おじいさまのお屋敷
更新再開です。
当分、月曜日と木曜日に更新予定ですが、
うっかり忘れた時はごめんなさい。
「おかあさま、きょうもきれい」
私は階段の踊り場に立ち、飾られているお母様の絵を見上げていた。
白いハルマチグサの花束を抱えたお母様は、早春の草原の風におくれ毛をなびかせて微笑んでいる。見る人によって、はかなげともいたずら好きの妖精のようだとも言われる不思議で温かい肖像画である。
優しい瞳と髪は温かな茶色で、紫と金色の組み合わせの私とは全然違うのがちょっと悲しい。
でも、よく見ると顔の作りはそっくりである。
「いたずらでお転婆なところが特にそっくりです」
とは兄さまの感想だが、
「クレアのどこに、いたずらでお転婆なところがあった? ひたすらに愛らしく優しい妻であったというのに。そんなところがリアにそっくりだ」
というのがお父様の意見である。
出産と同時に亡くなったお母様のことを私は何一つ知らないけれど、兄さまとお父様と、どちらも正しいのだと思う。
お父様に恋をしたお母様は、きっとお父様に甘く優しかっただろうし、自分のお転婆なところは隠していただろう。
一方で遠慮して距離を取りがちな兄さまの心をほどくためには、お転婆でいたずらなところを前面に出していたに違いない。
人付き合いが好きではなく、少々面倒くさい性格のオールバンス家に生まれたけれど、私は、人と会うのが好きだ。
会って話をして、仲良くなれば、その人がそばにいなくても、その存在を身近に感じることができるからだ。
「よっと」
「あっ」
階段の踊り場で、こんなふうにいきなり片足で立ったとしても、誰も見ていないから問題ない。
だが、ナタリーが支えようと後ろで手を構えており、ハンスがやれやれと頭を横に振り、兄さまが叱ろうかどうしようか悩みつつ、片足で立つ私がかわいいと身もだえているのを知っている。
お父様なら、
「リアは活発でよい」
とニコニコ眺めているかもしれない。
「あっ」
という声が聞こえたような気がするが、それは錯覚である。
朝の忙しい時間にもかかわらず誰もいないからだ。私とお母様が二人きりでいられるように、気を使ってくれているのだと思う。
「おかあさまはどうおもった?」
私は片足でバランスを取りながら、絵の中のお母様に話しかける。
「ようじにはうんどうがたいせつだもの。いっぱいからだをつかってあそんでいいのよ。でも、かいだんにはきをつけて」
きっとこう言うに違いない。
「はーい! リアはいつでも、あんぜんだいいち」
「そうだったらどんなにありがたいことか」
今の声は、きっと私の頭の中のハンスが言ったことだ。
階段の下で控えていたりなんてしないのである。
だから今日も絵の中のお母様とお話して、ネヴィルの皆からお母様のお話を聞こうと思う。
そうして私の中にお母様が形作られていく。
そうすれば、王都のオールバンスのお屋敷に帰っても、きっと頭の中のお母様が話しかけてくれるに違いない。
「そうだよね」
そうに違いありませんよ、と、にっこり笑うのは、私の心の中のハンナだ。
記憶に残っていなくてもいいと思う人も若干名いるが、その人たちもまた、人生という鍋に一振りのスパイスを足してくれる存在であると思っている。
ただし、心の中で話しかけてくる必要はないとだけ言っておこう。
特に今は、おじいさまのお屋敷にいてとても忙しいのだから。
「リア、そろそろ朝ご飯にしないか」
「はーい!」
片足立ちなんてしていなかったかのような顔で、私はくるりと振り向いた。
誰もいなかったはずだが、いつの間にかおじいさまが、階段の下で手を差し伸べている。
タタタッと駆け下りて、その腕に飛び込めば、そのまま高く持ち上げられ、それからそっと抱きしめられた。
「大きくなったなあ、リアは」
昨日から何回も抱き上げているというのに、毎回そう言うのは、おじいさまだからだろうか。
「お義父さん、ご苦労様です。では、私が運びますから」
ここに、さっきまでいなかったはずのお父様の登場である。
「ディーンは家でいつも一緒ではないか。孫との時間を邪魔されては困る」
「仕事が忙しくて、家でも平日はリアを十分堪能できないのです。お休みの間くらい、父親が娘を独占しても問題なはずです」
「毎日一緒に、竜車で通勤していることくらい知っているぞ」
「そんなわずかな時間を数えられても困りますね。あっ、リア」
