ご領主はよい人だが
「街道沿いの、昨日と同じところに行くと言っていましたよ。どうやら、昨日食べられる野草をたくさん見つけたのだとか」
「ちょっととおいかなあ」
「私が途中まで抱っこしていきますよ」
「護衛なのに?」
ハンスはハハハと笑った。
「今のところ、ルーク様にもリア様にも危険な感じはありませんからね。昨日だってさ」
ハンスは微妙な表情を浮かべる。
「リア様を抱っこしてさっさと運んでいこうと思っていたら、護衛は両手を空けなければいけないんだぜって言われたでしょう。子どもの夢を壊したくはないですし、どうしたもんかと悩みましたよね」
「そうだったの」
それならと抱っこしてもらおうと手を伸ばしたら、桶を抱えた領主が通りかかった。
なぜ桶を抱えているのか興味を持ったが、余計なことをして草摘みに遅れたくない私は、気がつかなかったふりをしようとした。
「ちょうどよかった。リア、今ちょっといいかい?」
遊びに行きたいからよくないと言いたかったが、おりこうな私から出てきた返事はこれである。
「い、いいよ」
ご領主は私と目線を合わせるように膝を付いた。
「さっそくローダライトを拾ってもらってきたんだ。真っ黒だったから、君の侍女に聞いたら、すすだらけのローダライトを洗剤とお湯で洗っただけだと言うんでね。そうしてみたんだけど」
領主が桶を傾けて中を見せてくれた。
「子どもたちに頼んだんだけど、意外と集まらなかったよ」
確かに私が午前中集めた量より少ない感じがする。
「それに、使えるローダライトが一つもなくてね。もしかして、拾った場所によるのかなと思って、リアがどこで拾ったかを聞いてみたくてね」
集めるだけでなく、使えるかどうかを判断し、すぐに次の対策を考えている行動力には感心するしかない。
「そんなにローダライトがひつようなの?」
直接的な聞き方だっただろうか。
「必要とは、難しい言葉を知っているね。だが、そうなんだ」
私が首を傾げたのがわかったのか、領主はもう少し丁寧に説明してくれた。
「足りないことだらけでどこから手を付けていいのかわからないくらいだが、今一番、領民が困っているのは、寒さなんだ」
「さむさ」
そうだろうとは思ってはいた。
「焼け出されて住むところがない。夜こそ、領主館や焼け残った家にぎゅうぎゅう詰めでも泊まれるけれど、布団がない。昼に休むところもない。水は豊富だから、せめて汚れた手を洗い、風呂につかるにしても、熱の魔道具が足りない」
ふうっと大きなため息をつく領主である。
「虚族が多いせいで魔石は増える一方だが、ローダライトは建材に優先的に使われる。一つでも二つでも、熱の魔道具が増えればなと思ってな。いや、ここまで説明する必要はなかったね」
「リア様がローダライトを拾っていた場所なら俺がわかります」
苦笑する領主に、午前中行った場所を教えるのはハンスだ。
私だったら直接案内しなければならなかったが、ハンスはどこのどのあたりと、的確に場所を説明してくれた。
「助かるよ。そこも火の勢いは同じだったはずだが、何か条件が違うかもしれない。それから、せっかく持ってきてもらった大きい結界箱は、明日から試験運用だ」
ついでに重要な情報も教えてくれた領主は、桶を抱えたままどこかに行ってしまった。
探しても、役に立つローダライトは見つからないかもしれない。
が、自分がどれだけ役に立てるかわからないうちに、出しゃばるものではない。
「あ、リア! 帰ってきたら、話をしましょうね!」
「兄さま! いってらっしゃい!」
昨日よりだいぶ早い時間だが、少し遠くへ行くのだろう。
兄さまにカルロス王子、ジャスパー、それにシエナの四人組が、遠くから手を振った。
「シエナ?」
「腰にローダライトの剣をさしていましたね。勇ましい」
「それならマークもいきたいんじゃないかな」
「マーク様は行かないと思いますよ。恋する相手の前でも、やりたくないことはしない人です」
それはいい意味だろうか、悪い意味だろうか。
「私はそういうところ、尊敬しますけどね」
ハンスがそういう言い方をするのは珍しい。
「兄さまもシエナにおどろいて、ローダライトのことわすれてしまわないかな」
「忘れないと思いますよ。明日絶対叱られますね」
ハンスが不吉な予言を口にし、私を抱き上げた。
夜は私が先に寝てしまうから、お説教があるとしても明日である。
明日のことは明日の私に任せ、今日の私は草摘みを楽しもう。
「じゃあ、急いで合流しましょうか」
「うん!」
ハンスの超特急はとても楽しかったとだけ言っておく。
どうやら、私にはローダライトを拾う才能だけでなく、草摘みをする才能もあったらしい。
特徴を一度覚えたら、寒い中、枯れ草の下で地面に張り付くように生えている野草を見つけるのは思ったよりも簡単だった。
「昨日の夜、ベーコンと一緒にいためてあったやつだよ」
「おいしかったやつ!」
ロークの言葉に、ますますやる気が出たのは間違いない。
行きにハンスに抱っこされてやってきたせいで、護衛が必ずしも両手を空ける必要がないことがわかってがっかりした子どももいた。だが、昨日が楽しかったせいか、やっぱり小さい子は抱っこされたりおんぶされたりして、たくさんの野草を抱えてにぎやかに帰ったのだった。
「リアのとったくさはどれ?」
今日の食卓には、残念ながら炒め物はなかった。
「緑色のものはどれかしら?」
領主夫人がニコニコとクイズを出す。
「みどり……。スープ?」
「正解よ! お芋とミルクと一緒に煮込んで丁寧に裏ごししてあるの」
「おいしそう!」
もともと好き嫌いはほとんどないが、自分で採ったものはいっそうおいしい気がした。
「ごちそうさまでした」
椅子から滑り降りたりせず、ちゃんとハンスに椅子を引いてもらってしずしずと降りた私は、今日はもう用済みだ。
お風呂は済ませてあるので、部屋に戻ってローダライトをポンするお仕事の続きをしなければならない。
ナタリーに付き添われて、きりっと部屋に戻ろうとしていた私に、突然領主が声をかけてきた。
「そうだ、リア。リアが今日遊んでいたローダライトはどこにあるのかな?」
ナタリーを見ると、さりげなくエプロンをポンと叩いてくれた。
「ナタリーがもってる」
私は何の疑いもなくそう答えた。
「そうか。だったら、それをちょっと貸してくれないかな」
「かす……?」
私の首が、ギギギッとロボットのように動いた気がする。
「どうして?」
いったいなぜ私のローダライトが必要なのか。
「リアが拾った場所に行ってローダライトを拾ってもらったけれど、使えるローダライトはなくてね。場所じゃなくて、リアの選び方かなと思ったんだよ。だから、調べさせてほしいんだ」
私の選び方ではなくて、私が変化させたんですとは言えない。
「えーと、えーと」
私、絶体絶命である。
「マーク、そういえば、リアとそうだんしたいことがあるのではなかったか?」
ニコがマークに話しかけている。
「そうだね。ご領主、申し訳ありませんが、このあと、ちょっとリアとニコに話しておきたいことがありまして、ローダライトの件は後回しにしてはもらえないでしょうか」
「今日のうちにタイラーに預けたいと思っていたんだが」
「すみません。急ぎますので。では、ちょっと席を外しますね」
マークは失礼にならない程度に急いで席を立つと、私を抱え上げるようにして部屋に向かった。
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