ラグ竜のように温かい
本日13日、書籍10巻、コミックス9巻発売です!
コールターの屋敷を出発して最初の休憩の時のことだ。
いつもなら素早くお茶とおやつが用意されるはずが、なぜだかハンスとナタリーと並ばされて、大きい竜車の座席に座らされている。そして目の前には、兄さまが仁王立ちしている。お父様はひじ掛けに寄りかかって足を組み、静観の構えだ。
「さあ、きりきりと白状してもらいましょうか」
兄さまがハンスに厳しい目を向けた。
「ええと、何のことだかわかりませんが……」
目を泳がせたハンスの様子は、明らかに何かを隠していることがわかる。だが、兄さまの追及に一瞬でも耐えられるとはなかなかのものだ。
「今は旅の途中です。なぜ護衛のお前が、わざわざ魔道具屋に寄って、魔道具箱だけでなくマールライトまで購入したのでしょう」
「そ、それは」
お給料を払っている主である兄さまとお父様を取るか、実際に使えている主である私を取るか、悩んだだけでも合格としよう。
「それは私が!」
「それはリアが!」
私とナタリーは思わず顔を見合わせた。
「やはりリアでしたか」
なぜナタリーかもしれないとは思わないのか。
「今度は何をやらかしたのですか」
「やらかしてないもん。ちょっとじかんがあったから」
「昨日の夜ですか。ほんの一時間かそこら一人にしただけでこれです」
二時間くらいあったもんと言おうかとおもったが、叱られる量が倍になるだけなので黙っておく。
どう説明したものかと思っていたら、ナタリーがポケットから小さいラグ竜のぬいぐるみをおずおずと差し出した。
「これです」
「これは、四侯のしるし」
私は思わずずっこけるところだった。
「ちがうでしょ」
「そうでした、小さい結界袋ですね。私も持ってきていますよ」
今回辺境にも行くから、念のために持ってきてくれたのだろう。
「ん」
お父様がいきなり上着の裾をぺらりとめくった。
「おとうさま、それ……」
お父様は辺境でもないのに小さいラグ竜のぬいぐるみを身に着けていた。
なんとなく、一体感を感じてその場が和んだが、兄さまがそれをいつまでも許すはずもなく。
私は私で、どうしてナタリーがそれをポケットに入れていたのだろうと不思議に思った。朝にはマールライトを入れ替えると言っていたのに。
「ルーク様、これを持ってみてください」
「結界は発動していないようですが。うわっ」
兄さまはナタリーからぬいぐるみを受け取ると、声を上げて取り落としそうになった。
「これは? なんだか温かいんですが……。リア?」
だから、なぜナタリーに聞かないのか。
私の心の声を感じ取ったのか、ナタリーが代わりに説明してくれた。
「この中には、ユベールの新作、お茶を沸かす用の魔道具が入っているんです」
「ああ、あれですね。ですが、それなりに高温のはず。ぬいぐるみに入れて、しかもポケットに入れておくなどと、危ないにもほどがあります」
「ええと、その魔道具を、リア様がちょっとその、何と言いますか、工夫を加えまして」
兄さまの視線が私に向かったが、今度はハンスが代わりに応えてくれた。
「リア様が言うには、昨日、あまりにも寒かったので」
あまりにも寒かったなどとは言っていない。
「熱の魔道具を、温かいカップを持っているくらいの温かさにしたいからと、魔石から伝わる魔力の質を落とす実験をしたいと」
要するに、そういうことである。
「それで、リア様がマールライトの熱の伝わりをいつもの半分の変質にしたところ、ぽかぽかと温かいだけの魔道具ができたというわけです」
「ふむ。貸してみろ」
お父様が兄さまからぬいぐるみを受け取った。
「ふむ。確かに温かい」
「はい! リア様から預かって、どのくらい温かさが持つか試していたのですが、朝になっても温かいままで、ついついそのままポケットにいれてしまい……。リア様には朝に、元の魔道具に戻しておくよう言われていたのですが、もったいなくて」
「それで、どうだった?」
私は身を乗り出した。
「ポケットにぬくもりがあるだけで、体全体がぽかぽかと温かく、いつもより寒さを感じませんでした! これはとてもいいものです」
