ハラハラしているのは
そんなわけで、初日から小さい子組に気に入られた私とニコは、暇さえあれば一緒に過ごすことになった。
そうはいっても、この旅の主な目的はアルバート殿下のお見合いをすることである。私たち子ども組が初日からいきなり遊ばされたのと同じように、初日からさっさとお見合いをすればいいものを、何日かはみんなで会食したり、ラグ竜の牧場をみんなで視察したりなど、なかなか二人きりでのお見合いにはならないのだった。
どうやら、せっかく来たファーランドの王族との親睦もあるらしく、活発なテッサという王女様は、まるで自分が見合い相手であるかのように、アルバート殿下と議論を戦わせていたりする。
一方で、本当の見合い相手のシエナという人は集団にさりげなく溶け込んで、自己主張もせずにこにこと過ごしている。本気でお見合いをする気がないのか、自国の王女様に遠慮しているのか。
少年たちと遊ぶのは正直疲れるのだが、滞在そのものが長引くのは全然かまわない。なにしろおじいさまがいるし、叔父様に叔母様もいるのだから。さらにはあちこちにお母さまの痕跡があって楽しい。
一緒の食事の時にアル殿下を取り巻く状況を観察するのもなかなか面白いのであった。しかしニコはあまり面白いとは思わなかったようだ。
「おじうえのおあいては、テッサどのだったか」
「ちがいましゅ。ちえなでしゅ」
「ちえな? ああ、シエナどののことか。しかし、おじうえはテッサどのとばかりはなしているではないか」
「しょれは」
政治的な配慮だろうとか、外交の一環だろうとか、言いたいことはあるのだが、二歳児の口では言いにくい。私はニコの耳に口を寄せて小さい声で言った。
「おみあいがはやくおわったら、りあもにこもかえることになりましゅ」
ニコははっとして私を見た。
「それはまずいな。いや、まずくはないが、とくにはやくかえりたいわけではない」
「なら、きにちない」
「そうだな。ハラハラしてもはじまらぬ」
ハラハラしていたのがちょっとおかしい。どうやらだれよりもこの見合いをまじめに受け止めているのはニコのようだ。私は思わずニコの頭をなでていた。いい子である。
「なんだ」
「いいこ」
「もうすぐ4さいである」
「あい」
それでも子どもなのだが、そこは追及しないでおく。
「王族とも、四侯とも思えぬ素直さ。幼いころ、我らはあんなではなかった気がするな」
「そうか。ファーランドにはそのように素直ではいられない環境があるのか」
その時漏れ聞こえてきたのは、確かにアルバート殿下も素直であると感じさせる一言であった。つまり、そんなことはっきり口に出して聞くことじゃないでしょ、ということだ。シエナは近くでくすくすと上品に笑って二人を見ている。年齢的には、アル殿下より二人とも若いはずだが、さすが女性はちょっと大人っぽいなと思う私であった。
「明日は私は個人的にネヴィル殿のラグ竜の牧場にもう一度行きたいのだが。特に小型のラグ竜についてもう少し話を聞きたい」
「もちろん、よいですとも。一番性格のよいラグ竜はリアの専用ですが、ちょうどリアと一緒にこちらに戻っているので、その見学をされてはいかがですかな」
「よろしく頼む」
王女様が単独で行動するということは、いよいよ明日はアル殿下のお見合いなのだろうか。
「やっとか。これはおあいてをみさだめねばならぬな」
ニコが一人でつぶやいたが、声が小さかったので誰にも聞こえなかったと思う。
その日は外でへとへとになるまで遊んだ。
お風呂に入っていつもより早い時間に兄さまにくっついて部屋でうとうとしていると、部屋のドアをトントンと叩く音がした。私がよく狙われるからか、部屋の入口には護衛が配置されている。トントンと音がするということは、その護衛が入室を許可したということだ。
「どうぞ」
兄さまが私を一瞬見て、許可を出した。
「うむ。よるにすまぬ」
「にこ?」
私はびっくりして目が覚めた。ニコが護衛付きで静かに部屋に入ってきた。昼にもいっぱい遊んでいるのに、何の用だろうか。
「その、リアとふたりではなしたいのだが」
兄さまは隣にくっついていた私の様子を確認すると、まあいいでしょうという顔をした。といっても、ニコと二人部屋の隅っこに移動しただけだが。
私たちは、みんなに背を向けて壁のそばにしゃがみこんだ。
「どうちたの?」
「うむ。あす、いよいよおじうえがみあいをするらしい」
「やっとね」
「やっとだ」
それだけならまあ、別によいことなのではないか。
「リアはおあいてのシエナがどのようなひとかきにならぬか」
「べちゅに」
落ち着いた人だとは思うが、別にそれ以上気にならない。
「わたしのおばうえになるかもしれないのだぞ!」
そういわれてもなあ。私の叔母様にはならないのだし。
「しょれで、どうちたいの」
もうストレートに聞くしかないと思う。眠いし。
「うむ。おみあいのせきをみにいこう」
二人で話していたはずなのに、急に部屋中の人が聞き耳を立てているような気がしてきた。ニコは気が付いていない。
「ふたり、えと、おみあいはおふたりでしゅる」
ニコが変なことを言い出したので、私も焦って変な言い方をしてしまった。
「ばかだな、リアは」
「はあ?」
この超絶賢い二歳児に言うにことかいて馬鹿とはなんだ。
「こっそりみにいくにきまっている」
「こっしょり」
私の一瞬で沸騰した怒りは一瞬で収まった。こっそりとはなかなか面白そうな雰囲気だ。
「あすはふぁーらんどのこどもたちはほうっておいて」
「しょれ、だいじ」
「ふたりでこっそりおみあいをみにいこう」
「いきましゅ」
私はにやりとした。殿下もにやりとした。
「殿下、リア……」
もしハンスがいたら、「リア様の悪い影響が」などと失礼なことを言ったと思うが、兄さまのあきれたような声くらい、どうってことない。私とニコはくるりと振りむいた。
「ルーク?」
「にいしゃま?」
むしろ共犯者になってもらわねば困るのだから。
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