お母様の絵
空いた時間にマールライトを変質させ、その変質させたマールライトで、ラグ竜が入る大きさの小さい結界箱をネヴィルの魔道具師が急いで作り、次の日はお父様は兄さまを連れてラグ竜で自由に草原を駆け回った。
護衛たちは護衛たちで、粛々と虚族を斬る訓練を続けていたが、もはやお父様も兄さまもそれを見ることはなく、見えなくなるのではないかと危ぶまれるくらい遠くまで駆けて行く。
置き去りにされた私は少し寂しかったが、いったん戻ってきたお父様が、ちゃんと竜に乗せて連れて行ってくれたので、よしとする。
そんな訓練の日が三日続いたら、いよいよ誕生日会だ。
といっても、兄さまの誕生会に合わせて、私も繰り上げて祝ってもらうので、実質はまだ三歳なのであるが。
お誕生日のお祝いは、家族と使用人が集まった、こじんまりとしたものだったが、ごちそうと笑顔が絶えない温かいものだった。
ネヴィルならではの温かい冬服や、私が欲しがっていたかわいい明かりの魔道具などがプレゼントとして並べられ、もっと大人っぽいプレゼントをたくさんもらった兄さまと共に、満面の笑顔だったと思う。
「では、これが今回のプレゼントの目玉だよ」
おじいさまの合図で、隣の部屋から、布のかかった薄い板のようなものが運ばれてきた。それは私の前の、椅子に立てかけられた。
「そーれ」
パッと布が外されると、そこにはハルマチグサを抱えて微笑むお母様の姿があった。
「これ……」
階段のところにある絵と同じ構図だが、まるでお母様のところだけ切り取られたように見える。
「これを描いた絵師がまだ仕事をしていてな。同じ構図で、もう一枚小さい絵を描いてくれないかとお願いしたんだ。クレアの娘にやるのだと言ったら、喜んで描いてくれたよ」
よく見ると、階段のところの絵と比べると、お母様の姿はだいぶ小さく、心なしか大人っぽい気がする。
「何歳か年を取らせてくれとな。嫁いだ頃と同じくらいだろうか」
いつの間にか、自然と絵の前に座り込んでいた私の右に兄さまが、左にお父様が膝をついている。
「私の知っているクレアお母様そのものです」
「ああ。確かに、リアがお腹の中にいた頃のクレアと同じ顔をしている……」
見あげると、お父様も兄さまも優しい顔で、クレアお母様の絵を見ていた。
「みんなでみられるところに、かざってもらおうね」
これからはお屋敷でも毎日お母様に会えるのだ。
「いいや、これはリアの部屋に飾りなさい」
お父様が、少し微笑んで私を見下ろしている。
「そうですよ。私はこの目で、クレアお母様の笑顔を何度も何度も見ています。この絵の笑顔は、リアだけのものですよ」
「うん。ありがとう」
絵の中のお母様が、ぼやっとにじんで曖昧になる。
「おじいさま、おじさま、おばさま、ありがとう」
なぜだか順番に抱っこされてしまった私である。
お父様が王都に帰る日が、もう明日に近づいていた。
「お父様、忘れ物はない?」
「ない。ラグ竜はここにあるし、あったかポシェットはここだ」
お父様は腰とお腹をぽんぽんと叩いてくれた。
いや、大事なものは他にあると思う。
「あとはリアとルークくらいだが、持ち帰るわけにはいかないしな」
違うでしょと突っ込みたい私である。
「ハハハ。ディーンが冗談まで言うようになったとは。進歩だな」
「冗談ではありませんが」
「ん。ん、そうか」
おじい様がごほんと咳払いして何かをごまかした。
お父様と一緒に護衛の半分は王都に戻っていく。
結構な人数が出発しようとした時、王都の方面に何かの影が見えた。
何かと言っても、街道を来るのだから、おそらく商人だろう。
「すれ違えはするが、もう少し待つか?」
相談しているうちに、その影はどんどん大きくなってきている。
「ずいぶん急いでいるようだが、おや」
一行から一頭、ラグ竜に乗った誰かが抜けてきた。
お屋敷の前に滑り込むように走って来て竜から降りた人は、お父様の前でそのまま片膝を付いた。
「私はファーランド王子、カルロス殿下からの使者です。オールバンス侯においては、今しばらく出発をお待ちいただきますようお願いいたします」
どうやら、まだ遠くにいる竜車はカルロス王子らしい。
「断る」
お父様は一言だけ口にすると、さっさと竜車に乗り込もうとした。
「本当に申し訳ありませんが、カルロス殿下王子がランバート殿下からの書状を持っておりますので、どうか、どうか」
使者はその場でできる限り頭を低くして、お父様に待つようお願いしている。
「ランバート殿下が」
お父様は舌打ちせんばかりだったが、さすがにカルロス王子のわがままだけではないとわかれば、待たざるをえない。
兄さまも心配そうだ。
「とはいえ、お父様。さすがにこれ以上、王城から離れて過ごすわけにはいかないのではありませんか。滞在日数はギリギリでしたし」
「交換の魔石に時間の余裕がないわけではないが、運用の初期段階から無茶をするわけにはいかないからな。だが、その責任者であるランバート殿下からの書状だ。仕方がない」
その場で書状を読んで、用は済んだとそのまま出発してしまっていいものかどうかわからないので、いったん屋敷の中で待機ということになった。
「やあやあ、お待たせして申し訳ありません。小さい結界の魔道具はやはり許可できないと言われてしまいました」
いくらここがネヴィルだとはいえ、そんなことを大声で言いながら屋敷に入ってきたカルロス王子は、秘密を守るということからいえば既に不合格である。
「許可されないだろうということはわかっていたはずですよ。せっかく来たキングダムですから、もう少し王都でゆっくり過ごされるかと思っていたのですが」
「いやあ、もしかしたら、ということがあるかもしれないじゃないですか。挑戦して損はないでしょう」
許可されなかったと、兄さまに笑顔で答えるカルロス王子を、これ以上放置しておくと何を言い出すかわからないので、お屋敷の応接室に場所を移し、まずはランバート殿下からの手紙を受け取ることになった。
お父様は手紙を受け取るとさっと目を通し、握りつぶそうとして兄さまに取り上げられていた。
「私が読んでも?」
「むしろルークが読まなければならない手紙だ」
お父様の言葉が不穏である。
なぜ私がこの場にいるのかって?
