お利巧な私
『転生幼女はあきらめない』
書籍10巻
コミックス9巻
12月13日発売です!
だが、なかなかお作法の勉強は難しい。
「問題はわかりました。リア様にはお手本がないのですね」
これはオッズ先生の言である。
「おてほん。おうちに、おんなのひといないから。いるのはナタリー」
「ナタリーは侍女ですから、一緒にお茶を飲むのも難しいでしょう。かといって、夏休み後の課題のために家庭教師を、などというのは早すぎると思われます。そうですね」
オッズ先生はしばし何かを思いめぐらせ、納得したのか一人頷いた。
「リア様は賢いのは確かですから、お茶会までの間だけ、クリス様のまねっこをして過ごすのはどうでしょう」
「クリスのまねっこ?」
オッズ先生から、まねっこなどというかわいい言葉が出てくるとは思わなかった。
「授業すべてではありませんよ。おやつの時間、いつもならリア様は、準備から片付けまでを率先して行いますが、それをやめて、すべてクリス様の後に行動するようにしましょうか。お茶の準備は今日のように殿下の侍女たちに頼みましょう」
ニコの侍女たちが嬉しそうに頷いた。自主的な幼児の私たちに付いていても、何もやることがないから普段は退屈なのだろう。
「クリスのまねっこをしながら?」
私はオッズ先生に確認した。
「そうです。リア様は、あれこれ言われるより、そのほうが早く学べるような気がしますのでな」
「はい! そうします!」
勉強と聞くとゆううつな気持ちになるのに、まねっこと聞くと途端に楽しくなる。オッズ先生も成長したものである。
その日の午後から、さっそくクリスのまねっこをしてお茶を飲んでみた。
自分も含め三人ともなぜだか笑い出して大変ではあったが、なるほどちゃんと見ると、椅子の座り方、カップの持ち方、置き方、すべてにコツがあるような気がする。
ゆったりと、優雅に。
そういえば、フェリシアが先生として来てくれていたころには、ちゃんとお手本として真似をしていたのに、すっかり忘れていた。
お菓子は一口ずつ。
「これがいちばんむずかしいかも」
「わたしは、おいしくたべるのが、かしを作ってくれたくれたりょうり人へのさほうだと思う。だから、リアのたべかたにもんだいはないと思うがな」
「ニコ殿下のその考え方こそが、本当の紳士ってもんです」
感心して思わず口を挟んだハンスは、ナタリーにおこられて部屋の隅に連れていかれてしまった。
だが、本当にその通り、ニコは生まれついての王族だ。
よくランおじさまのもとで立派に育ってくれたと思う。きっと、お母様が素晴らしいのだろう。
「リアたち、まいにちよくべんきょうしてるね」
夏休みが終わってから、忙しいが毎日充実している。
「ウェスターからかえってからはたいくつだったから、わたしは今のいそがしい毎日がとてもたのしいぞ」
「私もたのしいわ」
明日からも頑張ろう、そう思うのだった。
だが、次の日、私はお父様に屋敷に置いて行かれてしまって城には行けなかった。
「どうして! リアもいきたい! きょうもおちゃかいのれんしゅうがあるのに!」
「リア、すまない。理由は聞かないでくれ!」
私の言うことは何でも聞いてくれるお父様なのに、私を振り切るようにお城に出かけてしまった。
「どうして? リア、なにかわるいことした?」
呆然とする私に、ハンスとナタリーが、いきなり深く頭を下げた。
「申し訳ございません。私たちの報告のせいでございます」
「本当に申し訳ない。だが、俺の雇い主はご当主だ。城でのリア様の行動は、必ず報告することになっているんだ」
それは知っているし、昨日報告されて困ることと言えば、椅子に座り損ねて転んでしまったことくらいで、何の問題もなかったはずだ。
「リア、おちゃかいのれんしゅう、うまくいかなかったから?」
「リア様、違います! リア様が何かしたのではなく!」
いつもと違って動揺しているナタリーを止めたのはジュードだった。
「ナタリー。落ち着きなさい。ここで話していい内容ではないでしょう」
ナタリーははっとし、うつむいた。こんなに表情の変わるナタリーを初めて見たかもしれない。
そのナタリーと硬い表情のハンスを引き連れて、ジュードは私たちを温室に連れて行った。
「リア様も、落ち着いてくださいませ。いま、温かい飲み物をご用意いたしますから。ナタリー。ハンス。お前たちも、今日は座りなさい」
私は、自分が思っている以上にニコとクリスとの毎日を楽しく思っていたらしい。城に行けなくなるだけど、これほど感情が荒れるとは自分でも驚いた。
自分を落ち着かせるため、何も言わずお茶を待つ。
やがて、屋敷のメイドがお茶とおやつを運んできてくれた。
