夜のお出かけ
つらいパートは前回で終わりです。今日から安心して読めます!
これで最後にすると言って何回泣いているのか。あの後反省した私は、言い訳しないで、子どもだから何度でも泣けばいいのだと割り切ることにした。我慢するから大泣きする羽目になるのだ。
アンジェはその後の追及に何も答えることはなかったらしいし、私に言ったことも、単なる恨みごとであって誘拐の証拠にはならないという結論であった。キングダムの結界を揺るがそうとした罪に比べたら、おまけのような扱いであったことにはちょっと納得がいかないが、だとしても償いがこれ以上重くなることはないのだろうし、もうどうでもいい。
実際、そういう結論になるだろうと思っていた私は、お父様のように悔しがりはしなかった。お父様は私がさらわれたこともだが、自分の見る目がなかったことも悔しいのだろう。だが、それに関してまで、私は思いやろうとは思わない。お父様が微妙にポンコツなのは確かなので、この先少しでも人を見る目が育てばいいなと思うばかりである。
そんな私だが、夏休みも終わりという頃になってようやっと町に出ることができた。しかも夜の町である。もうすぐアリスターたちが帰ってしまうので、しぶしぶとだが許可が下りたのだ。しかし、お忍びにしては人数が多い。
「にこ、どうちてここにいるの」
王子様がいたらそれは警備は厳重になるに決まっている。
「うむ。ちちうえがさいきん、ようやっともとのちちうえにもどってな」
それはそれで、好奇心が強すぎる人が戻ってきて迷惑だなと思う私は、ちょっと冷たい幼児だろうか。
「これからのおうぞくは、ひらかれたものでなければならぬとえらそうにいうから、それならばリアたちがまちにいくのにわたしもついていきたいと、すかさずおねがいしてみた」
「にこ、さしゅが」
そのタイミングで頼まれたら断れなかっただろうと思う。そして微妙にニコの父親に対する評価が下がっているような気がしないでもない。
ニコが付いてきたせいで護衛が多いため、せっかく庶民風のアリスターやバートたちと一緒にいるのに、目立つことこの上ない。ましてや夏の夜なのにフードをかぶっている幼児が二人もいるときては、注目されるのも当たり前かもしれない。
「護衛も多けりゃいいってもんじゃねえ。町中では数が多いと機動力に欠けるってのに」
「はんす、しじゅかに」
口うるさい護衛もやっと戻ってきてくれた。戻って来た時はさすがに疲れ果てて、軽口をたたく余裕もなさそうであったから、こうしてぶつぶつ言えるようになったということはかなり回復してきたということなのだろう。
「ほんとのことでも、いっちゃだめでしゅ」
「リアのほうが厳しいよなあ」
がははと笑ったのはバートだ。そんなバートにハンスは興味深そうに挨拶している。
「あんたがバートか。話は聞いてる。俺はリーリア様の護衛、ハンスだ」
「俺はハンターだから、人を守ったりするのは苦手だけど、よろしくな」
「そうはいうが、その身のこなし、目の配り方、王家の護衛よりよほど……」
「しっ。しょこまででしゅ」
主として、護衛の失言は止めねばなるまい。私は腕を組んで胸を張った。
「ああ、リア様、そんなにそっくり返ったら倒れちまう」
「たおれましぇん」
まったく一言多いのである。
そうしていかにも怪しい一行は、夕方から待機し夜になるのを待っているところなのだ。
薄く残っていた日の光は次第に闇にのまれていくように思えたが、町の街灯が店の人によって一つ一つつけられ、夜の闇を追い出していく。ウェスターならそのころにはほとんど人影はなかったし、わずかに残った人々は追われるように足早だった。
「人が減らないどころか、むしろ増えてやがる。ほら、あそこの角を見ろよ。今から店を開くんだぜ。何度見ても背筋がひんやりするのが止められねえ」
バートの顔は恐ろしいほど真剣だった。映画を見ているような心持ちで町を眺めていた私と違い、バートやミル、キャロ、クライド、そしてアリスターもまじめな顔をして町を眺めている。
「けど、町行く人の顔を見てみろよ。俺たちの町の夕方と同じ、仕事が終わってほっとしている顔もいれば、ほら、これからみんなで集まって何かやるんだろうか、楽しそうな顔ばかりだ」
何度見てもと言った通り、初めて町に出てきた私とは違って、バートたちはしょっちゅう町に出ているようだった。辺境住みの人たちが王都まで来るのは本当にまれなことだ。ちょっとだけうらやましいと思ったけれど、この機会を十分に生かしてほしいとも思うのだ。
「ってわけで、俺たちは結構あちこち歩いてみたからな。今日はリアに付き合ってやるから、行きたいところを言ってみな」
バートに言われて、一生懸命考える。
「かんがえるまでもなかろう。てまえからじゅんばんに、たべものやをまわっていけばいいのだ」
「あんた、わかってるな!」
バートがハハッと大きな口を開けて笑いながら、ニコの背中をバンと叩いたものだから護衛が一瞬色めきたったが、私とハンスはうんざりと首を横に振るしかなかった。
「ちっかくでしゅ」
「なぜですか! リーリア様!」
私に聞かれてもちょっと困るのだが。
「ひとちゅ。たたかれてから、おおさわぎちてもおしょいから」
「ぐぬぬ」
「ふたちゅ。おちのびなんだから、いちいちさわがない。めだちましゅ」
私の言葉に護衛の人たちは居住まいを正した。
「はっ! たしかに。精進します」
「あい」
「「ブッフォ」」
いつの間にか、ニコを守るアドバイザーになってしまっているではないか。はい、そこ、笑わない。笑う人たちが二か所になって困ったものだ。ニコがそろそろいいかなという顔をした。
「では、まずあそこのいいにおいのするやたいにいってみようではないか。けむりがでているが、あれはたきびというものではないのか?」
いいタイミングである。ミルス湖で魚を焼いた時のことを思い出しているに違いない。やはり、野外学習は大事なのである。私は一人頷き、それから鼻をひくひくさせた。
「このにおいからしゅると、おにくでしゅね。いってみよう!」
「よし! いこう!」
ニコと手をつないで駆け出せば、その勢いにフードなどすぐにはずれてしまう。
「おや、お城の王子様じゃないかい」
「おつれは、なんとまあ紫の瞳だよ!」
たちまち正体はばれてしまい、遠巻きにだが大人気である。
「あーあー、リアがもうよちよちしなくなっちまって、俺たちはいったいどうしたらいいんだ?」
「手間がなくなって、前より一緒にできることがずっと増えるってことだろうが。ほんと残念な奴だよな、ミルは」
後ろでバートたちが何か言っているが、気にしない。
「ほら、やっぱりおにくだ!」
鉄板のうえで小さいお肉がじゅうじゅうと炒められている。しかし近づいたらかえって見えなくなってしまい、そのにおいだけが私たちを引きつける。
「おお! しかしどうやってたべるのだ」
「なんだい! ぼっちゃん、じょうちゃん。肉巻きが食べたいのかい!」
鉄板のむこうからのぞき込むようにして、下のほうにいる私たちに店主が声をかけてくれた。
「うむ。ちちうえがこづかいをくれた。これでふたつくれ」
ニコは満面の笑みで頷くと、慎重にズボンのポケットを探り、きらりと輝く大ぶりのコインを手のひらに乗せて背伸びした。
「金貨……」
ランおじさまのすることなどこんなものである。