ナタリーは叱られていることも忘れて熱く思いを語っている。
「そうですか。ではなぜハンスは、わざわざ魔道具を?」
「そのですね。どうせ体を温めるもんなら、べつに小さくなくたっていいんじゃないかと思いまして。そこらへんに売っている魔道具で置き換えできるんなら、実験し放題だなあと」
「よくわかりました。三人共犯ということですね」
ここまで来たら、あきらめるしかない。
「はい」
「はい」
「はい」
私たちはおとなしく罪を認めた。
「いいですか。これは仮にも熱の魔道具です。万が一にもリアにやけどをさせるようなことがあるものを安易に実験に使わせてはなりません。どうせリアが言い出したこととは言え、それを止めるのも侍女と護衛の役割でしょう」
「はい。申し訳ございませんでした」
「はい。うかつでした」
兄さまの言うことももっともである。
「お父様からも何か言ってやってください。お父様?」
「ああ、うん」
お父様はラグ竜を両手で包み込んで、ぼんやりしていたようだ。
「これはいいものだ」
「そうですよね! ご当主様、これはいいものです!」
ナタリーが珍しくにこにことお父様に同意している。
「お父様!」
「ルークが代わりに、言うべきことを全部言ってくれたから、私が何か言う必要もないだろう?」
「それは、そうですが」
穏やかなお父様に、兄さまの勢いが落ちていく。
「一晩中抱えて眠りましたが、やけどをするほど熱くなることもなく、程よい温かさが続いています。私は冷え性なので、お屋敷の中でも普段使いしたいほど、ありがたいものなのです」
私は子どもだから冷え性とは無縁だが、冷え性のつらさはわかる。
「リア」
お父様はぬいぐるみをナタリーに返すと、改まった声で私を呼んだ。
「はい」
私も背筋をぴっと伸ばす。
「小さい結界箱はニコラス殿下。それよりも小さい結界袋はリア。いつかはユベールもできるようになるかもしれないが、現時点ではこれは二人にしかできない。ゆえに量産できない。これはわかるな」
「はい」
「量産できないことが悪いのではない。リアにもニコラス殿下にも無理をさせたくないのだ」
「わかる」
だから、小さい結界箱のことは身内だけでとどめてくれている。
「では、今回のこれはどうしたい?」
私の魔道具の開発については、いつも兄さまにどうするか決めてもらっていた。それを進めてよいか、駄目か、どう使うか、秘密にするか、公開するか。
私は興味の赴くままに実験を重ねればよかったから、どうしたいか聞かれると少し困ってしまって、兄さまのほうをちらりと見たが、兄さまはそっぽをむいていて目を合わせてくれなかった。
仕方がない、自分で考えよう。
私は少し黙って頭を巡らせた、
お父様や兄さまが心配しているのは、もしこの魔道具に人気が出たとしたら、私しか変質させる人がいなくて、使いつぶされることだと思う。そうならないように、屋敷の人だけにほそぼそと提供するのが一番楽だし、感謝されて一石二鳥だろう。
ナタリーのほうを見ると、叱られたというのに、ラグ竜のぬいぐるみを返してもらってほわほわとした顔をしている。
本来私に関しては心配性のナタリーとハンスが、私を止めずに協力してくれたのも、この魔道具にとても魅力があるからだと思う。
では、この魔道具は量産できるだろうか。
結界のマールライトに変質させられる魔道具職人は少ないが、熱のマールライトに変質させられる魔道具職人はそれなりにいると聞いた。
私は昨日の変質をおさらいしてみる。
結界の変質は、そもそも結界の質を体感していないとできないし、マールライトを変質させるのにもとても時間がかかる。
だが、明かりや熱の変質はそれほど時間もかからないし、自分の師匠に当たる人が用意してくれたマールライトの見本をおぼえ、なぞる力があればよい。
では、カイロの変質はどうか。
時間も短くて済んだし、同じものをすぐにいくつか作ることができた。つまり、熱の変質ができる魔道具職人なら、カイロの変質もできるはずだ。