私はおじいさまの腕からもぞもぞと滑り降りると、そばに来ていたおばさまと手をつないだ。
不毛な争いは無視するに限る。
「グレイスおばさま」
「リアは私と行きましょうね。まったく、大人げないったら」
グレイスおばさまは、おじいさまの息子でお母様のお兄様の奥さんだ。
お腹が大きいので、抱っこはしてもらえないが、こうして手をつないでくれる。
「ダレンまで参加しそうになっていたのを、止めるのに苦労したわ。そして結局リアを勝ち取ったのが私というわけ」
ダレンとはお母様のお兄様、つまりグレイスおばさまの旦那様であり、私のおじさまである。
おじいさまとそっくりで、ワイルドだが優しさもうかがえる、辺境の男という感じの人だ。
そのダレンおじさまはお父様より年上だが、やっと子どもを授かったのだ。
つまり、私にとってはいとこができるのでとても楽しみである。
本当なら、余分な負担を掛けたくないが、運動したほうが体にいいのよとグレイスおばさまは。私たちを歓迎してくれて楽しそうに過ごしている。
「でも、ダレンにはルークが話し相手になってくれていたし、問題ないわ。最初はオールバンスの妖精かと思うくらい繊細に見えたけれど、どんどん頼もしいほうへ向かっているわね、ルークは」
お父様の前妻の子で、ネヴィルとは血のつながっていない兄さまも、私と同じくらいかわいがられている。
「それにしても、リアとルークのお誕生会に集中したいというのに、お客様が面倒よね」
「あれでもいちおう、おうじさまだから」
私たちがネヴィルに到着したと同時に、なぜだかファーランドのカルロス王子がやってきた。私と兄さまのお誕生会をまとめてやろうと意気込んでいたネヴィル家の人たちは、突然の訪問に四苦八苦である。
ネヴィルに連絡が来なかったということは、王都にも先触れなどしていないということである。
滞在の準備をしたり、その隙間に王都へ早竜を飛ばしたりと、ネヴィルの皆さんは大慌てだった。
「余計に面倒って感じだわ。キングダムの四侯や王族の移動がやりやすくなったのはいいと思うのだけれど、他国の王族までほいほい動かれちゃ、辺境にある領地は大変よ」
「おばさまがしょうじきすぎる」
そんなおばさまが大好きだなあと思いながら、つないだ手をぶんぶん振りつつ食堂に向かう。
朝食の席は客人とは別である。
カルロス王子には一晩ゆっくりと旅の疲れを癒してもらって、今日の昼に目的を聞く予定だ。
そういう名目で時間を作り、こちらとしても作戦を立てるのだろう。
「とはいえ、どうやらかの方たちはオールバンスが目的のようだが、偶然にしてはできすぎてはいないか?」
おじいさまが心配そうに私たち兄妹のほうに目をやった。
「王都の情報がファーランドに流れているのは確かでしょうが、カルロス王子がそこまで有能だとは思えません。偶然でしょう」
「にいさま……」
カルロス王子の性格は兄さまとは合わないようで、イースターの第三王子であるサイラスの事件の後始末で活躍したことを踏まえても、兄さまからの評価は低いままだ。
「偶然でないにしても、深読みしすぎたら動けなくなります。かの王子にたいしては臨機応変かつ、適当で大丈夫です」
私はこういう兄さまに慣れているから大丈夫だが、ネヴィルの人たちは驚いたのかあんぐりと口を開けている。はっとしてすぐに平常を装っているのはさすが貴族である。
「ルーク、その、適当というのは……」
ダレンおじさまは聞き間違えと思ったのか、兄さまに聞き返している。
「ああ、説明不足で申し訳ありません。それなりにちやほやして後は放っておけばいいということです」
「そ、そうか、うん。わかった。ディーンはどう思う?」
「ルークの言う通りでかまいません」
時間をとっての秘密会議だったはずが、朝食の合間の五分で終わってしまった。
「では、話を聞くだけ聞いてさっさと王都に送り出すか。あとは王族にお任せということで」
ネヴィルは実質、ダレンおじさまが中心に動かしているようで、おじいさまはニコニコと話を聞いているだけだ。
「さて、ルークとリアはさっそくラグ竜に乗るとするか」
「はい!」
「はい!」
広い草原に、たくさんのラグ竜。
寒いとはいえ、心躍る一日が始まりそうだ。
「転生少女は先ず一歩からはじめたい」も更新再開しています。
こちらは水曜日と土曜日更新予定です。




