リアの言いそうなこと
それからもう一日滞在して、海の町ニクスとはお別れだ。
その後もう一つ少し大きめの町に滞在したら、いよいよ私が襲われた狭い難所を通ることになる。
「あの時は、常に付いてくる気配があって、襲撃は予想できたが、今度は全然そんな気配はないから心配しなくていい」
ヒューにはっきりそう言われた私はすごくほっとした。あの時は結局は無事だったけれども、人を傷つける剣を実際に向けられたのは初めてだったので、とにかく怖い体験だったのだ。
「それでも十分に準備を調えるぞ。ここにも数日滞在して、在庫を確認しよう」
なんの在庫か気になったがそれは、ヒューに任せることにする。
しかし、ここでもやはり宿を探すのが大変だった。
「ここもローダライトの窓枠が壊されていると?」
「町にあるだけのローダライトでは足りなくて、今、トレントフォースとケアリーの両方に人をやっているところなんです。まだ戻ってきませんけどね」
それでも事前に手配の人を派遣していたおかげで、全員泊まれるだけの宿は確保できた。
「お使いの人は、先の宿を確保しなければならないと、急いで旅立ちましたよ」
先に移動してくれている人はとてもご苦労様なのだった。
「少なくとも二つの町がこういう状況なのは問題だな。これは兄上に報告して、調査してもらわねばなるまい」
もしかしたら自分自身が調査したいのかもしれないが、ヒューには私たちを西部で守るという使命がある。歯がゆくてもしっかり切り替えをしているようだった。
「この町の特産はウェリ栗だぞ」
「リアの大好物ですね!」
ヒューの言葉にニコニコと返事をしている兄さまは、だいぶ変わったと思う。
以前は、私とウェスターを結びつけるものをなんでも嫌っており、話を聞くのも嫌だという雰囲気だった。
だが、ウェスターも二度目で、しかも今度の旅は、偶然ではあるが、私の以前の旅を反対側からなぞるように進んでいる。私の旅を追体験していることが、兄さまに安心感をもたらしている気がする。
この町にも数日滞在して、いよいよ難所に出発する前の日の夜のこと。
ニコの実験が少しだけ成功し、すぐに変質が消えてしまった日からもう10日以上たつ。
夜の集まりは、その日の思い出を語らい、次の日に何を楽しむかを話し合う楽しい場になっていたが、ニコの実験についてはあの日以来特に話すこともなかった。
だが、この日はニコが胸を張った。
「この10日のあいだ、わたしはずっとマールライトのちょうせいをしてきた。さあ、バート。ラグりゅうにのって、ぴったりのおおきさかどうか、ためしてもらおうではないか」
腕を組んでニヤリとしているニコは自信満々だが、私も応援隊としてニコの隣で腕を組み、胸を張っている。
自信満々なのは、実はもう数日前に成功しているからなのだ。
ニクスの町を発つ頃にはもう、マールライトは安定した結界を作れるようになっていた。ただ、魔石だけはどうしても小さいもので発動することはできなかった。
それでも、今までの結界箱よりは手に入れやすい魔石で発動することができるから、実用的ではあると思う。
「アリスター、たのむ」
「承知した」
アリスターがうやうやしくニコからマールライトを、兄さまから魔石を受け取って、明かりの魔道具入れに納め、蓋を閉めた。そしてスイッチを入れる。
ふわんと立ち上がった結界がどこまで広がったかは、部屋にいる人たちの反応でわかって面白い。
「ん」
と言って胸を押さえたり身じろぎしたりする人が結界の範囲にいる人で、その人たちを不思議そうに見る人が結界が届いていない人だ。
「そして、工夫したのは箱じゃなくてこれだ」
アリスターはベルトみたいなものを出してきた。これは知らなかったので私も興味津々である。
「剣帯か?」
バートも身を乗り出してみている。なるほど、腰に剣を付けるための革の帯のようだ。
「剣じゃなくて、箱が入るようになってるんだ」
アリスターはバートの腰にベルトを巻き付け、箱をスポッとおさめた。
「これで腰を中心に結界が広がる。前は少し邪魔だけど、左右か背中のほうに固定すれば、ラグ竜にも乗れると思うんだ」
アリスターはバートと向き合ったまま後ろに下がった。
「一歩、二歩、三歩。ここまでだ」
そこが結界の境目だ。
「実際に乗ってみないとわからないところはあるが、その範囲ならラグ竜がすっぽり入る気がするぜ。しかも」
バートは嬉しそうにニコに顔を向けた。
「さっきからずっと消えてねえ。つまり、成功ってことだな」
「うむ。さすがわたしだ」
臆面もないニコの自慢に、ハハハとバートが明るく笑った。
「リアが言いそうなことだ。仲良しだな」
「しつれいでしょ」
言うべきことは言っておかねばならない。
そしてこの企画を始めた人間としての責任も果たさねばならない。
「まだよるにやったらだめ。まずはひるにやってみて」
「お、おう。それもそうだな」
私が注意しなければ、今すぐにでも外に飛び出すところだったに違いない。
「わたしはあすから二こめのじっけんをおこなう」
ニコがふんすと鼻息を吐いた。成功したらそれで終わりの人もいるが、ニコはそうではないようだ。
「それならね」
私はニコの耳元でこそりとささやいた。
「マールライト、にまいかさんまいもってやってみない?」
ニコはそんなことは思いつきもしなかったという顔をした。結界が重ならないようにと別々にやっているから、こういうすり合わせは大切なのだ。
「リアもさすがだな」
「ふふん」
腰に手を当てて胸を張る私を見てバートがまた噴き出した。
「さっきの意見を訂正しようかと思ったがやめた。やっぱりリアが言いそうなことだった」
「しつれいでしょ」
私はふふんとしか言っていないではないか。
さっそく明日から実験してみるというバートはワクワクを隠せないようで、なんとなく私も楽しい気持ちになった夜である。




