露によって推理が根本から崩れ落ちた。
だが、いい文字数稼ぎにはなった。
「さて、そろそろ三千五百文字……残りは千五百文字ってところですね。では、サクサク進めましょう」
ホームズは満足げに微笑むと、男性の佐藤さんの方に顔を向けた。
「お待たせしました。では、佐藤さん。あなたの自供を聞きましょう」
「……ッ!」
男性の佐藤は拳を握りしめ、事件の発端を語った。
「部長はいつもいつも俺を目の敵にして、キツいことばっかり言ってきました。だから、殺したんですーーッ!」
「……え、短っ。そんな理由で殺したの? 沸点低すぎない!?」
ここに来て完全に予定が狂ってしまった。
残りの千五百文字で長ったらしく事件のあらましを語らせ、いい感じに終わらせるつもりだったのに、あっさりと終わってしまったのだ。
残りは千四百文字。どうする、ホームズ。どうする、五千文字探偵ーーッ!
「えぇい、仕方がない! もうこれしか方法がない!」
ホームズは覚悟を決めた。必ず五千文字まで稼ぐという信念の元、動き出した。
「や、やーい! 万年平社員! 殺人犯! お前の母ちゃんノストラダムスー!」
それは、佐藤をバカにすること。挑発することだった。
「て、てめぇ! 俺の母さんがCVツンデレ声優の予言者だとぉぉぉぉぉぉぉ!? ふざけんなぁぁぁぁ!」
その作戦は見事に上手くいき、佐藤は懐から隠していたもう一本の包丁を手にホームズに向かって走り出した。
そしてーー包丁はホームズの腹部に突き刺さる。
「ぐぅ!?」
「はじめちゃ……ホームズ!? このぉぉぉぉ!」
「ぐあぁぁぁぁぁ!?」
美夏は佐藤を胴回し回転蹴りで吹っ飛ばし、地面を転がった佐藤を槍持が取り押さえる。
腹部に突き刺さった包丁を抜き、ホームズは膝を着いた。
「の、残り九百文字……後日談を入れたら、五千文字、達成……だ……」
そう言ってホームズが倒れる。
駆け寄る美夏を最後に、ホームズは気絶した。
これで事件は解決したーー。
「……で、ここからは後日談だな」
病院のベッドに寝ているホームズが呟く。
するとベッドの近くで座っていた美夏が呆れたようにため息を吐いた。
「バカでしょ。五千文字のために命かけるとか、信じられない。刺されたのに偶然お腹に入れていた六法全書のおかげでほぼ無傷とか……ありえないんだけど」
「ははは! まぁ、ホームズはバカだからな! 苦労するな、美夏ちゃん!」
ゲラゲラと笑いながら病室に入ってきた槍持は一頻り笑ってから真剣な表情になり、事件の顛末を話し始める。
「佐藤は現行犯逮捕だ。元々逆上しやすい性格らしくてな。それを被害者に注意され、隠し持っていた包丁で殺したようだ」
「日頃から包丁を隠し持っているって、ヤバすぎない?」
「まったくだ。最近の若者ときたら……」
「いや、そんな若者いないから普通」
槍持と美夏の会話を聞いていたホームズは、ククッと笑みをこぼした。
「とにかく、これで事件は解決ですね」
「あぁ。お疲れ様だな、ホームズ」
「はぁ……で、はじ、じゃなくてホームズ? 文字数はどうなったの?」
ホームズは起き上がり、ニヤリと笑った。
「四千五百文字だ……ん? あれ? 五百文字、足りない……ッ! や、やばい! もう後日談も終わるんだけど!? な、何かないのか!?」
「はぁ!? わ、私は何もないよ!?」
「俺もないな。さて、どうするんだ五千文字探偵?」
残り四百文字。五千文字までまだ足りない。
悩みに悩んだ末にホームズが出した結論はーー。
「えぇい! 三百文字ぐらい誤差だろう!? ちくしょう、どうにかして稼がないと! そうだな、うん、この物語はフィクションです! パロディネタやメタネタ多数で本当に申し訳ありませんでしたぁぁぁぁ!」
最後の手段、謝罪。
その場で土下座したホームズでこの物語が終わった。
家達一。ホームズというあだ名のこの男。職業は探偵。
もう一つの名はーー五千文字探偵。
どんな簡単な事件でもどうにかして五千文字で終わらせることに命をかけるバカな男。
さぁ、次はどんな事件を解決し、五千文字で終わらせるのか。
これからも五千文字探偵は事件解決のために五千文字を稼ぎ続ける。
次の事件はいったい、どんなものなのか。
負けるな五千文字探偵!
頑張れホームズ!!
ぴったり五千文字!