第十四話
貴族とは名ばかりで、暗殺一家として俺は育った。
暗殺は生きていく上で、自分にとっては必要だった物。
だから、その行為自体に好きも嫌いもなく、命令された対象を殺すだけだった。
一定の条件だけつけ、殆どの者の名も知らず、理由も知らず、ただ殺してきた。
だが、今回の場合はそうはいかない。
対象は魔女の娘だった。
おかしいと思ってはいた。
毒を毎日もられているはずなのに死なない。
明らかな殺傷能力を持った弓矢を軽やかに避けて死なない。
毒蛇など、ほぼ避けるだけだ。
あまりに死なない対象だからなのか、本来は身内の暗部で始末する所、自分にお鉢が回ってきた。
いつも通り、情報を最小限にしたのがいけなかった。
対象がまさか魔女の娘だとは思っても見なかった。
殺気も気配も消していたのに、最初の一太刀をかわされたのは初めてであった。
魔女の娘の瞳を思い出して背筋がぞくりとする。只ならない、巨大な何かに心臓を鷲掴みされているような感覚に、心臓が異様に音を立てる。
あの瞬間は、悪夢だった。
屋敷に戻った瞬間に全身から冷や汗が出て、震えが止まらなかった事など初めてであった。
たくさんの視線を自身に感じ、身につけていた気配を消す妖精の魔法石と呼ばれるアイテムが粉々に砕け散っていた。
「っくそ。、、、新しいのを買わなきゃならない。」
そう言ってから、何度もアイテム屋で探すが、何故かどこの店舗も突然壊れてしまったと手に入れる事が出来なかった。
しかもあれからと言うもの、運に見放された。
食事を食べれば毒も入っていないのに嘔吐感に苛まれ、眠ろうとすれば、体が重たくて眠れない。全身は何かが乗っているかの如く目覚めても重たく、常に頭痛に苛まれるようになった。
それもこれも、暗殺者に伝わる暗黙のルールを破ってしまったからなのだろう。
暗黙のルールは一つ。
魔女は標的にしない事。
何故かは語り継がれていないが、呪われるとも運に見放されるとも言われている。
俺はもう、暗殺者としては生きていけないだろう。
初めて、辛いと感じた。
これからどうやって生きていけばいいのかが分からず、苦しくなった。
だが、そんな事は許されないだろう。
自分はたくさんの人を殺めた。そのきっと報いをこれから受けていくのだ。
足を自然と、助けを求めるかのようにまだ少ししか花の植えられていない花壇へと向けた。
その場にしゃがみ込み、土をいじると少しだけ気分が和らいだ。
不意に、自分の肩に温もりのある何かがまふれピクリとしてしまう。
今まで、背後に誰かに立たれたことなどない。
あぁ、他の暗殺者が殺しに来たのか。
諦めが心を占めて、その瞬間を待つ。
だが、何時になってもその瞬間が訪れずに戸惑ってしまう。
殺すのではないのか?
そう思って後ろをゆっくりと振り返ると、太陽に照らされ、眩いばかりに煌めくオーレリアがそこに立っていた。
その顔には柔らかな春の木漏れ日のような笑みを携えており、次の瞬間、全身の体の重みが消え、重く痛んだ頭も軽くなる。
全身がスッキリとし、あまりの軽さに目を見張る。
「ふふ。軽くなったでしょ?大変でしたね。もう、大丈夫ですよ。」
オーレリアのその言葉で、俺は全てを悟った。
『心も体も軽くなったでしょう?』
『これまでの人生大変でしたね。』
『体は癒やすことが出来たのでもう大丈夫ですよ。』
オーレリアは小さく頷く。
「大変だったかもしれませんが、許してあげて下さいね。」
言葉は頭の中で変換されて、頭に響いて聞こえた。
『暗殺という仕事は大変だったかもしれませんが、悔いても変わりません。これから向き合い、償いながら、自分の事を許してあげて下さいね。』
あぁ、分かった。
何故、この皇女を誰も殺せないのか。
聖女、いや、彼女自身が女神様だからだ。
だから誰にも殺せないのだ。
きっと殺そうとした者達は皆、心を見透かされてしまい、女神の元で罪を悔いて償う道を選んだのだ。
涙が、溢れてた。
本当は、暗殺など嫌だったのだ。
誰も殺したくはなかった。
けれど、殺さなくてはならなかったから、一定の条件をつけて、出来るだけ悪人を殺してきた。
だが、今回だけは本当に対象が誰かわからずに、仕方なく受けた。きっと、こうなる運命だったのだ。
自分の心に嘘をついてこれまで自分を正当化して生きてきた。諦めてきた。
あぁ。
これまで自分は辛かったのだ。
「ありがとう。、、、あり、、がとう。」
オーレリアは微笑んだまま頷くと、一輪の花をくれた。
花言葉は、『解放、未来への希望』。
俺はその日、心の中で、オーレリア皇女殿下に忠誠を捧げた。
笑みを浮かべ、晴れやかな顔で歩き去っていった背を見送り、男の人の肩にも頭にも腕にも、全身に重なり合うようにして引っ付いていた妖精達に、オーレリアは言った。
「あの人が何をしたのか知らないけど、もう反省したと思うから許してあげてね?」
『オーレリアがそう言うなら~。』
『分かったぁ。』
『もう、ごはんに変なキノコ入れるのもやめるねぇ。』
オーレリアは頷き、歩き去っていった男性の背をもう一度見た。
「あの人、大変だったわね。」
小さく呟いた声は風にさらわれていった。




