海
忙しくて更新ができませんできたが、通常ペースに戻ります。
夏休みに入るので、時々更新が抜けちゃうこともあるかもですが、またよろしくお願いします。
そこで、夜ぐっすりと寝た後、次の日の実験中に考えてみた。
一時間、結界の魔力を注ぎ続けると考えるといやになるのは、三歳児だから仕方がない。しかも、結界の大きさを想像しながらだから、頭がものすごく疲れるのだ。
だが、私は気が付いた。
そもそもマールライトには、魔力を注ぐのではなく、魔力を当てるというのが正しい。だからこそ、ニコも全然、魔力が減っていなかった。
「つまり、マールライトをてにもつか、ポケットにいれるかして、けっかいをはりつづければいいだけ」
実験に飽きてしまった私は、なにかいい方法がないかと考えた結果、出た答えがこれである。結界を張ること自体は、いろいろな経験をして慣れている。
この提案は、兄さまにもニコにも好意的に受け止めてもらえた。
「マールライトの実験は見られてもいいですが、リアやニコ殿下が直接結界を張るところは悟られないようにしましょう。それだけを気を付けて」
兄さまのアドバイスに従って、私はマールライトを左手に握って、竜車に乗っている時だけ結界を張ることにした。その間、おしゃべりしていても遊んでいても自由である。これでだいぶ楽になった。
「ではわたしは、リアがひるねしているときにやってみる」
「そうして」
もっとも、私が昼寝から起きてみると、そこには渋い顔の兄さまとギルが待っていた。
「どうしたの?」
「どうしたもこうしたも」
兄さまが悩み事があるかのように眉間の間を指で揉んでいる。
「おとうさまみたい」
「それは嫌です」
兄さまは無理矢理笑顔を張り付け、続けてこう言った。
「寝言というのは聞いたことがありますが、寝ながら結界を張るなどということは聞いたことがありません」
私も聞いたことがない。他人事のように聞いていたら、兄さまにあきれたように見られた。
「リアのことですよ」
「え、リア?」
どうやら寝たまま結界を張ってしまったらしい。隣で変質を頑張っていたニコの結界と共鳴して、一瞬結界が広がってしまったという。
「昼ですし、特に問題はありませんでしたが、びっくりしました」
「実験をやるのはいいけど、慎重に、慎重にな」
兄さまとギルに言われてしまったが、寝ている間のことはどうしようもないので困ってしまう。
「まあよい。わたしがリアのひるねのじかんにやらなければいいだけのこと。うまくいかなくてもいいのだからな」
ニコが自分に言い聞かせるようにそう言った。
「じっけんはおもしろいし、だいじだが、リアのひるねもだいじだし、あそぶこともだいじ。そうだな、リア」
「そう。おやつも」
私は竜車から首を伸ばして外を見た。お昼寝の後はおやつの時間のはずだからだ。
竜車を止めて、皆で集まり、草原の地面に直接座り、お茶を飲み、お菓子を食べる。
見てきた景色を語り合い、期待に胸を膨らませながら次に泊まる町の話をする。
結界箱の実験は、そのおまけである。
「明日には海の町に着くが、リア、アリスター。本当に大丈夫か」
ヒューが心配そうな顔で確認してきた。
海の町ニクス。
ハンター喰いの島に渡り、大怪我をしたカークを発見し、救い出した町だ。
頼まれて救い出したのに、ケアリーの町長がロクにお礼も言わずに立ち去るなど、あまりいい思い出がないと思っているのだろう。だがそれは半分正解で、半分不正解だ。
私はこくりと頷いてみせた。
「かいと、ジュースがおいしかった」
「確かにな。酒場のジュースはおいしかったよな」
アリスターも真面目な顔で頷く。
「お前らに繊細さを期待した私が馬鹿だった」
「いたい」
「いてっ」
仮にも四侯の子息子女に対してこぶしで頭をぐりぐりするとは何ごとか。
兄さまに助けを求めても見ないふりをされてしまう私であった。
「言っておくが、ハンター喰いの島には渡らないからな」
ヒューに念押しをされる。
「いかないのか!」
ニコが驚いてぴょこんと顔を上げた。どうやら期待していたようだ。
「ニコ。お前はリアに毒されている。王族は普通、そういう危険なところにはいかないものだ」
「しかしな。大きなさかなのきょぞくがいるというではないか」
「駄目なものは駄目だ。カルロスも駄目だ」
魚の虚族と聞いて目を輝かせているカルロス王子も駄目と言われてがっかりしている。ファーランドも海のある辺境なのだから、魚の虚族くらいいるだろうに。
