第三十二話
レスターは、屋敷へと帰ると、自室に戻り大きく息を吐いた。
父と母、それに兄は領地にいる為、この王城近くの別邸に暮らすのは自分のみである。
領地は兄が継ぐため、自分は文官を目指すつもりで学んでいた。
そう。
自分には背負う物もなく、動ける体があるのだ。
レスターは、馬を用意させると今後について考えながら荷物をまとめ、馬に乗せた。
帰ってくる前に国王からオフィリア帝国皇太子であるグレッグがレイズ王国とオフィリア帝国の間の国境まで進軍中との情報を得ていた。
オーレリア皇女にはマッドマスター家と暗部が付き、動き出したとの情報も入っていた。
レスターは呼吸を整える。
自分はレイズ王国に身を置く人間だ。
だが、レスターは屋敷に帰るまでの間に心を決めた。
マリアの時とは違う気持ちがこの胸にはある。
妖精は『気づいて』と、メッセージをくれた。
レスターは、自分自身の想いに気付いた。そして気づいてしまえば、鉛のように重かった足が軽くなり、心に従えと言っている。
もし、自分に何かあったとしても、問題はないだろう。だが、他国のお家事情に関わったと分かれば処罰が下るやもしれない。
だからこそ、ここにレスター・ワトソンと言う名は置いていく。
自分はただのレスターとして動くしかない。
その時、執事がレスターの所へとやってくると少し焦った様子で言った。
「お客様でございます。」
「突然だな?誰だ?」
「それが、第一王子のご婚約者である公爵令嬢ティナ・シュタイン様でございます。」
「何故彼女が?、、とにかく、今行く。」
レスターは何故シュタイン嬢が来たのか分からず、客間へと急いだ。
豊かな金髪に、釣り目のきつい印象のティナ・シュタインはレスターが現れると優雅にカテーシーを行うと言った。
「突然の訪問申し訳ございません。ワトソン様にお願いがあり、ここへ参りました。」
「お願い、ですか。すみませんが、今は急いでいまして、手短にお願いします。」
「はい。現状は存じております。そこで、ワトソン様にお願いが、こちらの手紙をリリアーナ様に渡してくださいませ。行かれるのでしょう?」
レスターは目を丸くするとティナを見た。
ティナはコロコロと笑い声を上げるとはっきりした口調で言った。
「帝国が帝王位で揉めれば、リリアーナ様の安全はどうなるのです?ラオック国王陛下には話を通してきました。こちらが書状です。名代としてリリアーナ様の無事を確かめてきていただけませんか?」
レスターはティナの申し出に驚いた。
「リリアーナ様とは友人ですの。ですから、心配で。ですが私が行くわけには行きませんでしょう?」
「こちらとしては、ありがたい話です。」
ティナは、にこりと笑うと言った。
「レスター様にはライバルが多いですから、頑張ってくださいませね。」
「え?」
「いえ、こちらの事です。では、これで失礼致します。見送りは結構ですのでお急ぎくださいませ。」
レスターはティナに礼をすると、書状を見つめた。
天が自分に味方をしている気がしてレスターは大きく息を吐くと準備を進めた。




