突然の使者
「おはよう!」
紅茶の匂いで目が覚めた私は、今日もいい気分だ。
さすが明日の私である。
「おはようございます」
既に着替え終わり、ベッドの横で紅茶を飲んでいた兄さまがにこやかに挨拶を返してくれる。
「昨日はいろいろ悩みましたねえ」
「うん」
私は真面目な顔で頷き、兄さまから白湯のカップを受け取った。
そして今日の抱負を述べることにした。
「リアはなやむのはにがてだから、いつもどおりたのしくくらすことにする」
「フフ。リアらしいです。私はね、昨日カルロスの話を聞いて」
兄さまも真面目な顔をした。
「王命ということで、オールバンスのすべきことを先読みしすぎたかもしれないと、考えていました」
確かに、私も兄さまもオールバンスとしてどう行動するかを一生懸命考えたのはいいが、考えすぎ、動きすぎだったかもしれない。
「私たちの影響力は、ファーランドでも大きいです。だからこそ、私たちが第一王子と第二王子のどちらを推すかということが外交のカギになりうるわけです」
私は静かに兄さまの話の続きを待った。
「ですが、逆に言えば、どちらを選ぶかの判断材料に利用されているとも言えます」
「うん」
「それはいやだなと思ってしまって。ファーランドのことは、ファーランドが勝手にすればいいんじゃないかなって。ファーランドと取引ができないなら、ウェスターと取引すればいいし」
「あらー」
ぐるぐる考えて、最初に戻ってしまった気がする。
「ここ数日、頑張ってみて、カルロスとは、前よりずっといい友だちになれそうな気がしています。でも、やる気のない者を王に推すのは面倒です。たとえ彼がキングダムにとって都合がよいとしても」
「じゃあ、ほんとうにさいしょにもどろうか、にいさま」
私はにっこり笑って、ベッドから降りた。もちろん、カップはナタリーが回収済みである。
「にいさまはよんこうとして、マークについていくだけ。そしてリアは、ニコのはなしあいて。あったかポシェットについては、カルロスがきょうみないみたいだから、むりしない。ネヴィルには、やっていいよっていったから、それでじゅうぶん」
「そして、臨機応変、ですね」
「ね!」
カルロス王子と共に王命がやって来たことで、いつもの自分たちより余裕がなくなっていたかもしれない。
無理しないでいきましょうとなった私たちは、昨日の夜の深刻な話し合いなどなかったかのように上機嫌だったから、カルロス王子は戸惑っているようだった。
だが、機嫌のいい子どもにかなう大人などいない。
いつものように町に出て魔石に魔力を注いで回っているところに、やっとニコたちの到着が告げられたのだった。
町から走って戻ってくると、屋敷の前にはニコがいた。
「ニコ!」
「リア! そんなに走っては! ああ!」
ニコが慌てて前に出てくるが、案の定私はつまずいてしまった。
だが、転ぶ前にニコが支えてくれたので、私は地面に転ばずに済んだ。
「走らなくても、どうせあえたのだぞ」
その代わりに尻もちをついたニコは、やれやれと笑って先に起き上がると、私に手を差し出してくれた。安定の紳士ぶりである。
「ニコはだいじょうぶだった?」
「しょうしょういそいだから、ずっとりゅうしゃのなかで、たいくつではあった。やっと体がのばせてきもちがいい」
そんな会話を交わしていると、兄さまたちも追いついてきたし、ニコの後からマークもゆっくりとやってきた。
「私もいるからね」
「マーク! げんきそう!」
「リアもね」
本当なら、まずは王族同士の挨拶となるはずなのに、仲良しの再会だからと、わざとゆっくり歩いてきてくれた皆さんには感謝しかない。
「このたびは、私の小さな願いが思いがけず大きなことになってしまい、ニコラス殿下並びにマーカス殿にご足労願うことになり、本当にご面倒をおかけする」
カルロス王子のきらきらは、ネヴィルの冬の寒さの中でも健在だ。