クジラの虚族はバートが倒してしまったが、まだ大きい魚の虚族がいるだろうかと、懐かしさと貝の味に思いをはせる私であった。
そして次の日の昼過ぎのことである。
「ニコ、リア」
昼にはあまり顔を出さないヒューがやってきた。別に私たちに会いたくないわけではない。遊んでいる私たちと違って、旅の手配をしたり、行程の安全確認や旅の進み具合などを管理したりしていて忙しいからである。つまりもてなす側だからだ。
ファーランドに入ってからは逆に楽しませてもらうから気にしなくていいと笑っているので、そんなヒューに甘えて、全力で旅を楽しむことにしている。
「もうすぐ海が見えるぞ」
「ほんとか!」
ニコが背伸びをしたが、地面からでは見えないだろう。ニコはきょろきょろすると近くにいたバートに目を付けた。
「バート!」
「いいぞ。ほらよ」
バートはすぐに言いたいことを理解して肩車をしたが、そのくらいで見えるわけがない。
「クライド」
「ほいっと」
ちょっと背が高くなるくらいでは変わらない。
「キャ……」
「俺のことも最後まで呼ぼうな。どうせここからじゃ見えないぞ」
キャロが腕を組んで拗ねているが、ヒューは苦笑してニコに話しかけた。
「ニコ。これから竜車で丘を一つ越えたら海が見えてくるからな」
「それをさきにいってくれ」
ニコががっかりするのも無理はない。
私もなんとなく背伸びをしてみたが、草原の中の街道が見えるだけである。前回ニクスの町に行った時は、こちらのケアリー方面の道ではなく、海岸沿いに東に向かう道を通ったから、私もこの道の記憶はない。どうやら海に向かって緩やかに下っていくようだ。
竜車ではなく、ニコはバート、私はクライドの鞍に乗せてもらって、街道をゆっくりと進む。なぜ護衛のハンスではないのかって?
私の護衛のために両手をあけなければならないので、竜の上になど乗せてもらえない。
そもそも、今回の旅に関してはなぜだか責任重大だと思っているようで、ものすごくしっかり警護してくれている。最近あまり笑わないのでちょっと心配しているのは内緒である。
「さあ、この丘を登り切ったら海だぞ」
ヒューの声に期待が高まる。
道の先には空と草原しか見えていなかったはずなのに、きらっと光が反射するようになった。
「うわあ」
ニコが大きな声を上げる。
「いちめんのひかりだ。うみとは水ではなく、ひかりがたまっているのか?」
「そんなわけないだろ。あれは確かに水だけど、午後の日の光を跳ね返してキラキラしているのさ」
光の中に、しみのように黒く見えるのは確かにハンター喰いの島だ。その島の斜め向かいには、大きい漁村がしっかりと見えている。
やがて道をゆっくり下り始めると、日の光の反射が収まり、深い青色が見えてきた。
「あのあおいろのがうみか。めのまえがずーっとうみだ」
「そうだよ」
バートの答えにニコが嬉しそうに微笑む。
トレントフォースから戻ってくるとき、私も何度も海を見た。だが、こうして高いところから正面に海を見下ろしたのは初めてで、ニコと同じように、海の広さに胸がせいせいする思いである。
「ミルスこより大きいな」
「ミルスこがひゃっこくらいはいるとおもう。ね、にいさま」
兄さまのほうを振り向くと、兄さまは私が声をかけたことにも気づかず、まじろぎ一つせず海を見つめていた。
「そうか、にいさまもはじめてなんだ」
兄さまも年齢の割にはあちこち旅をしているほうだと思うけれど、いつも内陸部だ。そういえばこれが初めての海になるのだった。そっとしておこうとしたけれど、ニコが声をかけてしまった。
「ルーク、うみはすごいな! ミルスこよりずっとずっと大きいな!」
兄さまははっと夢から覚めたような顔をすると、珍しく満面の笑みを浮かべた。
「本当にすごいですね! 早く近くで見てみたいです!」
「そうだな!」
同じくらいの年なのにジャスパーが温かい目でこちらを見ているのは、海のある領地出身だからだ。そのせいか違いのほうが目に付くようだ。
「私の領地の海はもっと暗い青です。南の海は、同じ青でももっと明るく、緑色に近い気がします」
「ファーランドの海はまた別物なんですね。そっちも見てみたいなあ」
兄さまがそれに楽しそうに答えている。
「リアやアリスターにとっては懐かしい町だな。すぐに着くぞ」
海に行く前に、まず宿である。