「あったかラグりゅうのへんしつ、たぶん、リアじゃなくても、キングダムのしょくにんならできるはず」
「ほう。それで?」
なかなか手厳しい。
「リアがマールライトのみほんをつくって、しょくにんがまねできたら、リアとにいさまのしょうかいでりょうさんかする」
「ふむ。ルーク、どうだ?」
どうやらお父様からは合格が出たらしい。
「リア。本当に危険はないのですね?」
「いまのところは」
こればかりは、一度実験が成功しただけでは断言することができない。
兄さまは、腕を組んで少しの間、悩む様子を見せた。
それから腕をほどいて、お父様に笑顔を見せた。仕方ないですねという雰囲気を漂わせている。
「いけそうですか」
「久しぶりに、大きい案件になりそうだ」
それから二人そろって私を見た。
「ネヴィルのおじいさまの屋敷に、魔道具職人を呼ぼう」
「王都までは待てません。リア、やるとなったらやりますよ」
「は、はい」
思わず返事をしたが、展開についていけないというのが本音である。
「さあ、ネヴィル領まで急ぐか」
お父様が立ち上がった。
これから外に声をかけに行くのだろう。
「お父様、いけません」
だが兄さまに止められている。
「なぜだ?」
「確かに、リアの案件はおじいさまの屋敷から始めたほうがいいくらい、価値があるものです。でも、思い出してください。今回は何のための旅ですか」
「家族で楽しむための、旅だ」
お父様はそう言うとまた席に座った。
「あやうく仕事モードに戻るところだった。今回はルークとリアと、のんびり過ごすだけの旅なのに」
「いちおう言っときますが、護衛を辺境で訓練させるための旅ですよ」
ハンスが余計なことを言う。
「まあ、それはついでだ」
「ついでだったんですかい」
ハンスもさっきまで叱られていたとは思えないくらいいつも通りだ。
私は楽しくなって、窓の外に目をやった。
この道を来たのは三歳の私。
前回は、ウェスターからファーランドへ、そしておじいさまのお屋敷にお邪魔してから、この道を王都へと向かったのだった。
今思うと、あの時の自分は、心身ともに疲れ果てていた。
ギルが一緒にいてくれたけれど、頼みの兄さまは先に帰ってしまい、ニコの手前、疲れを見せることもできずに、元気に振舞っていたけれども。
人の悪意にさらされることも、人の命が終わるさまを目の前で見なければいけなかったことも、本当につらかった。何度夢に見たことだろう。
王都に戻り、ようやっと夢を見なくなったと思っていたのは自分だけで。
実際は、夢の中で深く深く自分の気持ちを掘り下げていたのだろう。
本当に、自分には何もできなかったのだろうか。
何かできることはなかったのか。
三歳の幼児の身で、いったい何ができただろう。
それでも繰り返し繰り返し問いかけ、やっと出た結論が、夢の中でサイラスの幼少期に戻ることだったのだ。
その後王都では、噂に振り回される日々にサイラスのことなどすっかり忘れていたが、風の吹き渡る草原を見れば、胸の奥がまだかすかに痛む。
魔石に魔力を補充し、時にはマールライトを変質させても、王都での生活は平和そのものだった。
噂に振り回されたとしても、温かい家族と友だちがいる毎日が、私を癒してくれた。
「さあ、リア。それでは出発しましょうか」
「お父様のお膝においで。魔道具などなくても、温かいぞ」
両手を伸ばせば、軽々と抱き上げられ、ぽすんとお父様のお膝に乗せられる。
「兄さまのお膝でもいいんですよ」
ハンスがさりげなく外に出ていき、ナタリーが定位置に座り直す。
その手には、小さなラグ竜のぬいぐるみがある。
この道を行くのは、もうすぐ四歳の私。
あの時、空っぽの心を抱えていた私はもういない。
「おじいさまのところへ、しゅっぱーつ!」
「キーエ!」
「キーエ!」
四歳の私の行く先は、小さいラグ竜のぬいぐるみのように温かいに違いないのだった。
(書籍10巻分、ここまで)
活動報告に書影あります!
これでまたしばらく、更新お休みになります。
来年になりますが、今度はまず一歩の更新です。




