たまたまです
コミカライズスタートです!
手紙は続く。
「イースターは本当に素晴らしいところです。フェリシアも、結界の受け継ぎ手としての責務から解き放たれ、毎日穏やかに暮らしています。ここでは四侯という肩書はあまり意味がないので、同じ年頃の若者と楽しく過ごすこともしばしばです」
嘘だ。私はギュッと手を握った。
そもそもフェリシアは警戒心が強く、四侯の子どもたちとですら打ち解けるのに時間がかかった。それに、ちゃんと四侯としての責務を考えていた。
本人が望んでイースターに行ったのならいい。幸せに暮らしてくれたらそれでいい。だが私の知っているフェリシアは、まずクリスを心配し、そして放棄したことになるキングダムの民への責任に思いをはせ、残された私たちにいずれ負担がかかるのではないかと不安な毎日を過ごすはずだ。
その悩みを消化するまでは、くつろいだり遊んだりするはずがない。
「クリスも、同世代の友だちと楽しく過ごしています」
レミントンがキングダムを出てからまだそれほど時間がたっていない。フェリシアもクリスも、混乱の真っ最中のはずだ。それに、クリスは決して友達を作るのが上手とはいえない。何もかもおかしい。
「四侯の子どもたちへ。幼い頃から結界を守る責任を背負い、息苦しさを感じることも多いでしょう。しかし、考え方を変えれば、頼りになる王家がいるのですから、四侯すべてがそろっている必要はないのです。自分の頭で考え、自分なりに民のために尽くせれば、それは必ずしもキングダムである必要はないと考えます」
四侯の子どもたちへと言っているが、これはキングダムの王家と、結界によって守られるキングダムの体制に対する批判である。
「レミントンのもとに身を寄せたいと思うのであれば、いつでも歓迎します。フェリシアとクリスも待っていますよ」
それは、主に私に対して言っているのだろうか。お父様の体に少し緊張が走った。
「また、レミントンの力が必要であれば、キングダムを訪れる準備はあります」
部屋には表情を変えるものは誰もいなかった。
「皆様のご健康とご多幸を祈って。アンジェリーク・レミントン」
サイラス王子は、手紙を丁寧にたたんで封筒に入れ直すと、数歩進み、一歩前に出たランバート殿下に恭しく手渡した。
「ご足労、感謝する」
ランおじさまが少し固い声でそう言った。
「いえ、私は一介の使者として参ったまでのこと。イースターの立場は単純明快です。レミントンが我が国に居を求めるのであれば、それを与えるのは当然のこと」
サイラスはあくまでレミントンが求めたことという立場を強調した。そして、私たちのほうに視線をよこした。
「もちろん、他の四侯がそうしたいというのであれば、いつでも歓迎いたします」
「お気遣い、いたみいる。ただし、レミントンにはこう伝えよ」
ランおじ様は表情を変えなかった。
「キングダムがアンジェリーク・レミントンの力を必要とすることはもうない。また、キングダムの安全を脅かしたという理由により、二度とキングダムの地に立ち入ることは許さぬと」
サイラスは一瞬虚を突かれた顔をしたが、静かに頭を下げた。おそらく、キングダムはレミントンが戻ると言ったら許可すると思ったのだろう。私もちょっと驚いた。
「四侯がどうするかは四侯にしか決められぬ。幼い者に甘いものをぶら下げるやりようには言いたいことはあるが、誘いたいのならば誘ってみるがよい。ちょうどここには、四侯の血筋を揃えているのだからな」
「余計なことを」
すごく小さい声だがお父様がつぶやいた。
「モールゼイには必要ない」
ハロルドおじさまがあっという間に切り捨てた。が、スタンおじさまとお父様は特に何も言わない。それを察したサイラス王子が、まずギルに尋ねた。
「ギルバート殿。ウェスターに行かれた時のように、まず我が国を一度訪れてはいかがか」
