兄さまと懐かしい面影
むにーっと、ほっぺたが引っ張られている感じがする。
こういうことをするのはあいつにちがいない。
「あにをひゅる! ヒュー!」
「懐かしい名前ですね。といっても、そんなに前でもないか」
「兄さま!」
私はベッドに起き上がると、ほっぺが伸びていないか両手で確かめてみた。
「そんなに引っ張ってませんよ。ちょっとどのくらい伸びるか試していただけです」
「それ、ものすごくひっぱってるでしょ。もう」
プンプンしてもいい事案だが、それが兄さまの癒しになるなら仕方がない。
「リア、またここにきてたったの一日なのに、さっそく問題を起こしたようですね」
「おこしてないよ?」
私は首を傾げた。
「きのうはー、まちをみてー、ローダライトのかけらをひろってー、それでおままごとをしてー、ごごは、くさつみをしただけだよ?」
「はいはい。それが事実なのは知っていますが、真実は隠されているのです!」
兄さまがぴっと人差し指をたてた。
「焼けたローダライトを再生したんですって?」
シンプルに言うとそれだけのことである。
「そうなの。ローダライトをポンってすると、つまりがぬけて、もとにもどるの」
「焼けたローダライトなんて、身近で見るものではないですからね。再生できるかなどと普通は考えもしないものです。なんでそんなことを考えちゃったんでしょうね」
「なんでかしら」
私だってわからない。
「じゃあ、私もちょっとポンしてみたいです」
「しってた」
兄さまがそう言うと思って、昨日ナタリーから、拾ったローダライトを受け取っておいた。
といっても、大半のローダライトは、昨日の夜、皆が面白がってポンしてしまったので、熱で詰まったローダライトはわずかしか残っていない。
「これ、ぜんぶポンしたんですか……」
「リアだけじゃないよ。マークができるまでやるっていうし」
「ああ、魔力操作、苦手ですもんね」
兄さまが苦笑する。
「最後はちゃんとできていたよ」
「それは成長したものです。昨日話した時は、そんなことおくびにも出しませんでしたけどね。では」
兄さまが手に取ったので、私は解説する。
「ふつうのローダライトと、つまったローダライト、りょうほうてのひらにのせてみて」
「はい、こうですね。なるほど」
兄さまは私たちの魔力操作の先生だ。
何も言わなくても、私の言いたいことはしっかり伝わった。
「手とローダライトの間に、微細な魔力の道ができています。魔力を吸い込む性質があるのですね。ローダライトの剣は使っていましたが、こういう仕組みだとは思いませんでした」
兄さまは焼けたローダライトのほうを見た。
「確かに、こちらはただのピンク色の石です。先ほどの微細な魔力を元に、少し多いくらいの魔力の圧をかけてみると……。ああ、そうか」
兄さまの言葉一つ一つが、私にとっては勉強になる。
「魔力の圧をかけることで、道が整うんですね。そして圧を強めると、ポン! なるほど、抜けました!」
兄さまもポンしてくれて、私はにっこりである。
「最後まで魔力の流れがそろうと、一気に魔力が抜けるんですよ。このポン、っていう感じ、ちょっと癖になるかも」
「でしょ?」
私がやらかしたことは叱られたりするけれども、やらかした内容についてはちゃんと真剣に受け止めてくれる。
よい家族と仲間がいる私は本当に運がいい。
「でも、マークが言うほど、魔力が必要とは思いません。リアたちは大きな魔力を注ぎすぎていませんか。一定の魔力を一定の時間注ぐことで魔力の流れができ、最後にポンと流れる気がしますよ。ほら」
兄さまに言われて、残り少ない焼けたローダライトに魔力を注いでみる。
「ほんとだ。すこしじかんがかかるけど、ちゃんとポンする!」
「重要なのはポンなんですね」
くすくすと兄さまが笑った。
それにしても、結界を自分で張れるようになった時もそうだったが、私が苦労してできたことを、兄さまはあっさりやれてしまうのがちょっと悔しい。
笑っていた兄さまはすぐに真面目な顔に戻る。
「ただ、マークが言った通り、今は内緒にしておきましょう。大きい結界箱を運用すると決めた以上、領都の邪魔が入る前に、できることをできるだけやっておきたいのです」
「じゃま?」
「そうです。いくらキングダムの王子であるニコがいいと言ったからといって、越権行為だと言われればそれまでですし、最悪の場合、今すぐ運用をやめて、結界箱を領都に運べと言われる可能性もあると考えています」
後で叱られるかもとは考えていたけれど、運用を途中で止められるかもとは考えもしなかった。
「ふっこうのじゃまをするの?」
「民の生活がどうなるかではなく、グレイソンにだけ恩恵があってはいけないという観点で考える人もいるんですよ。もちろん、このまま結界箱を使わせてもらえる可能性もありますが」
そう考える人がいるということを、考えられる兄さまがすごいと思う。
「大きい運用箱の、結界の範囲はキングダムで確認済みだそうです。今日はその範囲を再確認し、本当に虚族が出てこないのかを一晩、監視して回ります」
「兄さま、からだ、だいじょうぶ?」
「大丈夫ですよ。これがうまくいったら、虚族を狩る部隊は少しは休めますから」
「そのあとは?」
虚族は、結界にはじき出されるか、入ってこられないというだけで、いなくなるわけではない。
「夜の間に、町の片付けや住宅の建設が進んで、町の人の安全が確保されれば、虚族が増えてもどうにでもなりますから」
安全な家の建設には、ローダライトが必要なのではないか。
脳裏によぎった考えは、今はそのままにしておこうと思う私である。
「きょうはなにをしようかな」
「どうせローダライトを拾うんでしょう?」
「あたり!」
どう使うかはともかく、材料を集めておくのは大事である。
「今日はやらかしてはいけませんよ、あ、リア!」
私はすばやくベッドから滑り降りた。
兄さまの注意が長くならないうちに、脱出である。




