第五話
レイズ王国国王、ラオック・フェン・レイズは王座からオーレリアを見つめ感嘆の息を漏らした。
純白のドレスに、花が散らされた清楚なドレスを身にまとったオーレリアは、昔から言い伝えられる妖精の女王の様な風貌であり、控えている騎士や横にいる宰相のダンテも息を呑んで見つめている。
確かに、この皇女はヨハンには荷が重いかもしれないなとラオックは思った。
ヨハンは女性に受けがよく、自身も好まれる容貌であると理解している。だが、それは恋愛に心惹かれる乙女にはである。
オーレリアと話をしたラオックは、見た目だけでなく心までもが美しい凛とした女性なのだと感じていた。しかも、恋愛に心の柱を置くのではなく、国の為、民の為にと心の柱を置いているのが感じられる。
これは、一筋縄で懐柔できる女性ではない。
「皇女殿下。どうかこの国で三年健やかに過ごしてもらえるとありがたい。」
出来れば、そのままうちの国の誰かの嫁になってくれればありがたい。そう考えていたラオックに、オーレリアは優雅に微笑みを浮かべ頷いた。
「ありがとうございます。お世話になります。」
「あぁ、それと、君を守る警護だがうちの近衛騎士から優秀な者を数名付けよう思う。いいかね?」
その言葉に、一瞬オーレリアの表情に陰りが見えた気がしたが、すぐにオーレリアは恭しげに頭を下げた。
「ご配慮痛み入ります。」
何故オーレリアがそのような顔をしたのかは数日の後にわかることになる。
オーレリアは、次の日から学園に通うことになり、ヨハンに案内されてクラスに入り、目を見開いた。
クラスメイトらは、オーレリアの美しさに驚いていたが、オーレリアはクラスの中でレスターに群がる妖精の多さに驚いた。
『オーレリア!よろしく!』
『一緒に勉強しようね!』
『友達になろー!』
そんな可愛らしい発言をする妖精達に、オーレリアの心はとても穏やかになり、思わず笑みが漏れた。
クラスは、オーレリアの微笑みに固まり、不思議な沈黙が訪れた。
オーレリアは固まる担任を見つめたが何も言わないので仕方なく一歩前に出ると膝をおり、美しくカテーシーを行った。
「オフィリア帝国皇女オーレリア・ルルティア・オフィリアでございます。三年間一緒に学べる事をとても嬉しく思っております。どうぞ、よろしくお願いいたします。」
その言葉に、金縛りが溶けるように令嬢や令息らは動き出し、オーレリアに拍手をした。
オーレリアはホッとすると担任に促され自分の席に座るとそれは妖精の群がるレスターの横であり少しドキドキとしていた。
「皇女殿下。私は公爵家令息レスター・ワトソンと言います。どうぞよろしくお願い致します。」
妖精達が群がり、未だにその姿は見えないがその声は落ち着いた穏やかな声であり、オーレリアは笑みを浮かべて言葉を返した。
「こちらこそよろしくお願い致します。」
それから授業は始まり、オーレリアはレスターは前が見えるのだろうかと、しばし気になった。
勉学に関してはオフィリア帝国で習っていたものとほぼ変わらずであったが、王国の歴史についてはかなりの違いがあり、こうした所が、国同士の諍いの原因にもなるのだろうなと感じていた。
昼食時間になり、席を立とうとした時、廊下からレスターを呼ぶ声が聞こえ、目を向けるとそこにはマリア男爵令嬢が立っていた。
すると、レスターの周りの妖精達がざわめき始める。
『また来た。』
『はぁ、レスターは良いように使われてる。』
『なんで分かんないのかなぁ。』
『哀れ、レスター。』
『当て馬令息だからなぁ。』
かなり酷い物言いのように聞こえるが、周りにいる令嬢や令息らは全く気にも留めていない様子でオーレリアは、なるほど、こうした事を気にしていては妖精と共には暮らしていけないのだろうなぁと感じた。
「オーレリア皇女。良かったら一緒に昼食に行きませんか?」
ヨハンに声をかけられ、オーレリアは頷くと一緒に学生の食堂へと向かった。
食堂という物に初めて足を運んだオーレリアは、そのシステムに感動し、自分で食事を選べるという事に歓喜した。
これはかなり毒殺の可能性が低くなる。
ここは貴族の通う学園であり、食堂は見通せる環境である。ここで毒殺しようとすれば、犯人も捕まる可能性が高い。
「素敵ですね。」
嬉しそうにするオーレリアの様子に、ヨハンは少し驚きながらも一緒に食事を選んだ。
食事を前にしたオーレリアは、ヨハンが毒味なしに食事をしている姿に内心驚きながらも、自らも食事を口にした。
一口目に全神経を向け、痺れはないか、違和感はないか確かめていく。
『大丈夫だよ。』
『毒はなし!』
『あったら、教えてあげるー!』
オーレリアはその声に驚きながらも、妖精はそんな事も出来るのだなぁと素敵な国だなと感じた。
こんな国に生まれれば、幸せだろうなと感じてしまう。
食事一つに全神経を使わなくても良いなんて。こんな穏やかに食事をするのはいつぶりだろうか。
そう思うと、思わず胸が苦しくなった。
「良かったらどうぞ。」
突然後ろからそう声がかけられ、花の刺繍のされたハンカチが差し出された。
振り向き顔を上げると、そこには妖精に群がられる人がいた。
「どうぞ。」
妖精の間から差し伸べられるハンカチをオーレリアは受け取ると、顔を赤らめた。
「ありがとうございます。」
レスターは一礼するとその場を後にし、マリアと共に食堂から出ていった。
オーレリアはその背を見送りながら、ハンカチを見つめて温かな気持ちになった。
「オーレリア皇女。どうかしたのですか?何故、レスターはハンカチを?」
ヨハンの訝しげな表情に、オーレリアは小さく笑みを浮かべて首を傾げた。
「さぁ、どうしてでしょうね。」
ヨハンは納得していない様子であったが、オーレリアはレスターの優しさに感謝した。
その後、昼食後の授業が終わると、オーレリアは侍女を伴って学園内を散策した。遠巻きにオーレリアを騎士たちも見守っているようで、なんだか申し訳ない気持ちになりながらもヨハンに案内された以外の学園を見て回りたいという欲求には勝てなかった。
学園内には至る所に妖精がいた。
『オーレリア。こっちには泉があるよ。』
『えー。あっちの教会も案内したい!』
『こっちには気持ちの良い木もあるよ。』
楽しそうに案内してくれる妖精達について行くと、木の下に妖精の群がる所を見つけた。
『あ、レスターがまた当て馬してる。』
様子を見ていると、男爵令嬢が泣いているようでそれをレスターが(多分)励ましているのだろう。すると、そこに他の令息が現れて泣いているマリアを連れ去ってしまった。
『マリアの何処がいいんだ?』
『レスターの事、良いように使ってるだけなのに。』
妖精達はマリアへの不満をぐちぐちと言っている。
その時、一瞬だがレスターの姿が妖精の間から見えた気がした。
悲しげな瞳、それでもどこか優しい瞳で遠ざかるマリアを見つめていて、オーレリアの胸はドキリとした。