仲間に入って
お土産で始まった週だが、前の週にゆっくり休んだせいか、私もニコも体調を崩すことなく、一週間過ごすことができた。そして、今日が終われば明日は週末、お休みの日である。だから、
「きょうは、にいしゃまのくるひ!」
「きのぼりのひだな」
なのである。クリスは姉のフェリシアが城に来る日にしか来ないので、毎日来るわけではなく、兄さまの授業を受けられるかどうかはその日にならないとわからない。
「きょうは私もいるわ!」
「クリス、淑女は人前で跳ねるものではありません」
フェリシアに送られてきたクリスがぴょんぴょん跳ねて、フェリシアに叱られている。私はそれをじっと観察した。今日はクリスは来られる日だったようだ。
そして、二人の会話を聞いていて、大きくなっても人前でなければ跳ねてもいいのだなとひそかに学んでいるところである。
なにしろ、大人の女性が周りにいない私には、お手本は貴重なのだ。
「リア様、何か余計なことを考えてるな」
「かんがえてましぇん」
考えてはいない。学んでいるだけである。実際、フェリシアは忙しいようで、礼儀作法の先生をすると言っておきながら、なかなか来てくれる機会がない。今のところ礼儀作法的には、野放しの二歳児であることは自覚している。
「じゃあ、今日は午後にも来るわね」
フェリシアはそうにこやかに言い置いて、城での仕事に戻っていった。
「きょう、ふぇりちあのおべんきょう?」
クリスに聞くと、クリスは私とニコを引っ張って、ちょっと隅に移動した。とはいっても、メイドも護衛も話の聞こえる位置なのだが。
「そうじゃないの。ねえさまね、ルークのじゅぎょうを受けたいんですって」
「にいしゃまの?」
「そう。でもね、これ、ないしょよ」
クリスが口に指をあてて、しーっという仕草をして見せた。ニコが腕を組んで難しい顔をしている。内緒にするというのは、子どもには難しいことだ。
「なぜだ。ルークのじゅぎょうはわかりやすいぞ」
内緒にする理由などないではないかという顔だ。
「いろいろねえさまから聞いたんだけど、よくわからないのよ。でもないしょなの」
「わからぬ」
私はハンスのほうを振り向いた。私が説明するには難しすぎるし、オッズ先生に聞かれたら内緒どころではない。
「あー、今から言うのは独り言だが」
ハンスが私達と目を合わせないように話し始めた。
「まず、学院を卒業したフェリシア様が、年下の学院生に教わるということ。次に、対等であるはずの後継ぎなのに、教わるという下の立場に立つこと」
「わからぬことは、とししたからでも、だれからでもまなべばいいではないか」
「だからフェリシア様は、今日の午後いらっしゃるんでしょうよ」
「そうか」
ニコはそれは納得したようだ。
「しかし、学ぶ本人が納得しても、周りが納得するとは限らねえ。嫌がるお人もいて、ばれたら止められるってことさ」
「ハンス、言葉遣い」
ナタリーが崩れてきたハンスの言葉遣いに一言注意を入れる。
「独り言さあ」
「はんす、ありがと」
私は理解した。ニコはどうだろうか。
「いやがるひとがいて、とめられる。それは」
「にこ、もういこう」
私はニコをさえぎった。
「りあ、ふぇりちあにきてほちい。ないちょ、しゅる」
「私もよ」
「リア、クリス」
ニコは少し考えた。
「ないしょ、だな。わかった。いこう」
これ以上追求されると困るところだった。私はレミントンのうちについて詳しく事情を聴いたことは一度もない。だが、お披露目の時、そしてそれからのクリスとフェリシアとのお付き合いの中で、レミントンの家族が問題を抱えているようなのは何となく想像はついていた。
二歳児にできることは多くない。でも、学びたいという人の足を引っ張らないことくらいはできるはずだ。
「リアはどうせねてしまうのだしな」
「にこ、しちゅれいでしゅ」
いずれにしろ、午後が楽しみになった。
「にいしゃま!」
「ルーク!」
まずは抱っこからである。なぜか並ぶのが習慣となっている私たちは、ニコ、私、クリスの順に並んで、兄さまとギルに抱っこしてもらおうと待っている。
「おや、クリスもですか」
「みんな同じにしないとふこうへいよ」
「では、はい」
5歳にもなると結構大きいが、兄さまは危なげなく抱っこして、ふわりとクリスを回してにこりと笑った。
「おもしろいわ!」
「それはよかった」
「しょれ、りあも!」
「いいですよ。おや、フェリシア」
兄さまはそこで初めて、にこにこしてクリスを見ているフェリシアに気づいた。ちなみにギルはニコを高く持ち上げているところだ。そして、兄さまと同時にフェリシアに気づいた。
「フェリシアもどうだ?」
「私は結構よ」
そしてフェリシアに秒で断られている。
「今日は私もクリスと一緒に勉強をしようと思ってきたの」
「それはまた」
兄さまは、抱き上げていたクリスをそっと下ろした。おや、私の番のはずだったのに。
「フェリシア、あなたはもう16歳。学院も卒業したばかりで、そろそろ直接魔力を注ぐ訓練が始まっているはずです。私があなたから学ぶことはあっても、あなたが私から学ぶことはないと思うのですが」
兄さまは、いぶかしそうにフェリシアのほうを見た。
「訓練が始まったからこそなの。私に力がないとは思わないのだけれど、お母さまの要求するほどではないらしくて」
確かに、ギルやマークと比べても、フェリシアの魔力量が劣っているとは思えない。何が不満なのだろう。
「魔力が十分あるはずなのに、うまく使えないのならば、それは訓練するしかないでしょう」
それはそうなのだが、なぜそれを兄さまにお願いするのかということなのだ。
兄さまも、10歳の頃からお父様に訓練を受けていた。だからそれは、レミントンの中でやればいいことなのだ。兄さまもそう言おうとしたに違いない。しかし、兄さまが口を開く前に、ギルが口を挟んだ。
「ルーク、俺もマークも、結局はオールバンスから訓練を受けているようなものだ。それにレミントンが入ったからと言ってどうということはないだろう」
「ギル」
なぜフェリシアをかばうような言い方をするのだと兄さまの目が言っていた。
「改めて私に教えてくれなくてもいいの。私はクリスのやることを見て、足りないものを自分で学ぶわ。ただ、同席すること、そこから何かを学ぶことを許してほしいだけ。そして」
フェリシアは一瞬下を向いた。
「そのことは、お母様とお父様には知られたくないの」
「いやがるひとがいて、とめられる」
ニコが小さな声でつぶやいた。
「そういうことか」
そういうことのようだ。
「たいしたことはしていませんが、よかったら見学していってください。私だってリアの、妹の授業はいつでも見学していたいですからね」
兄さまはフェリシアににこりと笑いかけた。妹は大切だよね、見学していてもいいですよ、その間あなたが何をしていても私は関知しませんと、だから他の人にも話しませんよと、兄さまはそう言ったのだ。
「ありがとう、ルーク。ギルも」
ほっとしたように笑ったフェリシアも、今日から勉強仲間だ。
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