朝ご飯を食べたばかりの今、普段なら決して出ないメニューだろう。
「リア様は、お茶会の練習をなさっているとか。ポットには、リア様用にほんのちょっとだけお茶の入った湯冷ましが入っておりますよ。私がお注ぎしましょう」
私は、温室の丸テーブルに向かい、背筋を伸ばし、入れてもらったお茶を上品に持ち上げ、一口すすった。
「これは、おじいさまのところのやくそうちゃかしら」
「そのとおりでございます。初夏に収穫したものが、ちょうどいい具合に熟成されております。リア様に味わってもらえて、おじいさまもきっとお喜びでしょう」
「こんどおあいしたら、おれいをいうわ。ことしのおちゃも、とてもおいしゅうございましたって」
私は音を立てないようにカップをお皿の上に置いた。
「オッズ先生に、リア様はクリス様のまねっこをするようにと言われたのだと聞きました」
「そうなの。クリスは小さいけれど、ちゃんとレディなの」
「たった一日、たった一日です。リア様がクリス様のまねっこをして学んだのは。それなのにもう、リア様も小さなレディに見えますよ」
ジュードも席に着き、なんとなく話が弾む。
「ナタリーは、クリス様の小さい頃を知っているのだろう?」
「は、はい」
まだ硬い表情ながら、ナタリーもジュードからの話を受けて、返事をした。
「私がレミントンにいたのは、クリス様が五歳になるくらいまででした。ですから、今のリア様よりも少し育ったクリス様のことまで覚えております」
「どのようなお子様だったのだ?」
ナタリーはふっと表情をやわらげた。
「リア様よりずっとやんちゃで、お作法など放り出してわがまま放題でした。いえ、木に登るとか走り回るとかいう点では、リア様のほうがずっとやんちゃですけれども、なんといいますか」
私はちょっとぷんとした。やんちゃに勝ち負けなどない。クリスよりやんちゃな面があると嬉しそうに言われても、それは決して誉め言葉ではないとナタリーは知るべきである。
「お寂しかったのだと、かまってほしかったのかなと今なら思います。リア様から見ても小さなレディと言われるようになるなんて、クリス様もずいぶん成長したなと、昨日も微笑ましく拝見しておりました」
「そうか。私はほとんどお見かけしたことはないが、リア様の良いお相手なのだな」
「はい。それはもう三人、本当に仲の良いご様子は、私たちも見ていて本当に温かい気持ちになります。決して」
ナタリーはしっかりと顔を上げて、私と目を合わせた。さっきまでの動揺した姿はもうない。
「リア様にも、クリス様にも悪いところはございません」
「なら、どうしておとうさまは、リアをつれていってくれなかったの?」
「それは私が説明いたしましょう。私もお茶をいただいても?」
「どうぞ」
ジュードは私に合わせた、お茶の香りがほのかにする湯冷ましをおいしそうに飲む。
「昨日、クリス様がお城の噂話を話されたとか」
「うわさばなし? あ」
私にとって、昨日一番楽しかったのはお茶会のまねっこだ。だから忘れていたが、クリスが、お城の噂話を拾ってきて話してくれたのだった。
「リア様が、王子妃候補として噂になっているとか」
「そう。そうなんだって。おとうさまのうわさもきいたけど、ぜんぜんちがうことばかりで、おもわずわらっちゃった」
私は昨日の驚きを思い出して、一人クスクスと笑ったが、ナタリーもハンスも真面目な顔を崩さない。普段ならハンスが笑うか突っ込みを入れるかするところだ。
「ご当主は、その噂を重く受け止められたのです。そもそも、リア様がニコラス殿下の遊び相手として求められた時、ご当主は断ろうとしていました。一番の理由が、リア様を婚約者候補と勘違いされないようにということでした」
「さいしょからそうだったの?」
ジュードは重々しく頷いた。
「ご当主が何の意図もなくても、オールバンスである以上、深読みする輩は出てくるものです。王族に取り入ろうとしている、オールバンスの影響力を増やそうとしているとみなされるのは、ご当主にとって非常に不愉快なことなのです」
「でも」
私はうつむいた。
「せっかくたのしかったのに、またおうちでひとりは、いやなの」
「では、クリス様にこちらに来てもらうようにお願いしましょうか」
その提案にはすぐに首を横に振る。
「そしたら、ニコがさみしくなっちゃう。それもいや」
私が行けなくても、ニコのそばにはせめてクリスがいてくれる。
それが救いでもある。
「これほど純真な気持ちで過ごしている子どもたちを邪推するとは、周りの大人たちのなんと薄汚いことか」
「おとうさま、キングダムのためにがんばってるのに」
「本当にそうでございますね。ご当主はあまり人の噂など気にかけない方なのですが、家族のためには慎重にならざるを得ないのでしょう」