「ウェスターとはすでにけっかいばこをやりとりするあいだがら。いずれファーランドともこうりゅうのきかいをとかんがえていたところであったので、もんだいありません。いまだ幼いみ、こちらこそごめんどうをおかけするが、よろしくたのみます」
背の高さの違いから、カルロス王子がかがむことになったものの、二人の王子はがっちりと握手を交わした。
「で、リアたちは向こうでなにをしていたのだ?」
ニコが私の走ってきたほうを眺めている。
「まちのひとのいえにいって、ませきにまりょくをいれていたの。ニコもいく?」
お昼までまだ時間はある。
「行く!」
「ええ? 私は休みたいのに」
それなら付いてこなければいいのに、文句を言いながらもマークまで付いてきて、大人数で町を回ることになった。
「王子様だよ……」
採りたてのトウモロコシのような色の髪と目のニコは、町の人に大歓迎された。
「私も四侯なのだけど、こうしてみんなといるとまったく目立たないね」
冬空のような灰色の瞳のマークは、確かによく見ないと四侯だとわからないかもしれない。それでも面白そうに回っていたが、魔石に魔力を注ごうとして粉にしていたので、さすが四侯だと感心するとともに、すぐさま戦力外となったのは残念だった。
「これがキングダムの北部地方の民家か」
感心することしきりだったが、その様子はやはりお父様を思わせた。四侯の世継ぎの中でもマークはやっぱり、大人組なんだなあという印象で、いるだけで安心感がある。
ニコと共に、外交官として送られてきたことをありがたく思うのだった。
「リアといると思いもかけないけいけんができるな。よくかんが考えたら、キングダムの民のせいかつをはじめてみたぞ」
「リアもさいしょそうおもったの。ウェスターではみたことあるのにね」
私と話していたニコは、くるりとマークに振り返った。
「じぶんのくにのほうが自由がない。そういうこともあると、カルロスどのも思わぬか」
「ええと。はい。そう思うことも、あるかもしれないね」
遠い目をしているのは、自分がキングダムやウェスターではっちゃけていた過去が脳裏に浮かんでいるからだろう。だが、大人として正直にそう話すわけにもいかない。
「それにしても、こんかいのたびでは、リコシェとジャスパーはつれてこられなかったか? ファーランドのりょうとではあえるだろうか」
ニコにとっても、前回の旅の意義は大きかった。一緒だった二人を気にかけるのも当たり前だ。
「リコシェは、おそらく。ジャスパーは、自分の領地に戻ったゆえ、会えるかどうかは確約できませんが」
ジャスパーがいなかったのはそのためかと、私と兄さまは思わず目を合わせた。
「そうか、ざんねんだな」
今まで気になっても気を使って聞けなかったことが、ニコのストレートな質問でどんどん明らかになっていく。素直なニコの存在はとても貴重だ。
お話をしながらの民の家訪問は、すぐに昼の時間になったため、長くは経験できなかったが、ニコもマークもとても満足そうだった。
「楽しそうだから止めませんでしたが、さすがに午後は少し休んでください。そして、夜にでも明日からの日程を立て直しましょう」
兄さまの気遣いがさえわたる。
「ランバート殿下からは期限は切られませんでしたので、合流してからは、カルロス殿のご都合に合わせるようにとのことでした。ただし、ニコラス殿下とリアの二人の幼子には配慮をいただけるとありがたいと」
「もちろんです。数日は調整のためネヴィルに滞在させてもらい、そこからゆるりと領都まで参りましょう」
ニコとマークを見て覚悟が決まったのか、昨日までの投げやりな感じはどこかに消え去り、有能な王子の顔が見え始めていた。
私は兄さまを見て、ニコを見て、それからマークを見た。
後ろにはナタリーが控えていて、少し離れたところにはハンスがいる。
いろいろ考えすぎて、カルロス王子に詰め込みすぎたりもしたけれど、これからのファーランド旅行はきっと楽しくなる。
