雪割草
次の日のお見合いは昼過ぎからだった。実は午前中はへとへとになるまで遊び、すでにお昼寝は済ませてある。
「にいしゃま、はやく!」
「わかっていますよ。兄さまもあの子たちはちょっと面倒だなあ」
「りあはもっとめんどうでちた」
兄さまは何を言っているのだ。そもそも12歳でも面倒な子供の相手を2歳児に押し付けるとは何事か。
まあいい。私はあきれた気持ちを抑えて、兄さまにお願いした。兄さまの協力と言っても、たいしたことではない。私とニコが見つからないように、ロークとジェフをとどめておいてくれればいいのである。
そのすきに私とニコはお互いの護衛に連れられて、お見合い会場に忍び込む手はずになっているのだ。
「大丈夫ですよ。今日はあの子たちの兄さまたちにも協力を求めてありますからね。たぶん部屋の中にとどめておいてくれているはずで」
「リーアー、ニーコーでーんーかー」
廊下の向こうからロークの声が聞こえる。
「にいしゃま……」
「ちっ。役立たずか」
「にいしゃま……」
私のあきれた気持ちが伝わっているだろうか。
「リア様、いったん戻って、あちらの階段から遠回りしましょう、非常時ですから。はい」
ハンスは本来護衛なので、私の抱っこはしない。両手がふさがってしまっては守れないからだ。しかし、私の優雅なゆったりした歩みでは、ロークに追いつかれてしまうかもしれない。仕方ない。
「あい」
私はハンスに手を伸ばし、抱き上げてもらった。
「作戦を変更しましょう。ハンスがロークを引き留め、私がリアを温室に運ぶのではどうでしょう」
「にいしゃま……」
駄目です。護衛に他国の貴族の行動を止める権利はありませんよ。
「はんす、いきましゅ」
「わかりました。ではルーク様」
「仕方ない。頼みます」
こうして私は隠密行動に出たのだった。
ニコとは温室の前で待ち合わせだ。玄関ではなく、途中の部屋のバルコニーから外に出て、外から温室に回り込むのだ。
「しゃむいでしゅね」
「冬だからな、リア様」
「かぜがつよいでしゅ」
「外だからな、リア様」
ハンスと和やかな会話をしながら温室にたどり着いた。
「ふう、たいへんでちた」
「俺がな」
かわいい幼児を運んできただけなのに、これである。
「けっこう重くなりましたよね」
「しょれをおおきくなったといいましゅ」
まるで太ったみたいな言い方は失礼である。成長したというべきではないか。しかし、温室にはすでにニコが来て待っていた。
「リア、おそかったではないか」
「しょれが……」
ロークに見つかりそうになったことを伝えると、ニコが気の毒そうな顔をした。
「まあいい。それではいくぞ!」
「いくじょ!」
こうしてお見合い偵察ミッションは始まり、そして完了したのだった。
★ ★ お見合い後(念のため、お見合い偵察ミッションは170話~172話にあります)★ ★
「お見合い見に行くんなら、俺にも声をかけろよ。水くさいぞ」
「うー」
「とりあえず、リアをおろすのだ」
私を抱えてのっしのっしと歩くロークは6歳児にしてはなかなか力強いが、抱かれ心地は最悪である。ジェフは気にせずに口笛など吹いている。君は友達を注意しようという気持ちはないのか。落ち着いているように見えて、一番周りの人のことを気にしないのがジェフかもしれない。
ニコに言われてやっと私は地面に下ろされた。ふう。
「じゃあさ、このままあそびに行こうぜ」
「おー」
ローク、ジェフ。二人は一緒にしたら駄目な生き物かもしれない。
「どこにいくのだ?」
目をきらめかせているニコも駄目かもしれない。男子だけで行くのはどうだろう。
「テッサでんかがさ、今日は一日ラグりゅうを見に行ってるんだって。俺たちも行こうぜ」
「行こうー」
「いこう」
「いかない」
最後の意見は無視されました。
「ラグ竜の牧場まで行くなら、竜車にしませんと、日が暮れてしまいますよ」
普段は黙っているニコの護衛がそう教えてくれた。
「いいんだ。ちょっとよるところがあるから」
ロークは勝手にそれを断った。
そうして、牧場のほうではなく、屋敷の裏手のほうに回り込んだ。幼児と護衛の奇妙な集団は、私がいるせいで正直移動スピードは遅い。だが、この数日一緒に遊んで、ロークもジェフも、私に「急げ」とか「早く」と言わなくなった。
ジェフは口笛を吹きながらのんびり歩いているが、時々私のほうに目をやりペースを確認しているし、ロークとニコは何かの枝を拾って振り回しているが、常に私に当たらないように気を付けてくれている。
それにしても、ラグ竜を見に行くのではなかっただろうか。結構歩いたところで、ロークが止まった。けっこう大きな丘の中腹だ。木立もある。
「ここだ」
ラグ竜はいない。でも、そこには別のものがあった。
冬の終わり、春の気配がほんのりとする季節、ロークが指さした先には、一面の真っ白な花畑が広がっていた。
「ゆきわりそうというのだそうだ」
ニコが声も出せない私にそう教えてくれた。
「お前、いつもひるねしてるからさ。そのあいだに三人であちこちたんけんしてたら、見つけたんだ」
「ろーく」
「これ、リアのお母さまがもってた花だろ。絵じゃないぞ。ほんものだぞ」
「じぇふ」
三人はにこにこしている。このお花を見せたくて、ここに連れてきてくれたに違いない。
しゃがみこんで一つだけ摘んだ雪割草は、ほとんど何の香りもせず、ただ春の土のにおいがした。
春が待ち遠しかっただろうお母さまの愛した花だ。
「花たばにしようか。絵のお母さまのようにさ」
「ううん。いい。おはな、このままで」
摘んだら死んでしまうだろう。
「ろーく、じぇふ、にこ、ありがと」
いいんだ、と言ってみんなニコッと笑った。
「さ、まだあるんだ。リア、立って」
「え、うん」
私は立ち上がった。その時、屋敷のほうからこちらに呼びかける大きな声が聞こえたが、何を言っているかわからなかった。護衛がそっちに振り向いた時、私はロークに手を引かれた。
「こっちに、大きな穴があいているんだ。いくぞ」
それは絶対に行ってはいけないところだと思う。
「まって」
とは言えなかった。木立の向こうまで行ったところで、私たちは落ちた。真下に、すとーんと。
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