私ははっと顔を上げた。
確かにお父様は、監理局に何を言われても全く動じないし、なんならランバート殿下をはじめ王族にさえへりくだらない。いまさら他の貴族になにか言われても、なんとも思わないはずだ。
「リアのため。にいさまのため」
お父様が頑張っているのは、私たちが過ごしやすい国を作るため、大人になっても苦労しない国を作るためだ。そのためには、オールバンスが悪く思われてはならないと思っているのだろう。
そしてうつむいた。
行きたくても、今はお父様の言う通りにしていよう。
大丈夫、私にだって、夏休み後の課題がある。ナタリーや他のメイドたちと、特産のレースをそろえたり、クリスに話して聞かせることをまとめたりしよう。
「だめだ。やっぱりだめだ。俺がリア様を城に連れていきます」
「ハンス! こらえなさい!」
ハンスはジュードの言うことを聞かず、テーブルに手をついてガタリと立ち上がると、私の前に片足を引いてひざまずいた。
「リア様。俺が連れていきます。二人だけなら、竜車じゃなくて竜でも大丈夫ですぜ。そうすれば、町だって見放題だ」
「りゅうにのって?」
それは私を乗せた竜が大喜びに違いない。私はにこりと顔をほころばせた。
だが、ハンスは悲しそうに眉を下げた。
「ほら、その顔だ。一番最初に会った時も、リア様はそんなふうにお利巧に笑ってた。こんな静かな子どもがいるのかと思うくらいにな」
ナタリーも何かを思い出したかのように、口元に手を当てている。
「案の定、我慢してやがった。城に行くようになってからは、その後どんな大変な経験をしようとも、リア様の笑顔は曇らなかった。ついこの間まではな」
「幽霊騒動か」
ハンスを止めようと立ち上がったままのジュードが顔をしかめた。
「リア様を一人で屋敷に閉じ込めておくからそうなるんだ。誰に何を言われたっていいじゃねえか。どうせご当主は、自分のやりたいようにしかやらないんだから」
「その通りだ」
いないはずの声に顔を上げると、温室の入り口にはお父様が立っていた。
「おとうさま……」
「城の前まで行ったが、戻ってきてしまった」
いつもきちんと後ろに撫でつけているお父様の髪が数本ほつれている。よく見ると私の幽霊騒動の時と同じように、目の下にくまがあって、昨日一晩よく眠れなかったことがわかる。私はスピスピとしっかり休んでいたというのに。
「おとうさま、しんぱいさせて、ごめんなさい」
「どうしてリアが謝るのだ!」
お父様が走り寄り、そのまま私を抱き上げた。
もうすぐ四歳の私は、結構重いはずなのに、兄さまもお父様も軽々と抱き上げてしまう。
「城に着くまでもずっと、行きたいという、リアの声が頭に響いて、置いてきてよかったのかと繰り返し自分に問いかけるばかりでな。城に着いても、どうしても竜車を降りられなかった」
私の役割は、ニコの遊び相手だ。学院みたいに、正式に通わなければいけないところではない。
休みたければ休んでいいし、家の都合で休むこともある。
だが、今日のこれは違うだろうと私は思うのだ。
「人の目を気にするなんて、ご当主らしくねえ」
ひざまずいていたハンスが立ち上がった。
「最近になってやっと周りの人があんたの本性に気がついただけで、若いころから、いつだって好き勝手やってたじゃないですか。クレア様をかっさらってきた時、周りのことを考えましたか? クレア様が亡くなったときは、血を分けた家族のことさえ考えていなかったじゃないですか」
「ハンス! やめなさい!」
ジュードが厳しい。だが、ハンスはやめなかった。
「リア様が王子の婚約者扱いされたからなんだってんだ。違うなら違うと、堂々としていればいいじゃないですか。オールバンスが野心家だと思われたって、何が困るんですか。家族を幸せにしたいことは、野心でも何でもないでしょうか!」
ハンスの言うことは間違っている。お父様が家族を思うことは野心でも何でもないが、周りからそう曲解されて、オールバンスが不利になることはやはり困るのだ。
でも、嬉しかった。
ハンスが、私のことを考えてくれるのが嬉しかった。
「ああっ! リア様、泣かないでください!」
私の顔を見たハンスが両手をあわあわとさせて焦っている。
「リア、泣いているのか?」
「ないてないもん。あせだもん」
お父様は私の汗を隠すように、胸にぎゅっと抱きしめてくれた。
「私も今日は仕事は休みにする。ゆっくり考えたい」
「ご当主はほとんど休まないのですから、たまにはゆっくりしてくださいませ。これほど真面目に仕事をしている人に、陰口をたたく人の気がしれません」
それから、私はお父様と手をつないで温室をゆっくりと歩いた。
