奥へ奥へと
ここからしばらく緊迫した展開が続きます。人が死んだりしませんが、心配な方は、少しお休みして、何話かまとめてお読みください。
いつも遊んでいる広い庭には、誰も乗せていない竜がたくさんいた。しかし、それだけではなかった。
「へいがいる」
「殿下、お静かに」
ハンスが私たちを窓から見えないところに隠した。
「キングダム軍の兵じゃねえ。いったい何が起きている」
その時、ラグ竜の群れが走る音が、私たちがいつも竜車でやってくる方向から近づいてきた。
「止まれ! ここのはずだ!」
「だいしゃんおうじ!」
姿は見えないが、イースターの第三王子の声だ。
「第三王子? イースターか!」
「あいつか!」
ハンスとニコが私の声に反応した。
「しじゅかに!」
今度は私はハンスとニコを黙らせた。だが、すぐ反応できた二人はましなほうだ。ニコの護衛は、とっさのことに反応できなくて、ただ焦りを顔に浮かべている。
「ここは王家の跡継ぎが住まう城の奥、王子宮だぞ。まさか他国の兵が来るなどと」
「だが現にここにいる」
ハンスにぴしゃりとやられている。
私は、小さい頭で一生懸命考えた。いや、考えなくてもわかる。
「ねりゃいは、にこ」
「わたしか! リアではなく?」
ニコが驚いたように私を振り返った。確かにイースターの第三王子は私に執着している風を見せるが、わざわざ城まで来たとなると別だ。私は四侯の瞳を持つが、跡継ぎでも何でもないただの幼児なのだから。
「りあはかわいいだけ。だいじはにこでしゅ」
普段なら、かわいいと言った私にハンスの鋭い突っ込みが入るはずだが、今はそれどころではない。ハンスの指示は、ニコの護衛達に飛んだ。
「何があったか、何の目的かわからねえが、ニコ殿下とリア様を確保されるとまずい。城の中へ!」
「な、中と言ってもどこへ!」
「ちっ。俺は特殊部隊だから、城の中はそんなに詳しくねえんだよ。こういう時、避難する場所が決まっているだろう!」
「そんなものは」
「ないのかよ!」
私相手でなくても、ハンスの突っ込みは冴えわたるようだ。
私は頭の中に、隠れられそうなところを思い浮かべた。
「きのうえに、おんしちゅ」
「そりゃあリア様たちの秘密基地じゃねえか」
突っ込みは健在である。
「いや、それだ! 行くぞ!」
ハンスはうむを言わせず私を抱えると、城の中に通じているドアの取っ手に手をかけた。
「にこ!」
そして私の声に、ナタリー以外誰も付いてきていないことに気が付くと盛大に舌打ちした。
「お前! ニコ殿下を抱えてついてこい!」
護衛の一人に指示を出すと、護衛は慌ててニコを抱き上げた。
「お前とお前は上と城の内部に伝令! 残りは俺たちが中に入った後、家具を持ってきてここを封鎖だ!」
そう指示を出すと、ドアから城の中へ向かった。
「まだ内部にまでは兵は来ていないようだな。やはりニコ殿下を確保に来たか」
本来は私を守るため両手を開けておくはずのハンスが私を抱え上げながら、速足で歩いている。なぜか大きめのぬいぐるみを抱えているナタリーが小走りになるほど早い。いくつか角を曲がって、長い通路に出た。
「こっち側にまっすぐ行けば南の温室なんだが、まっすぐすぎるんだよな。ここで見つかったら手に負えねえ。まずい!」
敵か味方かわからないが、通路の別の曲がり角のほうから複数の人の足音がした。ハンスはとっさに近くのドアを開けて、私たちを中に入れるとそっとドアを閉めた。閉めたドアの向こうを人の走っていく音がする。
「あいつらがちゃんと動いていれば今王子宮のドアは閉鎖されているはずだ。今走っていったやつらが敵か味方かわからねえが、すぐに同じ道を戻ってくる可能性がある」
ここまで突っ走ってきたハンスは、この後どうするかと判断に迷う様子を見せた。
「このまま、けっかいのまへ」
ニコが護衛に抱かれながら静かに指示を出した。私も、ここの通路は記憶にある。マークと来た時、ここから複雑に入り組んだ道を通って、結界の間にたどり着いたはずだ。
「しかしニコ殿下。結界の間は行き止まり。逃げることのできない部屋です」
「みちをしらぬものがよういにたどりつくことはむずかしいばしょだ。それにほら」
ドアの向こうにまた別の足音が走り抜けていった。
「ちっ。今出るのはまずいか。となると、ここにこのままいるのは得策じゃねえ。殿下の言う通りもっと中にいくしかねえか」
「では私はここで」
ナタリーがハンスと私に向かって頭を下げた。
「なたりー?」
「私はメイドです。たとえイースターの兵に見つかっても、混乱して怯えていれば見逃してくれるはずです」
「すまないな、ナタリー」
「いえ。ハンス、それではお先に」
ナタリーは、ナタリーにしては精一杯の笑顔で私に微笑みかけると、ちょうど足音が曲がり角に消えたと思われるタイミングでドアを開けて外に出た。南の温室のほうに、ひそやかな足音が走っていくのがかすかに聞こえた。
「よし、ではこっちだ」
複雑なはずの道を、ハンスが次々にたどっていく。しかし、いくつめかのドアの前で立ち止まった。
「さすがに一回では覚えきれねえ」
というか、前回は道を知っていたように振る舞っていたが、実は初めてだったのか。あの複雑な道をよく覚えていたものだ。
「よい、はんす。ここではない。このみぎてのドアをあけよ」
「ニコ殿下、あんた……」
仮にも王子に向かって、あんたはさすがに駄目でしょ。しかし私は邪魔にならないよう、その突っ込みは心の中にとどめた。
「こないだきたときにおぼえた。すすむがよい」
どれだけ賢いのか、この王子様は。
ハンスはニコを信じて、指示通りまた次々と城の中に進んでいく。やがて、扉の前に二人の兵がいるところに出た。
「ニコラス殿下! なぜここにお連れした!」
今回の扉の護衛はちゃんとしているようだ。
「緊急事態だ。おそらく、イースターの軍勢が城の中に侵入している。外のラグ竜の数は多かったが、兵の数は不明。王子宮まで侵入してきたので、城の奥へと逃げてきたところだ」
「しかしこの先は結界の間しかないぞ」
「よい。そこにはいる」
ニコは護衛に合図をして、床に下りた。私もハンスの肩をポンポンと叩いて、床に降ろしてもらった。走りながら抱かれたままでいるのも、案外つらいものだ。
「ではハンス。あとをたのむ」
ニコの言葉にハンスは頷くと頭を下げ、私のほうを見た。わかっている。
「承知しております。ニコ殿下、リア様、俺は戻ります」
「待て! ハンス! 俺たちは護衛だろう! なぜお二人と分かれるんだ!」
ハンスの盛大な舌打ちが廊下に響いた。今日何回聞いたことだろう。
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