今年の夏は
【今までのあらすじ】
莫大な魔力でキングダムの結界を維持する四侯の娘として生まれたリーリアは、まだ一歳の頃にさらわれ辺境ウェスターに。しかし、リアを拾ったハンターに助けられ、二歳になる前にキングダムに戻ることができた。そこから王子の遊び相手として城や旅先で活発に楽しく過ごしていた。ところがイースターが城に攻め入り、王族と結界の間を確保。リアとニコ王子は宿敵第三王子の手から隠れ忍び、密かに結界を守ったが、ついに捕まる。しかし護衛ハンスの活躍でなんとか救出された。「じけん、おおしゅぎ」リアの三回目の夏が過ぎようとしていた。
私はオールバンスの屋敷で、自分の部屋の窓から遠くを眺め、小さな胸を痛めていた。あの事件があってから、ニコとの勉強会は休みになったままだ。
「はんす、げんきかな」
「もちろんですとも」
すかさず答えてくれたのはナタリーだ。
「あの体力バカに何かあるわけがありません。リア様もご存じの通り、ああ見えてお城の警備の誰よりも優秀なのですから」
ふんすという鼻息が聞こえてきそうだ。私の護衛とお世話係として苦楽を共にしてきた二人だ。私にはわからない結びつきがあるのだろう。私はうんうんと頷いた。
「リア様、何か誤解しているようですが、ハンスと私は純粋に仕事仲間ですからね」
「りあ、わかってりゅ」
「いえ、なにか誤解されているような気が」
ナタリーが何かぶつぶつ言っているが、私も本当はわかっている。心配しても仕方がないのだ。
今ハンスはたぶんイースターにいる。
城に簡単に侵入されて、王族を確保されてしまうほど弱いキングダムが、まさか自分から他国に攻め入るとはかけらも思わなかった。しかし、うやむやにしてはいけないことなのだ、どうしてもしなければいけないことなのだとお父様は言った。
第三王子が受けた命令は「王族と四侯を確保して、キングダムが結界に守られていることの脆弱さを民に知らしめる」「そのうえで、キングダムの王族と四侯の権威を失墜させていく」という、迂遠なのか馬鹿なのかわからない命令だったから助かったものの、もし命令が「王族と四侯を亡き者に」だったとしたら、キングダムはその時点で終わっていただろう。
そのくらい第三王子の作戦は鮮やかだった。王子宮と結界の間を乗っ取られて、さらに数日間の立てこもりを許したキングダムは、自分の国ながら情けなさすぎる。しかも主犯には逃げられているのだから。
そもそもレミントンがイースターに出奔した事件も、第三王子が実行したらしい。かわいいラグ竜たちが作戦に使われたのが切ないが、ラグ竜たちは群れの意識が強くて仲間のために動くことはあっても、人間の善悪の基準を理解して自ら動くことはない。
群れのリーダーが走り出したら一緒に走り出すだろうし、リーダーが城に突入したら一緒に突入するだろう。つまりラグ竜を導く人間によって良くも悪くも使われてしまう。
そしてそれを考えて実行できる力のある第三王子がいたからこそ、イースターが調子に乗ってキングダムにちょっかいをかけてきたのだ。
しかし、話はちょっかいをかけてきただけで終わるはずもなかった。キングダムの王族に手を出したということは、キングダムの民の命を虚族にさらしたということなのだから。
「もち」
「なんでしょう、リア様」
「なんでもない」
もし、イースターの作戦が成功して、キングダムの結界が一晩消えていたとしたら。
辺境との境界部だけが被害に遭うから、キングダムの中心部は被害を受けないと思ったら大きな間違いである。現にミルス湖は、結界の中にあっても虚族が発生していた。
「うぇしゅたーでは、そうげんにも、いまちた」
おそらくだが、岩がごつごつしているところなら、虚族はどこにでも潜んでいるのだと思う。だから、もしかすると城の中でも、あるいはオールバンスの敷地の中でさえ、虚族が発生した可能性があるのだ。
その場合の被害はと考えると、思わず背筋が寒くなるようだった。
民の怒りはキングダムの王家にも向くかもしれないが、イースターにも向く。そのことをイースターは想像しなかったらしい。
イースターが責任を押し付けようと思った第三王子は逃亡。
王都だけで起こったこの事件は、王都の民にでさえ詳しいことはわかっていなかった。ただ城のほうが大変だと思っていただけだ。だから、隠そうと思えば隠せた。場合によっては結界が張られなくなるという可能性を民に悟られるのはいいことではない。
しかし、王家はこれを公表し、イースターの凶行としてキングダムの民に広く知らしめた。同時に兵を集め、イースターに攻め入った。
あんなに仕事の出来ないと思っていた王族にしては素早い判断と行動だった。そして当然、力のあるものは集められてイースターに送られたというわけだ。王族救出の作戦を立て実行したハンスが連れていかれないわけがなかった。
「はんす」
「大丈夫です。圧倒的な戦力差だと、ご当主もおっしゃっていたではないですか」
「おとうしゃま」
実はお父様もイースターの国境際まで出ているので、お父様の心配をしなければならないのかもしれない。
「おとうしゃま、だいじょうぶなきがしゅる」
「大丈夫ですとも」
私の言葉にナタリーは力強く頷いた。
「きっと、いしゅにしゅわってる」
「リア様をお迎えに行った時のことですね。ええ、確かに草原に椅子を持ち込んで、足を組んで優雅に座っている様が思い浮かびます」
そうだ。夏の風に吹かれても涼し気な顔で座っているに違いない。
このイースターへの出兵に、ウェスターはキングダムへの全面的な協力を申し出た。イースターとウェスターはユーリアス山脈という大きな山脈に阻まれて、直接行き来することができない。交易はキングダム経由で行っており、つながりは弱い。ウェスターはキングダムとの関係の強化を選んだ。
そして少数とはいえ精鋭を派遣して、お父様につけてくれているという。
一方でファーランドは、イースターのやったことに遺憾の意を示しはしたが、自分の領地は関係ないとして静観の構えだ。
「これから、どうしゅる」
「リア様」
ナタリーが優しい口調で呼びかけた。
「先のことを私たちが考えても、誰の役にも立ちません。皆さん行った先で頑張っていらっしゃるでしょうから、私たちは私たちでここでちゃんと楽しく過ごしましょう」
「あい」
確かに私が心配してもハンスの役にもお父様の役にも立たない。まして国交について考えても仕方がない。
「よち、おしょとであそぶ」
「暑いから、帽子をかぶりましょう」
「あい!」
私は元気に返事をして、よいしょよいしょと窓から外を眺めるために上がっていた椅子から下りた。ナタリーはそれを黙って見守っていてくれる。グレイセスなら抱き上げて下ろしてくれるが、グレイセスもイースターに行ってしまっている。護衛隊は結界の外に出られないという決まりは非常時にはどうでもいいらしい。
「にいしゃま、かえってくりゅ」
「そろそろでしょうか。お迎えに出ましょう」
本来なら夏休みのこの時期、家にいるはずの兄さまはギルとマークと一緒に何やら飛び回っていて忙しい。それでもそろそろ帰ってくるはずだから、外で遊びながら帰りを待とう。
生まれてから三回目の夏も、平凡なものになりそうもなかった。
お久しぶりです……。やっと戻ってきました。
まだ不定期になるかもしれませんが、とりあえず更新再開です!
2021年もよろしくお願いいたします!




