4巻サイン本企画記念ss「ハンスと私」
4巻用に書いたssなのですが、書いてみたら5巻の内容でした。もったいないので、4巻出ますよ記念としてここにあげます。本編の続きはまた来週に。
珍しくぽっかりと時間が空いた。
おじいさまのお屋敷で、今私は一人だ。
ニコは、アル殿下と一緒に、王族の用事とやらで別室にいる。
兄さまは、ギルと一緒に、ファーランドの貴族の子息と何やら話があるという。
子息の小さい子組のほうも、そっちに行ってしまった。
もっとも、それについてはやれやれである。
小さい男の子の相手など、二歳児に任せるものではない。しかも私はかよわい女の子なのだ。
私はここ数日の、小さい子の相手に少々疲れてしまっていた。
「ふう」
私は肩をすくめた。
「ブッフォ」
何も言っていないのに、なぜ笑うのだ、この護衛は。
おじいさまもおじさまたちも忙しそうだし、ナタリーでさえ、お屋敷で人手が足りないからと厨房に連れていかれてしまった。
だから私には、この笑いの沸点が低い護衛しか残っていないというわけである。
「いいじゃねえですか、たまには。リア様の側には人が多すぎなんですよ。そもそも一人で静かにしているのもお好きでしょうよ」
それでいて私のこともわかっているからなんとなく悔しいのだ。
「それでもつまらないのなら、俺が少し屋敷を案内しましょうか。たぶんネヴィル侯は何も言わないと思いますよ」
「しゅる」
のんびりするのも好きだが、せっかくおじいさまのうちにきたのだ。一応案内してもらったが、あちこち見てみたい。
ハンスはひょいと私を抱え上げた。
そんなことめったにしないのに。
「このお屋敷は、全部が味方みたいなもんです。でなきゃ、ナタリーを連れて行かせたりしませんでしたよ」
ナタリーが私を見て、必要なら抱っこし、世話をする。ハンスはいつでも私を守れるよう、両手を開けておく。
そうしてたいてい三人一組で行動しているのだ、私たちは。ナタリーがいない時点で、とても珍しいことなのだ。
「じゃあ、ディーン様の思い出巡りでもしてみましょうか」
「おとうしゃまの?」
私はハンスを見上げた。ハンスの抱っこは安定していて心地よい。
「ええ。何度ディーン様の気まぐれに付き合わされたことか。『ちょっと王都を出てくる』って、北の領地がちょっとですかね?」
「ええと」
たぶん違う。
「監理局に行程を放り投げて、許可が出ることを見越してさっさと旅立つんですよ。その時の特殊部隊の隊長だったことを、皆に憐れまれたなあ」
「とくしゅぶたい」
ちょっとかっこいい。私の憧れの目に、ハンスは苦笑して首を横に振った。
「ああ、特殊部隊とは、四侯の、王都の外の護衛部隊のことです。つまり、ディーン様のような人がいなければ、めったに仕事がない、だから特殊ってことで」
「ああ……」
ハンスがかっこいいとか、おかしいと思ったんだ。
「なんとなく失礼なこと考えてませんかね」
「べちゅに」
私は目をそらした。
「さ、玄関から行きますよ」
「あい!」
ハンスは玄関から外に出ると、少し歩いて立ち止まった。そしてお屋敷ではなく、お屋敷の向こうに広がる広大な草原と丘陵のほうを眺めた。
「たぶん、息苦しかったんでしょうね。北の領地に行くと言って出てきたのは、こういう景色を見たかったんだと思うんです。竜からひらりと降りると、お屋敷には入らず、いつまでもこうして遠くを眺めていたっけ」
「しゃむい」
「ええ、周りは大変でしたよ。早く屋敷に入ってくんねえかなって、正直思ってました」
お父様は時々迷惑な人になる。
こうして冬の風に吹かれて、何を考えていたのだろう。
「お待ちくださいませ! お嬢さま! お風邪を召されます、だったかなあ」
ハンスが懐かしそうに言葉を紡いだ。
「屋敷の扉が少しあいたと思ったら、茶色の小さい塊が飛び出してきて」
「ちゃいろ」
「それで、何事かと眉をひそめるディーン様にどーんとぶつかって来たのさ」
もしかしてそれは。
「そうさ、クレア様だ。驚いて、それでもしっかり自分を受け止めたディーン様をそれはキラキラした目で見つめると、急にがっかりした顔をしたんだ。そして、ディーン様の顔に手を伸ばして、おでこを、ふはっ」
うちの護衛はやっぱり笑いの沸点が低い。
「おでこをぺちっと叩いたんだ」
「おかあしゃま……」
何をやっているのだ。
「『眉間にしわがあると聞いていましたのに、ないではありませんか』って」
それを責められてもお父様も困るだろう。
「『それは私の知るところではない』『まあ、紫の瞳。きれいね』『お前は人の話が聞けぬのか』『寒いから、早くお屋敷に入って』『止めていたのはいったい誰だと』ふっ、ははっ」
ハンスの体から笑いが直接響いてくる。
「いっそ気持ちがいいくらい人の話を聞かなかったなあ、クレア様は。俺たちも普段振り回されているディーン様があたふたしているのが面白くてさ。いっぺんでクレア様が好きになったよ」
そんな出会いがあったとは。
「それじゃ、次は初めて二人でお茶をしたところに行きましょうかね」
「はんす、しゅごい」
「仕方ねえんですよ。王都を離れた四侯には、いつでも監視がついていなければならないんです。ディーン様も息苦しかったでしょうが、まるで俺たちがいないように振る舞っていましたよ」
「りあ、ちってる」
最初の頃のお父様がそうだったもの。
ハンスが私を優しく揺らした。
「だろうなあ。クレア様を失った時のディーン様の嘆きようと言ったらなかったものな」
「はんす、みたの?」
「ああ。葬儀まで、そして墓に入るまで見守ったからな。見守っただけですけどね」
グレイセスも同じようなことを言っていた。そうだ。手を出したくても、出してはいけない。手を出したくないところで、出さないといけない。
「はんす、ありがと」
「うん、なんだ、リア様。俺は別に」
「おとうしゃまをみててくれて、ありがと」
「うん。うん」
私を抱いている手が少し震えたような気がした。
「さ、じゃあ、先に進みますか」
「おちゃのばしょ!」
「その時ディーン様はな、ブッフォ」
きっとお母様も、ハンスのことを知ってた。
でもこんなにすぐ笑う人だとは知らなかったでしょ。
。
知ってたわ、って聞こえたような気がした。だって、ディーン様の後ろで顔色がころころ変わっているんですものって。
そうだよね、お母様。
ハンスは今はこうして、お父様と私の側にいてくれるよ。
「リア様、聞いてるか?」
「もちろんでしゅ」
そして、とってもおしゃべりです。
ハンスの話は、書籍の3巻の特別編に書かれています。護衛隊の特殊部隊隊長として、若い頃のお父様には振り回されっぱなしでしたという背景があります。
転生幼女4巻、7月15日発売です。そして、6月21日までに一二三書房の一二三ストアで注文すると、筆者のサイン入り書籍が届きますというフェアをやっています。送料かかりますが、もし興味のある方は作者の活動報告を見てみてくださいませ。