本来なら、大人の話には首を突っ込まない私だが、お父様が残る以上、少しでも一緒にいたいではないか。大人の事情など知らぬふりで、当たり前のような顔をして付いてきていたのだ。
兄さまは手紙にさっと目を通し、もう一度読み返すと、私に手渡してきた。
「リアがよんでも?」
ちょっと大人ぶってみる。
「ふざけていると、読ませませんよ」
兄さまのまねをしたらメッされたので、私は真面目に手紙に目を通すことにする。
手紙の内容は、思いがけないものだった。
カルロス王子がファーランドに帰るにあたって、兄さまに同行してほしいというものだ。そしてファーランドの王家に、四侯として表敬訪問してきてほしいと書いてあった。
理由は、四侯はウェスターの王家を訪ねたことはあっても、ファーランドの王家を訪ねたことはないからだそうだ。
しかも、まだある。
「ニコとマークがあとからくるから、ごうりゅうしていっしょに? ニコはともかく、マーク?」
驚いて思わず声をあげてしまったではないか。
「なお、オールバンスこうがゆるすのであれば、すえのむすめをどうこうさせてもかまわない」
本来は手紙の内容を読み上げるべきではないのだが、つい最後のところを読み上げてしまった。
これでは守秘レベルがカルロス王子並みである。
もっとも、部屋の中にいるのはお父様と兄さま、カルロス王子。それからおじいさまとおじさまだけだから、問題はないと思う。
「私が王都に帰ってしまえば、決定が遅れるから、ネヴィルにいる間に決めさせてしまおうということか。やっかいな」
お父様の言葉には不愉快さがにじみ出ているが、私から手紙を回収すると、カルロス王子に一礼した。
「この場ですぐに答えが出せることではないので、家族だけで少し時間をいただけますか」
「もちろんです。ルーク殿とリーリア殿とは、ウェスターでの旅仲間です。気兼ねなくお任せいただけると嬉しい。ですが」
カルロス王子が、珍しくためらいの色をにじませる。
「ルーク殿とリア殿には無理をさせることになる。マーカス殿とニコラス殿下が同行するのですら、予定外のことですから。ランバート殿下には、カルロスがそう言って、同行を断ったと言ってもらえれば問題ないでしょう」
私はお父様とカルロス王子が話している間ずっと、二人を観察していた。
本来のカルロス王子なら、ここで私たちに配慮するより、状況に流されて連れて行くほうを選ぶはずだ。
だが今のカルロス王子は少し目が泳いでいて、とても言いにくそうに言葉を選んでいるのが分かる。
つまり、本当はマークとニコが来ることさえ迷惑で、ましてや兄さまや私には付いてきてほしくないということなのだろう。
「お気づかいはありがたいが、カルロス殿下」
お父様はぴしっと言い返した。
「答えをすぐに出せないなどと、誤解を与える表現を使ってしまって申し訳ありませんでした。オールバンスがキングダムの臣である以上、王命には従います。したがって、ルークとリアが同行することは決定であり、時間をいただきたいのは、家族として少し話したいことがあっただけです」
「そ、それはもちろんです」
お父様は軽く頷くと、おじいさまのほうに体を向けた。
「お義父さん、すみませんが、どこか話せる場所を貸してください」
「ああ、このままここで話すといいよ。カルロス殿下はすぐに休まれた方がいいから」
おじいさまはカルロス王子の体調隊長を気遣って別のところへ連れていくようだ。
「今日は朝早くからお疲れのことでしょう。まずはこちらで温かいものでもいかがですか」
「助かります」
本気でほっとした様子のカルロス王子がおじいさまとおじさまに連れられて部屋を出ていったとたん、お父様はソファにどさりと音を立てて座り込んだ。




