マークの目的
「マーク、あなたは」
兄さまが額に手を当てて困った人だというように首を振った。
「昨年、たびたびうちに勉強に来ていたではないですか。伝えるべきことはもう十分に伝えたと思いますよ」
うちと言うのは、オールバンスの屋敷ということなのだろう。マークが家に来ていたとは知らなかった。
「リアがいない時のことですよ」
私が怪訝な顔をしたのを見て取った兄さまが説明してくれた。なるほど、それでは見かけたことがないはずである。
「まあ、いいじゃないか。父上たちほど私たちには仕事はないのだし。一週間に一度、子どもたちと遊ぶくらい」
おっと、本音がちらりと出たと思う。ニコが厳しい目でマークを見た。
「あそんでいるのではない。べんきょうである」
「そうでしたね、殿下」
マークはニコに丁寧に返事をした。しかし主張を揺るがせることはなかった。
「そもそもフェリシアだっているのだから、私がいてもおかしいことはない。さ、勉強を始めようか」
「まあ、いいでしょう」
兄さまは案外抵抗することなく、魔力を巡らせる実習を始めた。慣れた大人一人が加わると、授業の具合はとてもいい。
みんなで笑いながらゆらゆらと魔力を揺らしていると、ふと目に入る護衛の人数が今日は多いような気がする。
「あれ、ぐれいしぇす」
「リア、集中しましょう」
見覚えのある護衛隊の人がいたような気がして声を上げたが、兄さまにやんわりと叱られた。あとで改めて聞いてみようと私は思った。
しかし、いつも思うのだが、兄さまが午後からくるせいで、私は最後まで授業を受けられたことがない。ニコやクリスのお手伝いをしているうちに、いつの間にか眠ってしまうのだ。
その日もぐっすりお昼寝して起きたら、マークはもういなくなっていたし、グレイセスだと思った人もいなくなっていた。
クリスと一緒に帰るフェリシアは残っていて、お昼寝から起きて目をくしくしとこすっている私の頭をなでている。クリスはベッドによじ登って私の隣でニコニコしている。
「よく寝るいい子ね。クリスもよく寝ていたわ」
「リアはねすぎなのではないのか」
ニコが気難しい顔をしてフェリシアに聞いている。
「普通だと思うのだけれど。クリスもたまにお昼寝するわよ」
「たまによ。もう赤ちゃんじゃないもの」
「りあも、ちがいましゅ」
すかさず主張しておく。
「まーくは?」
「もう帰ってしまったわ。でも来週もいらっしゃるのですって。先生として一回、生徒として一回と、楽しそうだったわ。あんな方だとは思わなくて、ちょっと意外」
頬に手を当てたフェリシアも楽しそうだった。
「私も時間が許したら、マークの授業を受けに来ようかしら。王宮探索なんて、わくわくするわよね」
兄さまとギルが苦笑しているが、二人は学院があるから逆に来られない。もはや王子の遊び相手も何も、幼児のための教室ですらなくなっているなあと私は思うのだった。
★兄さま視点★
「ギル! もっとたかいところだ!」
「ギル! わたしもよ!」
「クリス、危ないから無理しないで」
ギルがニコ殿下とクリスを連れて、木登りをさせている。フェリシアはクリスが心配でギルの周りをウロチョロしてかえってギルの邪魔をしているのがおかしい。本来なら一番大きいマークが見ているべきなのかもしれないが、軽い上着のすそを春の風になびかせているこのおっとりした一人っ子の四侯の後継ぎは、自分が子供の面倒を見るという感覚がまるでない。
お父様も自分の子どもですら面倒を見る感覚がなかったし、貴族というのはそういうものなのだろうと思う。
「それで、マーク。本当の用事はなんですか」
「本当の用事? 魔力操作を学び直すことだよ」
「では言い直します。魔力操作を学び直す目的はなんですか」
「ふむ」
よくできましたという視線がうっとうしい。そもそも今日は私が先生で、マークは教わる立場だったはずなのに。
「先日、ギルと共にうちの屋敷を訪れてくれたな」
「その時にお土産を渡したのに、更にリアにまで土産をねだったと聞きましたよ」
私は一応一言チクリと言った。二歳児に、というかリアに土産をねだるなんてどういうことだ。お父様もあきれていた。もっとも、父様には石はくれないのかと、リアにねだりに行っていたからどうしようもない。
「おとうしゃまのめのいろ。このいちをあげましゅ」
と、紫というよりほんのりピンクがかったきれいな石を渡されて満足していたからそれでいいのかもしれない。
「いいだろう別に。ないと言われたらあきらめたが、くれると言うのだからもらっておいた。ちゃんと部屋に飾ってあるよ」
「リアの石を取り上げたのだから、そのくらいして当然です」
マークはくすくすと笑った。
「楽しいなあ。つい一年前までは、こうして四侯で集まるなんて考えられもしなかった」
「そうですね。王家も四侯もそれぞれ独立して、互いに深くかかわらないようにしてきたのですから」
一部の家だけが王家に優遇されることのないようにということもあるが、四侯同士で結託しても、権力が集中しすぎて危険ということもあるからそうなっていたということもあるだろう。
だが、真の原因は、お互いがお互いに何の興味もないことではなかったかと思うのだ。
「しかし、王家がオールバンスに近づいた。正確には、単に王子の遊び相手としてリーリアを選んだというそれだけのことなのだが、外からはそうは見えないからな」
「そうですね。迷惑なことです」
「しかし、レミントンが下の娘を送り込んだ。オールバンスに力が偏るのを嫌ったということだと思うが、結果として世間からのオールバンスへの目は弱まったよな」
「はい。フェリシアまで顔を見せるようになるとは驚きでしたが」
フェリシアが来る前に、私とギルが先生として参加しているが、オールバンスとリスバーンの仲がいいのは周知の事実だから、特に大きな話題にはならなかったはずだ。むしろ、年回りから言って、ギルが何らかの先生として参加していて、私が付属品くらいに外からは見られていると思う。それはそれでいいのだが。
「まあ、モールゼイだけが外れていると思われるのは困るからというのもあるよ」
「それはそうですね。実際はお父様同士仲はいいと思うのですが」
「それはね。でも、外からどう見えるかだけじゃないんだ」
マークの声から、からかうような調子がなくなった。私は隣にいたマークを見上げた。
「こないだうちに来たときは、モールゼイの目から見たイースターの第三王子について話をしたよね。もっとも、あまり積極的に会うつもりはなかったから、何かのパーティの折にほんの少し顔を合わせただけだが」
「はい。そのお話を聞かせてもらって助かりました」
その情報収集のためにモールゼイの家を訪れたのだから。
「でもね、私が気になったのは、どちらかというとレミントンのほうなんだ」
「レミントン、ですか」
確かに、クリスのような小さい子に見合いをさせるとか、おかしいところはいろいろある。
「私のところとオールバンスはまあ、仲がいい。オールバンスとリスバーンは仲がいい。したがって、モールゼイとリスバーンも特に仲は悪くない」
「ええ。そうですね」
「だが、レミントンはどうだ」
どうだ、と言われて考えてみる。もともとモールゼイもどことも付き合おうとしなかった家だ。それがリアのことをきっかけにオールバンスと近づいた。結果、リスバーンとも悪くない関係を保っている。でも、レミントンはどこともつながっていない。
「私は、レミントンを孤立させるべきではないと思うんだよ」
始まったマークの話は、思いもかけないものだった。
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