温室とはいえ、暑い季節は窓を開け放しているから、風がよく通る。
家で一緒にいるときは、お父様はだいたい仕事をしている。
私は仕事の邪魔にならないように、お父様のそばで静かに本を読んだり遊んだりしている。
こんなふうに、植物を見て、ぽつりぽつりと話をしながら、何もせず歩くなどという時間はなかったように思う。
穏やかな時間を過ごす中で、お父様が今朝のことを持ち出した。
「今朝は珍しく駄々をこねていたな」
「こねてないもん。リアのとうぜんのけんりを、しゅちょうしただけ」
私は口を尖らせた。難しいことだってもうぜんぜんすらすらと話せるようになった。
「めったにしないお願いくらい、聞いてやればよかったと思ってな。なぜ私はそれほどリアを城に連れて行きたくなかったのかな」
「しらなーい」
お父様の心は、お父様しかわからない。
「リアは、ニコ殿下と仲がいいが、泣くほど会いたかったか?」
私はじっくりと考えてみた。
「しろにいきたいっていったときは、ないてなかったでしょ」
記憶を勝手に改ざんするべきではない。だが、質問の矛先をずらすのも申し訳ないので、ちゃんと答えようと思う。
「ニコとクリスとは、とてもなかよし。おうちにひとりでいるより、ずっとたのしいから、おしろにはいきたい」
単純にそれだけである。
「でも、つごうでいけないなら、いけなくてもいい。なつやすみのまえも、そうだったでしょ?」
私は手をつないだままお父様を見上げた。
「そういえばそうだったな」
「どうしてかわからないままは、いやなの。それにね」
足元に枯れ草が一枚落ちていた。
「えいっ」
私はそれを蹴とばしてみる。枯れ草は、かさりと音を立てて少し前にひらりと落ちた。
「だれかになにかいわれたくないから、やめるなんて、リア、かっこわるいとおもう」
「かっこわるい……」
お父様は急に立ち止まった。
「お父様は、かっこわるいか」
「おとうさまらしくない」
お父様は、傲岸不遜で、人がどう思おうが気にしない。気にするのは大事な人のことだけ。それでも、誰よりも四侯としてキングダムの民のために尽くしている。
そんなお父様を私は尊敬しているし、大好きである。
「おとうさまも、にいさまも、リアも、よく『オールバンスだから』っていわれる」
「確かにそうだな」
お父様と顔を合わせて、フフッと笑い合う。
温室から外に出て、夏の終わりの空を見上げる。
私は大きく息を吸って、胸をはった。
「オールバンスは、オールバンス。どこにも、だれにも、はじることなし!」
「ブッフォ」
こんな時に、後ろで笑い出す護衛がいる。
「リア様、それ、『騎士と竜』のなかの、主人公の決め台詞じゃないですか」
「よんだばかりなんだもん! おしろにいったかいがあるってことでしょ!」
「ハンス」
「は、ご当主様。余計な口を挟んで申し訳ありません」
「ふん」
これほどふん、という声が似合う人がいるだろうか。私はお父様を感心して眺めた。
「おとうさま、かっこいい」
「かっこいいか。ふん、当然だ」
お父様は人の目を気にせず、威張っていたらいいのだ。キングダムにそれだけの貢献をしているのだから。
「言いたい放題言ってくれたものだ。これだから、私の若い頃を知っているものはそばに置きたくないのだ」
「俺を雇ったのはご当主様ですよ」
「ふん」
お父様はまた私と手をつないだ。
「ついでに庭も散歩しようか」
「うん!」
温室とは違う、さわやかな風が吹く。
「私としたことが、大事なことを見失っていたようだ」
お父様が空に話しかけている。
「じゃあ、リア、あしたからおしろに、いってもいい?」
「もちろんだとも」
朝の騒ぎは何だったのだろうというくらいに簡単に許可が出た。
それから、お父様から本当に聞きたかったであろう質問が来た。
「リアは、ニコ殿下と婚約したいか?」
「んー、わかんない」
私は庭の草を蹴り上げながら答える。したいとかしたくないとか、幼児が考えるべきことではないだろう。
「ニコはすき。でもクリスもすき。アリスターも好きだし、バートたちもすき。おおきくならないと、だれとけっこんしたいかわからない」
「それはそうだな」
ここでお父様と結婚する、と言ってあげたら、きっと天にまで昇るだろうが、それは言わない
。
だって、クレアお母様がいたら、きっとこう言うだろうから。
「ディーンは私と結婚しているからリアとは結婚できないの。リアはリアの大切な人を探しなさい」
私も空を見上げてクスリと笑った。
大人の思惑は関係ない。愛する人は、大きくなってから自分で決める。
余計な噂話に巻き込まれた私の一日は、お父様と過ごして大満足の日となった。