「サイラス殿。ウェスター滞在は短かったとはいえ、私の見聞を広げてくれました。キングダムの四侯として、将来の私の力になることでしょう。ウェスターには私の叔父もいることですし、また訪れたいと思います。いずれイースターにも、ファーランドにも訪ねていきたい気持ちはあります。その際にはお世話になることもあるかもしれません」
「我が国はいつでも歓迎いたします」
ギルの回答は百点満点である。遊びには行くかもだけど、あくまでキングダムの四侯として見聞を広げるためだと釘を刺している。私は心底感動した。
「では、ルーク殿」
兄さまは12歳なので、伸び盛りとはいえまだ身長は低い。サイラスに見下ろされる形となった。
「私も、ウェスターを訪れたように、いずれイースターにもファーランドにも訪れたいと思っています。特にファーランドは祖父の領地と国境を接しているから、いきやすいだろうなあ」
おっと兄さまらしくない、子どもっぽい言い方だ。案の上サイラスは右の眉を上げた。そんなキャラじゃないだろうと言う心の声がする気がする。
「よろしければイースターからも迎えを出しますゆえ、ぜひ、イースターにもいらっしゃるといい」
「その時になったらお願いするかもしれません」
しないかもしれないのである。
「さて、リーリア殿」
私はラグ竜のぬいぐるみをギュッと握りしめ、心の中でしゅっしゅっとこぶしを振った。
「すみませんが、その危険物からは手を離していただけるとありがたいのですが」
笑いを含んだ声がする。笑いを含んだからと言って好感度は上がらない。
「リア、預かろう」
「おとうしゃま、あい」
私はラグ竜をお父様に素直に差し出した。危険物とは何だという気配が、王家とモールゼイから漂ってくる。
サイラス王子は、兄さまの時とは違って私を見下ろしたりはせず、片膝をついて私と目を合わせた。
「リーリア殿、またお会いできてとても嬉しい」
「りあはうれちくない」
「これは手厳しい」
サイラスはくっくっと嬉しそうに笑った。私は思い切って一歩前に出た。
「うっ」
何かうめいているような音がするが、何だろうか。私は腕も組んだ。
「この間お会いしたときは熱い歓迎を受けたと記憶していますが」
「しょのまえあったとき、りあをぽいってちたのはだれ」
「さて、なんのことやら」
王子はまたくつくつと笑った。
「リーリア殿がおいでになったら、イースターのあちこちを案内しますよ。私の南の別邸にもぜひいらしてほしい。海と山脈沿いにある、風情のあるところなのです」
なぜ私にだけそんなにしつこいのだ。私は踏ん張る足に一層力を入れた。
「りあ、いーしゅたー、いちゅかいきたい。でも、いくならじぶんでいきましゅ」
私はふんと胸をそらせた。
「あんないふよう!」
「これはまた。くっくっ。いつか案内をねだられたいものだが」
サイラスはすっと立ち上がったので、私も足を引いた。サイラスはまっすぐ王様を見た。
「この通り、どなたがおいでになっても歓迎いたします。いつでもお声掛けください」
「うむ。気遣い、いたみいる」
これで謁見は終わりだ。
「では、別室にご案内を」
サイラスは一礼すると、ライナスに連れられていったん下がった。この後、ご歓談とやらがあるという。
「リア、これを」
「おとうしゃま、ありがとう」
「お父様に心配をかけないでおくれ。ラグ竜がなくても、リアは何をするかわからぬ。まったく」
私はプイっと横を向いた。だって、なんだかいやだったんだもん。
「リア、おまえ、あしをふんでいたのはわざとか」
ニコがあきれたように言った。見ていたらしい。部屋のあちこちからぐっとかぶふっという声が聞こえたが、皆見ていたのだろうか。しかし答えは一つだ。
「たまたまでしゅ」
そう、たまたま足が乗っちゃったのだ。
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