第十五話
今日はレスターがマリアから呼び出された為、オーレリアは先にいつものように花を植えていた。
するとしばらく見なかったアレクシスがこちらに走ってくるのが見えて、オーレリアは顔を上げる。
アレクシスの顔は満面の笑みであり、オーレリアを見つけるなり突然抱きしめてきた。
「キャッ!」
「女神よ! 本当にありがとう! 国を代表して女神に感謝を申し上げる!」
抱きしめられたまま、くるくると回されたオーレリアは驚きと恐怖のあまり身を固くした。
「貴方が教えてくれた通り、中毒性に我が国は気づいていなかった!危うい所を救ってくれた貴方はまさに女神だ!」
「オーレリア皇女殿下から、手を離せ」
低い声で、脅すように睨みつけてきた男に、アレクシスは眉間にシワを寄せて足を止める。
「失礼だな。君は誰だ」
オーレリアはアレクシスの腕の中から身をよじって抜け出すと、男の前に立った。
「アレクシス殿下。こちらはエドモンド様ですわ。今日から花畑作りを手伝って下さっていますの。」
体躯のしっかりとしたこの男が花畑とは似合わな過ぎるとアレクシスは思ったが、エドモンドという名を聞き、ハッと思い当たる。
「マッドマスター家か?」
「エドモンド・マッドマスターと申します。オーレリア皇女殿下に仕える事としました。」
「仕える?エドモンド様はお手伝いをしてくれる優しい方なんです。」
にこやかにそう言ったオーレリアを嘘だろと言うようにアレクシスは目を丸くしてみた。
マッドマスター家と言えば、逆らえば破滅の一途を辿ると呼ばれる闇の貴族である。その力は国内外にも名を轟かせており、国王ですらもマッドマスター家を敵にはしたくないという。
そんな家の男がオーレリアについたとは信じがたく、アレクシスはエドモンドを睨みつける。
「お前のような家の男が、オーレリア皇女に近づいて良いと思っているのか?」
エドモンドの顔が陰り、拳をギュッと握りしめる。
「それ、、、は。」
「お前は女神には相応しくない。」
「ッ!」
「アレクシス殿下?」
オーレリアに名を呼ばれ、アレクシスはパッと笑みを浮かべて顔を向けた。
「オーレリア皇女殿下。良ければあちらで話をしましょう。こんな奴と一緒にいてはいけない。」
「ふふ。おかしな方。」
「え?」
アレクシスは、オーレリアを見て巨大な何かに睨まれている気分になった。
オーレリアは微笑んでいるのに、父の国王を前にしているかのように緊張が走る。
「エドモンド様は優しい方です。殿下は目が悪いのではないかしら?」
「何を。」
「エドモンド様を見れば分かるでしょう?」
アレクシスはエドモンドを見るが、何がわかるというのだと、一瞬そう怒鳴りそうになってしまう。
だが、気が付いた。
オーレリアは、エドモンド自身を見ろと言っているのだ。
家ではなく、エドモンド自身を見ろと。
そう言われて、確かに自分はエドモンドを家の評価で見ていたことに気付く。
オーレリアは笑みを深めると優しい声で言った。
「見ただけで、エドモンド様が優しい方だと分かるでしょう?」
格の違いを感じさせられた。
アレクシスには一目見ただけではその人となりなど分からない。
だが、オーレリアには分かるのだ。
その人が善き人間かそうでないのかが。
王の資質か。
アレクシスは、オーレリアが眩しく見えて、自分の小ささに情けなくなった。
「すまない。エドモンド殿。私が間違っていた。」
エドモンドは王族が謝った事に驚いたが、ここは学園。間違えばまだ、謝るだけで許される場である。
「いや、俺も非礼な真似をしてしまい、申し訳ありませんでした。」
「敬語でなくていい。ここは学園だからな。」
「なら、そうさせてもらう。」
二人が仲直りした様子にオーレリアは微笑みを浮かべた。
エドモンドが善い人なのは妖精が背中に乗ったり頭の上で踊ったり、はたまた腕にぶら下がって遊んだりしてもでも怒らない様子を見れば分かるだろう。
お花畑作りの仲間が増えて嬉しいなと、オーレリアは微笑んだ。




