第九話
妖精達の協力のおかげでアルバスと内密な手紙のやり取りが容易になったオーレリアは、帝国の情勢を把握しながらもこれからどう動いていくか倦ねていた。
帝国内で腐っていない貴族らはほんの一握りである。それを把握しながらオーレリアはアルバスにその者達から協力を得られるように働きかけて貰っている。
ただし、腐った貴族らからの圧力も相当あるようで、上手く行っていないのが現状であった。
『オーレリア。そのお茶、毒が入っているよ。』
『お菓子も。』
『後で僕達が果物を森から取ってきてあげるね。』
オーレリアは妖精らに微笑みを浮かべた。
彼らがいなければオーレリアは恐らくかなり厳しい現状になっていただろう。彼らのおかげで精神面も支えられている。
そんなオーレリアを、メイドや執事らその実帝国の暗部である彼らは最初はかなり不気味がっていた。
匂いも味も見た目もなんの変哲もない毒入りの菓子やお茶にはオーレリアは手を付けるふりだけする。
絶対に分からないはずなのに、オーレリアは気付くのだ。
そして、オーレリアは笑顔で言うのだ。
「ありがとう。」
その笑みと言葉に、自分が、暗部であるとバレているのだとメイドや執事らは感じていた。
それでも、オーレリアは誰にもその事を言わない。
だからこそ、次第に心が変わり始める。
殺そうと本気で弓矢を射ても当たらない。
毒針を放っても軽やかに避ける。
毒虫を放っても何故か毒虫達から毒気が抜かれたように大人しくなる。
実力行使に出ようと動こうとすれば何故か床が抜けたり強風に煽られたり、雷に打たれたり、散々な目にあう。
あまりの事に、驚きと戸惑いが生まれる。
これは神の采配なのではないか。
自分達が間違っているのではないかと思えてくる。
帝国の為にと命をかけこれまで働いてきた。
だが、失敗すれば手ひどい目にあい、何人もの仲間が命を落としてきた。
そんな中、オーレリア皇女は自分の命が狙われているのにもかかわらずいつも笑顔を絶やさず、暗部である自分達にも労いの声をかけてくる。
『貴方達を許します。』
その笑みはまるでそう言っているようで、優しい女神様のようで。
ガチャン。
暗部であるメイドは今までしたことの無い失態に顔を青ざめさせると落としたティーカップを慌てて拾い始めた。
すると、オーレリアはしゃがみ込み、その手を取り止めさせた。
「素手で触ってはいけないわ。誰か、箒とチリトリを持ってきてあげて。」
オーレリアは微笑むとメイドの手を優しく包み込んだ。
「大丈夫よ。」
その言葉に、暗部達が心を震わせた。
女神である。
オーレリア皇女殿下は、女神である。
闇に染まり、血で濡れた暗部の手を取り、微笑みを浮かべてくれる。
そして、彼等は知っていた。
この皇女殿下は帝国を争いのない平和な国へと導こうとしているのだ。
自分達のようなものにも手を差し伸べて下さる慈愛を持ち。
自らを犠牲にしようとも帝国の民の為と荒波にも立ち向かう自己犠牲の精神。
なんと立派か。
なんと偉大か。
「も、、、申し訳ございませんでした。」
メイドは涙を流してオーレリアに頭を下げた。
するとオーレリアは困ったような顔を浮かべると顔をあげ、周りの執事やメイド達に顔を向けると言った。
「誰も貴方を責めることはありません。皆も同じです。こんな事で、責める必要はないでしょう?だって、貴方達は皆一生懸命に仕事をしているだけ。誰にでも過ちはあるわ。」
あぁ、神は女神を降ろし給うた。
貴方達は仕事をしているだけ。
自分を責める必要はない。
過ちは誰にでもある。
暗部である彼等は、片付けを済ませると部屋から下がり初めて涙を流した。
心の奥底ではずっと自分達の生き方に苦しんできていた。
それが今日、心から溢れ出た。
彼等はこの日、帝国を裏切ることを決めた。
我等の心はオーレリア皇女殿下と共に。
帝国の暗部であり暗殺部隊はこの日を持って満場一致でオーレリア皇女に忠誠を誓う事と決めた。そしてこの日よりカモフラージュとして暗殺行動は続けるが帝国に留まるアルバスと内通し、暗躍していく。
皇女殿下は光の栄光ある道を。
それを支えるのが暗部である我等が努め。
オーレリアは小さくため息をつきながら、先程のメイドが毒入りのお茶を素手で触らなくて良かったとほっとしていた。どんな毒か分からない以上、素手で触るのは避けた方がいい。
それにしても、と思う。
あんなにも震えるとは、メイド長はそんなにも怖いのだろうかと不安になった。
この日、オーレリア皇女の意志とは関係なく、彼女を影から支える暗部が生まれた。
名付けておきながら、ガデスダークサイド(笑)ってなりました。