空を見上げると、マークの瞳と同じ色の冬雲が広がるが、私の心は軽やかに弾んでいる。
タッタッタと近づいてくる、ラグ竜の足音のように。
「キーエ!」
「ほんとうにラグりゅうがはしってる?」
少し先の牧場に行けば、おじいさまのラグ竜がたくさんいるから、ここではラグ竜は全然珍しくない。
だが、聞こえてくる足音は、ファーランドから街道を駆けてくる。
すぐに姿を現したのは、二頭の竜と、二人の乗り手だ。
「先頭の乗り手は小さい。まだ少年だな」
すぐに私たちを集めると、警戒する護衛の後ろへと下げたハンスの小さい声が聞こえる。
二頭の乗り手はざざっと音を立てて竜を止めると、そのまま勢いよく滑り降りた。
「カルロス殿下はどこに!」
驚いたことに、その声も姿も、ここにいる皆がよく知っている少年のものだった。
「ジャスパーではないか。いったいどうした」
肩で大きく息をするジャスパーは砂埃まみれで、はしゃぐカルロス王子の侍従として、静かにやるべきことをしていたウェスターでの旅の姿とは似ても似つかないものだった。
何なによりその必死の表情が、緊急事態を物語っていた。
「助けてください……。助けて……」
そしてカルロス王子にすが縋り付くと、そのまま崩れ落ち、意識を失った。
「ぼっちゃま!」
同行していた護衛とも従者ともわからぬお年寄りが、倒れたジャスパーを抱え起こした。
「どうした、何があった」
かがみこんでジャスパーに手を伸ばすカルロス王子に、息を切らした従者がなん何とか言葉を絞りだした。
「山火事が、ふもとの町を呑み込んで……」
ネヴィルの人たちのほうから、ひゅっと息をのむ音がした。
私は虚族が出るファーランドにまたがる山のほうに目をやった。
平原が多いとはいえ、山も近いネヴィルでは山火事は他人事ではないのだろう。
ひとたび起これば、鎮火するまで山を焼き尽くし、風向きによっては平地にも火を飛ばす。
雪が降るとはいえ、乾燥した今の季節に起こりがちだ。
従者にカルロス王子の声が矢継ぎ早に飛ぶ。
「消火は!」
「自然鎮火しましたが、領民が多数焼け出されており……」
鎮火したという話に少しだけ胸を撫で下ろす。
「領都はなんと?」
「連絡済みですが、まずは自領でなんとかせよと……」
既に鎮火をしているなら、あとは領主中心に再建していくべきなのは別におかしなことではない。
「ですが、虚族が」
息を継ぎながら従者から出てきた次の言葉は、思いもよらないものだった。
「夜になると、焼けた山から、通常ではありえないほどの虚族が湧き出してきて、対応が間に合っておりません。ハンターをかき集めようにも、町が焼かれたゆえ夜を過ごす場所がない。領都はもはや頼れず、他領にも使者は出していますがすぐには助けは来ず、夜をおびえて過ごす日々で、領民は疲れ果てております」
思わぬ事態に頭が働かないが、とにかく今は一言一句聞き逃さないことが大事だ。
私は黙って耳を澄ませる。
「ぼっちゃまが、ジャスパー様が、カルロス殿下ならなん何とかしてくださると、キングダムとつながりのあるカルロス殿下なら、民を見捨てたりはしないとこうして」
従者はぎゅっとジャスパーを引き寄せた。
「跡継ぎとして、残って指揮をすべきだったのかもしれません。ですが、住民を避難させようにも、昼の間だけでは遅々として進まず、助けを求めても意味がないというお館様の反対を押し切って飛び出し、夜を徹して駆け続けてきたんです」
私はおじいさまのほうに目をやった。
「まず、やすまないと」
「ああ、そうだな。従者殿、歩けるか」
「私は、はい」
「では私の後ろから付いてこられよ」
おじいさまは自らジャスパーを背負うと、
「誰か! 竜を休ませよ」
と声を掛け、スタスタと屋敷に入っていった。
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活動報告に書影乗せてます。




